第1話
2話連続投稿です。
よろしくお願いします。
ねこはいます。
そういえば──
「転生した先の世界で気を付ける事はありますか?」
という質問に答えてもらうのを忘れていたなあ、と今更ながらに思い出す。
記憶の継承を依頼する話を挟んでしまったために話そびれたのか、あえて意図的に答えなかったのか。もう一度あの神域役所へ行って本人に確認しないと判らないが──
「おうおう、なんじゃぁワレェッ!? オドレ、ワシらの縄張りで勝手に狩猟するたぁ、ええ度胸しゃのぉ! あぁッゴルァッ!?」
緑葉が重なって厚みはあるけれど、そこそこ木漏れ日が射し込むので意外と明るい“翡翠樹海“に、威勢はいいけど極めてガラの悪い怒声が響き渡る。単純に怒っているから出てくる声の質ではない。
もう完全に怒鳴った先にいる相手を殺す気でいる声だ。
やだなあ。
野蛮だなあ。
なんとかこう、話し合いで解決できないもんですかねえ?
あ、ちなみに「ハネウチ」っていうのは、こっちの世界での隠語です。羽撃ち。羽=鳥。鹿や猪を仕留めた後に解体して「これは羽の付いた獣の肉、つまりは鳥だ」と言い張ったのが起源らしく、肉食は鳥だけ認められていた時代に生まれたスラングなんですって。
今では誰にも憚れる事なく普通に獣肉を口にできるので、一部の界隈でしか使われなくなってた骨董品的な業界用語ですね。
「なァにタワケた事ヌかしとんじゃダボが殺すぞっラァっオオゥッ!? ここいらは三〇〇年前からワシらのハネウチ場しゃろぉがやぁ! 後から来た余所モンがシマ張るなァスジが通らんじゃろうがボケがぁっ!」
「その余所モンからシマを一度も奪い返せんザコ組が無理してイキがんじゃねぇぞ、ッシャらすぞオオォゥ!?」
凄いなあ、よくそんな台詞が噛まずにスラスラ口から飛び出してくるなあ。言葉の暴力って表現あるけど、もうこれ本当に「言葉(物理)」だよね? 普通の人が浴びせられたら昏倒しちゃうよ。
どちらも完全にカタギじゃない装いだしね。
ストリートギャングと世紀末系ヒャッハーのファッションが合体して最強……というかファンタジック・チンピラに見える。
あ、台詞の中に単語として成立してない文字列があるのは、意味のない音で相手を威嚇する独特の発声なのです。
善良なるネオなんちゃら市民なら震え上がるスラングってやつ。
コワイ!
「なんじゃあ、よぅも吠えたのぉッ、こン三下がァっ!」
「吠えよるのは負け犬のそっちじゃろォがオォッ!?
また優しく撫でたろォかァオドレャェコラァッ!」
ああ、なんかもう唾をお互い浴びせるというか、キスができるぐらいの距離まで顔を近付けて睨み合ったり罵り合っちゃったりして……
代表する二人だけがそういう状態だけど、他の人達も剣呑な雰囲気でガンを飛ばしまくっている。
代表二人が言葉で暴力を振るっているなら、こっちは視線の十字砲火で人が薙ぎ倒される感じだ。
やだもう、なんなのこの人達。
ここはあれだ、私が勇気を出して平和的に話し合いで済むよう説得すべきだ。
そうすべき。
この不毛な会話の応酬に終焉を!
なにせホラ、私には転生特典で魔力が強いらしいし。
いざとなったらソレをアレしてナニすれば、ね?
だって早く帰りたいのよ私は!
「いつまでダラダラ話してるの、カーランド」
乳児頃から耳に染み付いた「大人の話し方」が自然と口から吐いて出る。
おやおや?
なんか思ってるのと違う台詞が私の口から飛び出してるぞ?
「平和主義者らしく話し合いを続ける気があるなら、私が貴方達に杖を用意しましょうか?
あっという間に歳をとって、立ってるのもつらくなるわよ」
自分でもビックリするぐらい低くて冷たい声が出ちゃってない?
声が冷たいっていうか、なんか周囲の温度まで下がってない?
いや雰囲気とかがでなくて物理的にヒンヤリというか。
あ、これ私の身体から魔力が漏れ出とるがな。
魔力が冷気に変換されとるやんけ。
アカンがね。
「お、お嬢!」
冷や汗の代わりに額にうっすら霜が降りてるカーランドさんが、私の方を振り返って焦った様な声を上げる。
彼の目に写るのは、もちろんエルフな私の姿。人間だと見た目一〇歳くらいの幼女な私だが。
「す、すいやせん、お嬢!」
「お嬢おぉ!」
「っさぁーせんしたぁっ!」
カーランドさんの周囲にいたウチの家の皆も、口々に謝りながら頭を下げてくる。神域の担当職員さんの時もそうだったけど、大人が子供に本気で頭下げてるの見たらなんか申し訳ない気持ちになるなあ……
それもチンピラだけど美形揃いのエルフが幼女に低頭平身するのはシュールというか……
「コ、殺女……!」
「翡翠の森の氷殺姫……!」
対して対立陣営の皆さんは(こっちもエルフの集団だ)私の姿を確認すると、声を震わせつつも肺の奥からそんな単語をリバースさせる。
ちょっと待って。
後者の妙に語呂がいい厨ワードは恥ずかしいけど横に置いておくとして、前者の間抜けな響きの割にド直球のクリミナル(←私の心を)ワードは何なのかな!?
(ドスドスドスッ)この二つ名を考えたのは誰だぁ!?(暖簾バサァッ)
とにかくッ!
「──『話し合い』なら私がやりましょうか?」
「ヒッ」
私からの申し出に、相手は──たしかロッツさんという名前だったか──喉が管弦楽器になったみたいな短い悲鳴をあげた。彼の部下が震えてるのは謀らずも下げちゃった気温のせいではなさそうよね……
服の上から凍りかけてるみたいだし……ごめんマジごめん。
それは不可抗力なんや。
さて、ちょっと想定していた言葉選びにはならなかったけど、一応は話し合いを提案してみたけど……どうかな?
「…………ハッ、ガキを連れてハネウチするよォなの相手の血ィ流さしてもつまらんし、自慢にならんけェのおォッ」
少しばかり間を空けてから、そんな風にロッツさんが地面に唾を吐く。うわ、汚ない。
けれどそれ以上は何もせず、踵を返してこの場を去っていくではないか。周りにいた部下達も慌てて彼に従いついていく。
おお! 説得成功!
……説得?
いやこれ、話し合いを持ちかけたら無視して帰られたって形になってない?
「すげえ……『自警狂犬のロッツ』が大人しく退いてったぞ……?」
「あの一〇〇人斬りが」
「さすが俺らのお嬢だぜ……」
「姐さん……!」
「お嬢がいればウチも安泰だな!」
ともあれ事態は落ち着いたので、自然と漏れ出た魔力も霧散し気温も元に戻っていく。気持ちが昂ると微妙に魔力が制御できないのが私の大きな欠点だ。未熟な私がまず最初に目指す改善点でもある。
反省反省。
「ガキに頼らねぇと何もできねえんだから、サンロ一家の名前も地に墜ちたモンだよなァッ!」
結構遠くに離れ、その姿が森の木々に隠れ始めたところで、そんな事をロッツさんが大声で張り上げた。
それに私の周囲で反発したり威嚇したりする野次が返されるが、向こうはそれだけ言い残すと今度こそ本当に森の奥へと消えていく。
面倒事は避けられたんだし、今は言わせておけばいいのだ。
平和が一番ですよね!
「……すいません、お嬢。手間をとらせちまいました」
「いいのよカーランド。今日は私の狩りに付き合わせちゃったんだしね」
そもそも私が「母親の誕生日に手料理を食べさせたい」という思い付きが発端なのだ。あまり複雑なレシピは幼児体型の私には無理なので、肉を焼くだけのお手軽クッキングなバーベキューならいけるんじゃね?的な流れからの狩りである。
どうせ焼くなら肉も自分で狩らないとね! という、こだわり子供シェフの軽い我儘だったのだけど……
昔からウチの一族と対立してるエフッジ一家の見廻り組と遭遇したのは予想外だったなあ。
うん。
ここまでの流れで理解してもらえたと思うけど──この世界のエルフは私が転生前に夢想していたエルフ像とは大きくかけ離れている。
同じエルフとはいえ氏族間の対立が激しく、氏族縁者内での関係が強いために自然と形態が任侠的な世界のそれと似たようなものへと形成されていったらしいのだ。
言葉を濁さずに言うと暴力団だ。
そう、この世界のエルフとは広域指定暴力団みたいな存在なのだ。
人間や他の種族からは、露店で良薬から悪薬までも扱う調薬師という「エルフが表世界で多く就いている職業」を指す『薬座』と呼ばれているそうだが。
たまげたなあ。
いや、確かに私のリクエスト通りではあるのだ。
天王星に住んでるようなコズミックビーイングではなく、ちゃんと美形で耳の長いエルフで、長命だし、氏族やサカズキを交わした者との絆は強固でアットホームと言えなくもない。森林資源の利権を牛耳ってるので森の中で自由に暮らせる。もちろんトラックなんて存在してない。
職員さんに伝えた要望通りではある。
だけどここのエルフは暴力団だ。
人間側の呼び名は「薬座」な暴力団だ。
優雅な森の妖精ではなく、勇敢な森のチンピラばっかりだ。
それに頻繁に敵対氏族と争う。いわゆる抗争だ。
罵声や短剣や弓矢や魔法が飛び交う、血で血を洗うハリウッド任侠映画みたいなエルフだ。
思ってたのんと違う!
物心がついて前世の(神域での)記憶を取り戻したまでは良かったけれど、エルフ転生に浮かれた気分がものの数分で崩壊した私の気持ちたるや!
職員さんの嘘つき! いや嘘は言ってないけど!
この世界で気を付けるべきことを聞きそびれた私が悪いんだけれど!
だけどさあ! だけどさあああああ!
この世界のエルフ族が暴力団だなんて予想もできないしゃない!?
そんなエルフに育てられたエルフですから、私も立派な「組長の実娘」として教育受けましたとも! 極道エルフの英才教育でしたとも! 立てば極道、座っても極道、笑う姿も極道の華ってなもんですよ!
ちゃんと魔力も高めに設定してくれてたみたいで、魔法使いとしての素質もバッチリですってよ奥さん!
真面目な仕事ぶりが今では憎々しいね職員さん!
神域にいた時の「少女A」って呼び方も、今にして思えば昭和の不良少女っぽいアトモスフィアありましたよね!
誰があれを伏線だと思うんだよ畜生!
構成員たる氏族から「お嬢」などと呼ばれてりしてチヤホヤされて、まあ満更でもないんだけど納得できてるかとは別問題だよ。
それはそれ。これはこれ。
その真面目なツラのままノリツッコミさせるだけじゃ済まさねえぞ。
そんな訳で。
この私──レイアス・サンロは、極道なエルフ族での転生ライフを今日も送っております。
平穏無事に暮らしたいだけだから!
抗争は勘弁してー!
お読みいただきありがとうございます!
評価などいただけると幸いです。