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2 ダンジョンマスターと白天使

「侵入者がダンジョンに入ってくるなら、それを利用しよう」


「利用ですか?」


「誰かに魔物を倒してもらって、そこから穏便(おんびん)に魔石を入手できる仕組みを作りたい」


「ふむ、そういう選択を取るのですね」


 ダンジョン発見者の扱いを問われたが、殺さないことが俺の答えだった。

 俺には記憶も思い出もないが、割り切って誰かを殺せる人間ではなかったようだ。


 天使のような少女の表情はいまいち読めないが、反対はしてこない。

 理屈から考えても、情報をもみ消すためにいきなり殺しを選ぶのは短慮(たんりょ)が過ぎる。最初の対応は方針を決める大事なもので、取り返しがきかない。


 殺人を簡単に選択すると、何をするにしても後々の信用に(ひび)く。リスクが高い殺人をするくらいなら、生かしておけば上手く状況をコントロールできるかもしれない。できれば自分の姿を隠しつつ、侵入者を殺さずにすませるのがベストだ。そのためには何が必要かを考える。



「侵入者をまねき入れて、今後のためのテストケースにするということですか?」


「ああ、俺の能力とやらが、どこまでの自由度なのかにもよるが……」


 ダンジョンは災害でもあるが、人々の生活に利用されているらしい。さながら鉱山のように、人々はダンジョンから産出する魔石を命がけで得ている。


 しかし、(のど)から手が出るほど、魔石が欲しいのは俺も同じだ。俺のダンジョンマスターとしての能力は、代償に魔石を要求するらしい。能力なんて言われた時はバカバカしいと思ったが、五感とは違う奇妙(きみょう)な感覚が、確かに自分の中にあった。



「それではサンプルに魔石を一つ差し上げますから、試してください」


「これが魔石か、カットして研磨(けんま)された宝石のようだな」


 少女は提出した魔石を質がいいものだと自慢(じまん)してきたが、聞き流して軽く観察する。大ぶりなそれはワインレッドの宝石のようだった。俺には観賞用にしか見えないが、本当にこんなもので超能力を行使できるのだろうか? 少女はこれを使って、ダンジョンマスターの権限を行使しろと言ってくる。


「マスターの記念すべき初仕事! わくわくしますね!」


「不安で仕方ないが、時間もないし、さっさと能力を使用するぞ」


 少女にもらった魔石を手のひらにそっと転がす。こんな小さなものの中に曖昧模糊(あいまいもこ)とした超常の力が渦巻いているのがわかる。これを俺の中に流すように操作すればいいのか、いったいどうやっ────コア内部にデバイスを仮想展開、プログラミング言語作成、プロセッサ、メインメモリ、ストレージ形成連携、ファームウェア、ドライバ、ユーザーインターフェース、オペレーティングシステム構築。プログラミング終了、データ設定ファイル・ライブラリと統合、コンパイル完了、アプリケーションソフトウェア設定終了、オールクリア、起動可能。能力覚醒、ダンジョンに接続します。────なるほど、これが俺の力か。



「迷宮転変」



 自分の中を目まぐるしく駆け回った力が外へと抜けだして、ダンジョンに干渉して染め上げてゆく。指定した空間が、たしかに願望の通りに変化するさまを把握(はあく)した。とりあえず成功のようだ。


「こんな感じになるんですねぇ」


「予想以上に消費が激しかった、しばらく何もできそうにないな」


 感心したとパチパチと小さな拍手をする少女に、力の抜けた体で返答する。少女の思惑(おもわく)をさほど聞かずにこちらで色々と決めてしまったが、怒る様子はなかった。魔石は能力に消費されて、いつの間にか手のひらから消えていた。


「何に力を使ったのですか?」


「ダンジョンを迷路のように拡張して、入口付近に広場を作った。それからとりあえず、自動販売機を壁に埋め込んでおいた」


 自動販売機といっても、実際は機械ではない。

 俺の能力が実体化しているようなものなので、ダンジョン外に持ち出しても機能しない。


 商品ディスプレイ、魔石投入口、商品提供口の三つを用意して、それぞれに物質転移(アポート)機能をつけた。あとは商品ディスプレイの下の空きスペースに、絵と文字で説明をつけただけだ。


 十分な魔石が投入されたことを確認すれば、商品ディスプレイのボタンを点灯させて、商品を選択可能にする。相手が押したボタンを確認して、魔石と商品をそれぞれに転送して取引成立だ。


 つまり自動と言いつつ、現在は手動である。いずれ台数が増えれば、自動管理システムを作成しないといけない。販売数量の管理、自動販売の制御プログラム、魔石の鑑定機能の三つがあればいいので楽な方だろう。



「商品を販売することで、魔石を回収するんですね」


「殺して(うば)うのは効率が悪すぎるし、俺たちが表に出て、直接集めるわけにはいかないだろう」


 見返りを与えることで、自発的に魔石を差し出させればいい。俺には魔石を使って、物質を生成する不思議パワーがある。ならば商品を用意して(もう)ければいいという発想は、ごく自然なものだ。


 人前に出れば話がこじれるなら、顔を出さずに相手を動かす。とりあえず、簡素な食料と水だけをラインナップに入れておいた。ランニングコストも考えると赤字が増えていくが、最初は割り切りも必要だ。


「ところで、自動販売機に(おどろ)いていないな。この辺りにもあるものなのか」


「出会いがしらにあなたの心を読んで、知識をもらったから知ってるだけですよ」


「それ、どういうことだ?」


「そんな怖い目で見なくてもいいじゃないですか」


 全てを読み取る前に、俺が抗議(こうぎ)したから途中でやめたらしい。少しばつの悪そうな顔で、そっぽを向いた。もう心は読んでいないというが、どこまで本当のことかはわからない。


「ダンジョンに話を戻しますけど、少年は魔石を持っているとも思えませんし、自動販売機を利用するとも思えませんよ」


「ダンジョンに入ってこないで引き返すこともありえるし、そうなれば後続に期待することになるな」


 臭いや空気が洞窟らしくないし、光苔(ひかりごけ)であかあかとした内部を見れば、異常を察して入らない可能性は高い。そこをクリアしても自動販売機の仕様に気づくかどうか、そして奥まで踏み込んでくるかも問題になる。


 しかしここには屋根があり、仮に雨や雪が降っても大丈夫な洞窟だ。森でふるえて眠るよりはと、危険は承知でこちらの様子を見る可能性はあった。


 もしも失敗したなら、少女に説得を頼むのもありかもしれない。見た目は神秘的な少女なので、敵として見なされることはないだろう。ただし、この少女は俺と同じくまともな存在とは思えないし、それは最終手段だ。



「このままだと少年が魔物のおやつになりませんか?」


「怪我一つなく倒せるように、弱い魔物を出現させるさ」


 俺ならば魔物の湧きも調整できる。とめどない雨をせき止めたダムのようにいずれ決壊するが、魔物の出現をストップすることはできる。


 今後を想定すると、一連の流れを誰かにやらせることに意味がある。たとえそれが子どもで、得られる成果が微々(びび)たるものであっても、前例には価値がある。


「マスターの考え方は理解しました」


「ためらいなく殺した方が、都合がよかったか?」


「え? どうしてですか、そんなこと私が言いました?」


 心底理解できないという顔で、少女は首を(かし)げる。

 これは俺が勝手に深読みして、勘違いしていたかもしれない。対立も覚悟の上だったが、どうにも気が抜けるありさまだ。疑ってかかっていたが、警戒レベルを一段くらいは下げてもよさそうだ。


「子どもを処理しろと言ってきたのは、殺せという指示じゃなかったのか?」


「深読みしすぎですよ、もう」


「そうか、疑って悪かったな」


「私なら人間の記憶を曖昧(あいまい)にするくらいは簡単にできます。殺さずに処理することも可能なんですよ」


「そうか、それはすごいな」


 顔が引きつるような感覚を隠して、乾いた笑いを返す。彼女の微笑みは純真なものに見えたが、俺は油断しないようにと自分をいましめた。


 もしかして俺の記憶喪失もこいつの関与じゃないのか? そう思いはしたものの、つついてこじれたら困るのは自分なので、何も言わないことにした。やはり警戒レベルは下げなくてよさそうだ。



「ところで、俺は君のことをなんて呼べばいいんだ?」


「本名を名乗るのはよくないかもしれないので、名前をつけてください」


 名前をつけろと言われても、俺にネーミングセンスがある気がしない。キャミソールワンピースからパンプスまで白一色なコーデから、三秒で名前をつけた。


「じゃあ、白天使(しろてんし)と呼ぶことにする」


「マスター、適当なあだ名つけてると女の子に嫌われますよ」


 白くて天使のような見た目をした超越者だから白天使、そのままのあだ名だ。(あき)れた様子の白天使には悪いが、女に嫌われようがどうでもいい。この体に愛欲があるのかも不明だし、そもそも必要以上に誰かと仲良しこよしする気もない。


「そっちも俺にマスターという適当なあだ名つけて呼んでるだろ」


「それはマスターの名前がわからないので……、いえ、失礼しました」


「俺に記憶がないことか? 知り合いがここにいるわけでもないし、俺は気にしないことにしたよ」


「強がりではなさそうなのがすごいですね」


 俺の立ち位置はマスターというよりも、マネージャーかアドミニストレータの方が適切かもしれないが、呼びやすさからしてマスターでいいだろう。それが新しい俺の名前だ。


 記憶がないのだから過去を気にしても意味がないし、思い出そうとしてまた頭痛でもしたら面倒だ。俺に大事な人がいようが、忘れた以上はどうしようもない。もしも記憶が(たな)に仕舞われたままなら、何かの拍子(ひょうし)に思い出すだろう。



「あ、少年が覚悟を決めて入ってくるみたいです」


「俺には見えないが、その調子で監視を頼む」


 俺もダンジョン内部に限れば、コスト次第で監視ができそうな感覚はある。しかし現状なら、白天使にやらせてリソースを温存した方がいい。白天使を信用したわけではないが、上手く利用できるようにつとめるだけだ。


「頑張りましょう、マスター! 私たちの栄光の道が、今始まるのです!」


「……お前、俺を隠れ(みの)にして何かたくらんでないか?」


「考えすぎですよ、相談役のポジションはお任せください!」


「たしかに聞きたいことは色々とあるが……」


 なぜ目覚めた俺の前にいたのか? 問いかけてもまともな答えは返ってきそうにないし、それが正解である保証もない。


「それなら白天使、このダンジョンの位置する国の政治体制、主要生産物、交易品や国際情勢を教えてくれないか」


「私がそんな細かいことを知ってるように見えます?」


 自慢にならないことを偉そうにしゃべる白天使に、思わずこめかみを押さえる。目を閉じても開いても、この夢はまだ覚めそうにない。退屈の暇もなさそうなくらい、面倒な日々が俺を待っていそうだ。

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[一言] 白天使胡散臭い¯\_༼ •́ ͜ʖ •̀ ༽_/¯
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