動物飼育者
「よーしよし、みんな集合! いい子だ!」
パンパン、と手を叩き、大きな声が響く。それに反応し、何匹もの動物が走りだし……一ヶ所へと、集まっていく。動物に囲まれるその中心には、一人の男がいる。
彼は、この動物を飼育している人物。ここは言わば、牧場だ。近くには、動物たちを飼育するための施設があり、ここは柵に囲まれてはいるが、動物たちが自由に走り回ることの出来る広い土地だ。
彼、カウル・マダミアンは、この牧場の管理を任されている。人には従わない動物も彼の手にかかればすっかりおとなしくなってしまうことから、いつしか『調教師』と呼ばれるようになっていた。
もっとも、彼は調教なんて物騒なものではなく、単純に動物と仲良く接しているだけなので、その呼び方にはいささか疑問があるのだが。
「ほら、餌の時間だぞ。はは、そんながっつくなって」
だが、そのおかげでこうして、大好きな動物と接することができるのだ。ならば、呼ばれ方には多少は目を瞑ろう。
最初は、一匹や二匹程度だった。それが今や、こうして十を越える動物と共に過ごすことができている。
それというのも、すべては……
「カウルー!」
動物とじゃれているカウルへと、その名を呼ぶ者が現れる。視線を向けると、柵の向こうで手を振っているのは……なにを隠そう、この国の姫であり、カウルにこの牧場の管理を任せてくれた張本人だ。
彼女の計らいにより、カウルはここでこうして、動物と接することができている。
「ひ、姫様! あまり大声で、それも俺なんかのことを……」
「いいじゃないの、幼なじみなんだもの。それに、姫様なんて呼び方も嫌って言ったはずよ!」
何匹かの動物にくっつかれながらも、カウルは姫と会話が可能な位置にまで近づいていく。
ちなみに、姫の背後には護衛が何人かいて、近づいてくるカウルを見て顔をしかめている。姫の手前、カウルを引き離そうとはしないものの。
「そ、それは……でも……やっぱり姫様、ですし……」
「でもじゃない! 敬語もなし!」
「……わかったよ、ピエル」
姫……ピエル・ランデリーの迫力に負け、カウルは観念。幼なじみとはいえ、一国の姫だ。しかも、近くには護衛だっている。
それでも、本人が言うのだ。それに従わないことこそ、無礼というものだ。
「それで、わざわざこんなところになんの用で?」
「実は……カウルのその才能を見込んで、頼みがあるの!」
そう言って、ピエルは己の腕に抱いた、子犬……らしき生き物を、差し出す。
「この方の、面倒を見てほしいの!」
「わん!」
「……えっと?」
彼女の頼み事……それは、この生き物の面倒を見てくれと、そういうものであった。生き物の面倒自体は、カウルにとってむしろウェルカムではあるが……
「さっきから気になってたけど、その犬は……それに、今この方って言った?」
数々の動物と仲良くしてきたカウルでさえ、見たことのない生き物。分類的には犬なのだろうが……これだ、という確証がない。どんな種類なのだろう。
まさか自分の知らない犬種なのだろうか? その想像に、静かにテンションが上がっていく。まだ見ぬ、聞いたこともない生き物が、目の前にいるのだ。
しかし、気になることもあるわけで……
「えぇ、この方、よ!」
「……犬、だよな?」
「貴様ぁ、先ほどから聞いていれば! 姫様の許しがあるから姫様への無礼は見逃しているものの、勇者様にまでそのような!」
「えぇ!?」
あまりに突拍子のない話に、困惑を浮かべるカウルだが……ついに痺れを切らしたらしい兵士が、詰め寄ってくる。意味が、わからない。
「こら、下がりなさい」
「も、申し訳ありません……」
しかし兵士は、ピエルの声により下がらされる。カウルには、そのやり取りの意味がわからないわけで。
「ごめんなさい、カウル。彼を許してあげて」
「は、はぁ……俺は、別に……それよりも、いろいろ聞かせてほしいというか」
とにもかくにも、話を聞かないことには始まらない。なので、話を、聞こう。
それを受けたピエルはうなずき、一から話し始めて……
「……つまり、この犬……犬様が、勇者で……世界を、救う?」
「はい、そうです!」
話を聞き終えたカウルは、ひきつりそうな顔でなんとか問いかけた。対して、ピエルは力強くうなずく。
めちゃくちゃ、いい笑顔だった。