18 魔術犯罪と鑑定機能
「最近夏も終わって、涼しくなったらしいですね」
「俺たちはずっとダンジョンにいるから、環境は変わらないけどな」
「もうすぐ一年ですね、マスター」
「そういえばそうだっけ、問題が次々と起こるから忘れていたよ」
ダンジョン開放から十か月、第三階層開放から八か月が経過した。
季節は夏を過ぎて、秋に突入していた。
「問題といえば、また外で魔術士による強盗犯罪が起きたらしいです」
「ああ、最近は魔術士が急増しているからな、頭が痛い……」
人間はマナを体内に留めたり、大気から吸収する力をほとんど持たない。しかし、マナの固まりである魔石を、力として制御することに成功したのが魔術士だ。
素質があるのは百に一人、才能がある天才は千に一人、代わりがいないレベルになると万に一人もいない。ほんの少し前の時代において、権力者とは魔術士のことを指していた。現在の王侯貴族も、祖をたどれば魔術士に行きつくことが多かった。
なぜ彼らがこのダンジョンに集まったか?
単純に仕事がないからである。
「自動販売機の物資提供をやりすぎたか」
「ダンジョンの産出量以上の魔石が、ここでの買い物に消費されてますからね」
「予想ができても対処が不可能なのは歯がゆいな。胸が痛い……」
現在、彼らの商売道具である魔石が、このダンジョンに大量流入中である。
通常ならダンジョンの鉱山化により、魔石の供給が増えて値段もやや低下する。
しかし、それ以上の魔石をダンジョンの自動販売機が飲み込んでいる。魔石の全体数が減り続けて、相場が上がるという逆転現象が起きていた。
それでも魔石を入手できるならばいい方で、軍事物資でもあるから伝手がないと金を積んでも手に入らない。万に一人の魔術師は影響も受けないが、千に一人レベルのものはこの余波を食らった。
目ざとい貴族や商家が、困窮した彼らにすり寄って声をかけた。
ダンジョンに潜れば儲かるぞ、と。
「魔術士って貴重なんだよな?」
「こんな状況でもなければ、引く手あまただったと思いますよ? 公共工事計画も、いったいどれだけ凍結されたんでしょうね」
「ああ、胃が痛い……」
「頭は痛いし、胸は痛いし、胃も痛いって、マスターの体はどれだけボロボロなんですか」
魔術士の中には、別の商売に鞍替えするものもいれば、住み慣れた土地でのんびり過ごすものもいた。しかし、そうはいかないものもいた。
それはプライドがあるからだったり、財産がなかったり、時流を見る目がなく気づけば手遅れになっていたり、生活レベルを変えたくなかったりと理由は様々だ。
ダンジョン近辺や交易路に伝手のあるものは好景気だ。しかし割を食う地域にいるものは、よくなる要素がないとわかり切っていたのでダンジョンにやってきた。
そうやって千人に一人の天才魔術士たちが、ダンジョンに押し寄せたのである。
「大半は馴染んでいるとしても、魔術士の犯罪で偏見持たれたりしないか心配だ」
「偏見を持たれたとしても、彼らを使わないという選択はありえないから大丈夫ですよ」
「あいつらダンジョンでも強いものな」
「強いからこそやっかいな面を抱えているというのは、ままあることです」
魔術士にはたしかな需要があったので、大多数はそのまま馴染むことができた。それでも、後先考えずに魔石を派手に使用したり、フレンドリーファイアしたりするようなやつは願い下げだった。
魔石にかかる費用はパーティーの運用資金から出るわけで、使いすぎれば稼ぎが落ちる。自分勝手な魔術士は、探索者仲間からもパトロンの貴族からも嫌われて排除された。
そうして落っこちて犯罪者になった者は、悲しいことに一定数いるのだった。彼らはダンジョン内部で犯罪を起こせば締め出されてバレるので、ダンジョン外で犯行を行った。
「俺の力で、魔術士の犯罪をどうにかできなかったかな」
「こればかりはマスターでも難しいですよ」
彼らが根っからの悪人だったかというと、それは考え難い。少なくとも満ち足りていたなら、他者を害さない社会性はあったはずだ。犯罪は個人の資質よりも、環境が大きな要因となる。彼らは上手くやれなかったが、違う道はあったはずだ。
「王家が動いていますし、ダンジョン外の犯罪対策は信じておまかせしましょう」
「俺たちが気にするべきは、犯罪以外のことか」
起きてしまった犯罪への対処は、たしかに国家のやることだ。不幸中の幸いで、今のところはどれも単発の犯罪で、犯罪組織がこの町にできている様子はない。
現在の俺には、犯罪者をダンジョンから追い出す以上の干渉はできない。未然に犯罪を防ぐような仕組みづくりは、難しいものだった。
「あ、犯罪でもひとつ気がかりなことはあります」
「聞きたくないんだけど、気がかりって?」
「どうやらここに通じる宿場町で、産地偽装の商品をばらまいている詐欺師がいるみたいです」
「ダンジョンのブランドをつけて、粗悪品を売りさばいているのか」
ガラクタをここの出土品と偽って売りつける。たしかに詐欺としては儲かりそうだ。悪意のある販売元が捕まるならいいが、蒸発して泣き寝入りなこともあるだろう。
詐欺を知らずに転売でもしていれば、騙された被害者同士で殴り合いだ。俺の知識では善意で無過失の第三者は保護されそうだが、ここの法律でどうなるかはわからない。
「偽装した対象は自動販売機の商品か?」
「いいえ、ダンジョン内部で見つけた宝物であると、嘘をついたようです」
自動販売機の売り物は、ディスプレイに説明を映したり、本体に説明書を添付したりしている。そもそも量産品が多いので、偽装するのに適していない。
しかし、ダンジョン内部の宝箱からは希少な一点物も多く、それらには説明書がないものもあった。例えゴミのように見えるアイテムであっても、ダンジョンのものなら利用価値があるかもしれない、と考えたやつが引っかかる仕組みのようだ。
「うーん……、宝物の鑑定機能を実装するか」
「ダンジョンのお墨付きとして、品質保証の鑑定書でも発行するのですか?」
「そうだな。紙の鑑定書を出しても詐欺の撲滅は難しいかもしれないが、牽制にはなるだろう」
骨董品の詐欺もそんなものだ。箱や鑑定書だけが本物で中身が偽物だったり、相手の意識の不意を突いてくるのだ。私は怪しいですよと近づいてくる詐欺師はいない。
「鑑定書にも工夫は必要かもしれない、なにかあるか?」
「性能解説をくわしく記載して、ホログラムのシールを使ってみたらどうです?」
「ふむ、実装コストはかかるが悪くはなさそうだ」
「王侯貴族はDPを支払ってでも、信頼を欲しがりますから、いずれは元も取れますよ」
シールの偽装や付け替えなど、抜け道は出てくるかもしれない。しかし詐欺師もかかる労力にふさわしいリターンがなければ実行しないだろうし、導入効果はありそうだ。
「第三階層のクリア報酬は鑑定機能でもよさそうだが……、そうなると一年は先になるな」
「犯罪対策としては後手になりますね」
一年は長いし、バベルの塔の五十階到達記念を名目にして、いやそっちは追加したい重要なアイテムがある。もういっそ雑に追加した方がいいかもしれない。
「よし、今からアップデート入れて、DPカードの発券機に鑑定機能を追加しよう!」
「えっ? 随分急な判断ですけど、そんなに偽物が流通するのが、嫌だったんですか?」
「それもあるが、今後が忙しくなるだろうから、さっさと対処しておきたいんだよ」
「しかし理由付けが難しそうですけど……」
対処を考えろと言ってきた白天使も、流石に急な思い付きにとまどっているようだった。それはわかるが、今後の実装予定を考えたら、時期をずらして余裕は持っておきたい。追加要素の不具合処理が重なれば、食事も睡眠も取れなくなる。
「DPカード発券数やDP利用数が一定に達したからとか、適当に理由をアナウンスすれば納得するだろうさ」
「マスターって肝心なところで雑な人ですねぇ」
人間は理由を求める生き物なので、勝手に考察するだろう。もちろん普段からあれこれ勝手にやっていいと思っているわけではなく、今回が特別なだけだ。
「鑑定機能の中身は三日をめどに作る、いそがしくなるぞ」
「そうおっしゃるなら、しかたないから付き合ってあげますよ」
まず鑑定機能を追加する上で一番大事なのは、鑑定を間違えないことだ。
持ち込まれるのが、このダンジョン産のアイテムだけなんてことはまずない。偽物を上手く本物にすりこませようと、小賢しい真似をするやつは絶対にいる。
たとえば混ぜ物をした茶葉を用意したり、悪意がなくても真偽不明なものを持ち込むやつもいるだろう。俺が一度でもそれに引っかかったら、ダンジョンの信用が地に落ちる。
「マスター、ちょっと嬉しそうですね」
「相手は悪知恵勝負のつもりで仕掛けて来ても、こっちは不思議パワーでごり押しできるからな、くっくっくっ」
これまで用意してきたアイテムには、消耗品以外は内部に念のための型番が入っている。作成した履歴だってデータとして残っている。そもそも設計図があるものなら、それとスキャン結果が食い違えばエラーではじけるだろう。
唯一無二の異界品に型番はないが、そもそも俺を騙せるくらい高度なものを自作できるなら、犯罪に手を染めないだろう。どこかで囲われて屋敷から一歩も出られないだろうが、出る必要すらないほど、何不自由ない環境を得られるからだ。
「マスター、なんだか笑い方が変態っぽいですよ」
「ほぅ、いい度胸しているじゃないか」
頭を両のこぶしで締めつけてやろうとしたら、脱兎のごとく視界から消えてしまった。白天使の危機察知能力は、雪うさぎのように優れているみたいだった。




