表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

14/59

14 閑話 妖精の祝福(上)

 僕の名前はオリバー、猟師(りょうし)の父からはリヴと呼ばれていた。


 生意気(なまいき)(ざか)りだったころの僕は、女の子みたいで恥ずかしいからやめてくれ、とよく言ったものだった。そんな父が流行り病でこの世にいなくなって、もう二年がたっただろうか。


 母は病で早世(そうせい)して、ものごころついた時からいなかった。僕の(あざ)やかな緑の目と灰色の髪だけが、家族が確かに生きていたという名残(なごり)だった。


 十一にして天涯(てんがい)孤独になった僕が、十三まで生きていられたのは、猟師として受けた教育があったからだ。それから田舎すぎて猟師のなり手も来ないという、深刻な問題のおかげでもあった。


 僕には、自分にも説明できない()()が働くことがあった。


 村人が笑顔の裏に隠した、後ろ暗い感情を知ることができた。寡黙(かもく)不愛想(ぶあいそう)な村人の、秘めた優しさを信じることができた。行商のぼったくりや品質のごまかしを見抜けたし、村のやんちゃな子どものかわいがりを()けることだってできた。


 動物がくくり罠にはまる場所もわかったし、森の危険な兆候(ちょうこう)だって読み取れた。博識(はくしき)な父が教えた読み書きの知識もさっさと覚えて、狩りに(つい)やした。


 僕は特別な子だった。


 少なくとも父はそう信じていたし、お前は妖精に愛された子なのだと言った。

 いつかこの世ならざる妖精郷に連れていかれてしまうなどと言って、小さい僕をからかったものだった。結局、今まで妖精なんて一度も見たことはない。


 お前のそれは妖精の祝福であり、誰にも言ってはいけないよ、と父は言った。

 妖精は恥ずかしがりだから、口に出せばたちまち幸せが逃げ出してしまうのだと。父はそんなおとぎ話に、自分の真意(しんい)を隠した。


 村人とは違い過ぎた僕を、父がいたく心配していたことはお見通しだった。

 父が教養をひけらかさずに村に溶け込んでいたのは、人の悪意を知っていたからだ。(すこ)やかに生きてほしい。それが僕に多くを望まなかった、父の心からの願いだった。


 だから僕は、全てを捨てて森に逃げた。


 ()()()()()()()()()()と、僕の感覚がうなりを上げた。


 父からの言いつけを(やぶ)って、村の危険を村長に打ち明けたが、狂人の戯言(ざれごと)として、相手にしてもらえなかった。付き合いの(うす)い村長にとって、自分は魔性の緑目を持つ、よそ者の残した薄気味悪い孤児だった。


 ()けっ(ぴろ)げに口にしないでも、僕の周辺では不吉なことが起きると、静かにうわさが立っていた。それを払拭(ふっしょく)せずに、放置した僕の怠慢(たいまん)がよくなかった。


 村は(ぞく)(おそ)われて消えてなくなるのだろう。何十人が襲いに来るのかもわからないが、死の風が吹くと(かん)がささやいた。特別親しい人がいたわけではないが、憎しみもなかった。


 しかし多くを連れて逃げれば気取(けど)られるし、そもそも説得もできなかった。開墾(かいこん)した土地を捨てて、彼らにどこへ逃げろと言うのか。


 なにより、自分の命が惜しかった。

 生きて何になるのだと、せせら笑う自分の声が聞こえた。同時に()()()()()()()()と声が聞こえた。幸せと栄光を、この手につかむと決めていた。


 季節は秋の終わり、地図にもない小さな村でのことだった。

 賊の構成員と結びついた行商(ぎょうしょう)が、以前から村の下見(したみ)をしていたなんて誰も思わなかった。



◆◆◆



「冬を前に略奪(りゃくだつ)なんて、気が滅入(めい)る」


 晩秋(ばんしゅう)にことを起こすとは命知らずなのか、あるいはそこまで追い詰められた者のしわざなのだろうか。ままならない現実に、思わずぼやきが出てしまった。最低限の荷物をまとめる時間もない。森に入り、金目(かねめ)のものをわずかに隠してある拠点を目指す。


 一人逃げたことを知られたら追手が来るか? それとも時間優先でさっさとずらかるか? しかし侵入した以上、不在者の確認をしている確率は高そうだった。賊も殺しそこねた大人の数くらいは数えていそうだが、自分も勘定(かんじょう)に入るかどうかはわからない。


 痕跡(こんせき)をできるだけ残さないように、獣道(けものみち)を通る。それでも急いでいるために道を()らしてしまうが、もはや狩り場のことなんて気にしている場合ではない。


 妖精の祝福なんて、信じていなかった。


 父も母も死んだ、村も滅びる。自分にあるのは妖精の呪詛(じゅそ)と言った方がいいのではないか。そういう星の(めぐ)りに生まれて、周囲に不幸をもたらしているのではないか。そんな負の考えを振り払うように、それは目の前にあった。


「なぜ洞窟がこんなところに」


 こんな場所に洞窟なんてなかった。崖の斜面が崩れて出来たにしてはやけに綺麗だ。しばらく外から観察していたが、獣の痕跡は何もなく、風や空気の流れがおかしい。まず幻覚を疑ったが、調査をするにつれて、これが危険と栄光をもたらす迷宮であることを理解した。


 父が口にしていたからだ。獣や森の様子がとびきりおかしくなったら、その付近でこの世を浸食(しんしょく)する異界の門が開いているのだと。


 洞窟の入口付近は、子どもがゆったり遊べそうな広場のようだった。絵や文字が()られた長方形の箱が目立つ場所に設置してあった。その上部にある滑らかな画面には何かが写っていて、下部には大きめの穴が二つ空いている。


 いったんそれから目を外し、さらに奥を確かめる。洞窟の奥をのぞけば粘体の捕食者(スライム)が大量にいた。行き止まりは近くにはなさそうだ。妙に光る(こけ)がびっしりと生えていて、視界は明瞭(めいりょう)だった。


 いたるところから作為(さくい)的なものを感じた、しかし姿は見えず痕跡もない。僕の直感はこれを悪意なし、あるいは当面の危機なしと判断した。


「調査を継続するべきかな?」


 自分自身に問いかけるように、ひとり呟く。()()()()()()()()()()だと返ってくる。


 僕は奥に侵入してスライムを倒し、その魔石を入手することに成功した。魔石を見るのは初めてだった。あるいは村のまとめ役なら隠し持てる財産として、小さいものをひっそりと(ふところ)(しの)ばせていたかもしれないが。


 しかし悲しいかな、僕は魔石を力として活用する手法を知らなかったし、それを使う道具も所持していなかった。


 だから設置されていた箱の絵と文字から推察(すいさつ)して、そこに集めた魔石をつっこんだ。するとしばらくして滑らかな画面の一部分が点灯したので、それに触れる。


 まるで魔術士になったみたいだな、と思った。


 魔石が消えて、代わりに別の場所に四角でふちが茶色で白いふんわりとしたものと、入れ物に入った水が出現した。画面の中にあったものが出てきたらしい。匂いからして食べられなくはなさそうだな、と軽く調べて口に(ふく)む。どうやらこれは穀物のたぐいを加工したものらしい。


 こんな状況で森で狩りや採取ができるわけもなし、貧相(ひんそう)な食事を覚悟していた。しかし水と食料らしきものは手に入るらしい。


 どうせ今日は外にいる方が危険だ。ダンジョンの外に持ち運べない荷物を隠し、賊に見つかったら見つかったでしょうがないと、奥でスライムをひたすら狩り続けた。なにせスライムの動きは鈍く、木の棒でつつくだけの作業になった。


 外の日も()れただろう時間に、魔石を集めて広場に戻る。

 賊の追手はなかったようだ。長方形の箱を確認すると商品らしきものの中に、薄い毛布を見つけた。交換できるか不安だったが、手持ちの魔石で満足してくれたようだ。


 そっと妖精に(いの)りをささげてみる。()()()()()()()と、誰かが言った気がした。


 毛布は(うす)かったが、肌触りはよいので文句はなかった。本来の自分の一日の稼ぎで、これを入手するのは本来無理だろう。()しむらくは、証拠品として誰かに没収(ぼっしゅう)される可能性が高いことだ。


「明日は洞窟の隠ぺい作業もしないと」


 危険は明日も続く。来る際に痕跡を消しておいたが、早朝に周辺の再確認をしておきたい。洞窟を隠すことはできないが、それに続く道をごまかすくらいならできるだろう。


「動くなら明後日。村に痕跡を残して、することは他に……」


 生き残りがいれば助けてやりたいが望みは薄い。埋葬(まいそう)するのも一人では無理だろう。静かに眠らせてあげたいが、犯行調査の邪魔にもなってしまう。できたとしても獣に食われないように移動させる程度だ。


 洞窟の入口広場の囲いに荷物を置いて、毛布に包まる。ふと、これを用意したのは何者なのだろうかと考えた。この洞窟の果てには、何があるのだろうか。しかしそれを確かめるには危険がすぎる。慣れない環境と精神的(たかぶ)りを抑えて、無理やりに眠った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ