20 NPCと涙の宝石
「マスター、探索者たちが追加NPCの青年に出会いましたよ!」
「接触は何階で起きた?」
「二十五階です、女性八名だけで構成されたパーティーみたいです!」
手先までだぼだぼの白パーカーで隠した白天使が、興奮した様子で報告に来た。俺は面倒くさいのでいつでも初期装備の学ランだが、白天使には気分で服を変える癖があった。
「女だけの探索者集団って珍しいな」
「貴婦人用の護衛部隊じゃないですか?」
「ああ、たしかに高貴な身分の女性には、腕利きの女集団がいた方が便利かもな」
「実力に見合わない二十五階で稼いでいますし、安全重視みたいです。雇い主のわがままで、小遣い稼ぎでもしてるのでしょう」
生まれ持った筋力を考えるならば、荒事は男が最適だ。
しかし魔術や身体強化を使うエリートまでいくと、性別では強さを判断できない。
武装した女は、それだけで実力があるという証明だった。そんな貴重な部隊をダンジョンに派遣するのは、いささか能天気に思えるが大丈夫なんだろうか。
「まぁ虫だらけの最前線に放り込まれないだけ、めぐまれているのかもしれないな」
「マスターはたかが虫を過剰に嫌いすぎですよ」
「生命と無機物のはざまみたいなところが気持ち悪い」
「あー! ひどい言いぐさですね。ハチみたいに人になつく種類だっているのに!」
四十階から四十九階までは、虫型の魔物の巣窟だ。
虫はあの小さいサイズあっての構造をしているので、巨大化すれば何でも強くなるというわけではない。しかし生理的嫌悪を覚えることもあって、探索者たちは実力以上の面倒さを感じているようだった。
「白天使はよく虫が平気だな、俺はどれも無理だ」
「クモなんて毛がもこもこしている種類がいたり、朝露にぬれた巣はレースみたいだし、かわいいじゃないですか」
「仮に百歩ゆずってクモがかわいいとしても、魔物の大きさだと恐怖が先行するだろ。攻略している探索者たちの顔色を見てみろよ」
「むむ、人間は自分よりも巨大でどう猛な生物だって、かわいがれる種族のはずなのに……」
現在の最前線は四十二階だ。蜘蛛をモチーフにしたモンスターを出したところ、なかなかに阿鼻叫喚な事態になっている。
アラクノフォビアという言葉があるように、一部の人間には見た目が生理的に無理だったようだ。俺だってあまり直視したくない。
「話がそれたな、NPCを発見した女集団を監視しないと」
「そうでした、マスターはあちこちに話が飛ぶ癖なくした方がいいですよ!」
お互い様だろうと思ったが、黙って監視モニターに現場を映し出す。
追加したNPCは、不審人物として手足を拘束されていた。
「NPCは拘束はされたままですね。DPカードの有無を確認して、NPCだと理解しているようではありますけど」
「うーん、警戒心が強いことだ」
DPカード未所持の探索者には、ダンジョンに入る許可がおりない。
厳重な警備を突破するなんてありえないので、DPカードを持っていないのはダンジョンの人形というわけだ。
しかし、NPCのふりをして犯罪を行うやつがいないとも限らない。
ダンジョン側で凶悪犯を立ち入り禁止にしているが、起きることを未然に防ぐことはできない。なので、警戒心は大切なことなのだろう。
「あ、NPCが事情を話しています」
「お情けちょうだいに聞く耳持ってなさそうだけど、大丈夫か?」
この追加NPCは二十階から低確率で出現する、青年タイプだ。
彼は大事な指輪を落としてしまったので、一緒に探してくれと語る。
しかし、探索者の女性たちに心動かされた様子はない。
「せめて子どもタイプのNPCだったら、対応も違ったかもしれません」
「子どものNPCにつめたくできるやつが、そういないのはたしかだろうな」
「マスターみたいに一見無害な人ほど、ストレスでつい子どもに当たっちゃうんですよね」
「俺に変な属性をつけるな」
これはよくあるNPC救助イベントだ。
NPCによって内容は異なるが、その悩みを解決すれば報酬が貰える。
「ところで、めちゃくちゃがさつでガラが悪いんだけど、あれが外の平均的な女なのか?」
「男社会で生きてたら、多少はたくましくもなるんじゃないですか?」
「なんか幻想が崩れていくな」
「マスター、おしとやかさと強さはなかなか両立しないですよ。貴公子みたいな探索者だって、そうはいないでしょう」
嘘だったら殺すと青年NPCを脅すさまは、その辺のチンピラよりも迫力がある。なめられてたら話にならないということで、戦闘民族化したらしい。
「イベント達成までしばらくかかりそうだ」
「ちょっと目を離したら、いつの間にかNPCが壊されてそうですね」
青年NPCの情けないキャラは、女探索者の集団との相性が最悪だ。
どうやら手を縛ったまま、囚人のように連行するようである。
「それより情報屋NPCの展開が気になるな」
「一番安い情報が売れてましたよ、DPの貯蓄がそれほどなかったみたいです」
情報屋はいぶし銀な無精ひげが特徴の、フードを被った謎の男だ。第三階層でランダムに出現し、DPと引き換えにダンジョンの情報を販売するのが仕事だ。
「高額情報はまだ取引されそうにないな」
「DPシステムの普及はもう少しかかりそうですね」
DPカード自体は、身分証明書代わりに携帯が義務付けられている。
しかし、魔石をDPに変換するとなれば、話は別だ。
財産でもある魔石を、形もないポイントに変換するなんて、尻込みするものが多数だった。国家だって推奨はしていない。なぜなら、DP所持者が死ねば、ダンジョンが全てを持っていくからだ。
生前の手続きがあれば、DPを他者に移譲することはできる。だがそれゆえに、不作為の殺人が起きることも懸念されていた。
最近こそ、自販機や商人NPCのDP限定商品で、利用は増加傾向にある。それでもまずは低額をDPに変えて、エレベーターの利用に使うくらいで、様子見しているものが大半だった。
「あいつから高額情報を引き出せば、かなり楽になるって気づいてほしいところだ」
「しばらくすれば結果が出ますよ、NPCもまだ出現して日が浅いですから」
焦っても仕方ないとはいえ、もどかしい思いだった。現場には現場の考えがあるのだろうけど、外野から見ればああすればいいのにと、つい口に出してしまうものだ。
現在、情報屋に持たせた情報は六種類だ。
塔の階数、セーフゾーンの場所、大まかな魔物構成、五十階ボス、百階ボス、未発見の宝箱の情報だ。
特に百階ボスの情報を購入すれば、かなり有利に立てる。
百階ボスの黄金の老竜は強敵なので、ギミックを利用してもらいたいところだ。
セーフゾーンの情報も重要だ。非アクティブの魔物が侵入しない場所なので、複数日ダンジョンに滞在するなら、最重要といっても過言ではないだろう。
「そもそも情報屋の見た目をあやしくしすぎたんじゃないですか? なんでスラムの住民みたいな男の人が、ダンジョンの中にいるんですか」
「情報屋ってそういうものじゃないか?」
「見た目があやしくてしゃべり方もおかしいNPCと、会話したい人はいないですよ」
「うーん、NPC自体の精度も甘いからアップデートが必要そうかな。探索者を言葉たくみに誘導できればいいのに」
流石に体が崩壊するレベルのバグ挙動はないが、外国人と片言の会話をしているような状況になっていることはたびたびある。そのたびに細かく修正するので、少しずつよくなってはいるはずだけども、先は長そうだ。
「そういえば、青年NPCと女探索者たちはどうなったかな」
「あ、ちょうどいいところみたいですよ!」
監視モニターに二十五階の映像を投影して、白天使と身を乗り出してのぞきこむ。そこには自分の骨と、恋人の指輪を前にして、笑顔の青年NPCがいた。
青年NPCは探索者たちに世話になったと感謝を告げる。
やがて彼の体は霞のごとく粒子化して、次の瞬間には骨と指輪もろとも、欠片もなく消え去っていた。その跡地には、一粒の涙のような宝石が残されていた。
「お化けだなんだとさわいで怖がってますよ」
「しんみりするはずだったんだが、好感度が足りてなかったか」
今回の青年NPCは、すでに死者であるという設定だ。
自分の遺骨と恋人の指輪を見つけると満足して、報酬に宝石をくれるというシンプルなパターンだ。
NPCは人間ではないが邪悪なものでもないというアピールのためのイベントだ。しかしこの様子だと逆効果だったかもしれない。今回のことは反省点として次に活かしていきたい。
「あの様子だと、報酬の宝石もどこか遠くに売り飛ばされそうですね」
「雇い主の奥様かお嬢様には、入手経緯をごまかして渡すんじゃないか」
流石に問い詰められたら詳細を話すだろうが、わざわざ宝石の査定結果が下がるようなことは言いたくないだろう。雇い主がたくましければ、案外気にしないかもしれないけれども。
「綺麗な宝石だから、きっと大事にしてくれる人に出会えますよ!」
「イミテーション扱いされると流石に悲しいし、そうだといいな」
宝石はティアドロップのサンタマリア・アクアマリンを出した。
結婚祝いにも人気な宝石で、幸運のお守りとしても名高い。
深い海のような透き通った色合いを出すのには苦労して、目の肥えた人にも納得してもらえるのではないかと思う。
裸石で出すか迷ったが、カット済みの方がわかりやすいだろうと涙のような形にした。あとはそのままめでるなり、勝手にアクセサリーに加工するだろう。
「ところでマスター、ここに綺麗な宝石が似合いそうな女性がいますよ」
「せいぜい飴玉がお似合いなお子様しかいないぞ」
さすがに口が悪すぎたのか、何度目かの追いかけっこをするはめになった。野生派な白天使は手ごわかったので、捕まってそのままあれこれとお叱りを受けるのだった。




