ヴィアルドの心
夜会翌日にアレクシア嬢が倒れたと聞いた時、ダンスをしているところが誰かに見られ、狙われたかと疑い、怯えた。
自分の力が露呈したことは無い。
それでも急速に血が引くような感覚があった。
これからも露呈しないとは限らない。
彼女に近づかない方が良いのか、今更なのか。
不安で何も手につかなくなる1日なんて久しぶりだった。
翌日には彼女によくある発熱等だと聞いて安心し、すぐに見舞いの手紙を送った。
返事は来なかったが、彼女が何事もなく静養できているならば良かった。
3週間経過し、流石に文化院にも姿を見せないことにやきもきし始めた頃に早馬が来た。
最初は怪しい者かと思ったが、差し出された手紙がディクス伯爵領のもので、その場ですぐに開けた。
―癒しの風舞い降りて
午後の柔らかな光に照らされ
静かに穏やかに密やかに―
私の出した見舞いの手紙は伯爵宛ての手紙に入れていた。
もし紛失しても伯爵家同士のやりとりに、私の詩文でも紛れ込んだと思われるように。
送ったものに合わせたこの文は、確実にアレクシア嬢についてだと確信を持てた。
急ぎ準備を済ませ、午後にディクス家へ目立たないように向かう。
門番に伝えるとすぐに侍従が対応し、アレクシア嬢の侍従であるエリシオが現れた。
隠しもせず不機嫌そのものだが、形ばかりの礼儀をもって案内された庭園にしばらく見られなかったシェルピンクがなびいている。
先に気づいたディクス伯爵夫人には悪いが、彼女が振り返る様から目を離せなかった。
久々の彼女は、一層儚い雰囲気を醸し出しているが、笑顔は穏やかで会えたことを喜んでくれていることがわかった。
ダンスをした夜から、わかっていた。
それでも今日改めて強く自覚してしまった。
私はアレクシア嬢を恋い慕っている。
立場が不安定でなければすぐにでも婚約の希望を伯爵に出したいくらいには気持ちが募っていると気づいたのは、ダンスをした夜だ。
彼女のドレス姿をさらしたくなかった。
見ている奴らが気に食わなくて、ほんの少し自分の力を彼女に使った。
伯爵夫人の尋問に似た質問も不快感など無い。
彼女の味方であり彼女の力になる存在と認められるなら問題は無い質問ばかりだった。
今は友人で構わない。
彼女が、慕う者ができてしまうならそれも含めて力になろう。
いつか私を見てくれる日が来れば、それは重畳。
アレクシア嬢が侍女のポーラという者に向かって歩む姿に手を貸したかったが、伯爵夫人は私に話があるようだったので、諦めた。
視線だけは彼女から離せないが。
「どうぞアレクシアをお願いします。友人としてでも、伯爵としてでも、構いません。」
酷く小さな声でささやかれたが、聞き返さずにはいられなかった。
「危険ではありませんか?」
「ご自分で言いますか。今日、シアへのプレゼントを見て、殿下にお会いしてすぐわかりました。アレクシアを大切に思っていると。そして、裏切らないだろうと。もちろん、違えば当家一同であの子のために動きますが。」
社交界の薔薇と言われる伯爵夫人は、迫力ある笑顔を一瞬だけ見せた。
家族を想い、友人を想い、優しさと愛情に溢れる夫人の牙と爪はディクス家で最も恐るべき武器だという。
一部で、社交界の虎と聞くのもよくわかる強さだ。
「ご安心を。彼女は私の唯一の存在ですから。違えた時は、むしろこちらからお願いしたい。」
それほどの事態になれば王子殿下を叩き潰してもらおう。
アレクシア嬢が侍女に伝え終わり、振り返った。
夫人も私も和やかに別れの挨拶を述べ、アレクシア嬢に見送ってもらう。
次の約束が明確だということは、これほど喜びがこみ上げるものなのだな。
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