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16 NPCと天上の覇者

「マスター、マスター! 探索者の六人組が、商人NPCと接触しましたよ!」


「おぉ、とうとうか」


 焼き鳥を用意するために、動かしていた脳内を止める。興奮した白天使の(さけ)びに、いそいそと様子を見に行く。ソファーベッドの先客(せんきゃく)である白天使に肩をバシバシと(たた)かれながら、座ってテーブルの監視モニターを見る。


「ダンジョンの中を一人で歩きながら商売しているなんて、明らかにやばい人か罠だよなぁ」


「絶対それくらいわかりやすい方がいいですって」


「さて、NPCは成功しないとまずいんだが、どうなるかな」


擬態(ぎたい)した魔物扱いされても不思議ではないですね」


 第三階層のバベルの塔で初実装となった新要素、それはノンプレイヤーキャラクターだ。ようやく完成したので、二十階以上にかぎり、確率で探索者の周辺に出現するように設定した。


 NPCは魔物を真似(まね)て作られた、マナを人と同じ外見に成形したまがいものだ。壊れてしまえば、泡沫(うたかた)の夢のように跡形(あとかた)もなく消える。そこに命も感情もないので、いわば高性能な人形といったところだ。そのままだと完全に制御不能なので、中身の調整に苦労した。


 元々の発想としては、木を隠すなら森の中だった。

 俺と白天使はこのダンジョンの中枢(ちゅうすう)(あたい)するので、見つかると困る。しかしNPCを当たり前のものとして認めさせれば、ダンジョン内で大胆(だいたん)に動いたり、干渉(かんしょう)してもリカバリーできるかもしれないという考えだ。


 また、NPCはダンジョン内のヒント役としても使えるだろう。探索者の誘導役は、今度からNPCにやらせていこうと思う。第二階層での出来事は、反省点として俺の中に残っていた。



「めちゃくちゃ不審(ふしん)がられていますけど、会話が成立してますよ!」


「長かったなぁ……、本当に長かったなぁ……」


「感動の涙でも流しそうな顔ですね、マスター」


「これまで苦労したからな、ああ、ハンカチありがとう」


 実装は容易(ようい)ではなかった。対話も可能なほどの、高度かつ柔軟なAIを作り上げるには知識がなかった。地面に立たせてここはなんとかの村です、と全ての接近物に言わせ続けるだけなら簡単だ。


 しかし対象を正しく認識し、相手の事情に合わせて仕込んだ表情や会話パターンを出させるのは、至難(しなん)(わざ)だった。


 自然すぎても問題だが、不自然さはできるかぎり消さなければいけない。会話途中にあらぬ方向を向いたり、相手の会話をさえぎって話し続けたり、壁にぶつかったまま前進し続けるなど、どう考えてもおかしいからだ。



「DPカードで商品を買うつもりらしいです、商人から追いはぎはしないんですかね?」


故意(こい)の犯罪はダンジョンに入れなくなるし、王家も諸侯も嬉々(きき)として所属先を()め上げるから絶対しないだろ」


 どうやらまだ人間だと思っているようで、NPCだと気づかれていない。しかしDPシステムに干渉している時点で、あれが自動販売機と同類だとすぐにわかるだろう。


 返答がなぜか一拍(いっぱく)遅く、さらに判断に困ったときに()り出すセリフと表情も一定なので、不自然さはたやすくバレる。


 仮にNPCを壊しても、人殺しと違ってダンジョン施設利用停止にはならない。ただしNPCが持つ商品は、購入するまでは張りぼてなので、殺して商品を奪うことはできない。そしてNPCだからと殺してしまえば、その人間の前には二度と現れなくなる。



値切(ねぎ)りの会話も成立してます、すごいすごい!」


「こだわったからな。交渉決裂の判断や交渉成功の設定は、俺の血と汗が(にじ)んでいる」


「実はマスターがひとりで人形遊びを始めた時期は、とうとうおかしくなったのかと思ってました」


「おい、頑張ってNPCを調整していた俺に、その感想はひどすぎないか? 人の心がないのか?」


 現時点で出現させるのは、商人NPCだけだ。というのも、それが一番馴染(なじ)みやすいと()んだからだ。


 仮に所持DPが潤沢(じゅんたく)でも、購入できるのはラインナップから一つだけなので、悩ましい仕様になっている。一期一会(いちごいちえ)な方が面白いだろうという安易(あんい)さで決定した。


 支払いは魔石も可にしようかと最初は思っていた。しかし、これを利用して入手した魔石を過少報告する不正が横行(おうこう)すると思い至ったために、DPカード限定にした。DPカードの使い道も増えていいことだ。管理する側からすると透明性は大事だ。



「交渉成立です、香水を買っていきました」


「あー、(さば)き方次第でお金になるやつだ」


(びん)は観賞用にもなりますね、私がこだわったやつですよ!」


「実用性はともかく、コレクターはいるだろうな」


 俺の一押しは水彩(すいさい)絵の具と寄木細工(よせぎざいく)だったのだが、香水を持っていった。香水は運搬(うんぱん)中に入れ物が割れないか不安だったようだが、高値で売れると判断したらしい。


 彼らに中身の知識などないので、見た目が(はな)やかなものを選んだようだ。足りない分は値切ってでも、少しでもいいものを購入していった。こういう商品は、容器が本体みたいなところもある。


査定(さてい)はしばらく待つ必要がありますけど、情報自体も国が買い上げてくれますし、彼らも嬉しいでしょうね」


「情報買い上げは上手くいくかなぁ……。仲間内の秘密にしたり、雇い主の貴族の意向(いこう)秘匿(ひとく)したり、誤情報を流したり、これからは情報戦が繰り広げられたりするかもしれないぞ」


 自分の意見を否定された白天使は、マスターは人間不信だのなんだの横でうるさかった。しかし、彼らがいかにも不審なNPCを捕獲(ほかく)するリスクに走らなかったのは、秘密にしたいからと考えると筋は通る。


 たとえ秘密にしても、いつかは国がNPCを捕獲して、解剖(かいぼう)しようとはするだろう。もっとも、捕獲してもNPCは自己判断で自己消去するだけなので、何も得られないのは確定だ。


「それにしても、香水なんてものをわざわざ肌につけないといけないなんて、世の中の人は大変ですね」


「世の中の人は白天使みたいにデリカシーに欠けてるわけじゃないから、色々するんだよ」


「なんですと?」


「おっとなんでもない、さて焼き鳥の準備、準備」


 精一杯ドスの()いた声を出してこちらを威圧しようとする白天使だが、威嚇(いかく)するハムスターみたいなもので迫力はない。迫力がないとはいえ()みつかれたら困るので、騒ぐ白天使を軽く流して、焼き鳥の準備に戻る。


 白天使は香水をつけてない割に、かすかなラベンダーのように(やす)らぐ匂いがするので、花の精霊あたりかもしれない。それなら妖精と会ったことがあるだの、姿が見えるという証言とも一致(いっち)する。しかし違っていたらにやにやと笑うことは間違いなしなので、死んでも本人に言う気はない。



「おなか減ったんですけど、どんな感じですかー?」


「よし、脳内で組みあがった。準備完了したし、階段使って屋上いくぞ!」


「いっそ階段の代わりにエスカレーターつけません?」


「コストの無駄だろ、ほら歩くんだよ」


 俺たちは九十九階のスカイレストランによくいるが、時たま専用の隠しエレベーターを使って別の階へ移動することもあった。なにせ一階の高さが十メートルはあるので、上がり下がりするのにも一苦労だ。


 しかし、屋上だけはエレベーターが通っていないので、階段をのぼる必要がある。それゆえに滅多に行くことはない。今回は焼き鳥の臭いが九十九階について、処理にコストがかかっても嫌だし、せっかく屋上があるので実験がてら向かうことにしたのだ。



「相変わらず壮観(そうかん)ですね」


「たしかに目が覚める思いがするな」


 建築基準法だと屋上は階数に含まないかもしれないが、ここが百階だ。

 高さ千メートルにあるため、せっかくなのでやや(すず)しく設定した。


 ダンジョンの特殊環境なので、上空だからといって風が強いわけではない。屋上面積も百万平方メートルで、端から反対まで歩くと一キロメートルはあるので、普通にしていたら落っこちる心配もない。


 屋内(おくない)疑似(ぎじ)蛍光灯を作ったように、屋外には疑似太陽の光があるので、景色がはっきりと見えた。



「本当にあの竜起きないんですよね?」


「起きても無害のはずだぞ」


「じゃあ近づいて軽くあいさつしてきてくださいよ」


「死んでも嫌だよ」


 屋上の中心で、大きな老竜が体を丸めて眠っていた。


 何百メートルも遠くから見ればちっぽけに見えるが、近づけば見上げるだけで首が痛くなるだろう。俺たち人外の目なら、遠方からでも大きさや姿も事細(ことこま)かに理解できる。


 竜鱗はくすんだ黄金のようで、その身には大小様々な傷がいくつもあった。今は閉じた目は隻眼(せきがん)である。その空舞う大翼(だいよく)は片方の皮膜(ひまく)が無残にも破けて、尻尾は(なか)ばでちぎれていた。


 その体長は電車二両分はあり、立ち上がった高さはきっと十メートルは軽く超えて、体重は百トンはあるだろう。


 全盛期ならばさらなる巨体を維持し、天上の覇者(はしゃ)であっただろう災害の竜。長い歳月(さいげつ)にマナは抜けて体も(ちぢ)み、もはや戦いなどできそうにない姿と成り果てている。しかしいざ眠りから()めれば、歴戦(れきせん)の誇りでもって侵入者を襲うだろう。



「なぁ白天使、食後にチョコやるから、(ため)しにあれにタッチしてきてくれないか?」


「おやつほしさに、おやつになりたくないですよ」


 俺と白天使は設定で魔物と敵対関係にならないので、そもそも攻撃される心配はない。しかし殺意や悪意がなくとも、身じろぎで(つぶ)れかねない。仮想シミュレートによると致命的なものは体をすり抜けるので安心だが、その条件を探るために実体験で試したくはなかった。


 竜には散々な弱体化を仕込んであるが、怖くなった俺は探索者の訪れがないかぎり、休眠(きゅうみん)するという条件も組み込んだのだった。


「まぁ冗談はさておき、焼き鳥しよう」


「じゃあ火をつけますね」


「この臭いで、あいつ起きたりしないよな?」


「そのときは三人で仲良くパーティータイムですよ」


 最初は(ふる)えあがって、屋上に出るどころじゃなかった俺だが、最近はこうしてのんびりできるほどに馴染んだ。人間とは命の危機にさえ慣れる図太(ずぶと)い生き物だ。俺はもはや人間でもない謎の生物だが、その性質は引き()いでいるようだった。

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