3 自動販売機の初売り上げ
「少年がついにダンジョンに入ってきましたよ」
「ああ、うっかり遭遇しないように、隠れないといけないな」
かくれんぼのようでドキドキしますね、と白天使は胸の前で手を重ねる。皮肉ではなく、そういうポジティブなところは羨ましい。悪い方に考えるのはよくないとわかっていても、俺はネガティブに考えてしまう。
「今は整地された入口の広場に驚いているようです」
「そこら辺の報告は飛ばしていい。俺はしばらく考えごとをしているから、動きがあれば教えてくれ」
「わかりました、動きがあれば教えますね」
「ああ、頼むぞ」
自信たっぷりに敬礼した白天使に監視を頼んで、思考を深める。
考えたいことは山のようにあった、ダンジョンの外のことだ。
白天使からの情報だと、ここは地球ではなく、異なる文明の星だ。発展レベルは地球の近世ほどで、治安もあまり良くはなさそうだ。
このダンジョンは森にあるので、侵入者である少年の属する開拓村が近くにあるはずだ。食いつめた村で捨て子が出てきただけかもしれないし、村が何者かに襲撃されて逃げてきたとも考えられる。
専業の賊というのは維持することが難しく、普段は表の顔があるものだ。勢力は最大でも十人くらいで、街道の通行人を襲ったり、一軒に押し込み強盗する程度の規模に収まるのが普通だ。
しかし、村一つを潰せるレベルなら、専業の兵隊が近くにいたのかもしれない。どこぞの農村と結託して潜伏しているケースもありえるが、治安組織が動くころには国境を越えているか、管轄の異なる土地に逃げ込んだことだろう。
国内での犯罪だとしても、封建領主制ならば犯罪捜査で協力しあうのは案外難しい。治安が最悪の場合、領主が他領での賊行為に加担していることも────。
「あっ! スライムから入手した魔石を、自動販売機に入れましたよ!」
「まてまて、もっと細かく報告してくれ!」
少年は俺が出現させておいたスライムを、いつの間にか外で拾った木の棒で退治していた。自動販売機の注意書きから、魔石を置けば何かを得られると察したらしく、すでに魔石が投入されている。
「報告するのは動きがあればでいい、邪魔するなって言ったじゃないですか」
「極端すぎるんだよ!」
文句を言っても始まらないので、とりあえず投入された魔石を回収する。さっそく力へと変換し、物質創造と物質転移のためにまわす。薄切り食パンと紙コップに入れた水を出したが、食べるかどうかはわからない。
「あの、私もそれ食べてみたいです!」
「食パンのことか? そういえば白天使の分の食費もかかるのか」
「いえ、食べなくても支障ないですよ。私も、あなたも」
新陳代謝がない俺は、本当に生物なのだろうか。実は自覚がないだけで不老不死の仙人にでもなっているのかもしれない。とりあえず薄切り食パンをもう一つ作って、監視の駄賃として白天使に渡す。
「そういえばこの周辺の主食ってなんなんだ?」
「きっとこんな感じのやつですよ」
食パンを豪快にもしゃもしゃ食べる白天使は、いい加減な返答をよこす。わからないなりに説明してほしいし、わからないなら正直に言ってほしいところだ。俺は白天使からの情報の信頼度を、一段下げておくことにした。
「うーん、きめ細やかで悪くないですけれど、味が単調ですね」
「工程が複雑なものはコストがふくれ上がるし、品質の維持も難しいみたいだ。最初は失敗しないように、シンプルな商品がいいだろう」
原材料だけを用意して自力で作るのが、コストもかからなくて美味しくできるようだ。しかし、時間と人件費を考えると現実的ではない。人を雇えないので機械を用意しないといけなくなるし、そこまですると設備投資を回収するのが大変だ。
袋詰めした砂糖や塩を大量販売すれば簡単に利益は出そうだが、計り知れないリスクがある。そうなると中途半端な加工品を、少量販売するくらいでちょうどいいだろう。缶詰のような保存食も、軍事作戦や長期航海の物資になるから、情報が足りない今は出したくはない。
「少年も食べ始めました」
「あっちは腹が満ちて満足、こっちも言い方は悪いが、人体実験ができてありがたいな」
白天使はすでに完食していたが、子どもはパンを削って何度も臭いを確かめた後、ようやくひとかけらをちぎって口にしたらしい。俺が出したものを平然と食べた白天使は、見習った方がいいと思う。
被験者は二人で最低限の比較もできていないが、小麦は問題なさそうだ。少年がお得意様になるかはわからないが、ぜひとも魔石を稼いでほしい。
「マスター、もっとおいしいものを作る研究しましょう。その方があの子もやる気があがって、きっと儲けられます!」
「うーん、味は二の次で、それよりもコストを下げつつ、栄養豊富なものを優先したいな」
「味が悪いと食べてもらえなくて、結局のところ栄養失調になりますよ」
「はいはい、わかったよ」
食事をメインの商品にする気はないので、そこまでこだわるつもりはない。作りやすさとコストの低さ、相手に受け入れられやすいものとして、実験にちょうどよかっただけだ。味は最低限の調整で済ませたい俺だったが、語気を強める白天使に押されて、結局はそこそこの品質を守ると誓う羽目になった。
「今から食事の内容を考えるから、今度はちゃんと見張ってくれるか?」
「わかってますって、学習しましたから」
しばらくはメニュー作りに徹するので、今度こそちゃんと見張って欲しい。栄養士ではないので、低コストの献立作りは大変だったが、時間をかけて黙々と作っていった。
◆◆◆
「マスター、少年が魔石集めを切り上げて休むみたいです。外ではもう日が暮れていますし、私たちもこれで休みましょう」
「もうそんな時間か、わりかし順調だな」
いざ振り返ると、少年にスライムを狩らせる作戦は、当初の予定より成功していた。
というのも、少年は他にすることがなかったのだ。荷物はほとんど持ち込んでおらず、自前の食料もないようなものだった。
いつ食料との交換が終わるともしれない不安も強かったのだろう。元々持っていた保存食を大事に仕舞い、できるかぎりのスライムを倒してまわった。奥に入り込みすぎて遭難するのではないかと思ったが、不思議と迷うことがなかった。よく体力が尽きずに活動できるものだと感心する。この世界の住人は、体のつくりが違うのかもしれない。
「魔物としてスライムを放つのは狩りやすくていいですが、このダンジョンの脅威度が上がるかもしれないですね」
「子どもでも倒せるのに警戒されるのか?」
「もしこのダンジョンが崩壊したら、スライムが大量に外に出てくるわけです。下手すれば、強いだけの魔物が出てくるよりも被害が大きくなりますよ」
「ああ、不毛の土地が広がっていくのか。環境の敵ならマイナス査定の項目に引っかかるよな」
スライムのフォルムとその濃い水色は、光苔の光量でも目立っている。魔石は小粒で質も高くないが、動きは鈍く核をつぶすだけで倒せるので数を稼ぎやすい。
これ幸いとスライムを追加したが、危険視されすぎてダンジョンの破壊にやっきになられても困る。このダンジョンを長く利用したいと思わせられるものを、早めに用意しないといけないようだ。
「そういえばあの子は広場を寝床にしそうですけど、大丈夫なんですか?」
「スライムに広場への立ち入り制限をかけてあるから、心配はいらないよ。広場には段差や石囲いもあるし」
「そうではなくて、人間は防寒着がないと風邪を引いてしまうものでしょう」
「ああ……、今から自販機にブランケットでも追加しておくか? いやでも、価値が分かってない寝具に手を出すのはまずいような」
「別に問題ないと思いますよ。いざ困ったら二度と出さなきゃいいじゃないですか」
「うーん、じゃあいいか」
精神的な疲れもあり、あまり考えずにリネンのブランケットを追加する。魔石の要求量を多くすれば少年が買えなくなるので、高めの食費程度に設定した。俺が物質を創造するには魔石が必要とはいえ、あまりにコストが安いので調整は慎重にしないといけない。間違えていたら明日の俺が考えてくれるだろう。
「追加されたブランケットに喜んでいますよ。あの子は私たちの関与を、妖精のしわざだと思ったみたいですね」
「妖精って存在するのか?」
「ええまぁ、目を付けられると厄介ですよ。まともな会話ができるとは思わない方がいいです」
「えらい言われようだな」
このダンジョンの異常性を妖精のせいにできれば、こちらにとっては好都合だな。自販機に祈りを捧げたところでそこに妖精はいないが、いただいた魔石はありがたく使わせてもらう。
「マスターには視認できないと思いますが、もし妖精の見た目が無害そうでも油断しちゃだめですよ」
「そう言われると、興味がわいてきたぞ」
白天使は苦い顔で妖精のイメージダウンに励む。なぜそんなに嫌いなのか、少し気になるところだが、白天使は話をしたくないようだった。
「もぅ、趣味の悪い話はやめて、寝る準備をしましょう。何か用意してくれませんか?」
「仕方ないな……。それなら兼用できるように、大型のソファーベッドにするか」
俺には食事が不要なように、睡眠も不要なのだろう。しかし、白天使が寝ている横で作業を続けるのも感じが悪いし、付き合って休むことにする。さっきブランケットで少年から搾取した魔石から、簡素な寝具を用意する。
「迷宮転変」
俺の力に呼応して、ダンジョンが折りたたみ式のソファーベッドを作り上げた。質はほどほどだが、ブランケットも作れば、とりあえずをしのぐには十分だろう。
「この雑な触り心地が癖になりますね、私の特等席にします!」
「わかっているだろうけど、俺も使うやつだからな」
興味津々な様子で観察する白天使が、なんとも傲慢なことを言い出した。普段使いのものをひとり占めしたくなるのもわかるが、二つ用意するのも無駄遣いだ。俺は床でいいと格好つけるには、洞窟の地面は冷たかった。