第31話 強さの秘密
試合が終わり、急いで控室に戻る。
そこにもキキの姿はなく、僕は溜息をついた。
「ハクト、何故そんな顔をしているんだい? せっかく勝ったのに」
僕の顔を不思議そうに覗いてくるクラリス。
今日はほとんど怪我はしていないが、小太刀を食い止めた時に掌を少し切った。クラリスはそれを治療してくれようと近づいてくる。
「さっきの戦いで、僕はあのまま戦っていれば負けていた。でも、キキは自分で負けを宣言してしまった。なんでだろうってずっと頭から離れないんだ」
クラリスは聞いている様で聞いていないのかも知れない。薄く笑ったまま何も答えず、僕の手を取る。
「この間の予選で、クラリスはこれ以上気になる人はいないって言ってたよね。でも、キキは凄い強かったと思う。それでもクラリスは何も思わなかったの?」
瞬く間にクラリスは僕の掌の治療を終えたみたいで、ハイおしまいと手を軽く叩く。それから僕の質問に質問を重ねてくる。
「キキって言ったっけ。彼は強かった?」
「強かったよ。クラリスは見てなかったの? 僕の刀の攻撃は一回も当たらなかった」
「でも、君だって彼の攻撃はまともには当たらなかったでしょ? それに、何か他におかしいところはなかった?」
「確かに当たらなかったけど……。おかしいというか、気になったのは、キキはもしかしたら戦い慣れてないのかなっとは思ったよ。あの独楽みたいな連撃の後に、疲れてるみたいだったから」
「そうか、そうだね。多分キキは戦いに慣れてなかったんだと思うよ。あの力は、キキの力であってキキの力じゃない」
「え? どういう事?」
クラリスは僕に分かる様に説明をしてくれた。
キキは、恐らく魔術で身体能力を飛躍的に向上させていたと思われる。クラリスにはその魔術の残滓が汲み取れたらしい。
魔術にて行う強化術は、その度合いによって自身の体にとてつもない負担を掛ける。肉体の限界を越えての強化は、とても長時間戦い続けられるものではない。
恐らく、自身の小太刀が折れた事もあり潮時と悟って撤退したのではないか、というクラリスの考えだ。
「多分予選の時は魔術は使ってないと思うよ。決勝トーナメントだから無理してでも挑んできたのかもね。だから、ハクトの方が地力ではキキより強い。少なくとも私はそう思ってる」
クラリスはそう言いながら控室を出る。慌てて僕もそれに続くが、何故だかクラリスの足は早い。
「ちょっと、クラリス。どうしたの? なんでそんなに急いでるの?」
無言で進み続けるクラリス。僕の声なんて聞こえてないみたいだ。そのまま闘技場の出口まで進んで行ったので、僕は咄嗟にクラリスの手を取る。
「ねえ、どうしたのさ。何かあったの?」
「……別に何もないよ。ごめんね、無視してて。ちょっとあの中に聞き耳立ててる奴がいたみたいでね」
僕にはそんな気配は感じ取れなかった……。とりあえずそのままゆっくりと歩き続ける。
「キキのやった様に、魔術で肉体を強化するというのは良くある方法だよ。だからそれは構わないのだけど、使われた魔術が多分良くない。アレは極端に負担を大きくして体を壊す様な魔術だ。誰がやったか知らないけど、間違いなく悪意があるよ」
……そんな。あの戦いの中でそんな事があったなんて。
キキは果たしてこの大会に何を求めてたのだろうか。
身体と引き換えに戦ったのなら、なんで負けを宣言したのか。あのまま戦えば体は壊れてしまったのだろうが、僕には勝てただろう。余計に分からなくなってくる。
そんな僕を見越してか、クラリスはイタズラっぽく声を掛けてくる。
「……それで、君はいつまでこのままなのかな?」
僕が咄嗟に握った手を、プラプラとさせて嬉しそうにしている。自分の耳が赤くなる気がするけど、クラリスは離してくれなかった。
クラリスは何事もなかったかの様に手を繋いだまま歩き出す。嬉しそうに歩く横顔を見て、僕には繋がれた手を離す勇気はなかった。
◆◆◆◆◆
手を繋いだまま街中であれこれ食事を買い漁る。今日はこれを二人で宿で食べる予定だ。
僕は歩きながら明日からの戦いの事を考えていた。今、二回戦まで勝ち抜いた。後二回勝てば優勝だ。後一歩で優勝まで手が届くところまで来たんだ。出来れば優勝したい。
そんな事を考えながらクラリスと夕食を取る。
クラリスは買った食事をテーブルの上に広げながら僕を見る。
「さあ、ハクト。後少しだ。これからの戦いの作戦を考えようか」
唐突にクラリスがそう言ってきた。
「今までもこれからも同じじゃないの? 僕は僕の出せる全力で戦うだけだよ」
「うん、それはそのままで構わない。むしろ全力を出さなかったら私がハクトを許さない。そうじゃなくて、これから戦う相手を少し考えようかって言う事だよ」
「これから戦う相手? 明日は準決勝だから、僕以外は3人しかいない。いや、違うな。今日の戦いで二試合目も相打ちになったみたいだから、残るは僕を入れて3人だ」
「そう、もうほとんど決勝みたいなものだ。それで、君は他の2人の事をどれだけ知ってるかい?」
そう言われて僕は頭を悩ませる。何故かと言えば僕が覚えているのは、アレクくらいしかいないからだ。結局準決勝まで残った後一人は見た目は覚えているが、それしか分からない。
「そう、そのアレクさ。彼はとても強い。多分君では敵わないくらいにね。もう一人なんてどうでもいい。彼が実質決勝に行くだろうから、だからどうするって聞いているんだよ」
ここまで言われても、僕にはアレクに対抗する手段が浮かばない。アレクが強いのは分かるけど、じゃあ逆に弱点はないのだろうか。
「アレクの弱点は今のところ見つからないね。今まで戦った相手が格下というのもあるだろうけど、彼は攻守共に非常に高い水準だ。真っ向勝負で君が戦えば、そうだね……、5分かな」
それは5分で負けるという事だろうか。そんなんでは話にならない。優勝出来ない事が確定してしまう。
「他には、僕がアレクに勝てそうな所はないのかな」
「多分だけど、君が彼に勝る所は『眼』じゃないかな。君の方が彼よりもきっと眼がいい。彼の動きもきっと見える。ただ、見えたからと言って避けられるかは別の話だよ」
なるほど……。前からクラリスは僕の眼が良いと言ってくれていた。眼が良いというのは、相手の動きが見えるという事だ。
アレクの攻撃を察知して、アレクの隙を探し出せばいい。ただクラリスの言う通り、見えていても避けられなければ意味がない。
「だからそれを避けられる様にするかい? 私の魔術で……」
……そうか、そういう事か。
クラリスが舌を出しながら妖艶に問いかけてくる。
キキとの戦いで気付いた事を、僕にしてくれるというのだ。クラリスは元宮廷魔術師。その力量であれば限界を超えての無茶な強化はしないだろう。僕の許容範囲を越えないギリギリの身体強化。そうすればアレクにも勝てる様になる……。
非常に抗い難い誘惑だ。それをすればきっとアレクにも勝てる。でも……
「でも……、僕はそれはしない。出来れば自分の力で戦って、自分の力で勝ちたい。じゃなきゃいつまで経ってもクラリスから離れられないからね」
そう、僕の目標は剣士に、騎士になる事だ。
人に頼ってしか戦えない人間は剣士にだってなれないだろう。今回この大会で勝てなくても、次に勝てる様に努力すればいい。それに、もしかしたらまだ勝てる可能性だってあるんだから。
だからクラリスに頼るのはやめる。僕は僕の力で戦うんだ。
「そうか、分かったよ。君ならきっとそういう結論を出すと思ってたよ。まぁ私から離れられないならそれはそれでいいのだけどね。それで、具体的にアレクに勝つ方法はあるのかい?」
「それは……、これから考えるよ。それと、アレク以外の人の事は本当に考えなくていいの? あの人だってここまできたんだ。きっと強いんでしょ?」
クラリスはやんわりとそれを否定した。
今回の闘技会の参加者は残念ながら強い人間は少なかったみたいだ。何人かは能力が高い人間もいたそうだが、予選のバトルロワイアルの中で不運にも落選してしまっているらしい。
だから決勝トーナメントに勝ち進んできた人間が間違いなく強いという訳ではないそうだ。
決勝に残った中では、アレクは最強だったと思われる。
全ての能力が平均より遥かに抜きんでていて、さっきも言った通りこれと言って弱点がない。
本来ならばすぐにでも騎士や戦闘系の公職についていてもおかしくない実力の様だ。
なので、この大会最大の敵はアレクになるだろう。組合せ次第では明日、明日勝てば明後日に戦う事になる。
彼を最大の敵と見做し、もう一人と当たっても負けない様にしないといけない。流石に王国を上げての大会だ。当然簡単に勝てる訳ない。
でも、それでも僕は明日また戦える事に、心の奥ではワクワクしていた。




