25 クローズドガーデンとスカイレストラン
ダンジョンの誕生から、二年と三か月が経過していた。
季節は真冬だが、ダンジョン内の熱気は最高潮に達しつつあった。
先行組の到達階は九十を突破し、第三階層のクリアが目前にせまっていた。最初は死傷者も多くて不安だったが、少しずつ順応していく探索者の姿は、たくましいものだった。俺たちはそれを、とある階層の一室から見守っていた。
「マスター、九十九階に探索者が来ましたよ!」
「おお、それは観察したい」
九十九階、閉ざされた庭園。
その名の通りに、立体迷路の庭園が大部分を占める階だった。
どこまでも続く造花と人工植物、水路と石材の迷路は、そなえもなく侵入すれば抜け出せなくなる。動かない人間を救出するように庭師NPCを設定してあるが、迷子は気が気ではないだろう。
クローズドガーデンの全てはセーフゾーンで、魔物が一匹もいないご褒美MAPだ。
そして攻略に関係がないので、その全てを無視しても問題ない。
「すぐに屋上には行かないみたいだな」
「無視するには色々と気にかかる光景なのでしょう」
「まぁ先に調べるか、後で調べるかの違いか」
いざ九十九階に侵入すれば、探索者の目の前には屋上への階段がある。
その階段を上がるだけで攻略は完了だ。
クローズドガーデンはただの寄り道で、疲れを癒すための空間というコンセプトで作りこんだ。のんびり遊んでギミックを発見できれば、貴重な宝物や異界品が手に入るだろう。
階段のそばには英気を養うためのスカイレストランとログハウスがある。一階の自動販売機では出さないような高めの料理や、お試しで一度出したきりなものも提供されることになる。
「まずスカイレストランに入りました。お昼前ですし、何か食べていってほしいですね」
「やたらと警戒しているようだが、大丈夫か?」
「彼らはあそこに魔物がいないと知らないですから、擬態した何かが隠れていると思っているのでしょう」
「そういえば階の全てがセーフゾーンなのは初めてだったな。NPCに説明させても、言葉通りに受け取るわけがないか」
九十九階に足を踏み入れたのは、二十名の合同パーティーだった。
そんな彼らのうちの十名は、スカイレストランで給仕NPCにハイテンションでからんでいた。好奇心の強いものは大窓に両手を当てて、水天一碧の絶景に騒いでいる。
しかし、苛烈な九十階以降を乗り越えてきただけあって、探索者の警戒心も高かった。残りの十名は内外の警戒を担当していて、無駄な動きを見せない。
優れた探索者は思い切りがよく、その言動は陽気にも冷徹にもなる。スイッチのように一瞬でオンオフが切り替わるのは、機械的にも見えて不思議だった。
「流石にウェイターに斬りかかったり、拘束したりはしなかったな」
「もうNPCはそういうものと認識されているふしがありますね」
「NPCが手足を縛られる時代があったなんて嘘のようだ」
「ふふ、あれは絵面が犯罪の一場面のようで面白かったです」
白天使とNPCの昔話をしていると、ちょうど給仕NPC二人がワゴンにのせた料理を、ラウンドテーブルに配膳していくところだった。調理時間がゼロなのでファーストフードも顔負けだ。
「かなり高額DPになるが、支払えるだけの現場権限と財力もあるみたいだな」
「経費でタダで食べられるなんて、うらやましい限りです」
白天使はいつも好きなように食べているだろうと思ったが、それとこれは別だと言いそうなので無視する。スカイレストランには自動販売機の十倍はするものもあるが、値段分の味は保証されていた。
「NPCにお任せにしたら中華料理になったみたいだ。普段食べている料理とはかなり違いそうだが、問題ないだろうか?」
「問題ないに決まってますよ! 私たちも昼は中華にしましょう、蒸し料理がもっちりしていて好きです」
「俺は炒め物やフカヒレスープが好きだな……、いやそういう話を今するのか?」
「デザートはシュークリーム失敗作です、生地をいかにふくらませるかの実験をしているので!」
「そこは洋風なのか」
侵入した探索者たちは、わいわい言いながら未知の料理を食べ比べている。
花椒と唐辛子たっぷりの品を当てたやつがさわいでいるが、毒とまでは思ってないあたり、ダンジョンはそれなりに信頼を得ているらしい。さわぎを無視してNPCに食器やインテリアの購入ができないかを聞くものもいて、なんとも自由なことだ。
「持ち帰り品は胡麻団子を選んだみたいだな」
「あれは出来立てがおいしいので、ちょっともったいないですね」
「冷えても美味いと思うぞ」
「それはそうですけど、香ばしさがあった方がいいと思います」
俺は食事の温度などそこまで気にならないが、反論はやめておく。探索者だって、気になればあたためるだろう。
持ち帰り品はアイテムボックスにつめこまれても困るので、注文数制限をかけてある。ここまで来れる探索者なら、食事をデリバリーしなくても稼げるが念のためだ。余った料理を隠して持って帰るくらいならいいが、大量にやりだしたら出禁だ。
「警戒してたやつらは結局スカイレストランで食べないのか」
「遅効性の毒でもあったら全員行動不能になりますから、当然でしょう」
食後に一服したあと、彼らは警戒役を交代した。料理を食べなかった人たちは、アイテムボックスから携帯食料を持ち出してかじっていた。
彼らも興味はあったのか、ここの料理はエントランスホールの自販機に追加されないのかとNPCに質問していた。その返答はノーなので残念がっていた。
「ログハウスに向かってるけど、メインストーリーの条件はもう満たしてたよな?」
「イベントアイテムを持っているチームですから進行しますね」
ログハウスの管理人NPCが、おもむろに昔話を始める。
かつて竜に滅ぼされた大国の騎士が、復讐のためにその巣を探して世界をめぐった。彼はやがて、執念で塔の頂きにたどり着いたという。騎士は竜の目をえぐり、尾を切り取り、大翼を裂いた。しかし力及ばず、深手を負い亡くなった。
騎士の残した大剣はどれだけ時が経過しようとも、持ち主の執念を覚えている。
竜の息の根を止めるその日を、静かに待っているのだ。
「この様子だとログハウスも利用してくれるか不明だな」
「泊まりでバカンスという雰囲気になるには、時間がかかりそうですね」
別に泊まってもイベントは何もないが、二十棟を作りこんだ。白天使と俺の使った家もあるので大事にしてほしいが、あまり調べられても俺たちの存在がバレかねないのが悩ましい。
俺と白天使は髪の毛も落ちないのでバレないとは思うが、もし痕跡を見つけたら、妖精が暮らしていたとでも思ってくれるだろうか。
「せっかく休憩場所に作ったけど、ここがにぎわうのはいつになるやら」
「利用人数を増やすなら、五十階あたりに作ってもよかったんじゃないですか?」
「秘密基地のようにしたかったんだけど、やりすぎたな」
選ばれた者のみが立ち入れるというのも魅力の一つで、高層攻略のモチベーションになればいいなと思っていた。しかし、九十九階はさすがに高層すぎたようだ。
「ここまで来れるのは上澄みの探索者だけですから、条件を緩和してもいいかもしれませんね」
「それはたしかにそうだ」
第三階層の攻略も最終盤だが、探索者の居場所はかたよっている。
三十階未満に大半がいて過密状態で、中堅は四十階以降を堅実に進めている。
最上位の腕利きは九十階以上に乗り込んでいるが、そんな体力のあるものなど百人もいない。異界品や魔術スクロールも多用して、強引に突破してきたのだ。
「クリア後に九十九階直通のエレベーターを追加して、利用権限をチケットの形で宝箱から出すか?」
「それはいい案です! 私が苦労して作った庭園を、きっと色んな人が楽しむのでしょうね!」
「庭園を焼け野原にされても泣かないでくれよ」
「むむ、それもまた迷路の解法のひとつ……。時間をかけたものが壊れていくさまは、ある種の芸術なのでは?」
庭園には番人となる魔物でも配置しようかと悩んだが、自由にすることにした。この階層が壊されたとしても、よほどのことがない限りは干渉しない。
魔物のいないエントランスホールがいつのまにかホテルのようにされたことを思えば、更地にされる可能性はあった。
探索者一行は、ある程度の施設を確認し終えると、おそるおそる階段を上がっていった。そして屋上で眠る老竜を遠目に確認して、さっさとクローズドガーデンに撤退してきた。流石に準備もなしに竜退治はできなかったらしい。
あれこれと話し合って、彼らはクローズドガーデンの調査続行に踏み切った。魔物が出現することは一切ないが、それを確信するまで彼らの緊張は続きそうだった。




