22 アイテムボックスと眼鏡秘書
「アイテムボックス実装まで、かなり長かったですね」
「苦節一年だったな」
第三階層五十階のクリア報酬には、アイテムボックス自動販売機を用意した。
アイテムボックスの実装を考え始めたのは、第三階層を巨大な塔にすると決めた時だ。ダンジョンが広くなれば、必要な食料や水の重量が増えてしまうし、戦闘も宝物の持ち帰りも難しくなる。
第三階層にエレベーターを導入することで荷物の問題をごまかしたが、裏では検討を重ねていた。荷物を重量無しで持ち運べるなら、探索者の生存率に多大な貢献をすることは疑いなかった。
「一年前ってなにしてましたっけ?」
「第三階層の開放にダンジョンの一般開放が重なって、デスマーチしていた記憶がある」
白天使はそういえばそうでしたと、ソファーベッドにぼふんと倒れて、遠い目をしている。ダンジョンの運営は二人だけなので、人外の体と思考演算がそろっていても大変だった。
意味がないと知りつつも、エナジードリンクをがぶ飲みして調整に励んだものだった。
「アイテムボックスがあればダンジョン攻略も楽になりますね」
「荷物を持って移動するのは、それだけで大変そうだしな」
第三階層は侵入済みの階数までは、エレベーターで移動できるようにしている。
しかしそれは、その攻略が日帰りであることを意味しない。
迷路じみた階ならば、内部のセーフゾーンを確保しつつ、三日は潜り続けることもざらだ。地図もない最前線ならなおさらだ。
しかしそうなると、どうしても荷物の問題が出てきてしまう。
せっかく手に入れた宝物が重しとなり、欲望に足を取られて死亡しかねない。
この段階での投入には悩んだが、生存率を上げるためにも、攻略の追い風とするために五十階クリア報酬に入れた。
「コストの問題でわりと高くなりましたけど、どのくらい売れるでしょうか」
「このダンジョンでしか使えないけど、中堅ならパーティーに一つは欲しいはずだ」
どこでも使えるアイテムボックスを作ることはできなかった。
それはダンジョンを新しく一つ作るほどにコストがかかり、世に出せば血みどろの争いになることは明白だった。俺はこのダンジョン内部でのみ、使用可能なアイテムボックスを作り出すことに決めた。
紛失と盗難の被害を避けるために、生体認証タイプの腕輪型デバイスにした。専用自販機のディスプレイには、当ダンジョンの外では使えないと注意書きを記載してある。このダンジョンで活動する探索者の専用アイテムだ。
「実装できたのは私の発想のおかげですから、感謝してくださいね!」
「それは否定できないな。だからいつかの約束を守って、報酬にチョコボックス用意しただろ」
「あー、あれって約束の品だったんですか。三段重ねでやけに気合が入ってましたから、不思議だなと思ってました」
「たしかダンジョンの権限を渡した時に、俺を驚かせるものを作ったらチョコボックスやるって言ったじゃないか」
俺は個人が携帯可能な異空間を、個人の数だけ作ろうとして失敗した。
一方で白天使は、クラウドストレージを参考にした。
ダンジョンが探索者の荷物を一括管理し、その引き出し権限を配布するという形式を提案した。
預かった荷物を保管する場所が必要だったので、巨大な倉庫空間を作った。
それを仕切りで個人スペースに小分けし、そこに繋がる専用ポータルを用意する。
あとはデバイス所有者の求めに応じて、その眼前にポータルを移転させるシステムを作れば完成だ。ポータルの運用コストもかかるが、異空間の作成コストからすれば微々たるものに収まった。
「しかしあそこまで検討が必要だったか?」
「マスター、不具合が発生してからでは遅いですよ。アイテムボックスは私も使う道具なんですから!」
「それはそうだけど、白天使ってずぼらに見えてしっかりしてるよな」
「私はクールビューティーですし」
白天使はアイテムボックスから伊達眼鏡を取り出して、真ん中のブリッジをスッと知的に押さえる。スーツ姿なこともあり、そこそこ様になっている。
そのクールは浅くないかと思いつつ、俺も伊達眼鏡を装備してみる。
「しかし眼鏡かけていると、知的な雰囲気を味わえて新鮮だ」
「私ほどではないですけど、マスターもそこそこ似合ってますよ」
「アイテムボックスの腕輪型デバイスに、致命的なエラーが出なきゃいいが」
「私はポータルの不具合が一番心配ですね」
白天使は元々はアイテムボックスに乗り気ではないようだったが、だからこそあれこれと熟慮していた。問題点を修正するのに苦労したものだった。
まず最初に議論になった問題点は、探索者が死にかけた時、アイテムボックス内に逃げようとするのではないかということだ。帰還スクロールがあれば生きて帰れるが、何もなければそこで長時間苦しみぬいた末の餓死が確定する。
これには所有者がアイテムボックスの内部にいるかぎり、ポータルを閉じられないという制限を入れた。アイテムボックスを寝床にされても困るので、展開時間で腕輪型デバイスから警告音とDP徴収を行うようにも設定した。
「しかし、アイテムボックスって王家の預かりサービスと競合してますよね」
「それはもうしかたない」
王家も同様のサービスをしていたが、トップ層の探索者はこちらへ鞍替えするだろう。なにせダンジョン攻略中に必要なアイテムを引き出せるのは、アイテムボックスだけだ。
ダンジョンをまったく信用しないならともかく、手持ちアイテムの情報まで持っていかれる王家の預かりサービスを利用する意味がない。
ただ、それにより王家の統率が乱れて無秩序になるということはない。
なぜならアイテムボックスの起動はダンジョン内限定なので、探索者がダンジョン外に宝物を持ち逃げすることは不可能だからだ。
元々ダンジョン入口で検査を徹底しているし、向こうも文句はないだろう。情報収集が難しくなったかもしれないが、もっとも警戒しているだろう異界品の流出は防ぐことができる。
「例えば個人が異界品を隠し持って、ダンジョン内でこっそり使用するということはありえますよね?」
「それは防ぎようがないな」
アイテムボックス内の監視を国に許すのは、探索者の権限が弱すぎてフェアな感じがしなかった。探索者の自己強化に使ってほしいものまでむしり取られていたら、探索者の生存率が下がってしまう。
どうせ隠しても換金することはできないし、バレるリスクも考えて隠し持つなり脱税するなら、こちらがあれこれ言うことはない。そもそも探索者を支援する王侯貴族も、消耗品などはある程度、探索者がダンジョン内部で勝手に処分しているとわかっているだろう。
あとは探索者とパトロン側の駆け引き次第だ。
アイテムボックスが、探索者の立場を多少は強くするだろう。
「マスター、さっきから適当すぎませんか?」
「まぁわりと楽観視しているかもしれないな」
「これで王家と諸侯の力関係も、少し変わってくるかもしれないですよ?」
「どうせ中央集権の流れは変わらないし、そんなに大勢に影響はないんじゃないか」
俺はこの一年ほど情報を集めて、封建領主体制は崩壊していると予想していた。有力諸侯たちがその状況にさからうほど愚かであるとは思えず、自分たちを売り込むタイミングを考えているはずだ。
いずれは官僚貴族として鞍替えして、王家に制限と圧力をかけて、自身の権益を獲得するべく動く。情報を隠したり最前線の攻略を争ったりしたとしても、それは王家との敵対というよりも、自分の価値を大きく見せるためだろう。
「俺が気になることがあるとしたら、アイテムボックスをめぐる探索者同士での争いだな」
「それはあちらが運用を工夫するべきことでもありますが、ゼロではないでしょうね」
パーティーの荷物を管理するやつが悪事をたくらめば、いくらでも悪さができてしまう。アイテムボックスの管理者はパーティーリーダーになるだろうが、その暴走を抑える運用が必要だ。
全員がアイテムボックスを使って、荷物を小分け管理するのが手っ取り早いが、誰もがそこまで余裕があるわけでもないだろう。
「アイテムボックスの強制開示が国家でさえも不可能ですから、わりと探索者同士の争いが泥沼化するかもしれません」
「うーん、犯罪捜査の強制開示に応じないやつが重罰くらうように、法律でもいじるんじゃないか?」
アイテムボックスの登場で法曹界も混乱状態になる気がするが、そのうち対応してくれるだろう。どうしても問題が発生したらシステム改修も検討するが、現状は様子見だ。すっかり冷めていたほうじ茶をすすり、ほっと一息入れる。
「ま、ともかく五十階は上手くいきましたね。おめでとうございますマスター!」
「やー、どうもどうも」
パチパチ拍手する白天使に片手を振って、安堵の笑みをもらした。
グロテスクなシーンも少なく、死者が出なかったので何よりだ。
「これも敏腕眼鏡秘書の私あってのことですね」
「その点は感謝しているよ」
秘書面しているが、実際に助けられてはいる。信じるにはポンコツな面もあるが、自分一人ではここまで来られなかっただろう。
アイテムボックスは稼ぐ探索者じゃないと活用しきれず、購入費用を回収できない。しかしその容量は、箱ほどのものから小部屋程度のものまであるので、使用できるなら不自由とはおさらばだ。
重量なしで荷物を持ち運べるので、長く潜るほどに恩恵を感じるだろう。
今後の探索者の活躍に期待したい。
アイテムボックス
異空間にアイテムを貯蔵することができる。
箱ほどの大きさから、小部屋ほどの大きさまで存在する。
使用するには、生体認証腕輪型デバイスと、DPシステムのひもづけが必要。
引継ぎコードを用いることで、紛失したデバイスの空間に接続することも可能。




