21 五十階攻略とクリア報酬
「鍋のしめはうどんにしよう」
「雑炊にしましょうよ、マスター」
「うどんの方が、出汁が感じられるじゃないか」
「卵とじのまろやかさがちょうどいいんです」
ダンジョンが出来上がってから、一年と三か月ほどが経過していた。
冬でも一番寒い時期ということで、昼からのんびり二人で鍋をしていた。
鍋の締めをどうするかで対決してしまい、いかに自分の提案が魅力的なのか、延々と議論していた。なぜかレディーススーツを着ている白天使は、どうでもいいこだわりを法曹関係者のように熱弁する。
本心を言えば、鍋の締めくらい別にどっちでもいい。ただ、負けた気がするから引きたくないだけだ。俺も白天使も意固地になりやすい性質が共通しているので、決着はつかなかった。
「そろそろ五十階のボス攻略だし、議論は時間切れだ。残りの鍋は晩ごはんにしよう」
「むっ、議論から逃げる気ですか?」
「いいから監視モニター見るぞ」
「はーい」
俺たちは今日も、第三階層九十九階にあるスカイレストランにいる。
場違いで使い古しつつあるソファーベッドを設置して座ると、空中に監視モニターを出現させる。
「いよいよ節目の五十階が攻略されそうですね!」
「クリアは確定ではないが、感慨深くはあるな」
小さめの円形カフェテーブルに、食後のほうじ茶を二つ用意する。湯呑でほうじ茶をすすりながら、浮き立つ心を落ち着かせる。
第三階層の開放から、一年が経過していた。
完全攻略まで二年を想定して作ったので、こちらの想定通りの攻略ペースだった。
死者が出やすいボス攻略は胃が痛い面もあるが、区切りでもあるので、覚悟して見ることを決めた。
「早く戦闘が見たいんですけど、あの人たち円陣組んで長話してますね」
「始まるまでの高揚感が、観戦の醍醐味だろ。お茶でも飲んで落ち着こう」
「ずっとそわそわしているのはマスターでしょう。血が苦手だからって、口からほうじ茶をこぼさないでくださいよ」
「注意するよ」
五十階は広大で、壁もない。
ちらほら柱があるフロアに、ボスのキマイラが一頭いるだけだ。
キマイラは合成魔獣であり、獅子と山羊と竜の三頭を持ち、蛇の尻尾を持つ。強力な火炎を吐き出すこともできるという、とんでもない性能だ。百階のボスの予行演習として用意したので、竜ほどでなくても巨大だ。
五十階の攻略は何度かあったが、キマイラはそれを返り討ちにしてきた。攻略失敗の結果、いくつかの派閥が自然と連合を組み、今回の攻略は三十人で行われることになった。
探索者には派閥関係もあり、全員が仲良しこよしではない。しかし情報のやり取りはあったし、利害が合えばこうして協力することもありえた。
「情報屋から事前に情報も仕入れてますし、対策は万全、これはほぼ勝ちでしょう!」
「でもなにが起きても不思議じゃ──」
「勝ちますから、安心してください」
「そうか、白天使がそう言うなら勝ちそうな気がするよ」
白天使の澄んだ声を聞くと、不思議と心のざわめきが治まった。俺の体は冷や汗をかくこともないが、内側では思った以上に混乱していたらしい。
「突入したか」
「第二階層の以来のボスですから、健闘に期待したいですね」
キマイラの竜の頭は火炎、山羊の頭は影操作、獅子の頭は探知を担当する。
この中で面倒なのは竜の火炎、次に山羊の影支配、最後に獅子の探知だ。
事前情報なしだと火炎で薙ぎ払われてしまうので、その予兆動作などの情報も情報屋から流してある。全てを信じたわけではないかもしれないが、頭にあるかないかで、かなり生存率に影響するだろう。
「遠距離攻撃はキマイラに当たらないな、猫のような身のこなしだ」
「巨体ながら回避性能は高いので、接近戦は避けられないですね」
よく三十人もいて同士撃ちしないなと感心するが、それが精鋭レベルということなのかもしれない。しかしキマイラには学習機能がついているので、このままちまちま削ろうとしても、しっぺ返しで瓦解するだろう。
キマイラは三頭の役割と性能がはっきりしているので、対抗手段を用意しやすいだろうと選んだ魔物だ。しかし基礎スペックも優れているので、頭のどれかを早期に落とせないと、撤退も視野に入るだろう。
「見た目だけだと猫とネズミの戦いだな」
「あっ、勝負に出ましたね」
探索者の一部がキマイラに急接近し、竜頭の火炎をあえて誘う。
そして、火除けの加護をもたらす異界品を使用する。本来なら探索者を灰にするはずの火炎は、しかし風に蹴散らされたように逸れた。
「あれすごいな」
「外から持ち込んだ異界品のようですね」
探索者側が切り札として用意したのが、火除けの加護をもたらす異界品だ。どれだけの火炎ならはじけるのかわからないが、作戦に組み込むくらいに高機能なのだろう。異界品の限界が来る前に、他の頭を潰せるかが勝利の鍵となる。
火炎の反動で一瞬固まったキマイラ。
その竜頭に向かって魔術の光輪が飛んで行き、首を締め付けた。
「竜の頭に何をつけたんだ、あれ」
「拘束、遅延、封印を複合した効果のようです。一足飛びに首を飛ばすのは難しいと判断して、まずは無力化することを選んだのでしょう」
火炎を使い隙だらけになったキマイラの竜の頭に、魔術士が協力して枷をとりつけたらしい。魔術の制御に集中する魔術士たちも動けないが、竜の頭も動くことままならない。キマイラの厄介さは半減したとみていいだろう。
「あとは影支配をどう安全に処理するかだな」
「影支配は一発逆転も狙える異能ですから、ここが正念場です」
影支配は影を媒介に発動するが、利便性と引き換えに殺傷力はない。しかし暗闇を広げて目を潰し、実体化させた影で足を転ばせれば、キマイラの質量で人は簡単に死ぬ。
「影支配の視界つぶしが発動しましたね。あっ、探索者も死にかけましたけど、切り抜けました!」
「助け合いは熱い展開だが、見るのが怖いな」
キマイラのターゲットにされた探索者を守るように、魔術士が光魔術を発動させた。キマイラの前でまばゆい光が炸裂し、立て直しの時間を稼ぐ。事前に策を練っていたらしく、危うさはさほどない。
のんびりと監視モニターを見ていた俺だったが、急に凄まじい光と音が襲い、一瞬画面を見失ってしまった。
「何が起きたんだ? 見えなかったんだが」
「魔剣の所持者が雷速で跳躍して、山羊の頭を落としましたね」
「さっきから離れて機を狙っているやつがいたけど、あいつか」
紫電一閃、魔剣はその瞬間に稲妻となった。
これで竜の頭に続いて、山羊の頭も無力化されたことになる。
俺には見えなかったが、キマイラの首を魔剣の刃と電撃で焼き切ったようだ。その刀身からは、電気がバチバチと漏れていた。
「いや、強すぎないか? あんなのがいたらダンジョンのバランスが崩れるんだが」
「すぐ味方に回収されていきましたし、一回きりみたいですけど、強敵殺しですね」
限界を超える移動速度は、生身で耐えられるものではなかったらしい。味方が感電しながらも担いで逃げて、それ以外は撤退支援をかねた追撃を行っていた。
「胴体を狙わなかったのは、刃渡りが足りなかったからか?」
「仕留めそこなえば反撃で死にますから、頭一つと交換で作戦を組んだんでしょう」
キマイラは、竜の頭を封じられ、山羊の頭を切り落とされ、残るは獅子頭だけになっていた。しかし、それでも生命力があり手ごわい魔物だ。
頭を一つ潰したくらいで勢いは衰えない。焼き切れた頭部は再生できなくとも、粘り強い戦闘続行は可能だった。
「キマイラが最後の意地で突っ込んでいったな」
「もう決着しましたね」
キマイラは勝利を求めて、竜の頭を封じる魔術士へと強襲をかけた。
しかし、そこは探索者の厚い守りがあった。粘るキマイラだったが、次第に手足が欠けていき、獅子の頭も落ちた。
そして竜の頭が落ちた時点でゲームセットだ。
悪あがきで蛇の尻尾が騙し打ちに動いたが、危なげなく処分された。
『第三階層、天高きバベルの塔の五十階攻略を確認しました』
『クリア報酬として、アイテムボックス自動販売機がエントランスホールに設置されました』




