13 ★第三階層、天高きバベルの塔
第三階層、天高きバベルの塔。
異界の法則で構成された、そびえ立つ白き円柱の塔である。
広大な無人島に存在するそれは、百階建ての超巨大高層建築だった。
その高さは千メートル、延べ床面積は一億平方メートルだ。高さ自体はドバイにも、八百メートルの超高層ビルがある。しかし面積という観点からすると、これほどのものは類を見ない。
石のような白い建材がすさまじい重量を支えていられるのは、なんとも不思議なものだ。ダンジョンの作り上げた異界法則でなければ、この塔は成り立たずに自重で崩壊しているはずだ。
内部にはまばらな仕切りと魔物が山ほどいる階があれば、迷路のように入り組んだ階もある。一気に魔物の種類も増加したため、様々な人が活躍していくことだろう。
これまでをはるかに超えるリソースをつぎ込んだだけあって、歯ごたえのある内容だ。攻略期間は最短で二年を想定した。厳密には変動があるだろうが、七日かけて一階のペースでクリアできるようにデザインした。
塔の内部にはエレベーターが二十台あり、DPカードの持ち主ならば、攻略済みの階までDPで移動できる。エレベーターの天井を壊して近道しようとするのだから、対策には苦労させられた。
出し渋っていた奇跡を秘める異界品も、ちらほら出現させているため、一攫千金をねらうならお得な階層である。
「せっかくの夏なのに、気温も変わらないし実感ないなぁ」
「マスターは外に出られないですからね」
そんな第三階層を開放してからの冬を乗り越え、春を過ぎて、夏まで来た。
なかなか激動の日々だったが、ようやく秩序立った落ち着きもできてきた。
「第三階層の開放から半年が経過したけど、最近は割といい感じじゃないか?」
「序盤は迷走しててどうなることかと思いましたけど、最前線は二十九階まで追い上げて来てますね」
俺たちは現在、九十九階の一角、スカイレストランにいた。
レストランというにはいささか広大で、その店内の果ては遠く、高い天井は球技さえできそうなくらいだ。
深い海のような色合いの、つぎ目のない敷物がどこまでも続いている。そして、その敷物の上には数えきれない白テーブルとイスが用意されている。
百人の宴会だって軽くこなせる規模だが、今は利用者がいない。それは貸し切り状態のような、あるべき人がそこにいないという物寂しさを醸し出す。
しかし、抜けるような青空は、何よりも綺麗に見えた。
高層建築のカーテンウォールのようなガラス窓が、ありのままに光を透過していた。
その窓から外を見ると、雲が驚くほど近かった。
眼下には、果てまで海があるだけで、代り映えはしないが迫力はあった。人工太陽は自由に操作できるために、日光が直接差し込むこともなく、まぶしくなることも、ガラスが熱を持つこともない。
「今日のおやつはソーダフロートにするか」
「マスター、青い空と白い雲を見て決めたでしょう」
「まぁな、白天使はほしいものが別にあるのか?」
「いえ、私もソーダフロートで! アイスは大き目に!」
ソーダフロートでいいなら、呆れた目で見なくてもいいじゃないか。
しかし、白ワンピースの白天使が空を背景にすると、本当に天使のようだった。
色素があるのは、藤の花を閉じ込めたような紫の目と、淡紅色のくちびる、爪、薄っすら透ける血管くらいである。
色の白いは七難隠すとは言うが、あまりに色白だと、それはそれで大変なのが普通だ。体質にもよるが外で遊べば日焼けで痛み、無理をすれば水玉模様に皮がめくれ、頭がフケだらけになったりする。
しかし白天使はそんな苦労とは無縁だろう。これだけ白くても頬が林檎のようにはならないし、幽鬼のように青白くもない、別種の生き物のような感じがある。
「なぁ白天使、王家からラディエ公が視察に来ていて、自販機の食事に興味があるみたいだぞ。毒見役はいるだろうけど、変なもの出したら誰かの首が飛ばないか?」
「そのプリンスにソーダフロートをお出しして、まぼろしの美食ここにあり! みたいなうわさを広めさせましょうよ」
「ソーダフロートを王族に出すのは、ちょっと拒否感があるな」
「透明なグラスと氷のお菓子は貴族の大好物なので、むしろ最適ですよ!」
封建領主たちが生き残っていたらしいこの地は、気づけば王の直轄領になっていた。彼らが土地を失う流れとしては、財産没収、自発的献上、買い上げなど様々なかたちだった。
元領主の中には賢明に立ち回り、よりよい爵位や中央の役職を得たものもいたが、おおむね王が強権を振りかざしてのことであった。
あまりにも急な無体と、強まる王家の中央集権体制に、諸侯は反発した。それらの派閥をまとめる公爵は王政府に譲歩をせまり、一触即発の状況までいったようだ。
しかし、ダンジョンの一般公開を進めるにあたり、公爵も利権に食い込めることにより矛を収めた。いまだに領地と私兵を有することを認められており、自領のダンジョンを自力で管理する古き公爵にとって、魔術スクロールは木っ端領主より価値があった。
王はダンジョン周辺の土地をまとめて、名誉爵位ラディエ公を持つ王位継承権第一位の長子に、自身の名代として管理させた。これは期待のあらわれと、ミスが許されないという国家の宣言である。
ラディエ公がつねに細かな差配をするわけにはいかないが、代官、官僚、大臣、軍、貴族、商家、ありとあらゆるものがそれを補佐した。
その結果、ダンジョン外にできた町は、春を迎えてから急速な発展を続けている。状況が安定するならば、都市計画の通りに巨大になるだろう。国の想定は知らないが、十年すれば人口十万は軽く通り越しているかもしれない。
「しかし完全に派閥で固まっているし、今はギルドやクランの制度をこちらで入れても無意味そうだな」
「むしろ争いが激化しそうですね」
攻略している連中もがらりと変わった。
とはいえ全ての戦力や情報は、軍か王侯貴族のひも付きである。
第三階層では数で押す戦法が有効でないと知ると、軍は一部を残し撤退した。より危険度の高いダンジョンの対処に注力することが、彼らの使命だった。
ダンジョンが一般開放されたのはいいが、民間人より軍人の方が強いのは当たり前だった。当然、攻略速度は鈍化した。初期は余裕のある諸侯の私兵が多く、それらはいわば所属違いの軍人なので、手ごわさを感じることも多かった。
問題なのは、その後に入ってきた探索者だ。
「あ、また第三階層で人が死にましたよ」
「うーん、どうにかできるといいんだが……」
今ではさらに質が下がり、大量生産された似非探索者が、ダンジョンにぶち込まれては死んでいた。安全な第一階層では稼げる限界人数もあり、第二階層ではリターンの上振れがない。死亡率は高いながらも、リターンが大きい第三階層に送り込まれるのである。
彼らは安全のための魔術スクロールなんて高価なものを持つこともできず、上前をはねられて危険の中で生きている。
それは鉱山奴隷や農園奴隷に少し似ていて、現代倫理からしてみればあまりに不憫だった。ダンジョンで犯罪行為に走り、立ち入り制限をかけることになるのもこういう人々が多かった。
「死者が出るのは、枠数制限のせいもあるんだろうな」
「制限がないと無秩序で国が壊れますから、それは仕方ないですよ」
替えのない貴重なダンジョンのある王領。そこは認可のある貴族であっても、無制限に私兵を入れることはまかりならなかった。王の権限で切り分けられた枠数、比率、税制度、に従うしかなかった。
制限を超えてダンジョンに私兵を入れたい貴族もいれば、制限いっぱいに活用するために、質の悪い探索者まで入れる貴族もいる。はたまた、自分の枠数を他者に販売するというグレーゾーンを探る貴族もいた。
「魔術スクロールの交換レートを下げるのはどうだ?」
「魔術スクロール自販機は国の管轄で、関係者以外は近寄れないですから、差額を国がこっそり着服するだけじゃないですか?」
たしかに、探索者が魔術スクロール自動販売機に触れる機会は一切ない。なら食い物にされる構図は変わらないかもしれない。
比較的安価で大量供給されるものは、自販機での購入も万人に認められた。多少の飲み食いなら、DPカードを使って自販機を利用することだって許された。
しかし、魔術スクロールを無制限にばらまくなど、国家が許容できることではない。魔術スクロールの自動販売機は金属の格子で覆われていて、王宮魔術士の防犯トラップが無数にかけられていた。魔術の解錠権限もなしに、それに触れた愚か者は死ぬよりつらい目にあうだけだ。
「わかっていたけど、想像以上にDPシステムを国に握られているな」
「私は無軌道に変なことにならない分、管理者がしっかりしている今は悪くないと思いますよ」
数十台に膨れ上がった自販機、DPカード発行機、DP変換機、それら全ての使用権は王家が管理していた。それを崩す方法も何通りかは思いついた。しかし、独占が悪で、万民に利用が広まれば現実がよくなるというのは、早計に思えた。
「使い捨ての探索者を減らすには、どうするべきか……。第三階層の宝箱のグレードを下げるというのは難しいか?」
「攻略が鈍化するどころか、止まりかねませんね」
確かに値下げしたものを値上げするのが難しいのと同じで、影響は甚大だろう。最悪なのは、それでも命の使い捨てが止まらない場合も考えられることだ。
「第一と第二をクリア済みの探索者にのみ、第三階層の立ち入りを許可するというのはどうだ?」
「悪くはないです、ただ死者減少の効果が出るかは不明です。それに後発組が不利になりますし、現在の攻略ペースも乱れます」
「それなら第三階層には帰還と治癒のスクロールなしでは立ち入れなくするとか……、いやそれは制限がきつすぎるか」
何かないかと頭を悩ませるが、結局正解はわからない。社会の仕組みというものは、帝王学を知らない自分の手に余っていた。きっとこの世をよりよくできるだけの力があっても、それを扱う俺は、神ならぬ凡人だった。
「大稼ぎができなくとも、堅実な利益が出る階層を新たに作るのはどうか?」
「いい案だと思います。ただし、誰もがリスクより安定を取る、というのはある種の幻想だと思います」
「たしかに、大稼ぎを夢見て、人命をたやすく地獄に放り込むやつはいるだろうな。まぁ俺もその共犯者なんだから、悪くは言えないか」
「善悪は時代と立場で変わりますから、仕方ないですよ」
奴隷を衰弱死するほど船につめ込んで、出荷したのが人間だった。そして、その奴隷船に従事する船員の死亡率は、奴隷よりも高かった。
奴隷貿易が廃止されたのは、経済的合理性と人道的見地と派閥闘争によるものだが、その道のりがどれほど難しかったことだろう。
「自動販売機に農業用の肥料を追加するのはどうだ? 開墾は魔術士が楽にできるんだから、それで農業を奨励するんだ」
「運搬に費用がかかるので、現実的ではないですね。まだ模造品が出回っていない、トイレットペーパー、ウェットティッシュ、歯ブラシやらを運んだ方が軽いし儲かります」
たしかに衛生面に関わる物品は流行らせるために自販機で大量放出中だから、そっちに食いつくのは当然か。安くしたら自国生産や改良のきざしも潰れてしまうので、多少お高いが飛ぶように売れている。
しかし衛生面が改善されたって、病気が減って人が余れば、やがて仕事は減って賃金も下がる。結局そいつらはこのダンジョンに死にに来るのではないか? 俺のやっていることは何なのか、暗闇の中であがくような気分だった。
「マスター、これからソーダフロートを食べるのに、辛気臭い顔しちゃダメですよ」
「ああ、ごめん」
「プリンスの笑顔を見習ってください」
「あれは真似できないって」
「やってみないとわかりませんよ。ほら、こうやって……。マスターの頬ってすべすべしていて、お餅みたいですね」
「俺の頬をひっぱって遊ぶのはやめろ」
頬をさすりながら、監視モニターから窓の外へと目線を動かす。
俺の心と裏腹に、第三階層の空は澄み渡って綺麗だった。




