プロローグ
リハビリ的な作品です。
透析治療と、その合間を縫っての仕事の、さらにその隙間を使っての執筆ですので、かなりゆっくり更新。
よろしくお願い致します。
「──はい、書類に不備はございません。手続きは以上です。
では……転生するにあたって何か御希望などはございますか?」
神域/地球支部・輪廻転生局・異世界転生課・特殊事故対応係の男性職員さんは書類を二、三回チェックした後にそう質問してくる。
死後とはいえ「個人情報の保護」厳格化の波は神域にも及んでいるようで、こうした手続きは窓口に座った瞬間に独立した空間へと転送され、職員さんと一対一でやり取りされるのだ。
そうなると職員さんも個別対応で忙しいでしょ?と尋ねたら、神域公務員も下級とはいえ神扱いとなるので同時多重存在という能力が使えるんですよ、と笑顔で返された。
つまりどういう事だってばよ?な表情を浮かべてしまっていたのだろう、彼は浮かべていた笑みを苦笑いに変化させながら「私の場合だと同時に六〇〇〇体の住民の皆様に対応する事が可能です」と説明してくれた。
な、なるほど?
よく分からんがよく分かった。
まあそれは兎も角とて転生である。
生まれ変わり、リインカーネイション。
つまり私は死んだわけでして。
死んだ直後に『私』の名前や個人記憶(それまでその魂を縛っていた現世への楔)は最高神へと返上されるらしく、自分の名前も思い出せないので、今の私は単なる「少女A」なのであります。
役所のロビーに記憶喪失状態で突然ワープさせられたので、さすがに最初はパニックでしたけどね。職員さん達から鎮静術式と現状説明を受けて今に至るわけです。
なんでも全ての生命は輪廻を巡って様々な世界を物質的・精神的、時には霊的・魔法的に動かしていく役割があるんだとか。
で、不肖「少女A」たる私も役割を果たすべく転生するんだそうですが──
「希望って百パー通るもんなんですか?」
「今回は特殊なケースですからねえ」
はあああ、と。
なんか、めっちゃ重い溜め息つかれた。
「重ね重ね、支部長神のミスで貴女様に多大な御迷惑をお掛けしてしまった事をお詫びします」
「あ、や、いえいえ、もう充分に謝罪は頂いたので!」
わー! 頭上げて! 公務員で下級とはいえ神様に頭下げられるとスゴい焦る! というか上司のミスを処理しなくちゃならない部下の悲哀が滲み出て過ぎて切ない! 胃のあたりを押さえないで! 見ててツラいよぅ!
「つうか、なんでしたっけ。フラグ管理が滞納したとかなんとか?」
「まったく、お恥ずかしい限りで……」
要するに私は地球を管理する神様のミスに巻き込まれて死んだらしいのだ。上級神が特定の人物に与える試練の管理という業務を怠ってしまっていたため、あっという間に未処理のフラグが蓄積。
それが発覚した頃には何処からどう処理していけば判らないほどフラグが複雑怪奇な因果を惑星サイズで結んでしまっていて(この辺の説明されたけど上手く想像できなかった)お手上げ状態。
自分の怠惰が招いた想定以上の「しくじり」の規模にテンパって、あろう事か一度に処理してしまおうとしてしまったそうなのだ。
試練って元々は「特定」されてはいるけど様々な人物に分散して与えられるもので。
それを「特定の人物」でもない存在へ一気に与えちゃった訳ですわ。
ドバッと。
頭から豚の血が入ったバケツをひっくり返すみたいに。
まあ、それ私だったんだけどな!
「貴女はですね──学校が廃校のピンチに陥ったのを救うべく学内選挙でスクールなアイドルに選ばれそうになった瞬間、土地の転売を目論む地上げ屋が来て大騒ぎになり、そこへ運悪く暴力革命系テロリストが乱入してきて占拠。
実は暗殺者だった幼馴染みとテロリストの内通者だった親代わり教師の死闘に巻き込まれそうになり、地上げ屋の一味である青年と学校内を逃げ回ってる内にラブロマンスが芽生えかける。
それも束の間、彼が突如として異世界召喚されて消えた直後に、恐怖で発狂したクラスのヒロイン的存在に悪役令嬢呼ばわりされてホラーゲームよろしく鉈の二刀流で殺されそうに。
再び校内を逃げ回る内に校内放送でデスゲームの開始が知らされて、校庭に封印されていた怨霊ウィルスが解き放たれゾンビがパンデミック、物陰に隠れていた所へ地上げ屋が事前に手配していたダンプカーが手筈通りに突っ込んできて轢かれたのです」
「ごめん、なんて?」
思わず言葉遣いがワイルドになったのは許して欲しい。
てか聞き返し不可避でしょ、コレ。
三回ぐらい説明を受けたけど把握できなかったよ!
私への試練、詰め込まれ過ぎィ!
説明を受けた事の他にも無数のフラグが盛り込まれてたらしいんだけど、私の生物としてのキャパシティが因果の圧力に耐えきれんかったらしい。つまりは本来は迎えるはずのなかった「死」という因果に無理矢理「グシャッ」と押し潰されたのだ。
ああ、でもそこら辺の役割は律儀にトラックなんですね。
などと変なところで感心してしまう。
因果がオーバーフローした分は、部下の神様達が「約束された掃除のモップ」を使って綺麗に片付けるんだとか。完了予定は七〇〇年後。
本当にお疲れさまです。
私が死んだ事で試練は失敗という形で回収された事になったのか、学校での騒動は(部下神様の尽力で)丸く収まったと聞かされたのだけど「詳細は聞かない方が精神衛生上よろしいかと」と言われたので、おそらく単に「神様や世界単位で見たら『丸い』ってレベル」なんだろうなあ……と白目痙攣したり。
「なので可能な限り少女A様の御希望に添えるよう、こちらも尽力させていただきます」
「うーん、そう改めて言われると迷うなあ」
「ただ、さすがに『神様にしてくれ』といった存在階位を十数段階も上げる様な要望は無理ですので、できれば穏便に……」
「そこまで大それた野望は考えてないですよ!?」
なれたとしても下級神スタートだろうし、上司の後始末でモップ掛けしてる姿を見ちゃうと「新世界の神になる……!」的な厨願望なんて一瞬で塩になりますがな。
さて。
それにつけても転生先の希望かあ。
「今度は長生きしたいし……やっぱり生まれ変わるなら美人さんが良いし……私には親いなかったそうなんで、一族でアットホームな環境とか憧れちゃうなあ……ああ、あとトラックが突っ込んでこない文明レベルが良いですよね……」
私の中で異世界転生生活プランがカチャカチャと音を立てて組み上げられていく。
程なくしてレンジのチーンという音が脳内に鳴り響き、ひとつの答が弾き出される。
「エルフになりたいです」
「エルフですか。かしこまりました」
「あ、ええと、アレですよ。ちゃんと私のイメージ通りのエルフですよね? なんか天王星あたりに住んでいる、SAN値チェック失敗したらd20点減らされる系の『エ・ルフの民』とかじゃないですよね?」
「天王星はガス惑星なんですから、そんな恐ろしいモノは住んでませんよ」
地球における空想ファンタジー世界で定番の、森で暮らすエルフですよね?と冷静に切り返される。
やめてえ! 見ないでえ!
渾身のボケが、ネタは通じてるのに「お役所仕事」的にサーッと流されると、恥ずかしさのレベルが半端ないので止めていただきたい!
生殺しか!
いや死んでるけど!
これから生まれ変わりますけども!
「種族の指定だけですか? 他に御要望は?」
「さっきも呟きましたけど、美人さんでアットホームな環境で……チートとまではいかないまでも、その世界で生き抜ける程度の強さは欲しいですかねえ」
「これは繰り返しになりますが……今回はこちらの重大なミスですので、もっと多くの御要望が通ると思いますよ?」
「ううーん……あまり恩恵を受けすぎると、かえって良くない気がするんですよねー」
日本人的な遠慮や謙虚とかからくる殊勝なものではなく。
名前があった頃に読み漁ったライトノベルから得た魂の教訓と言いますか。
出る杭は打たれる。
雉も鳴かずば撃たれまい。
寄らば大樹の逃げれる範囲。
朱に交わるにしても先っちょだけ。
何事も程々が肝心なのです。
こちとら鈍感系主人公みたいな無自覚ハーレムが作りたい訳でも、意図的にハーレム要員を増やしたい訳でもない。強い絆に守られて、ただ平穏に安全に暮らしたいだけなのじゃよ……(ロリババア口調)
「まあ、そんな感じのエルフでひとつ」
「わかりました。と、なりますと……リスファドラ支部のエルフが最適な転生先になるでしょうか」
「あ、魔法あります?」
「ありますよ。ちゃんとエルフは魔法が得意な種族です。生き抜く程度に必要な強さ……との事でしたので、この辺を強化しておきますね」
「向こうで気を付けるべき事とかありますか? というか、こことか地球での記憶とか知識とかって継続します?」
「御要望であれば可能ですよ」
「マジか」
聞いてみるもんだなあ。
「赤ん坊の頃から記憶や自意識があってもキッツいだろうし……ある程度成長したら転生を自覚できるようにしてもらえれば」
物心がついた段階から将来の行動指針や注意事項を把握し、それに必要な知識を獲得できていれば、危険や面倒事に巻き込まれるリスクを極限まで減らす事もできるだろう。
どうせ森の中でのんびり暮らす予定なのだし。
「わかりました。では御要望は以上という事で宜しいですか?」
「はい。お手数をお掛けします」
職員さんが手元の書類に幾つか書き付けていく。たぶん私の要望を追記しているのだろう。
「ではこれで申請は受理されましたので、これより転生となります。また神域へ来られる時は亡くなられたときですので、またその時にでも」
小粋なお役所ジョークかと思って笑みを浮かべかけたのだけど、どうも単なる事実を述べてるだけっぼかったので、ウエットどころかドライな感じにさせられる。
真面目か。
いや始終真面目な職員さんでしたね。
上司のミスの尻拭いさせられてるぐらいには真面目な。
いやほんと、お疲れ様でした。
とか思ってると身体が少しずつ透けてくる。
おお、いよいよか。
キラキラ輝いたりとかはしてないけど、粒子へと分解されて近くて遠い場所で再構築されていっている不思議な感覚だ。本当なら恐怖を感じる現象なんだろうけど、ここが神域だからなのか妙な安心感がある。
「お世話になりました」
「あちらでもお元気で」
かなり稀薄になった身体で手を振ってみると、職員さんも笑顔で手を振り返してくれた。
うん、また神域を訪れる時が来れば、またこの職員さんに対応してもらいたいな。
ボケはスルーされるけど。
次こそはノリでツッコミをいれさせてみせようぞ、
なんて野望を抱きつつ、私の身体は完全に消えたのだった。
◆◆◆◆
「問題なくリスファドラ支部管轄世界への転生を確認……と。無事に向こうで天寿を全うしていただけると良いのですが」
少女Aを担当した職員は安堵の溜め息を漏らしつつ、空間を元の受付窓口へと戻していく。書類をまとめ、各部署の判子を貰いに行かなくてはならない。
そこへモップを持った同僚神が、転がるように窓口へと駆けつけた。顔が真っ青だ。この慌て様は只事ではない。
「あの少女の転生作業は終わったか!?」
少女Aを担当した職員は猛烈に嫌な予感を感じながら無事に終了した事を伝え、何かあったのかを問い質した。
「オーバーフローして処理をしていた試練の一部が再発動して、因果律に組み込まれたみたいなんだ! 異世界に転移したらしくて、掃除現場からだと追いきれなかった!」
「そんな馬鹿な!」
職員は愕然とする。対象者が死亡した時点で試練は失敗となり、通常であればそこで因果の鎖は断ち切られ終了となる。なのに何故、あの少女が死んだ後で試練が再発動などしたのか。
ありえない。
……いや、まさか。
「複雑怪奇に入り雑じり、惑星規模まで肥大した試練の因果……」
そんなものが、たった一人の人間に注ぎ込まれたのだ。結果として死に至らしめてしまったが、圧倒的な因果に圧縮されたが故に彼女という存在に因果の一部が溶接された感じになってしまったのではないか。
記憶を保持したまま転生したことで完全に試練は終了していないと見なされ、溶接されていた部分が再発動。転生と連動する形で一緒に転移してしまった……?
「……どうする?」
「一応、異世界生活支援課に連絡は入れてみますが……ウチが管轄した転生の手続き自体は何の問題もなく終わっていますし、彼女は元々『試練を与えられるべき特定の人物』ではなかったので試練監理局の管轄外になりますし……
処理手続きが終了した試練が勝手に発動してしまっているので、彼女は相変わらず『試練を与える特定の人物』には該当していません……対象者でない、現世の一個体への過度な直接干渉は法律で禁じられてますし……」
神域内での縄張り意識が高いのが災いして部署間の連携がとりづらいのと、現行の法律が定めるところの範囲から彼女の状況が微妙に外れているため、彼が神域職員として動こうとしても限界があった。
精々が関連するであろう部署に注意を促す程度しかできない。
そもそも彼自身は係窓口の受付という下級神でしかないのだ。
組織を一部でも動かす権限がない。
「もしかしたら……すぐにまた会う事になるかもしれませんね……」
どこまでも神の不都合に付きまとわれる運命となった少女の行く末を、今は健やかにと願うより他なかった──
読んでいただきありがとうございます!
評価などいただけたら幸いです。