24 夏と移住前の振り返り
ダンジョンの誕生から、一年と九か月が経過していた。
外は夏真っ盛りで、比較して涼しいダンジョンのエントランスホールに人がつめかけて、一般人の入場制限がかかるくらいだった。
先行組は第三階層の七十五階まで達し、探索者は増え続けている。
死亡数は人数比で見ると、やや鈍化傾向にあった。
アイテムボックスの影響か、雇い主側の事情が変わったのか、探索者のノウハウが蓄積されたのか、よくはわからないがいいことだ。
「白天使、それ薄着すぎないか? 目のやり場に困るんだが」
「ガウンがあるから平気です! そもそもマスターに見せるための服ではないですよ!」
「なんだこの理不尽は……」
白天使は両腕で自分の体をひしと抱きしめ、頬をふくらませている。白天使と俺は感覚がズレているので、あれこれ口に出すと反発してくる。俺の感覚がおかしいのかもしれない。
白天使は黒いUネックのショートTシャツに、水着みたいな紺のショートデニムパンツを着て、シースルーの白ロングガウンを合わせていた。今にも海水浴にでも行きそうな浮かれた姿だ。そこまでするなら、いっそ素直に水着でいいのではないか。
「それで、アイテムボックス実装から半年経過したけど、どんな感じだと思う?」
「そういえば余裕のある探索者は、もう全員がアイテムボックス持っていますね」
アイテムボックスには、予備の装備と食料をストックできる。発見した宝物だって簡単に大量に持ち帰れるということもあって、一流探索者の必須装備になっていた。
彼らのこれまでの荷運び手段は背負い袋が主流で、とっさの戦闘を考えると不便があった。せっかく金銀財宝や異界品を見つけても、持ち運び困難だと萎えるものだ。
どれだけ荒っぽく動いても支障がないアイテムボックス、その人気に火が付くのは当たり前のことだった。
「パトロンの貴族から備品として、帰還スクロールと一緒に貸与されてるケースもあるからな」
「備品としては高くつきますが、成果も伸びると思ったのでしょうね。死亡による紛失率によっては撤退するかもしれないですが、悪くない傾向です」
俺としてはアイテムボックスを標準装備にしてほしいが、採算が悪ければ打ち切られてしまう。腕利きを集めるための餌にすることはあるだろうが、当たり前に全員分が用意される日は遠そうだ。
外ではアイテムボックスの模倣や改良のための解析もなされているが、完全にお手上げのようだ。
「アイテムボックスによる探索者の変化で、今のところ気になる問題はなさそうか?」
「ダンジョン滞在時間が全体的に伸びている気はしますけれど、これはマスターも想定内でしょう?」
「ダンジョン内の野営もやりやすくなったから、そうなる気はしていた」
元々ダンジョン内の気温などは安定していて、外と比べれば過ごしやすい。そんなわけで、非アクティブの魔物が入り込まないセーフゾーンなら野営も簡単だった。セーフゾーンの配置場所には、こちらも前よりも気をつかうようになった。
「その野営が増えて、セーフゾーンの揉め事が増えた気がするくらいでしょうか」
「あぁ、でもその辺の問題は、こっちにできることも限られているからな」
セーフゾーンに魔物をつれて逃げてくる迷惑なやつが、魔物ごと殺されることもあるが、緊急避難ということで黙認している。いわゆるモンスタートレインは、たとえやむを得ないものであったとしても、探索者にとって重罪だった。
高層の一流探索者になると、帰還スクロールを常備しているので、そんなトラブルは起きない。しかし、低層ほど混雑しているうえに、帰還スクロール未所持が多く、問題が発生することが多かった。
「うーん懸念していた第一階層の探索も、アイテムボックスでさほど進まなかったですし」
「第一階層の深層はもう立体迷路だからな。第三階層よりも難しいんじゃないか」
第一階層にいくら物資を持ち込もうが、優れた方向感覚と地図の読解能力がなければ、無駄に迷って帰還スクロールを使うだけだ。近未来のホログラム立体地図でもあれば話は別だろうが、第一階層をその対象にする気はない。
「一時期は第一階層も人混みですごかったのに、切ないものです」
「あそこは稼がせるつもりのない場所だって、探索者もわかったんだろう」
第一階層から異界品が二つ出土したころは人でごった返したが、それもすぐ消えた。第一階層はあいかわらず小銭稼ぎの場として利用されている。アイテムボックスの実装があったとはいえ、好き好んで奥にまで潜る探索者は稀だった。
欲をかいた奴が帰還スクロールも持たずに迷って死んだりしているが、おおむね死者は出ない。ボスのケルピー部屋にはたまに宝箱を追加しているので、ボスも定期的に討伐されている方だろう。
「それに比べると、第二階層のリニューアルはしてもいいかもしれないですね」
「第三階層に皆が夢中だからな」
第二階層は人気がない。魔石を稼ぐだけなら安定しているが、廃墟の宝探しは第三階層ほどのうまみがなく、そのくせリスクは高かった。
スケルトンを相手していると次々に増援に囲まれるために、他人にスケルトンをすりつけられた場合が危険すぎる。モンスタートレインの影響を受けやすいことは、マイナスポイントだった。
「第二階層はどう変えればいいのかわからないんだよな」
「わからないなりに試行錯誤で作った感があふれていて、拡張性がないのでしょうか」
小人数で行動すると手間取った時に囲まれるリスクがあり、大人数だと敵を引きつけすぎて無尽蔵のスケルトンに対応するはめになる。
人数関係なくクリアできるようにこだわった結果、どちらにとっても面倒な調整になってしまった。立ち回りのよさで楽になる階層なのだが、そこまで付き合ってくれる探索者がいないのだ。
「ボスのグリムリーパーのギミックなんていまだに放置されているし」
「見つけた人がいたとしても、挑戦する勇気があるかは別問題ですよ」
階層主の死神であるグリムリーパーは、第二階層クリアから今まで討伐するものがいないレベルで避けられている。ボスを弱体化させるためのギミックの存在も明らかになっていない。
「第三階層が上手く行きすぎたあおりを、第二階層がくらった感じもあるな」
「第三階層では塔の階数ごとに特徴を出したので、すみ分けやすいのが集客につながった感じはありますね」
一階ごとのバランスは割とむちゃくちゃだが、階数の多さでごまかしている。低層ほど簡単で弱い魔物を多くして、高層ほど魔石も異界品も稼げるが難易度もはね上がる。探索者は必死になって上へ上へという感じだが、行き急いで死なないでほしいものだ。
「一部の探索者以外にとっては、第三階層はエンドコンテンツになるかもしれないなぁ」
今後もダンジョンに新要素を追加していきたいが、その基準となるのは第三階層だ。そのくらいの意気込みで作った。
九十九階の作りこまれたご褒美エリアを、ぜひ一度は体験してもらいたいものだ。着々と料理のレパートリーを増やしているし、出迎える準備はできている。
「ところでアイテムボックスに時間停止を組み込めば、食べ物をいくらでも保管できるんですけど、試作しませんか?」
「却下だな、料理が趣味になった自分用にほしいだけだろ」
「だって、好きなときに好きなものを食べたいじゃないですか」
「冷凍で我慢しよう。冷凍食品も奥深いものだし、冷凍ケーキだって美味しくできるぞ」
消費期限のあるものを永遠に保管できれば便利だが、かける労力とコストにつりあっていない。自己矛盾のようだが、劣化するものを強引にとどめるのは、自然法則に反するものだ。
「そういえばマスター。アイスを調整して作ったんですけど、どうですか?」
「ああ、ありがとう、いただくよ。…………おいしいなこれ」
「濃厚な層の加減が難しかったですけど、満足できるものができたと思います」
クラッシュピスタチオをトッピングした、本格的な三層アイスだった。クリーミーな中にナッツ感がほどほどに出ていて、味わい深い。九十九階層のスカイレストランのラインナップに入れても問題ないだろう。
白天使は屋上で焼き鳥の実験をしたころから、料理に目覚めたようだ。たまに成果物を持ってくるようになった。
「これで時間停止アイテムボックス、どうですか?」
「いやこれ賄賂だったのかよ、ダメだぞ」
「むむ、自信作だったのに……」
「おいしかったよ」
白天使がどれだけ甘い言葉をささやこうとも俺には無意味だが、外の人間には賄賂として通用するかもしれない。
氷菓のたぐいは万人に受けるとわかっている。ときおり自動販売機で反応を見ているが、夏であるならなおさらだ。砂糖だけでなく鮮度のいい乳も必要で、製菓の手間もかかり、氷室や魔術士を持つ貴族にしか用意できないからだ。
「そのうち料理大会とかやってみてもいいかもしれない」
「NPCはフィードバックでよくなっていると思いますし、大きな催しごとにも使えたら幅が広がりますね」
まさか生きた人間を雇うわけにもいかず、俺たちが何かを表立ってやるにはNPCは必要だった。報酬を用意すれば現地人を使うことも可能だろうが、どうしても不測の事態への対応が難しい。
「NPCといえば、第三階層のメインストーリーも無事に進行してたな……。でも撃破が楽になったとして、竜を倒せるのか?」
「それでもやれると信じて、今後の予定を立てておきましょう」
探索者たちはイベントアイテムである朽ちた大剣を発見し、それを元の姿に戻すための調査をしている。
一本しかない大剣をゴミとして捨てられたり、外に持ち出されたら、再生成するはめになっていた。素直にストーリーに沿ってくれて助かった。
あとはNPCのおつかいイベントをいくらかこなせば、以前の姿を取り戻す。正確には朽ちた大剣を廃品回収して、新品の大剣をイベントアイテムとして生成するだけだが、ストーリー上は同一だ。
「よし、そろそろ第四階層以降もかたちにして、移住しよう!」
「はーい、ずっと九十九階層にいて空に飽きていたところです」
「じゃあ最後に、お世話になったこの場所を確認してまわるか」
「マスターの思い出話につきあっていたら日が暮れそうですね」
新たな拠点の方が住みやすいとしても、思い出の場所には愛着ができるものだった。
次はきっと、探索者たちがここを利用する様子を見られることだろう。
因果の大剣
竜の目をえぐった無骨な大剣。
縁のある竜に対してのみ特攻を持つ。




