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23 朽ちた大剣

 ダンジョン誕生から一年と五か月が過ぎて、俺はこの世界で二度目の春を迎えていた。


 そうは言っても、俺たちがいるのは九十九階のスカイレストランだ。

 窓から外をながめても、いつだって吸い込まれそうな青空があるだけだ。ダンジョンの外では若草(わかくさ)芽吹(めぶ)いて、花が咲いていたりするのだろうか。


「春になったけど、いつになったら人口増加は止まるのやら」


「三百年後くらいじゃないですか?」


「そんな先のことは想像できないな、俺は為政者じゃないし」


「たしかに現状の対応で手一杯ですね……。三百年もすれば、きっと予想もしない文化が花開いていますよ」


 初期装備のキャミソールワンピースを着た白天使が、なんとも遠い未来を口にする。


 もしも寿命があるなら後継者を見つける必要があるが、俺たちは老衰(ろうすい)しそうにない。ダンジョンの運営に飽きたり、危機がせまった時には、NPCに現状維持だけでもさせたいところだ。


「現状といえば、最近はエントランスホールに貴族が増えていないか?」


「そうですね。自動販売機の商品を買ってくれていますし、今なら高額商品を増やしても売れます!」


 人口の増加は当たり前に続いていたが、最近では貴族の視察(しさつ)姿も見受けられる。探索者の情報も直接仕入れたいのだろうし、どこかの探索者を引き抜いたり、または引き抜かれることへの警戒(けいかい)もあるのだろう。


 派閥の調整もやっているようで、別荘(べっそう)を持つものも多くなった。遊ばせておくには土地代も高いし、探索者のねぎらいと管理のために、自前の別荘を使わせるというものもいた。


「自動販売機に高級品を追加しすぎるのは気が進まないな。探索者の集める宝物の価値が落ちるし」


「マスターにこだわりがあるならしかたないですが、機会損失ですよ」


 白天使はソファーベッドの方に向かっていって、ドサリとうつ()せに寝転がって足をばたつかせている。すそがめくれて品がないと注意したいが、意地になりそうなのであきらめた。


「先行組が五十八階まできたけど、かなり苦戦しているようだ」


「あの階は暗すぎるので、私だって嫌です」


「俺はあの暗さが好きだけどな。第一、白天使はネコよりも夜目がきくじゃないか」


「お日様のかがやきがないと、さびしいという気分の問題です」


 最前線は五十八階まで到達していた。五十階を越えて難易度はさらに上昇し、環境も特殊なものになっていた。五十階から六十階までは、階を上がるごとにあかりが消えて、暗闇におおわれた空間が増えていく。


 特に光が一筋(ひとすじ)もない場所は、常闇(とこやみ)の支配者であるヴァンパイアが徘徊(はいかい)する危険地帯だった。明かりを手元に用意しないとならず、それでも一帯の闇は、人々に本能的な恐怖を与える。


 光があふれたセーフゾーンが各所になければ、発狂してもおかしくはない。

 トラップのたぐいはないが、探索者たちにもさっさと通過したいという本音が見えた。



「難しくなりすぎたかもしれない。難易度の調整は必要か?」


「アイテムボックス実装で相当楽になりましたし、たまには難しくしないと緊張感がなくなりますよ」


 ヴァンパイアは耐性と対策がわかりやすく、暗闇の環境にさえ目をつぶれば、稼ぎやすい部類の魔物だった。いずれ暗視ゴーグルやスタングレネードのようなアイテムが開発されれば、さらにカモになるだろう。


「地図を宝箱で出せば余裕もできるけど、攻略速度が上がりすぎても調整が難しいし、悩ましいよな」


「私はマッピングしてもらうのがいいと思います。地図の偽物(にせもの)を用意する人が出てくると困りますし」


「たしかに偽物の地図を仕込んでおけば、同業の足を引っ張るのに使えそうだ」


「マスターはわかりにくい場所に宝箱を仕込んだりしますから、偽物の宝の地図にも信憑性(しんぴょうせい)が出ちゃいますよ」


 第三階層では、隠し通路や隠し部屋に財宝を追加するようにしてある。

 いわば丁寧なマッピングへの報酬だ。


 しかし暗闇ゾーンは、地図を作るのもハイリスクな場所だ。そこで帳尻(ちょうじり)を合わせるためには、通常の宝物だけではなくハイリターンも必要だった。つまり、貴重な宝物も多めに用意してある。


「隠してある宝箱がある方が面白いじゃないか」


「うーん、それは否定できませんね!」


「宝物を出せばよろこんでもらえるとはいえ、その影響まで考えると異界品は難しいな」


「そのわりにはきわどいものを用意したじゃないですか。王権の象徴(しょうちょう)であるレガリアを用意するなんて、喧嘩を売っていると思われても不思議ではないですよ」



峻厳(しゅんげん)たる王笏(おうしゃく)

赤の貴石と金で装飾された王笏型の異界品。

美術品としての価値だけでなく、持ち主に支配者にふさわしい力を授ける。

マナを用いて指定対象に不可視の拘束を行う。



 テーザーガンという、遠距離スタンガンのような制圧(せいあつ)道具がある。

 死亡事故がたびたび起きるが、非殺傷の拘束道具というのは需要(じゅよう)がある。


 派生して投げ縄銃が開発されているので、今回はそれを参考にした。王笏の能力を発動すると、マナで作られた不可視の(ひも)が射出されて、対象を絡めとり行動不能にする。


「王笏はご機嫌取りだけど、受け取ってもらえるかな」


「おおむねこちらの意図を()んでくれると思いますよ」


「王家を敵にしたら絶対に面倒くさいから、立場は崩さないようにしないとな!」


「そこまで考える必要ない気がしますけど……」


 王笏は目立ちすぎるし、能力も動きまわる探索者向きではない。

 一対一には強いが、多数を相手取ることはできない。人型から外れた魔物には通用しないので、対人メインの護身用だ。しかし、その価値は性能だけにあるわけではない。


 王家はこの王笏を天に選ばれた証であると喧伝(けんでん)することもできる。

 王笏と常識外のダンジョンを知れば、王家にはダンジョンを操作して望みの品を用意させる手段があるのではと、疑惑と警戒が深まることだろう。


 もちろんレガリアのような異界品が、これまで出土しなかったとは思わない。しかし使い方によっては、ただ普通に強いだけの異界品よりも価値があるはずだった。



「じゃあ王党派以外が来た場合は、差し替えるということでいいんですか?」


「そうだな、それ以外なら適当な宝石か、指輪シリーズのこれを入れよう」



導きの指輪

異界言語が刻まれた銀の指輪型の異界品。

迷わずの加護があり、任意の一か所を記憶して持ち主を誘導してくれる。



 これは航海に使うことを想定しているが、一応ダンジョン内部でも使える。起動すれば半透明の矢印がコンパスのように動き、矢印の強弱長短で目的地までの概算(がいさん)を知ることができるものだ。


 ダンジョンでは帰還スクロールもあるので帰りは困らないが、前回の到達地点などは地図と照らし合わせないといけない。地図を読み解くのは知識が必要で、特にそれが立体的になるほど困難になる。そこを楽にできる異界品だ。


 便利な異界品を考えると、やはり指輪型が使いやすくなる。装飾品は一個一個の効果は弱くても、組み合わせたり、つけやすいというのはそれだけで便利だ。



「これ、秘密の待ち合わせにも重宝しそうですね」


「ああ、たしかにそうなるのかもしれないな」


 行先をいちいち説明しなくても、この指輪だけ渡せばその人を案内してくれる。情報の秘匿(ひとく)が重要なスパイや軍人、芸能人なども活用できるかもしれない。


「この指輪の座標(ざひょう)には金銀財宝が隠されているのだ、みたいな嘘が流れたりして」


「わっ、そんな人の夢をだます行為は許せないですよ!」


「夢は金になるからな」


「夢をなんだと思っているんですか、もぅ」


 勝手にいきどおっている白天使はどうでもいいが、導きの指輪の応用範囲は意外と広いかもしれない。もしダンジョン内で使われるなら、地図実装を検討するテストケースにしたい。


 金銀財宝を指し示すために導きの指輪が使用されたら、映画みたいな話になって面白いだろう。そんな考えにふける俺に、監視システムからの通知が届いた。


「おっ、どうやら今、情報屋NPCのイベントが進んだぞ」


「思ってたより早いですね」


 第三階層、天高きバベルの塔。

 その屋上で待つのは老いた竜であるが、討伐は容易(ようい)ならざるものだ。


 老いたりとはいえ本物の竜だ。俺の能力では、老いと傷をつけて弱体化させるのが限界だった。しかし、達成条件をつけることで、さらに竜に特攻を持つアイテムを設定することができた。俺はこれをNPCイベントとして実装していた。


 それは情報屋NPCからの情報購入で始まる。

 この塔のどこかに、竜の目を(うば)った大剣があるという情報だ。



「情報屋NPCはほぼ用済みかな」


「出番の終わったNPCってどこかものさびしいですね」


 白天使の気持ちはわかるが、追加要素を入れるのも手間がかかる。それよりは新しいダンジョンの構築や、異界品の設定に時間をかけたい。


「次はNPCの情報からイベントアイテムの大剣を探し出せるかだが、まぁたどり着いたらすぐわかるだろう」


「どうして台座に抜き身の大剣を刺したんですか? (さや)に入れて(まつ)った方がよくないですか?」


「そういうものだから、としか言えないな」


「うむむ?」


 その方がわかりやすくて雰囲気が出るからと言ったが、白天使は理解できなかったようでしきりに首をひねっていた。

朽ちた大剣

台座に刺さっていた、古ぼけて欠けだらけになった年代物の大剣。

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