12 アフターグロウ
「第二階層のボス戦はどうだった?」
「魔術士に見せ場がなかった感じですね。ボス部屋に突入した半数が、魔術士なのが裏目に出ました」
ボスの物理耐性はこちらで削除してあったし、魔術耐性も剥がせるようにしてあった。しかし、それに気づかなかった彼らは、聖剣と魔術でごり押しする戦法を選んでしまった。
「どこから計算が狂ったんだろうな」
「案外、最初の方向性を間違えていたのかもしれないですね」
確かに情報が足りなかったから、仮説に仮説をかさねていたことは事実だ。前提の情報がズレているなら、読み違えるのも当たり前だったかもしれない。
「このダンジョンの重要性が、早期に認められた。その結果、どんな局面でも万能な魔術士を、多く投入する作戦が成立してしまったと」
「彼らはきっと第三階層で活躍してくれますよ」
物理耐性は削除してあったから、せめて物理重視の編成でくれば、まだ戦いやすかっただろうに。その貴重な魔術士から死者が出ていないのが、せめてもの救いだろうか。
チュートリアルのような段階で、ギミック解除もしないまま、ごり押しでのクリアになるとは思っていなかった。ヒントがわかりづらくても、丁寧に調べればわかってくれると高をくくっていたのだ。
「上手くいくと思ったのに、なぜこうなったんだろうか」
「そんなことより、せっかく用意した第二階層のクリア報酬に微妙な顔されてますよ」
「……ああ、ダンジョンポイントシステムはこっち側の都合が丸出しだからな」
第二階層のクリア報酬、ダンジョンポイントシステム。
魔石をダンジョン内で使用できるポイント、DPに変換できる。
わかりやすく言えば、ダンジョン限定の電子マネーを購入できるようにした。
すでにエントランスホールに、DPカード発券機、DP変換機を設置している。自販機も電子マネーシステムに対応するために、改良を加えた。
DPシステムの導入目的は、探索者の管理を行うためだ。
魔石のストックを吐き出させるという思惑も、自動販売機の商品の値段をはっきりさせたいという事情もある。ただしそれよりも、探索者を管理するための先行投資としての側面が重要だった。
「このダンジョンポイントシステムって本当に流行ります?」
「流行るというか、流行らせないといけない感じだな。探索者をIDで管理して、悪質な犯罪者の施設利用を制限して、このダンジョンから追い出す」
「マスターはやけに犯罪を警戒していますよね」
「俺が気にすることではないかもしれないけど、治安維持は大事だぞ」
導入推奨の特典で何かを用意すべきかとも思ったが、ややこしくなるのでやめた。どうせ胡散臭くて、初めは利用されないことはわかっている。年利やらをつけるには知識もない。
「統治者がやることに抵触しすぎて、嫌な予感がします」
「だから今やった。冒険するなら、場がととのっていない早いうちがいいからな」
こんなものは国の信用の下で大々的に導入しても、失敗しかねないものだ。それはわかっているし、ダンジョンの目的はなんなのかと最大限警戒されるはずだ。
だからこそ大事な軍を犠牲にしたくないはずだし、一般開放で実験すればいいという流れを後押しできる。上前をはねて危険を押し付けることは、ほかならぬ俺自身がやっていることだ。
「マスターって、わりと恐れ知らずですよね」
「そんなに危ないか?」
「失敗を恐れずに、強気でも大丈夫だと思いますよ。私たちは場を用意する側なので、後から修正もできますから」
「それでも失った信頼は戻らないのが世の常だからなぁ」
DPシステムは、魔石の流通量を制御したい国家と対立する可能性があった。
まず実態が不透明な経済活動は心配だろうから、ポイントの譲渡や相続は厳しく制限してある。国にも監視しやすい形に配慮してあるつもりだ。
どうせ国側で利用確認のフェーズが入るに決まっているので、DPカード発券機とDP変換機のそばには、余裕のあるスペースを確保しておいた。
あとは国が勝手にカウンターでも作って、DPカードの発行と魔石のポイント交換を見張るだろう。情報を集めるなり、制限をかけるなり、税金を取るなり、国家権力が好きに調整すればいいと思う。
「発行無料でカードをもらえるのはいいですね」
「最初はタダじゃなければ普及しなさそうだったからな」
「しかしデザインが簡素な気もします」
それは俺も自覚があったが、シンプルな方がわかりやすいかなといじらなかった。後からなにかしら追加できるように、拡張性もあると考えれば悪くはないだろう。
「探索者のステータスを六項目くらいに測定して、DPカードの空きスペースに記載するか?」
「固定したステータスを作っても、ダンジョン攻略の基準にはならないと思います」
恣意的な数値では、判断材料とするだけの完成度にはならないか。クリア実績などは、あるいは載せても面白いかもしれない。
「宗教と結びつけた免罪符をDP限定商品として自販機に追加したら、肯定的に受け入れられたりしないかな。DPカードに感謝状のような記述を増やしてさ」
「成功しても失敗しても、地獄絵図になりますよ」
本気で言ったわけではないが、触れてはならない領域らしい。主要な宗教の逸話を再現したアイテムを産出させれば、あるいは宗教は味方につけられるだろうか。
しかし解釈の違いで、のちのち問題が発生するとも考えられる。やはり情報が集まるまでは、宗教に関わるべきではない。
「しかし、振り返ると第二階層は大失敗か」
「そうですか? 案外上手くやれてたと思いますけれど」
ダンジョンなら、死人が出ても不思議ではないはずだと白天使は語る。単にめぐり合わせが悪かったのかもしれない。しかしその言葉で納得ができない、しこりのようなものが俺の心にあった。
「これまでが予想以上に上手くいったから、期待しすぎていた面もあるとは思う」
「第一階層は死者なしで、こちらのやりたいこともクリアできましたからね」
それに反して、第二階層は最初から想定外が多かった。
俺が白天使にやらせた第一階層のリニューアルに気を取られなければ、彼らは準備不足で死者を出さずに済んだかもしれない。俺がダンジョンの影響力を正しく理解していないから、こうなった。
階層のコンセプト自体もよくなかった気がする。ギミックのわかりやすさが足りていないし、配置する魔物の選定や、マップ作りにも甘さがあったのかもしれない。
「第二階層で、最終的に何人死んだ?」
「さっきから二人増えて十二名です。あとは命に問題はないので、これ以上は増えないと思います」
長い人類の歴史から見れば、亡くなったのはたった十二人と言うこともできる。しかし、死の危険のある戦いを専業にするものは、人口の数パーセント程度の貴重な存在だろう。
昨日までは笑っていたはずの誰かが、もうこの世にはいない。きっと家族や恋人がいただろう。自分は誰かにとっての、かけがえのない人を奪ってしまったのではないか。一度そう思ってしまうと、なぜだか手の震えが止まらなかった。
「なんか色々気疲れしてしまったな」
「まぁまぁ、そういうときはホットココアでも飲みましょうよ。付き合ってあげますから」
ほんわかした白天使が、えらい猫なで声で俺の肩を叩く。
子どもだとばかり思っていたが、こいつの精神って俺の百倍は強くないか? 少し怖いところがあるとはいえ、倫理観にそこまで違いはないと思われるのだが、不思議なものだ。
「しかし白天使はさっきポップコーンとレモンティーを……、いや、せっかくだし付き合ってもらうかな!」
「その意気ですよ、マスター!」
どうやら気を使わせているらしかったので、申し出を受けることにする。白天使の事情なんて知らないし、どうでもいい。本人が言わないなら聞かないが、性根の見極めができる程度には交流があった。
「言い忘れてたけどさ、俺の代わりに監視してくれて、ありがとう」
「それが今の私の役目ですから」
息を深く吸って、長く吐く。思い悩んでも状況は好転しない。切り替えなければならない。今後のことを考えている間は、無駄な悩みもせずにいられる。問題はこれからをどうするかだ。
監視モニターで、エントランスホールと独立大隊本部の様子を確認してみる。彼らは勝利の喜びもおざなりに、報告と犠牲者の処理に動いていた。
今日のディナーは数量も多めに提供することにした。赤ワインとパンとシチュー。初めてダンジョンが提供するアルコール飲料は、勝利を祝ってのものであり、亡き者に捧げられる哀悼でもあった。
「よし! 第三階層の開放準備をするか!」
「あ、第三階層の開放はしないみたいですね、DPシステムの確認をしてます」
「開放しないのか……、気合入れたのになんともしまらないな」
「のんびりやればいいんですよ。バベルの塔の攻略は、二年はかかる仕様なんでしょう?」
「そうだな、ホットココアでも飲みながら、のんびりやろう」
背を伸ばして、あたたかいココアをマグカップで用意する。今はこの優しい甘さがありがたかった。手のひらにじんわりとした温度を感じながら、ふと人のいなくなった第二階層を見る。
黄昏の城塞都市は静謐をたたえて、永遠に来ない夜の訪れを待つのだろう。夕日が廃墟を優しく照らし、かつての住民はつかの間のまどろみに、そっと沈んだ。




