11 第二階層攻略と失意
第二階層の攻略開始から、一か月が経過していた。
ダンジョンの外はもう雪が降る日もあり、比較するとあたたかいダンジョンのエントランスホール警備担当は、うらやましがられているようだ。
ダンジョン攻略のための独立大隊本部は、初期はいかにもな仮設状態だった。しかし現在は物資や人員が日々増えており、気づけば一月で千人を超える町の規模まで拡大していた。
冬にこれだけ拡大するとなると、春を過ぎて夏になる頃には、周囲の人口を集めて一万を超える町になりそうだ。そんな中で独立大隊をたばねる少佐の付近では、人の行き来が特に多かった。
現在の攻略作戦は、本隊が大量のスケルトンを引きつけるというものだ。
そしてその裏で、警備の薄くなった重要拠点を少数精鋭が探索している。
実際にこの作戦により、精鋭は城館の偵察を行っていた。付近の豪邸や兵舎からは、城館の鍵も見つけている。
まだ見つかっていないのは、城館まで通じる地下通路と、城壁の外に作られた墓地のギミックくらいだ。それだって一週間もあれば、無事に見つかるだろう。
全ては順調のはずだった。
「白天使、どうにも変な感じがしないか」
「変な感じって、なにがですか?」
第三階層のとある場所にて、俺は立ち椅子で第三階層の調整作業をしていた。
ソファーベッドに寝転んで髪がバサバサな白天使を見かねて、櫛を渡しつつ、雑談がてら話を振る。
「士官に焦りがある気がする」
現在せわしく動いているが、それは通常必要なかったプロセスに見えた。なにせ人が大量に死んだわけでも、攻略が滞っているわけでもない。にもかからわず、人の行き来が急増しているように思う。
「んー、戦果をせっつかれたようですよ」
「堅実な動きをするから、あいつらが選ばれたんじゃないのか?」
なにせ第一階層の調査もしていたので、彼らがまともに第二階層の攻略を始めて一週間ほどだ。俺からすれば、まだ焦る要素はないように思えた。あと二週間は最低限の下調べに使うと思っていた。
ダンジョンの攻略は、ただ力さえあればいいわけではない。命を賭ける覚悟以上に、慎重さと準備を待つ忍耐強さがいる。それが集団であるなら、なおさらだ。
「ダンジョンの実効支配と資源化を焦っているのかもしれないです。魔術スクロールの件が波紋を広げて、軍内部の政争のあおりを受けたのではないですか」
「もしそうなら、この地一帯の支配構造ががらっと変わってそうだ。俺の知覚できないところで起きたことは、手の出しようもないな」
たしかに独立大隊の派遣決定は、第二階層の開放前だった。
第二階層の実態や情勢の変化により、方針転換がおきてもおかしくはない。
着々と進んでいたペースを上から乱されるのは気の毒だが、それも軍人の悲しみといったところかもしれない。
「急いで第二階層クリアしたって、第三階層が出てくるだけなのにな」
「相手はそんなことわからないですし、今ある情報で判断して、方針の食い違いがあったというだけでしょう」
このダンジョン独自のルールもいずれはわかってもらえるだろう。今はチュートリアルのようなものなのだから、気楽にやってほしいものである。
「どうやらこれから、ボス攻略に動くみたいだな。えっ、早すぎないか? 本当に今から勝負する気なのか?」
「それじゃあポップコーン食べて見学しましょうよ、キャラメル味でお願いします!」
「はいはい。……いや、食べてる場合じゃないだろ! マイペースなやつだな」
「ニルギリのアイスレモンティーもセットで、シロップも入れてください」
「注文が多いなぁ」
考えながら一休みということで、給仕することになった。お嬢様気質の白天使の言うがままに、映画館のようなポップコーンセットを用意する。俺は食欲がないので、白天使の食べる一セットがあればいいだろう。
しかし、人が死んでもおかしくないものを見世物として楽しめるあたり、白天使は見た目に反してバーバリアンだ。コロッセウムを娯楽にしたローマ市民とも仲良くなれそうだ。
このダンジョン攻略を配信して賭け事にすれば、盛り上がりそうだな。ふとそんなことを思いついて、俺も人のことを言えないなと苦笑いした。
◆◆◆
「戦法は同じみたいだな」
「スケルトン上位種を主力がひきつけて、ボスを少数精鋭で撃破する。これは一つの正解ではあります」
何もかもを無視して、城館の主を暗殺することも不可能ではない。
しかし手間取れば兵舎の増援に囲まれるために、確実性がない。堅実に攻略するなら、本隊と精鋭の二つに分けるのが楽だった。
本隊が哨戒のスケルトンを倒し続けると、やがて兵舎から武装したスケルトンが続々とやってきた。そうなるともはや魔石をひろう暇もない。
彼らはポータルのある城門近くまで後退して、防御陣形を取り、耐え忍ぶフェーズに移行した。魔術士が城壁の歩廊や側防塔から援護できるので、自然とそういう形になった。
「あれでしばらくは崩れないだろうけど、それまでに稼いだ時間でボスが討伐できるかどうかだな」
「ボスの姿は確認されてますけど、ほとんど戦わずに帰っていきましたからね」
「初見でギミックも使えない状況で、ボス討伐までいけるのかな」
「精鋭なら切り札くらいは持っていると思いますよ」
選抜された精鋭部隊が城館に突入し、警備兵を排除。
そのうち十二名だけが、ボスの座する大広間に突入した。
「お目見えだな」
ボスは黒いフードローブを羽織った死神、グリムリーパーだった。
ゆらめくガスのようなその手には大鎌がしっかりと握られており、足はなく浮遊していた。かつて濡れ衣を着せられて、滅ぼされたこの地の支配者だ。
怨念のこもったその相貌を直視したものは精神に傷を負い、大鎌で素早く胴を二つにされるだろう。高位の魔物としてマナ干渉を可能にしており、鋭い氷を散弾のように飛ばすことで、多人数相手でも簡単に殲滅できるスペックがあった。
「死神なんて間近で見たらトラウマになりますよ」
「俺がデフォルトの物理耐性を削除しておいたから、見た目ほど強くはないけどな」
本来のグリムリーパーは、物理と魔術の両方に耐性を持つ魔物だった。
弱体化なしのスペックなら、特殊な異界品を持ち込んだり、卓越した魔術士でもいなければ攻略は不可能だろう。
そのままでは勝てそうにないので、俺はどうにかして弱体化することにした。
強力な魔物の弱体化や行動制限は難しく、種類によっては一切いじれないくらいだ。かろうじて弱体化できる死神も、物理耐性を剥がすので精一杯だった。
「結局、彼らはヒントのギミックを見つけられなかったですね」
「本当なら魔術耐性まで削除できるのに、突入してしまったからな」
城塞都市に点在する情報を集めてフラグを建てると、城外の墓地にて弱体化イベントを行える。ギミックを発動させると、参加者全員がボス未討伐の場合に限り、魔術も効くようになる。
無条件の弱体化は、物理耐性を削除することまでが限界だった。
しかし、より限定的な条件を付けるならば、弱体化の重ねがけも可能だった。たとえば、死者が生前に大事にしていた形見を見せれば、怨念が弱まるというようなストーリーが必要だった。
弱体化させた魔物を狩れば、それだけ質の良い魔石が楽に入手できる。これだと感じた俺は、それを第二階層のボスのギミックに適用した。焦った彼らはそれらを見逃したようだが、普段通りなら見つけられただろう。
「仮にギミックで弱体化させても、あの姿は心臓に悪いと思います」
「やっぱり違うやつを配置した方がよかったか」
白天使の様子からして、弱体化させても高難易度らしい。ステージにあう魔物をボスに用意したかったし、無理やり入れた感じは否めない。
生理的嫌悪をかきたてるボスの姿に、選ばれた十二名もわずかに硬直する。
いち早く混乱状態から復帰した一人の剣士が、先陣を切って広間へ乗り込んだ。男の持つ剣は光り輝いて、近寄ってきた死神の大鎌の柄を中ほどからあっさり切断してみせた。
もっとも、大鎌は死神の肉体の一部のようなものなので、瞬時に再生した。そして突出した男の肩をねらって、大鎌は振り降ろされた。
────しかしその瞬間、剣士の姿は霞のように消えた。
振り降ろされた大鎌の先にいるはずだった剣士は、コマ送りしたように大鎌をすり抜けて、いつの間にか安全圏にいた。
「あれは聖剣のたぐいの異界品と、身体強化魔術も使ってますね」
いきなりの展開に手が止まった俺に構わず、ぱくぱくキャラメルポップコーンを食べ続ける白天使が答えた。
「人間はマナを内部に取り込むようにできていないですから、身体強化なんてしたら体に反動があるでしょうね」
「自爆技じゃないか」
「聖剣が多少なら負傷を抑えてくれると思いますよ」
「ボス戦をまかされるだけのことはあるな」
何もできずに殺されるくらいなら、後遺症が残ろうが、殺される前に殺す。どうやらあの人間の覚悟は、決まっているようだ。治癒スクロールを組み込むなら有効戦術になるかもしれないが、慣れた様子からして以前から使っていたのだろう。
死神を攪乱するように剣士が動き、重騎士が盾で攻撃を防ぎ、魔術士は魔術を撃ちこむ。さらに遅延魔術と拘束魔術で死神の束縛を試みるが、死神の氷の散弾が周囲を襲い、ふりだしに戻る。
増援が来れば挟み撃ちにされて、帰還スクロールを使う間もなく死にかねない。まだ本隊が増援を食い止めているが、限界を迎えるその前に、死神を攻略しなくてはいけない。
「結構長引いているな、終わったら教えてくれ」
「マスターは見ないんですか?」
「だって、失敗しそうじゃないか……」
「ギミックの解除はできていないですけど、クリアはできると思いますよ」
わかっていたつもりだったが、見ていられなくなってきた。
流れる血の臭いはここまで届かないが、俺の頭は血に酔ったようにめまいがした。
考えてみれば、俺は格闘試合や対人競技が好きなわけでもなかった。闘争や暴力は嫌いだった。誰かと争うくらいなら、ただただ黙っていたかった。そんな俺にとって、手に汗握るどころか、命を懸けた殺し合いは刺激が強すぎた。
俺は自分の行動結果は全て受け止めるだとか、強い信念と心を持っていたわけでもない。きょとんとした表情の白天使に監視を頼んで、目をふさぐ。
最終的には泥沼の苦戦の末に、死神の首をはね飛ばして勝利したらしい。治癒スクロールを貸与されていた精鋭の部隊からは、奇跡的に死者は出なかった。
しかし、兵舎からの増援をひきつけた本隊はむごたらしいありさまで、物量に押されて死者が十名、負傷者が三十名出ていた。
「マスター、終わりましたよ。アナウンスを流さないと」
「ああ、そうだったな」
「ちょっと、大丈夫ですか?」
「問題ない」
『第二階層《黄昏の城塞都市》の攻略を確認しました』
『クリア報酬として、ダンジョンポイントシステムが導入されました』
『第三階層《天高きバベルの塔》開放権限を自動販売機に追加します』
第二階層は一か月少しという、想定以上の早さで攻略された。
それは人命という犠牲があっての、血塗られた勝利だった。




