15 閑話 妖精の祝福(下)
翌日、結局のところ賊に見つかることはなかった。
二日後の朝には村の略奪跡を確認して、三日後の朝に僕は保護された。道路警備隊には、周辺の村落出身で土地勘のあるものが領主に雇われていた。そのため、話はつつがなく終わった。
その後は都会に引っ張られて同じ話をせがまれたのち、馬車に放り込まれて移動続きだった。一週間後には領主の前に引き出された。移動と会話だけという時間にうんざりしていたが、投獄されたり殺されることはなかった。
僕は大抵のことをしゃべったが、妖精の祝福のことだけは言わなかった。森で偶然発見した洞窟を夢中で調べて一晩を過ごし、帰ったら村が略奪されていたと本当のことを語っただけだ。嘘をつく理由も物証も痕跡も、何度検討しても見つかるはずがなかった。
以前から個人で、あるいは村ぐるみで隠れて迷宮を利用していたのではないか、などとしつこく絡むような人が領主でなかったことは運がよかった。
領主は大層興奮したのちに、僕から押収していた毛布を触り、さらに複数の報告書を何度も確かめて苦悩したのちに、それを王都に送ると言った。村が襲われたことは彼にとって大きな痛手だったが、どうやら迷宮の中にはそれ以上の衝撃があったらしい。
僕はその時点でお役御免だったが、どうやら領主にも多少の情はあるらしかった。彼は僕の目を見てこう言った。
「何か望みはあるか?」
「分をわきまえぬ発言にて、恐縮の限りでございます。しかし、叶うならば、あの洞窟の調査に参加させていただきたく存じます」
私は生まれ育った土地にできたあの洞窟が無性に気になるのだと、訴えた。全てを失った自分にとっては、馴染みのあるあの土地にしか縁がないのだと言った。
やりたいこともないし、長期的な展望もないので、好奇心に生きるというのも悪くない気がした。
「それは私の裁量権を越えている。窮した領民の力になれず、口惜しい限りである」
領主はそれは無理だと言った。自分の手に負えるものではないだろうと。だが、もしそれが許されることがあれば、家名にかけて叶えてみせよう。そう力強く続けた。
「成人間際であれば、冬を前に他所の村に溶け込むのも難しかろう。オリバー、しばし当家の下男として過ごすがいい」
僕は幸福なのだろう。自分を培ってきた村を捨てて、幸せを手に入れたのだ。下男として慣れない仕事が多かったが、こき使われたり、罵倒を受けることはなかった。
領主の手腕など、矮小なこの身に測れるものではない。村を守れなかったことについて、彼に恨みはなかった。村で死んだ住民ならば、怨嗟の声も上げたかっただろう。しかし庇護を受けた自分に、責めるようなことは言えなかった。
◆◆◆
それからおよそ一年をかけて、彼は封建領主として受け継いできた土地と利権を完全に失った。迷宮発見からすぐに中央からの官僚貴族が派遣されてきたが、彼は協力的であった。封建貴族にしては珍しく官僚貴族への差別意識もなく、不正や問題行動が見られなかった彼には、一応の配慮がなされた。
あるいは中央で官職を得ることも可能だっただろう彼は、この土地に根付く官僚の一員になることを受け入れた。それはこの地の将来を見越した打算ではないかと邪推することもできたが、僕はそうは思わなかった。
「オリバーよ。一年前に、お前が私に望んだことを覚えているか?」
「はい、迷宮を調べたいと申し上げました」
「お前ひとりくらいならば、私が保証人になり、荷物持ち扱いで枠を借りてねじ込める。本来の私ならできなかったが、今はそれくらいの縁はある。入れることは難しくとも、内側の活動制限は比較的ゆるいようだ。支度金も多少は用意する、好きにするがいい」
「大変、嬉しく存じます。このご温情を忘れることはないでしょう」
「無事に帰ってこい。たとえ故郷を失おうとも、人は生きなければならないのだ」
彼が僕によこした軍用背負い袋には、保存食料、書類、必需品、衣服、靴、補修道具、支度金、そして柄に紋章の刻まれた古ぼけた短剣があった。それらを彼がどのような思いで入れたかは、一目で理解できた。
◆◆◆
久しぶりに目にした故郷には、森や洞窟なんてなかった。
道中にも宿場町ができていて驚いたが、これはそれ以上だった。故郷は道路と平地と町に変わり、大勢の人が行き交っていた。
僕の村がどこにあったかさえわからなくて、きっとその辺にいる人に聞いたとしてもわからないだろう。墓地くらいは、掘り起こして移動させてくれただろうか。きっとそうだといいなと思う。
迷宮内まで外と同じように様変わりしていて驚いたが、入口で止まってはいられない。帯同してきた貴族の私兵集団と一緒に、受付で説明を受けてDPカードを発行した。DPカードというものはよくわからないが、発行と携帯が義務らしい。
「気をつけてな」
「ありがとうございます、そちらも怪我なされませんように」
ここまで同行してきた私兵に、えらく心配される。体が小さいために、僕の姿は郷里の弟のように映るのだろう。横柄なやつなんて警邏くらいだ。ただでさえ命がけの仕事なのに、同業に乱暴なやつは長生きできない。
王と諸侯の火種になりかねない揉め事を起こせば早晩死ぬ、学がなかろうがその程度は誰でもわかる。そもそも争う必要もないくらい魔石の価値は高騰しているので、大金を前にして危ない橋を渡る必要もない。
「俺が第三階層の土産話を持ってくるから、それをちゃんと聞くまで死ぬなよ!」
「ええ、楽しみにしてますよ! こちらも第一階層で面白いものを見つけてきます!」
初めてなのに長めに潜るつもりの自分は、それほど異常に見えるのだろうか。帯同してきた彼らは第三階層に潜るのだから、しばらくは縁がない。しかし、迷宮外の宿は同じ管轄だ。できれば仲良くしたいものである。
突入した第一階層は、僕の知る場所ではなかった。
道も何もかもが一新されていて、原型がない。同じなのは光る苔が繁殖していることと、空気に困らないことと、スライムしかいないことである。
ここはあえて人を迷わせるような作りになっている。目印を置いたり削ったり書いたりしても、異物はスライムかあるいは迷宮が消してしまうらしい。
ただ、それでも妖精の祝福は道を教えてくれた。
最新の詳細な地図なんて僕に買えるはずがなく、ちらりと見せてもらった程度だ。それで十分だった。そもそも迷うということを僕は知らない。空気の流れが役に立たない洞窟でも例外ではない。
現在地を確認したり、魔物を警戒して歩幅を乱す必要もない。父は渡り鳥のように正確な僕の感覚を随分とうらやんで、教え甲斐がないと言ったものだった。
深く、ただ深く、流れる水のように無駄なく歩行する。
岩や石が増え、地面も平らかではなくなった。
あれだけいた人を見かけなくなって、次第に出会う人も少なくなって、やがては一人になる。強力な魔物が複数体出てくるという、かつての最終地点への分岐も通り過ぎていく。
偶然見かけた宝箱を放り込むこともなく、帰りに余裕があったらひろえればいいなと思う。靴を足に馴染ませておいたおかげで負担もない。体力にはまだまだ余裕があった。
深く、深く、ただ深く。
光苔も少なくなって、道は薄闇に包まれていた。
通路が上下したり、迂回したり、水没していたりと、構造が複雑になった。水の味は悪いが濁りがなく、潤沢に使えるのでありがたい話である。
およそ三日ほど歩き通しだったが、岩や石を利用して仮眠したり、体を洗ったりできるので精神的には楽だった。この先に何があるのかが知りたい。妖精が本当にいるのなら会ってみたい。洞窟の中で、研ぎ澄まされた自分がそこにいた。
ちらりと見せてもらった地図なんて、二日目には役に立たなくなっていた。
そろそろ帰る準備の頃合いだぞと、自分の声がする。
あともう少しだよ、とも声がする。
そして、道の途中で、かすかに光苔で照らされた穴を見つけた。こんなところに、なぜ穴が空いているのだろうか。体の大きな人であれば通り抜けられないような狭い穴だ。地面に這ってそれを覗き見ると、その先には光があった。
その先もわからないのに、しかしそこへ行けと声がした。
そこにあったのは、光苔で輝く神殿だった。
背を伸ばしても、軽く数倍は余裕がある高さだ。自分が仕えた領主の館でも、一番広い部屋くらいの規模はあった。
自分は森とともに生きてきただけで、宗教はさほど知らない。しかし丁寧にくりぬかれた空間に残された、細工のある柱や壁画、そして祭壇には知らずとも感じ入るものがあった。それらには光苔の浸食がないことに気づいた。
祭壇の周辺には豪奢な宝石や装飾品が無造作に数十ほど転がっていた。間違いなくどれも希少なものだ。献上すれば、貴族位を得ることすら叶いそうだなと思った。
星空を閉じ込めたような腕輪があった。聖なる白銀のメダリオンがあった。木目の艶やかな竪琴があった。氷で織りあげた短剣があった。宝石を散りばめた天秤があった。
圧巻だった。同時に、なぜだか手を出してはいけないと、脳が警鐘を鳴らす。
どれくらいだったろうか、棒のようになった足を休めるべく座り込んで、しばし宝物と神殿をぼんやりと見ていた。もしかしたら、これは父の言う妖精の導きかもしれないと気づく。しかしそうであるなら、しばらく待っていてほしいと思った。
素敵な場所だなと心のままにつぶやいて、僕はその異様な空間を出ていくことにした。財宝には心惹かれるものがあったが、罠で命を失えば元も子もない。
地上はどうなっているだろうか。もしかして、初日から潜りっぱなしの自分は死んだことになっているかもしれないと苦笑する。
これから来た道を消耗した体力で三日かけて戻らなければならない。余分の食料は節約しても一日なので、怪我したり迷ったら大変だ。帰りの宝物集めはほどほどにしておきたい。僕は生きなければならないし、生きていたいと思った。
今回は面白いものを発見したが、自分の求めた答えではなかったらしい。お世話になった貴族の私兵のお兄さんも、きっとこんな話は信じられないだろう。
いつかは食事や毛布をくれた存在に会ってみたいものだ。しかし、第二階層以降を探索するには、自分の装備では厳しそうだなと肩を落とした。
神殿に背を向けた少年を尻目に、二体の何かが音も気配もなく、対話していた。
帰り道、一体の何かは背負い袋の中に侵入すると、のんびりとくつろぐ。紋章の刻まれた古ぼけた短剣を見つけると、それに並べるようにそっと、星屑の腕輪と、煌めく氷の短剣を取り出した。
◆◆◆
妖精の住処には、伝説がある。
無邪気な妖精に好まれたものは、その住処まで案内されることがある。そこで宝物を貰えることもあるというが、仲間と認識されたり、無体を働こうとすれば人の世に帰ってこれないという。
妖精がたかが人間に執着する理由までは、誰も知らない。お気に入りのおもちゃと遊びたいのかもしれない。あるいは波長の合う人間を見かけると、人間なんぞに生まれ落ちた同族がいるぞ、と憐れんでいるのかもしれない。
はたまた命短い人間に恋でもしてしまったのかもしれない。いずれにしても、価値観の違う妖精の愛は、人間の運命を大きく変えることだろう。
わざわざ第一階層を深く潜るという、物好きな人間が一定数いる。その中には、焼き菓子を非常食として持ち込む者がいたらしい。ある日、焼き菓子が消えて、代わりに宝物が入っていたと騒ぎ立てた。
このフェアリーテイルの真偽は、はてさて。
「隠し空間に住みついてますね」
「深層に設置した宝箱を盗んだのは、そいつか」




