19 異界品と一周年
「最近、外は寒くなってきたらしいな」
「そういえばもう冬が間近なんですねぇ」
ダンジョン誕生からおよそ一年。すっかり晩秋となり、やや人の出入りも落ちてきた頃合いだった。
「白天使、異界品を二つ作ったんだけど、これ出していいと思うか?」
「はいはい、ちょっと待ってくださいね」
仮想シミュレーションのタブレットをぽちぽちしていた白天使が、パタパタと寄ってくる。初期と比べて白天使も仕事人間気質になってきたというか、自分の好きなものを作りこむのが案外好きになったのだろう。
「希少な異界品だから調整もがんばったぞ」
「使えない効果だと、関係者一同が微妙な空気になりますもんね」
マナを使って超常効果を発揮する異界品は、まだ十個も作っていない。
そのうち、発見されたのは六個だ。
使い捨ての魔術スクロールをばんばん出している身だが、使い捨てではない異界品は、一度出せば取り返しが利かない。作成コストが高すぎることもあるが、性能調整の問題で生産数を絞っていた。
数少ないそれらは性能の検証が行われたのち、所有を巡る駆け引きが行われたという。往々にして、発見者の属する派閥トップが最終的にそれらを手にしたが、献上したものに与えられる見返りは莫大なものだった。
もっと性能が良いものを、より多く手に入れたい。
人の欲望は加速し、ダンジョンに籠る熱は高まっていた。
「まずはこの手袋だ」
「ふむふむ」
リベラの緑手袋
豊穣の神の力を宿した手袋型の異界品。
過酷な環境であっても、これを用いて世話をした植物が枯れることはない。
これは研究者が希少植物を増やして、生育に必要な要素を洗い出すための異界品だ。高山植物などを育てるだけではなく、異種交配や品種改良の作業にも影響するだろう。無理やり生命維持しているようなものだから、寿命は縮みそうだが仕方ない。
もちろん高貴なる方の園芸遊びに使われるかもしれないし、いつかは犯罪組織が奪ってドラッグ作成にでも使うかもしれない。その先までは俺の感知できるところではない。
「悪くはないですけれど、これはまた独特ですね」
「一応手袋型にして、個人が世話できる範囲まで影響力を落としてある」
これは成果を出すまでの費用削減や時間短縮が目的であって、替えが利かないというほどのものではない。検証作業はある程度で打ち切ったが、なかなかにまとまったのではないかと思う。
「リベラというのは異界の神ですか?」
「モチーフにしたが、こちらの宗教と兼ね合いがよくないか?」
「最大宗教くらいしか知らないですけれど、排除対象にはならないと思いますよ」
「そういえばくわしく聞いたことはなかったが、何を崇めているんだ?」
総本山は離れた地にあるが、このダンジョンに関心を持つかもしれないとうっすら聞いていた。この国での影響力は少ないというが、最大宗教の動向は気になるところだ。
「滅びた種族が信仰対象です。まぁあやしいところだと、代弁者気取りが好き勝手しているかもしれないです」
「本当に滅びているのか?」
「……そんなつまらない話はどうでもいいじゃないですか」
「今でも元気に生きていそうだな」
紫の目を泳がせて、露骨に話をそらした白天使。
この白い少女は、もしかして現人神だったりするかもしれない。散々な扱いをして、薄給でこき使っているので、信者にバレたら殺されそうだ。
「それで次の異界品は何ですか? 私も自分の作業したいのですけど!」
「ああ、悪い。次はイヤーカフだ」
月影のイヤーカフ
淡く光る霊石から作成された、耳に取り付ける装身具の異界品。
使い手のマナ操作を補助し、素質のないものさえも魔術士に押し上げる。
「誰でもお手軽魔術士にできる異界品ですか! これはシンプルに強いですね」
「探索者に持たせるつもりだったんだけど、高貴な方の護身具になってもおかしくないかな」
人間にマナを扱う素質が欠けているなら、外部装置でどうにかならないかという実験結果だ。マナ吸着率が高い霊石を、精神感応するように加工することで実用ラインに達成した。悲しいことに俺はダンジョン干渉に特化しているので、使っても恩恵が受けられなかった。
「指輪みたいにつけやすいですし、これは喜ばれそうです」
「物の価値がわかるやつなら、リベラの緑手袋の方を評価するんじゃないか?」
「個人に恩恵をもたらすものほど、奪い合いは激化するものです」
そういうものだろうか。たしかに素質がなくても、魔法少女になれるような異界品だ。物好きが争いあって消耗しあうこともあるのかもしれない。
「今の最高到達地点は、第三階層の三十七階だったか。じゃあ四十から五十の間に配置するか」
三十階から四十階は特に癖のない、群れる習性のある獣型の魔物が多い階だ。実力に見合う仲間を作ってほしいという思惑もあり、四十階以降の難易度上昇のための足切りゾーンだ。
獣型は察知能力が優れているのが厄介な点でもあるが、人間の罠や道具も通用しやすい。協力さえすれば安定して突破できるだろう。
「低層には置かなくていいんですか?」
「最近、第一階層で二つ持っていかれたからな、しばらくは先行組が優先でいいと思う」
いつぞやの少年が妖精の洞窟に侵入していて、二つも異界品を持って行った。流れ着いた妖精が洞窟に住み着いていて、深層のお宝をコレクションをしていたらしい。
そこから持ち出したのはマナを操る最上級の宝物、異界品だった。
当然、上から下への大騒ぎだった。
「あの子もせっかく見つけたものを取り上げられて、かわいそうですよね」
「命まで取り上げられなくてよかったじゃないか」
一週間は軟禁状態だったようで、誰もが扱いに困ったようだった。しかし後見人が複雑な立場にある人物だったらしく、事なきを得た。
手に入れた星屑の腕輪を王家に供出することで、もう一方の氷の短剣の所持を特別に認められさえした。
いわば王家公認の探索者というわけだ。
影の妬み嫉みはあるだろうが、王家に喧嘩を売る短慮な人物はいなかったらしい。窃盗をたくらむやつはいるだろうけれども、表立った問題は起きていないようだ。
「そういえば氷の短剣の設定をしたのは、白天使だったよな。どう設定したんだっけ?」
星屑の腕輪は、俺が追加したシールド発生能力のある護身具だ。
氷の短剣は隠し空間に神殿を作った時に、白天使が作ったものだったはずだ。
「仕様書があるのでどうぞ!」
「どれどれ」
自信たっぷりな白天使はタブレットを操作することで、半透明の情報画面をこちらに向けて構成する。
魔剣グラキエス
溶けることのない氷晶が形を成した短剣型の異界品。
マナを氷に変換して操作する異能を使い手にあたえる。
玲瓏なる諸刃はやがて暴走し、使い手さえも飲み込む。
「呪いの装備じゃないか!」
「とがってる方が性能良くなるじゃないですか」
「こんなものを使いたくなるやついるか?」
「マスター風に言えば、ロマンがあります!」
力説する白天使には悪いが、これは扱いが難しすぎる。たしかにセーフティを壊すようなデメリットをつければ、ある一面では強力な装備を作り出せる。
しかし、これの所持者と仲間になりたいと思うような、度胸のあるやつは少ない。王家が所持を認めたわけだ。ようするに調べた結果、扱いづらかったので下げ渡されたのだ。
「初手からこれって、お前に異界品の作成センスなさそうだな……。確認がずさんだったあのころの俺も悪いけど、別の作業割り振るか」
「あ、ちょっと、権限は取り上げないでくださいよ! わかりました、わかりましたよ、次は使いやすいものを作りますから!」
「本当だろうな?」
「もう少し信じてみてくださいよ」
散歩に行きたがる犬のように、腕にひっついて離れない。しかし見た目とは裏腹に、握力はゴリラのようで振りほどけそうにない。腕が痛いので認めることにするが、本当に任せて大丈夫なのだろうか。
「まぁあれは初作だったし、大目にみるか」
「やー、マスターはさすがですね、ちゃんとわかってますよ」
「見え透いたお世辞だな……。話はこれで終わりだし、ついでに俺が調整したお菓子を味見してくれるか?」
「やった、ありがとうございます!」
白天使が反省しているかは不明だが、顔色がころころと変わってせわしないやつだ。
一周年のねぎらいというにはささやかだが、マロンペーストのマカロンを一人につき二つ、チョコレートフレーバーの紅茶を用意する。
マカロンはバリエーションも豊富だが、外の季節に合わせてマロンにした。最初は紅茶に合わせてストロベリーにしようかと思ったが、季節限定というのはそれだけでお得感があるものだ。
俺たちのいるスカイレストランは、そこら中に白のテーブルとイスがあるので、ティーセットのセッティングには困らない。
「これ、手に持った感じはすごく軽いですね」
「俺もあまり知らないが、だから贈り物に便利なんじゃないか?」
「私なら、贈り物はずっしりとしている方がうれしいです」
「欲望に忠実なやつだ」
白天使は舌切りすずめのお土産を見て、ノータイムで大きなつづらをもらいそうだ。
俺は遠慮して小さなものを選んでしまう性格だが、あげる側からすれば、強欲なくらい素直な方が気持ちよかったりするかもしれない。そういう生き方にはあこがれがあった。
「これ、さくさくしてる生地と、中身の濃厚さがほどよいバランスです!」
「そうか、それはよかった」
白天使は白い髪がさらさらと動くくらいにご機嫌で、二つのマカロンをあっという間に完食した。俺が紅茶の匂いを確認している間の、早わざだった。
白天使の喜びようからして、女や子どもに渡すアイテムとして人気になりそうなので、自動販売機に期間限定で追加しておく。誰かに独占されてもつまらないので、DP限定商品にして購入制限もかけておく。
結局は裏取引されそうな気もするが、たまにはストレートに人気が出そうな商品を自販機に追加してもいいだろう。
「もう二つ食べ終わっちゃいました」
「じっくり味わって食べないからだろ……。俺には甘すぎるけど、軽い茶菓子にはちょうどいいなこれ」
「前からずっと思ってましたけど、マスターの食事スピード遅くないですか? 一口でかじるサイズが女子ですよ」
「白天使が早すぎるだけだ」
一つ目のマカロンを少しずつかじる俺を、白天使がじっと見つめてくる。
気まずさに耐えきれず、残った一個を無言で差し出すことになった。
一年経過しても、食いしん坊なのは変わりないようだった。




