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異世界召喚! まさかの失敗!?

異世界召喚の描写はちょっと簡略化してます。今さら、な部分も多いですしね。



 ……とある大きな一室がある。その部屋の中には複数の人影があり、見るからに怪しいなにかをやっている。


 その人影の中で一人、神々しいまでの美貌を持った女性がいる。その身をドレスに包み込んだ、いかにも普通の人間ではない風貌。彼女こそ、この部屋の主であり、この国の姫である。


 彼女は目の前に広がる魔法陣に己の魔力を送り、意識を集中させる。これほどまでに仰々しい行いの理由はただ一つ、異世界より勇者となる人間を召喚するためだ。



「……我が願いに応え、この世界を救う勇者様を召喚したまえ!」



 長々とした口上が終わり、魔法陣が光り輝く。今まさに、異世界の人間が召喚されようとしていた。


 異世界から勇者となる人間を召喚するその理由。それは言ってしまえば、この世界に邪悪をもたらす魔王が出現し、この世界の人間ではどうしようもないので……というものだ、


 いわゆる異世界あるあるが、この世界でも起こっているわけだ。



「さあ、勇者さま!」



 光は輝きを増し、辺りは白に包まれる。一同はあまりのまばゆさに目を瞑るが、それもわずかの間。やがて光は収まっていき、ゆっくりと目を開く。


 影が、ある。間違いない、あれこそが、異世界から召喚されし、この世界を救う勇者となる人間……



「わん!」


「……はい?」



 ……そこに現れたのは、勇者としての適正を持つはずの人間。その、はずだった。


 しかし、しかしだ。おかしい。あり得ない事態がそこなる。そこにいるのは……光輝く魔方陣の中にいるのは、どう見ても……



「……い、犬……?」


「あん!」



 人間では、ない。それに、とても小さい。両手で抱えられるサイズの……子犬らしき生き物が、そこにいた。


 しかも、ただの子犬ではない。見たことのない姿をしているのだ。だが、もふもふの毛並みに獣の耳、尻尾、そしてつぶらな瞳……その特徴は、十中八九犬に違いなかった。



「ひ、姫様、これは……」



 異世界からの召喚儀式……それを見守っていたうちの一人が、なんとか声を絞り出す。これは、誰にも予想外な事態だ……勇者を召喚したはずの姫自身であろうと、それは変わらない。誰かこうなった理由を教えてほしいくらいだ。


 つまり、これは……



「まさか……失敗、したの……?」



 姫は膝から、崩れ落ちる。そこにいたのがなんであれ、勇者として選ばれた人間でない以上、この召喚は失敗ということだ。


 なんということだ。召喚魔法とは本来、莫大な魔力を要する、選ばれた者にしか使えない魔法。


 誰にでも使えるものではないし、だからこそ失敗なんてするわけにはいかなかった。それに、今こうしている間にも、世界は危機に貧している。


 もう一度召喚魔法を使うためには、長い時間がかかる。それを、失敗してしまうだなんて。



「……くっ」



 "無能姫"、"飾りだけの姫"……影では周りから、実はそう呼ばれていることを、彼女は知っている。


 これまで、そうあるまいと努めてきた。必死に勉強したし、どこに出ても恥ずかしくない振る舞いを心がけてきた。だが、いざ肝心な時に失敗してしまうなど……これでは、まさに無能そのものではないか。


 今だってきっと、この中の何人か……もしかすると全員が、姫の無能さに呆れているかもしれない。泣かないと、決めていたのに、自分の不甲斐なさがなさけなくて……頬を、伝うものが……



「くぅん」


「え?」



 不意に、頬を伝う涙を、なにか温かいものに、拭い取られる。誰にも見られないよう、うつむいていたのに……側には、姫の涙に気づいた、子犬がいて。


 子犬は、姫の涙をペロペロと舐めとっている。その姿は、まるで彼女を慰めているようだ。その行為に、姫はなんともいえない感情を昂らせて。



「慰めて、くれてるの?」


「あん!」



 変な話だ。勇者を召喚したはずが変な子犬を召喚し、それが情けなくて泣いていたのに……その子犬に、慰められているだなんて。


 こんな情けない自分が、慰められてもいいというのか。あぁしかも、この小犬可愛い。そんなつぶらな瞳で見つめられたら、どうにかなってしまいそうだ。



「こら、姫から離れろ」



 しかし、いくら動物であろうと正体不明の生き物だ。なにかあってからでは遅い。呆気にとられ固まっていたうちの一人の男が、子犬に近づいていく。


 足音が、近づいてくる。



「さあ、こっちに……」


「わぅん!!」



 姫から引き離すために、手を伸ばし、掴まえる。……はずだった。しかし、現実はそうならなかった。


 子犬は、その場からジャンプすると、男の手を華麗に逃れ……男の腕を足場に、空中ジャンプ。その勢いのままに、右の前足を振りかぶる。



「わぅぅん!!」



 そして、その前足を……男の腹部に、打ちこんだ。



 ドゴッ……メキメキ……ッ!



「ぐはぁあああ!?」



 まるで拳のような、子犬の前足が腹部に打ち込まれたその瞬間、ただの犬パンチと微笑みを浮かべつつあった男の表情は、みるみる歪んでいく。聞こえてはいけない音が、男の耳だけではなく辺りに響いた。


 その場に踏ん張ることすら、できない。襲い来る衝撃に打ち勝つことはできず、背後に吹き飛んでいく。さらに、その勢いは死ぬことなく、壁へとぶつかる。


 さらに、男がぶつかった壁は、衝撃でひび割れてしまっているではないか。若干へこんですらいる。



「……は?」



 今なにが起きたのか……それを正しく理解できた者は、果たしてこの場にいたのだろうか。いや、きっと誰にも、吹っ飛んだ本人さえわからない。


 だが、いくら考えても見たまま以上の情報は出てこない。今、見たままに説明すると、つまりは……この子犬が男を殴り飛ばし、それにより男は壁に打ち付けられたのだ。


 にわかには信じられない。なんせ、子犬が大の男一人を殴り飛ばしたどころか、打ち付けられた壁はひび割れている。


 いったい、どれほどの衝撃だったというのか。



「わぅん!」



 失敗した勇者召喚……しかし、果たしてこれは、本当に失敗だったのか? 姫は、子犬をじっと見つめる。


 失敗だったのか? いや、失敗だろう普通に考えれば。だって小犬だ。もともと人間を召喚するつもりだったのだ。


 しかし、姫はあまりの事態の激しさに、頭が困惑していた。



「ふふ、ふふふ……ふひひ……」


「ひ、姫様……?」



 突然笑い出す姫に、皆困惑している。むしろ姫自体が困惑している。そんなこと、誰に言われなくてもわかっている。


 しかし周囲の、奇妙なものを目にするような視線など、気にする必要はない。そう言わんばかりに、姫は子犬を抱き上げる。


 その際、子犬の首からなにかペンダントのようなものが下げられているのを、確認。



「……タロ、ウ?」



 それは、とても美しい輝きを放っていた。ペンダントとして使用しているのは……なにかの文字が掘ってある、プレートだ。そこには、こう書かれているのだ……『タロウ』と。これはつまり、ネームプレートだろう。


 異世界召喚、そして現れた子犬……もしこの子犬こそが、異世界から現れたというのなら、この文字は異世界の文字ということだ。この世界のものではない文字を、なぜ読むことができるのか?


 召喚者ゆえの特権か、はたまた世界が違っても文字は通じているのか。



「……それが、名前」


 いや、それは今は、問題ではないのだ。そう、異世界の文字が読める理由など、全然たいした問題ではない。


 この子犬の名前は、タロウ。それがわかればいい。


 そう、この子犬こそが……



「この子犬……いえ、この方の名前は、タロウ様! この方こそが、この世界を救う勇者なのですー!」


「「「なにー!?」」」



 胸に抱き抱えた子犬ことタロウを天へと掲げ、まさかの言葉を口にする。それは、この小犬……いやタロウを、この世界の勇者とすること。


 そう、この異世界召喚は失敗などではない……召喚されたこのお方こそが、勇者なのだ!


 勇者が人間でなければならないなど、いったい誰が決めた! 今見せた尋常ならざる力……まさに、勇者にぴったりではないか!



「いや姫様、それ子犬……」


「お黙りなさい! タロウ様とお呼びなさい!」


「しかし……勇者が、犬って……」


「納得いかないならタロウ様を倒してみなさいよー!」


「ひ、姫様落ち着いてー!」


「ぅわぉおん!!」


「ぐっはぁあああ!!」



 ……その後、実に部屋の三分の二の人間を一方的にぶっ飛ばしたタロウが部屋を壊す寸前までいき、ついにタロウが勇者として認められた。正確には、認めさせられたわけだが。


 ……ともあれ、である。……ここに、異世界より召喚された、勇者タロウが誕生することとなったのだ。



「わん!」

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