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薔薇、もゆる!!  作者: 鬼姫
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第1幕 デイジー・スピリッツ・オルテンハイム

 ここはオルテンハイム王国の帝都。

 中心にある白を基調とした美しいお城を起点に、それを囲うように城下町や学校や港などが立ち並んでいる。そして、昼夜問わず活気に溢れていることから、()()()()都市と言われている。



 あたし、デイジー・スピリッツ・オルテンハイムは、そんな騒々しくも活気あるところから少し離れた宮殿で、幸せに暮らしていた。

 ・・・いや、今日、特に今に限ってはあまり幸せじゃないかも。



「どうしたのでしょう、その髪は!?」



 あたしはお母様の部屋に呼ばれ、お母様の目の前に座らされている。



「・・・町でゴロツキに絡まれて、喧嘩してたらこうなりましたの。」



 お母様は絶句した。



「デイジー・・・あなたは幼い頃からそうでございましたね。しっかり勉強ができ、社交性も悪くない。それに親の私からしても可愛いと思います。その上、この国一番の騎士を素手で倒せる程、強いことは承知しております。

 正に、自慢の娘であり、期待すべき次期女王の素質を持ち合わせていることは明らかです。」

「えへへ~。」



 照れ笑いをしたあたしを睨んで、ピシャリといい放つ。



「で・す・が!その素行はバカそのものでごさいます!城下町に遊びに行くのは構いませんが、お供も付けずに、しかも治安のよくない裏通りで遊ぶなんて・・・!

 何度も言っておりますが、第一王女としての自覚を持ちなさい!

 あなたもそう思いませんこと、ダービー?」



 城下町で喧嘩をしたあたしを連れ戻した幼馴染みの騎士、ダービー・クロッカス・ドレッドノートは大きく頷いた。



「それに、明日はルーナトゥム学園の入学式ですのよ・・・。」





 そう、明日から学園生活が始まる。

 王立ルーナトゥム学園、そこは都市一番の大きさを誇り、王族や貴族や豪商の子どもたちが通っている名門校だ。もちろん、お母様もそこの出身である。


 でも、待ちきれなくて、先に様子見をしようと夜にこっそり町にくり出したのだ。もちろんダービーの部屋から拝借した庶民の服で変装してね。

 それから暗い路地を素早く駆け抜けていく。自慢ではないけれど、あたしは町の隅々まで知り尽くしている。だから、どういけば学園までの最短で行けるかもわかっている。

 だけど、それがよくなかったのかもしれないわ。

 狭い路地を通る途中の『ナード商会』の目の前で、出てきたおじ様方にぶつかってしまった。あまりの勢いにお互い吹き飛ばされ、後ろの壁に激突する。



「イテテ・・・。ごめんなさい、ぶつかってしまって!!」



 すぐに立ち上がって立ち去ろうとするも、3人の男に塞がれた。



「オイ、ゴラァァア、何てことしてくれてんだ!ボスが伸びちまったじゃねぇか!!」



 傷だらけのゴツいおじ様が詰めよってくる。

 その後ろでは後頭部を強打して、白目を剥いているチョビヒゲがいた。


 ええ、雰囲気でもうわかると思うけれど、この商会はマトモな商売はしていない。薬物、奴隷、盗品エトセトラを扱う非合法な組織よ。

 そんなだから、出入りする人たちも()()()()のを生業にしている人ばかりだ。



(面倒くさいのに当たったわね~。)



 こういうタチの人間はマトモに取り合わない方がいい。そんな勘が働いた。だから回れ右をして、別の道を探そうとする。

 しかし、あたしの長い髪が強く引かれてしまった。もちろん物理的な意味で。

 振り返ると、腰からナイフを取り出してチラつかせている。簡単には帰してくれないらしいわね。



「オイオイオイオイ~・・・。嬢ちゃんヨォ、それはねぇだろうが。

 悪いことしたらゴメンナサイと一緒に謝罪の気持ちをくれないといけんよなぁ?えぇ?」

「うわ~、典型的なワルね。」

「なんだと!?」

「どうせ、身ぐるみ剥いでそこの商会に奴隷で売ってやろうか!とか言うんでしょ?今時の小説でもそんな安っぽい展開はないわよ。」



 あたしは鼻で笑ってやった。するとおじ様の内の1人が体をワナワナと震わせて襲いかかってくる。



「大当たりだ、このクソガキがぁーーー!!」

「おい、やめろ!」



 仲間の制止も無視して、ナイフを首にめがけて振り下ろしてくる。


 だが、それが当たることはなかった。

 逆に襲う側の男がいつの間にかレンガ造りの壁に頭を突っ込んでいた。



「な、なんだ!?」



 あたしの束ねた髪を掴んでいるおじ様が呆気にとられる。


 驚くのも無理はない。無防備な女の子が、大の殿方に襲われて無事な筈はないわ。けれど、それは普通は、の話・・・。



「このガキャー!!」



 もう1人もナイフで向かってきた。



 ―ドゴォォオオ!!



 得意の蹴りがおじ様の頭部に直撃し、そのまま反対側の壁にめり込んだ。



「フフン、ナイフごときでこのあたしに挑むなんて一億年早いわ!

 わかったらさっさと髪の毛から手を離しなさい!」



 残った1人は冷や汗を吹き出す。

 そして、ナイフを捨て、背中からボウガンを取り出し顔に向けた。



「ば、ばばばバカ言え!なな仲間をこんなにされて黙っておけるか!

 ナイフがダメならボウガンだ!これなら、そっちがケリを入れる前にその生意気な頭に角を生やせられるぜ!」



 ナイフがダメだったらボウガンで、って・・・やれやれチープですこと。

 でも、この距離で避けるのはスリルがあるわね。


 何時しかあたしの額にも汗が滲んできた。



「待て!!」



 上から声がした。見上げると屋根の上に、月に照らされた騎士がいた。見たこともない赤黒い鎧を身につけている。



「何者だ!」

「お前に名乗る名はない。それより、その手を早く離せ。」



 敵・・・ではないようだ。どうやら助けてくれるらしい。



「フン、そんなことできるか!オレたちをコケにしたガキを生かしておいたら名が廃る!」



 おじ様はあたしに向けてボウガンを構え直す。



「そうか・・・。


 ならば仕方ない!!」



 騎士は屋根から飛び降りると同時に、懐のナイフを投げた。その勢いは矢より速く、衝撃波をまといながら正確に男の心臓を狙っていた。

 この調子だと、確実におじ様は死んでしまう。


 それを考えると無意識に体が動き、おじ様を蹴飛ばす。同時に掴まれていた髪の毛が引っぱられ、あたしもバランスを崩した。



 ーザシュ・・・!!



 肉体を切り裂く筈だったナイフは引っ張られた金茶色の髪を断ち切り、地面に刺さる。





 飛び降りた騎士はまず私のもとへ駆け寄る。



「お嬢さん、お怪我は?」

「ないわ。」



 先ほどは逆光で見えなかったが彼は白い仮面で顔を隠していた。騎士なのに素性を知られたくないなんて珍しいわね?



「あぁ、何と言うことだ・・・。」



 彼は足元に散らばっている金茶色の長い髪を見て嘆いた。



「気にしなくていいわ。勝手におじ様を蹴飛ばしたせいで当たったんだから。

 それより助けてくれて、ありがとう!」

「いえ、感謝には及びません。たまたまとおりがかっただけですから。

 それより、あのゴロツキ以外はお嬢さんが・・・?」

「ええ、あたしがやっつけたの。こう見えてかなり強いのよ!」

「ハハハ、それは頼もしいですね。とすると、私は余計な助けを入れてしまったのかな?」



 仮面の奥で意地悪そうに笑う。



「そんなことないわ!至近距離でのボウガン回避を避けたことなんてないから、あなたが来なければ死んでいたかもしれない。

 それを考えると、髪なんて些細なことよ。」



 それを聞いて、安心したように深い息をついて立ち上がる。

 そして、あたしに手を差し伸べる。



「あら、紳士ね?」

「ええ、レディをエスコートするのは騎士の務めですので。」

「ではお言葉に甘えて・・・。」



 あたしは彼の手を取り、引っぱってもらう。



「ありがとう。代わりにこれを返すわ。」



 立つ時に拾い上げたナイフを彼に渡す。

 



「あら、これは?」



 柄には薔薇が刻印されていた。・・・それは見覚えのある紋章だった。

 彼はそれを見られたくなかったのかサッと懐に戻して踵を返した。



「私はまた見回りに戻りますので、これにて失礼します。あなたも十分お気をつけください。」



 急いで立ち去ろうとする騎士の腕を掴む。



「あなた、お城の騎士さん?」

「・・・ええ。」



 そっか・・・じゃあ、また会えるかもしれないわね。

 口には出さなかったけれど、心の中で微笑みながら呟いた。


 私は彼から離す。

 すると彼はこちらに向き直り、仮面をずらして手の甲にキスをした。



「こうしてお会いしたのも何かの縁です。縁というものは不思議なものですので、またお会いすることもあるでしょう。きっとね。」



 挨拶のキスなんてウンザリするほどされてきた・・・はずなのに、この時ばかりは目が覚めるように新鮮だったことを覚えている。



 それからは、城から追いかけてきたダービーに連れ戻されて今に至る・・・というわけだ。





「・・・はぁ、どうしたものでしょう。こんな時間からカツラを仕立てることはできませんし。」



 お母様は頭を抱えて唸る。



「大丈夫ですわ、お母様!イメチェンしたということで何とかなりますわ!」

「何ともなりません!

 これまでずっとその髪型だったあなたが急に変わったらどう思うのか想像ごらんなさい。あなたを迎えに行ったダービーはともかく、昼間に謁見した方々や大臣たちは、絶対に夜に事件があったのだと勘繰るでしょう。

 こんな風に世間体ばかりを気にするのは良くありませんが、王室に危険が迫ったと思われると、国中が不安になるのです。


 よいですか?

 我が国オルテンハイムを含め、世界3大国は先の戦争から約500年もの間、平和を保ってきたのです。そして、我々もそれを受け継ぐ()()があります。

 ですから、些細なことでも気を配らないといけないのです。

 わかってくれますね、デイジー?」


 

 わかってる。わかってるわよ、そんなこと・・・。

 あたしだって、平和がずっと続いてほしいと思っているもの。戦争になって、ケーキや紅茶がみんなとおいしく飲めなくなるなんて嫌だ。



「とりあえず明日のことを考えないといけませんわね。

 うーん・・・、仕方ありませんから、急な公務が入ったことにして欠席といたしますか。そして、明日中にカツラを仕立て、明後日から登校することといたしましょう。」



 一晩待てば良いものを、待ちきれなくて宮殿を飛び出したせいで、こんな最悪なことになるなんて・・・。あたしは自分の軽率な行動を後悔した。



 明日の入学式、出たかったなぁ。

 でも何とかして学園の様子だけでも見に行けないかな・・・?



 部屋をぐるぐる見渡す。あたしが秘策(という名の悪知恵)を立てる時によくするしぐさだ。こうしていると不思議と何か思い付くことがあるのだ。

 そして、横に立っていたダービーへ視線が向いた時、急に閃きの神が舞い降りた。



「そうですわ!明日、私が変装すれば良いのです!」

「ハァ!?」



 お母様は素で声を荒らげた。



「ほ、ホラ、あの学園には公務で忙しい時は代理で近親者もしくは従者を出席させてもよいという制度がありましたわね?」

「ええ、まぁ・・・。」

「それに乗っかって代理として変装した()()出席すれば、私も入学式に参加できるし、髪が短くなったこともバレない!万事解決よ!」



 あたしは腰に手を当てて自慢げに策を話した。

 お母様は強ばった顔の力がふぅと抜け、呆れたため息をつく。



「・・・よいですか?その制度は公務と勉強とを両立させる目的でつくられたのです。よって軽々しく使うものではありません。

 そもそも、それは学園長の許可を受ける必要があるのはご存知ですわね?」



 もちろん知っている。だからこそ、こうして話しているのだ。



「確かお母様と学園長は、親しく交流をなされているようですわね?元々、お二人ともルーナトゥム学園の同期とか何とか・・・。

 ですから、ここはお力添えいただきたく!

 ・・・というか、一生のお願い!」



 テーブルに手をついて深々と頭を下げる娘を見て、しばらく考え込む。

 しかし、少し経った後その勢いに負けたのか、お母様はあたしの顔を撫でた。



「・・・わかりました。

 学園長のアフロディーテには、()()()()事情をお話しにいきます。」



 あたしは顔を上げた。なんだか視界がパッと明るくなったような気がした。



「ただし!!こちらからも条件があります!」

「勉強なら頑張るわ!学年でトップクラスになるのも頑張る!」

「そんなものは当たり前です。それに賢いあなたなら難のないことでしょう?

 そうではなくて、それ以外に3つです。」



 お母様は指を3本立てて見せた。



「1つ、何があっても金輪際、勝手に外に出ないこと!学校以外では外出時にお供を連れていくこと!」



 うんうん!守る!絶対に勝手に外出しないし、出る時は誰か連れていくわ!



「2つ、変装して学校に行ったということをみんなに明かされてはなりません!」



 うんうん!守る!絶対バレないようにするわ!



「そして、3つ、学校も含め今後不要に暴力を振るわないこと!」



 ・・・?


 首をかしげた。



「3つ目ってどういうことでしょうか?」

「・・・わかりませんか?」

「はい!」



 すると気の抜けていたお母様の顔が再び怖くなる。



「では教えて差し上げましょうー

 まず今日4人のならずものを倒しましたね?」

「そうですわね、余裕でしたが。」

「あの後、病院に運ばれ、そこで違法取引の罪が明らかになりましたので、逮捕することとなりました。それについては治安の面ではお手柄の部分もあったかもしれません。」

「えへへ~。」

「―で・す・が!

 これまであなたのせいで、何人が病院送りになったでしょう?」



 え、ええっと・・・。


 小さい頃から喧嘩の度にダービーを病院送りにしたのと、念のために習わされた護身術の試合でやり過ぎて相手を吹き飛ばしたのと、城に盗みに来た盗賊を窓から投げ飛ばしたのと、剣の稽古をする度、山のように兵士を気絶させているのと―


 ・・・ダメだ、両手で数えられないわ!



「そのようなものだから、あなた、裏ではとんでもない呼ばれ方をされておりますのよ!」

「え?」

「《破壊神》デイジーですってよ?

 破壊神って・・・。ハァ・・・先代国王がご存命なら、これを聞いてどれだけ落胆することやら。嘆かわしい・・・。」

「・・・。」



 初耳だ。

 みんな、陰でそんなことを言っているのね。

 後でシバかなきゃ。



「変なこと考えておりませんわよね?」



 ―ギクゥ!



「よいですか?

 この3つ、守れるのなら学園長にお願いしに行きましょう。もし守れないようなら明日は欠席なさい。」

「え、えーと・・・1つ質問ですわ。

 例えばもしお約束を破ったらどうなりますの・・・?」

「そうですね。

 しばらく凶悪な魔物がいる無人島にでも追放いたします。あなたなら()()生き残れるでしょうし。」

「えええええーー!?」



 無人島って・・・!?おいしいごはんもケーキも紅茶もないところなんて嫌よ!



「で、でも、私を追放したら、それこそ国中大騒ぎになるのではないでしょうか?」

「何ですか?約束を破る前提で考えているのですか?」

「い、いえ、とんでもございません!」

「ご安心なさい。島流しにする前に、ちゃんと替え玉を用意しておきます。

 ですので、そうなりましたら、心行くまで無人島で―!」



 ズイっと迫ってくる。



「何もないところを永遠と歩き回って―!」



 ズイズイっとさらに迫る。



「魔物相手に暴力を振るって楽しんでいらっしゃい!!」



 急に崖から突き落とされた感覚に陥る。



「さて、やりますか?お止めになりますか?」



 ・・・うぐぐ、難しいわね。

 でも、背に腹はかえられない。約束も上手くやれば良い話よ。だって、あたしは出来る子だから!



「約束しますわ、お母様。

 オルテンハイムの名にかけて!」



 そんな感じで意気揚々と答えた。



 しかし、この時のあたしは、明日どんなことが起こるか考えもしていなかった。










 ・・・なんて、ベタなこと言っちゃったりして☆


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