28 閑話 才媛の風声(上)
妖精迷宮と呼ばれる場所が発見された。
それはまさに今世紀最大どころか、開闢以来の画期的な出来事だった。
それからたった一年で、貴族社会は目まぐるしく変化した。貴族たるもの、すべからく迷宮探索に参加するべし、そんな潮流ができたのだ。
迷宮に変化をもたらす功績をなしたなら、それは一生の誉れとなる。名誉というのも存外に馬鹿にしたものではない。人、金、物が自然と集まり、勲章やそれにともなう年金だって得られるのだから、命をベットするに十分なものだった。
そこには中央集権化にいそしむ王家のねらいも、あるいはあったかもしれない。しかし、貴族たちは未知の迷宮を前にして引くという選択肢を取れなかった。
そうはいっても、腕利きの私兵を派遣する余裕のある家は少なかった。かといって、どこのものともしれぬ冒険者を雇いたくない貴族も多かった。約束を守る保証がないこともそうだが、彼らがトラブルでも起こそうものなら、自分に延焼しかねないからだ。
与える報酬も渋りたいが、冷遇しすぎてよそに引き抜かれても困る。最悪の場合、取り締まり側と癒着して、成果をごまかされてはさらに面倒だ。管理責任能力を問われて、下手したら内乱罪で縛り首だ。
結果として、兵に余力のある大貴族以外は、貴族同士の合同で部隊を作るか、開き直って似非探索者を大量に派遣した。そしてそれすらできないものは、まるでギャンブルのように、親族を派遣することで異界品を得ようと考えた。
これは、迷宮発生からおよそ二年後の冬のこと。
ギャンブルの駒にされた私の話だ。
◆◆◆
「今日は第三階層の二十八階に潜ります。手続きをお願いします」
「アイリス・シャルレーヌ・ラズエスト様ですね、ご武運をお祈りいたします」
私はとある貴き一族につらなる娘だ。
分家の一つとはいえ、中央官僚を多く排出する家でもあった。
私は魔術の才があり、長じるにつれて宮廷魔術士にあこがれるようになった。そんな私は一族の変わり者であったが、家庭には愛があった。令嬢として多少のしがらみはあれど、不自由ない生活だった。
もっとも、その幸せは長続きしなかった。
状況の変化は、私が魔術学園に入学する前に起きていた。
貴族社会の勢力変化と母の死があり、父が後妻を娶ったことから、私のあつかいはじわじわと悪くなった。
転機となったのは、本家が先祖伝来の土地と引き換えに、中央にて宮仕えをすることになったことだ。分家たる我々もそれに付きしたがい、王都へ移住することになった。
私も魔術学園を飛び級で出た後は、王都で暮らすことになるだろうと思っていた。しかし、私を外に放り出したかった義理の母は一計を案じた。探索者を派遣する流れに、新米魔術士の私を投じたのだ。
父は強く反対もできずに、私はあえなく一人追い出された。あるいは魔術学園の派閥に所属していれば、助けてもらえたかもしれない。しかし、私にあるのは魔術の優秀さだけで、身分も低ければ可愛げもなく、他者との関わりが薄かった。
父への失望、継母への軽蔑、兄弟姉妹への無関心、家というどうしようもないしがらみ、全てがわずらわしかった。家を捨てて生きるか真剣に悩んだが、一年近く探索者を続けている。
私は憂鬱ながらも、今日も修羅場を生きている。
「やぁお嬢ちゃん、別嬪さんだねぇ。調子はどうだい?」
迷宮に潜る手続きを終えた私を見計らったように、一人の男が声をかけてきた。筋肉質な体と骨太の体格、動きに支障のない衣服と防具、明らかに同業者だった。
臭いをおさえるための清潔さと、こなれてはいるが手入れのされた道具から、男の実力は自然と読み取れた。へらへらとおちゃらけた話し方だが、その目は冷徹にこちらを値踏みしていた。
「お世辞はけっこうですよ、どのようなご用件でしょうか?」
顔立ちはととのっている方だと自覚する私であるが、男が声をかける女ではないと自覚している。
くもり空のような色の青目は、社会に揉まれてどんよりと快活さの欠片もない。つややかで自慢だったブロンドの髪も、成長で色あせてブラウンになり、探索者になったときに肩でばっさり切りそろえた。
極めつけは、私の男のような格好だ。
商売女に間違われることは、絶対にないだろう。
「お嬢ちゃん、俺たちと組まないかい? 今は四十一階を攻略している結構な腕利きだぞ」
「お心づかいはありがたく思いますが、自分の力を試したいのです」
「はー、条件も聞かずに、うわさ通りでつれねぇな。貴重な魔術士なんだから味方は必要だと思うぜ」
「強がることは若者の特権ですから、ご忠告に感謝します」
ここ一年で聞きなれた勧誘に、いつものように笑顔で言葉を返す。ダメで元々と声をかけてきた男は、軽く肩をすくめて、仲間の下に去っていった。今日はすんなり引いてくれる人で助かったなと思った。
私とて、いつまでも一人で潜っていられないとはわかっている。しかし、人を信じるということに臆病になっていた。
ここに来た当初は、現地で仲間を探すことも考えた。そうして大事な支度金をだまし取られて懲りた。犯人は捕まって縛り首になったらしいが、全額は返って来なかった。
黎明期は人があふれているのだから、どうしたってゆるいもので、自分の身は自分で守るしかない。私兵も連れていない貴族の地位が、現地でなんの保障をしてくれるだろうか。
最初の印象が最悪なのだから、探索者にはどうにも拒否感があった。
いつまでも未練たらしく魔術士の気分でいる、自分の中途半端さも嫌だった。
「……確かに仲間は必要だものね」
言われたことを改めて考えて、ぽつりと呟く。自分には割かし才能もあり努力もあったので、初心者を脱する領域までは苦労もなく行けた。
しかしいつまでもソロでやっていくのは無謀にすぎる。このままでは命を落とすと、自分の勘がささやいていた。
一度、共同での迷宮攻略を体験した方がいい。仲間を見つけられるかはともかく、経験は積んでおきたい。そんなこんなで集団攻略の募集に参加することを決めたのは、悪い判断ではなかったと思う。
◆◆◆
「まずは今回の呼びかけに答えてくれたみんなに感謝を伝えたい! 無理しないことを心がけて、ともに三十三階の攻略をしよう!」
今回の集団攻略の主催、エドワード・ダンタリオン・スタンリーが朗々と声を張り上げる。彼は伯爵家の三男ながら、自分で迷宮に潜るという傾奇者だった。
それは貴族の生まれでありながら、迷宮に追いやられた自分と重なった。貴族らしさがない気さくさも、募集に応じて参加した理由の一つだった。
「三十階からは群生する魔物がいるために、幾多の探索者が足止めを食らう場所だ。なじみのある人もいれば、ない人もいるだろうが、今は互いに命を預けて助け合おう! さぁ、三十三階へいくぞ!」
参加のための準備費用はそれなりにしたが、地図やルートの選定、物資の提供も担当してもらえるとのことで、損はないだろう。
手ひどいことに手を染める人間はダンジョンが追い出すので、致命的な裏切りは防げるのがありがたい。自分を今の状況に追い込んだ迷宮にはうらみがあるが、そこだけは唯一感謝している部分だった。
「お姉さん、油断せずに気をつけてください」
「えっ?」
それは私にだけ聞こえるような小さい声で、年若い少年のものだった。
何のことなのかもわからないまま、じっと見返していると少年は先へ去っていった。
三十人規模の集団の中で、その成長途上の姿は目立っていた。おそらく私の二つか三つは年下で、灰色の髪にどこかぎらつく緑の目が印象的だった。
「あんた、あいつと知り合いか?」
「いえ、存じ上げません」
近くの参加者の一人に問われるが、いきなり一言話しかけられただけだ。どのような思惑があったのだろうか。
「なんだよ、あいつにも知人がいたのかと思ったぞ。あれは一年ほど前に迷宮に来た探索者だよ。若くして王家に目をかけられてるってうわさもある」
「そうなんですか」
「優秀なわりに、勧誘や引き抜きを断っているらしい。どういう理由かは知らないが、あんたならソロ同士で仲良くやれるんじゃないか?」
「どうでしょうかね」
ソロで迷宮に潜るものは訳ありな人間も多く、長続きしないし、付随する揉め事も多い。同じソロ探索者に興味はあったが、悪化した人見知りが発動して話を切り上げた。
魔物との殺し合いをひかえているのに、精神をすり減らしたくなかった。
私も遅れないように、逃げるように、エレベーターで三十三階へと移動した。
◆◆◆
三十三階、ジェヴォーダンの獣が生息する岩石地帯だ。
この赤毛の四足獣の厄介なところは、群れで行動すること、そしてマナ感知能力に長けていることだった。魔術で群れを一掃したいところだが、それをやると魔術に反応した大群が遠方から押し寄せてくる。
ジェヴォーダンの獣は、活性化したマナに吸い寄せられる。魔石の状態なら感知にかからないが、魔術や異界品の使用は厳禁だ。ここは魔術殺しの階とも呼ばれている。
三十階は第三階層でも特異な地形だ。壁があるわけでも柱があるわけでもなく、極端に入り組んでいるわけでもない。ただただ塔内部とは思えないような、広々とした岩石地帯が続く。しかし迷いづらいという利点よりも、移動が難しく囲まれやすいという欠点の方が大きかった。
接敵した群れを数の利で押して、可能なかぎり迅速に岩場を移動をした。
その甲斐あって、なんとか登り階段はすでに目と鼻の先にある。
「まずいな、想定よりも獣の集まりが早い。次の階段はもうすぐなのに……」
先頭を切る主催のスタンリーの声には焦りがあった。
ゴールまで残り百メートルほどで、近辺のジェヴォーダンの獣が集結しつつある。
今は仲間を殺したこちらを危険視して、遠巻きにしている。だがしかし包囲は完了しつつあり、階段の手前で勝負に出るか、あるいは獣が一定数を超えた瞬間に襲いかかってくるだろう。大規模な戦闘を避けることは、もはや不可能だった。
「予備プランを実行する! 魔石を出すので、適正のあるものは魔術を使ってくれ!」
スタンリーはアイテムボックスから魔石を取り出すと、私を含めた魔術士六名に配ってまわった。
「……どういうことですか?」
予備のプランなど聞いた覚えがない。
動きっぱなしで乱れる息を整えながら、スタンリーを問いただす。
「ああ、レディには伝え忘れていたか。時間もないので軽く説明するが、危険はない」
ジェヴォーダンの獣は獲物を見つけると、死ぬまで追い立てる。
ただし階を移動すれば、そのターゲットから一度は外れることができる。
敵を魔術で撃破して、次々に生まれる増援を無視して次の階に逃げ切る。
これが階段付近で囲まれた時の予備プランだった。
三十三階では魔術は厳禁だが、階段付近ならば話は別というわけだ。三十人を六組に分けて、魔術士六名をそれぞれの核にして行動する。獣のヘイトを分けて管理して、魔術士がとどめを刺すということだった。
「私の仲間四人を君につける、頼めないか?」
「……わかりました」
「見通しが悪いから、笛の合図で連絡を取り合う。それに従ってくれ!」
そんな重要事項を伝え忘れるなんて、という不快感はあった。正直に言えば嫌だったが、すでにここまで来てしまっている。これまでの戦闘は、他の探索者に任せきりだったという負い目もある。
他にも参加する魔術士がいるのに、ここで揉めて時間を浪費するのも危険だった。不承不承ながらも、最終的に予備プランを受け入れた。




