17 焼き鳥と自販機と娯楽
「火をつけましたよ」
「ああ、ご苦労さま」
第三階層の屋上にて、青空を見上げて背伸びしていた俺に、白天使が声をかけてくる。
七輪と炭と着火剤を置いて、着火は白天使の便利パワーにやってもらった。こいつの便利パワーを魔術なのかと聞いたが、一緒にするなと怒られた。専門家には大事な違いがあるのだろう。
「それで、焼き鳥って次はどうするんです?」
「金属の串置きを金網に二本置いて、それに乗せて適当に焼けばいい感じになる、と思う」
こんなことをしなくても、俺は完成した焼き鳥そのものを出すことができる。はたして俺の記憶を参照しているのか、出身世界を参照しているのか、その過程は理解していない。ともかく、俺の能力は便利極まりないものだ。
しかし、工程が複雑なものほどコストが指数関数的に上がり、品質も低下してしまう。焼きあがった焼き鳥をゼロから作り出せるが、そうすると本来の味からは一段下がる。
これは最初から完成した焼き鳥と、焼き作業を自分でやった手作り焼き鳥を比べて、どのくらい味が変わるのかという実験である。仮により美味しい焼き鳥ができたとして、それを能力で出せるようになるのかも、気になるところだ。
「やり方は本当にこれでいいんですか?」
「自慢じゃないが、七輪なんて数えるほどしか使ったことないからな」
「はぁ、どうしてそんなものを用意したんです?」
白天使は計画性のなさに呆れた様子で、脇腹をつついてくる。炭をうちわで扇ぐ作業中なので、仕返しできないのが腹立たしい。
特に根拠があるわけじゃないが、焼くものなら七輪の炭火焼で美味しくなるだろうという偏見があった。
串に刺さった状態の肉や野菜を作ってあるので、あとは焼いてタレを塗って、二度焼きするだけだ。本格的に焼き鳥屋をやるなら、細かい下ごしらえと専用設備がいるが、実験にそこまで手間をかけたくはない。
「レシピは能力で作れなかったんですか?」
「正確なレシピと調理器具もまとめてそろえるレベルだと、第三階層がもう一つ作れるほどDPがかかる」
「費用対効果が悪すぎますね」
知識や機械は曖昧さが許されないからか、コストが増大しやすい。精密機械をばらまくなんて、下手すると一生できないだろう。俺には似非自販機のように、ダンジョン機能で強引にそれらしく動かすくらいしかできない。
「一応これで焼けたかな。最初から出来上がった状態の焼き鳥も、作って並べてと。シンプルなねぎまから試食してみようか!」
「いただきます。あ、このつくね、手作りの方が美味しくなってる感じしますね! 炭の香ばしさがあります!」
「ああ、うん、じゃんじゃん比較していこう。念のために言っておくと、これは実験だからな。同じものは食べるなよ、俺の食べる分がなくなるから」
「もしかしてマスターって、私を意地汚いだけのアホだと思ってません?」
それからしばらくは、黙々と焼いて食べくらべた。美味しいものの、費用対効果は微妙だ。使った後の灰の処理もしないといけない。使った調理器具の金網だって、DP節約するなら水と洗剤とスポンジで洗わないといけない。
「それで、手作り焼き鳥の再現はできそうですか?」
「再現はできるみたいだが、コストは変わらないから微妙だな」
「再現できるなら、より美味しいものを食べられるようになるじゃないですか!」
「品質向上が確認できたことはうれしいが、最初は自分で作らないといけないというのは面倒だろう」
これでコストが下がるなら言うことなしだった。精密機械を自作して、低コストで大量生産も考えていたが、それは夢と散った。成功したとしても、どうせ精密機械を表に出すわけにはいかなかったが、可能性は大事だ。
ともかく、コストが上がることなく再現できただけ儲けものだ。
そう考えるしかないだろう。
「たまになら試行錯誤してみるのも悪くないですよ。料理も面白そうです」
「俺はできることなら宮廷料理人を呼んで、美味しい料理作らせてコピーしたい気分だ」
実はエントランスホールでは自販機以外にも屋台が出ていて、この国の通貨で食べ物が売っている。王家が許可を出してるだけあって身元のちゃんとした商会で、きっと美味しいのだろう。
しかし買うなり盗むなりするほど、俺は蛮勇ではなかった。支出予定もないのに通貨を集めることは控えているので、手持ちもない。
たまに探索者が死んで奪う機会はあったが、サンプルにいくらかもらった程度だ。毎回通貨をこっそり持っていったらバレてしまうし、死体ごと消せば探索者側が困る。
「自販機も増やしたし、エントランスホールもにぎやかになったよな」
「見てると面白いですね、自販機も並んでいる列が途切れないですし」
自販機は衛生品関係が最も人気があり、二十台ある。
ティッシュ、トイレットペーパー、歯ブラシ、生理用品、避妊具、などを販売し、日中は休みなく稼働している。一般開放されているが、何台かは国家に優先権がある。
衛生品の次に多いのが食料品で、十五台だ。
食料は実験もかねているので、気まぐれに商品を切り替えたり、値段も高いので売上は安定していない。高級酒、菓子類、各種茶葉は人気だが、その影響力と保存が利く性質から宝箱産になることも多く、自販機に流すことは少ない。
「しかし、酒ってなんであんなに人気あるんだろうな。俺には理解できない」
「えー、マスターが前に出したロングアイランドアイスティー、おいしかったですよ」
「あれは酒でアイスティーを再現した、馬鹿みたいなレディーキラーのカクテルだぞ」
「私は百杯飲んでも死にません!」
焼き鳥に合わせてビールをがぶがぶ飲んでいた白天使が、自慢げに胸を張る。
レディーキラーはそういう意味ではないし、それはもはや酒豪どころではない。蟒蛇である白天使は、アルコール度数九十六のスピリタスを二リットル飲ませても平然としていそうだ。
人間はもろいので、外に出す酒の度数はなるべく低く抑えて、香りづけでカバーしている。それでも樽や瓶があっという間に売り切れるために、やはり嗜好品として人気なのだろう。
現代医学では、そもそも酒は毒だ。安い蒸留酒を出して中毒者が増えて、禁酒法ができあがっても困る。供給は絞り続けていて、それが価値を高めているふしがある。
「ついでだし、この焼き鳥・改も自動販売機に並べてみるか」
「シンプルな肉の暴力が、人間のみなさまを襲うわけです」
「このくらいジャンクな方が、こだわった料理より人気が出たりして」
「ふふふ、マスターの純和食シリーズは損切りをおすすめします。時代はお好み焼きや餃子を求めているのです!」
消費期限のあるものは評価がわかれることもあるが、おおむね楽しんでもらえている。その光景は、地球ではとっくに廃れてしまったアウトマートという、自動販売機を集めたレストランのようだ。
料理を紙食器で出しているので、それを回収して再利用しようとする人もいる。衛生面を考えて使い捨てで出したものが、衛生が心配な運用をされているというジレンマだ。紙食器単体は売りに出してないから、そうやって集めるのだろう。
「出汁を活かした和食も悪くないと思うけどな。自動販売機は、あれなんか違うなこれって商品が混じっている方が、逆によかったりしないか?」
「需要のある品だけあればいいでしょう、世の中は競争主義です!」
「風情がわからないやつだな、冷血人間め」
「だって人間じゃないですもん」
そんなこんなで自動販売機には無駄なものもあり、細々とした雑貨が十台に並んでいる。しかし国家の目が常時光っているので、一点物や数量限定品はすぐに持っていかれる。
そのために、どうしても影響の少ない量産品を並べることが増えた。購入制限をかけることも少し考えたが、最近は数量限定品にするくらいなら、ダンジョンの宝物にすることを考えている。
「需要は魔術スクロールだけでいいんだよ、あとは全部が趣味だ!」
「あー、ひどい開き直りですね!」
魔術スクロールは、今でも一台だけだ。近づいた奴が問答無用で牢にぶち込まれかねないくらい、国が厳重に管理している。
せっかくなので管理しやすいように、他の自販機の位置を動かして距離も空けておいた。今後追加していく階層の開放権限も、魔術スクロール自販機に追加していく予定だ。
「しかし、それにしてもテーブルゲームは評判も微妙だな」
「うーん、私はどれも面白いと思いますけど、人間の知能には難しいのでは? あと馴染みのある遊技の方が、皆さん愛着もあるでしょうし」
テーブルゲームとして、トランプやら将棋やらすごろくやら追加したが、さほど売れていない。現地にも似たようなものがあり、物珍しさ程度ではシェアを奪えなかったのだ。
俺だって海外のテーブルゲームが面白いと言われても、覚える気にならないので、考えてみると当然だった。
最新ゲーム機とソフトなら売れるだろうが、出そうとしたら魔石がいくらあっても足りない。綺麗な加工を施したカードゲームを持ち込んだり、賞金の出る大会でも開けば人気が出るかもしれないが、そこまでする気にはならなかった。
「いっそテーマパークでもつくるか?」
「お姫様役ならまかせてください!」
冗談めかした俺に、冗談めかした白天使が即答する。
お姫様の立候補を、本当にお姫様然としたやつがやったら冗談にならない。
「ははは、見た目だけはたしかに似合いそうだな」
「んん? その余計な一言は必要でしたか? 素直に似合うよと言える人がカッコいいですよ?」
「はいはい、かわいらしくて大層お似合いですよ」
「白天使ポイントを一点追加してあげます」
面倒だったので義務的に返答した俺に、うんうんと頷いている白天使。ポイントを貯めたら何になるのかというのはさておき、娯楽について深く考える。
俺が娯楽にこだわるのは、そこに需要のきざしがあるからだ。
というのも、ダンジョン内には探索者だけではなく、商人の他に見物客もいたりする。すでにダンジョン外には町ができていて、そこの住民ならば許可を取って、エントランスホールに入ること自体は可能なのだ。
俺が作ったエントランスホールは、照明を埋め込んだ、白い大理石タイルの巨大空間だった。しかしいつの間にか、内部のインテリアや長椅子、カウンター、観葉植物、カーペットなど、誰かが勝手に置きまくってホテル状態である。
俺の能力を使って、設置物をダンジョン権限で回収することもできる。しかし冷や水をかけても意味がないので、するがままに任せていた。
露店もあるし、芸事の見世物もあるし、公認のダンジョン出土品の買取コーナーもあるし、めちゃくちゃだ。エントランスホールの拡張は、どこまでいくのだろうか。
「テーマパークを作るとしたら、テーマ、アトラクション、内部構造、安全性の確保、利用者の警戒を解く方法なんかも問題だな」
「本当にダンジョンとしてテーマパークを作るんですか?」
「使用料をどうにかして徴収できれば悪くないと思うんだが、環境をととのえるのは難しいか」
野菜もそうだが加工前の生きた植物を作ることは難しく、そうすると殺風景になりがちだ。仮にコスト度外視で成功したとしても、探索者に嬉々として刈り取られたら何の意味もない。
ダンジョンの生命を作り出す適性は低い。魔物やNPCのように疑似生命を作り動かすだけだ。いっそ開き直って造花を突き詰めてもいいかもしれない。
「エントランスホールみたいに、人間に飾り立てさせればいいんじゃないですか?」
「うーん、色々と問題だらけな気がするから、保留だな。まぁ屋上でやる実験は済ませたし、スカイレストランに戻るぞ」
「はーい、ごちそうさまでした!」
「ごちそうさまでした」
テーマパークの優先順位は高くない。考えることは他にも山ほどある。老いた竜の寝所を乱すのもはばかられることだし、足早に階段を降りた。




