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プロローグ 女神の見た夢

 世界と呼ばれる枠組みの中、その全てに余すことなく恩恵と悲劇をもたらす存在があった。

 世界と呼ばれる全てをあまねく愛し、だが、決して自らの意志では世界に介入をすることができないほどに深い眠りに身を任せる存在。

 

 その存在となり得た瞬間から眠りにつき、長い間目を覚ます事が出来なかった。

 時折漏れ出る力の一端が、吐息の様に世界に降るとそれは奇跡と呼ばれ、または災害と呼ばれ、畏怖されることになる。


 そして畏怖が生ずれば、信仰が生まれる。

 人類はその奇跡を恩恵とし、災害を怒りと受け取った。


 数千年かけてその信仰は世界中に広がり、生活に溶け込んでいく。

 

 アーフェストラ教。


 ある敬虔な僧侶の夢に現れたと言われる、儚き黒髪の少女(アーフェストラ)をその御姿とし、各地にその姿を模した偶像が立てられ、彼女を祭るための煌びやかな、あるいは質素な教会が作られ、人は、文化は、アーフェストラ教を中心にして発展した。


 様々な国が興り、滅亡し、再び国が興る。

 アーフェストラの力がもたらす奇跡は、幾人もの勇者、英雄、覇王と呼ばれる英傑達を産み、暗き時代を打ち払い、光をもたらした。

 また、アーフェストラ信仰は様々な恩恵をもたらし、その恩恵を再現する技術を人類は開発した。

 すなわち、神術。


 世界に降る奇跡と災害を、世界に満ちるアーフェストラの神力に、法則言語(ヒュムワーズ)を唱えることにより自らの意志を介入させ模倣する技術。

 故に、それは法ではなく、術と呼ばれた。

 

 しかし、世界がいくつもの国に分かれるに従い、いくつもの流派が生まれ、世界は混沌としていく。


 お互いが同じモノを信仰しながらも教義の違いから軋轢は生まれ、血で血を洗う様な争いは繰り返す。

 信仰の証として、生活を豊かにするはずだった神術は、争いの中で磨かれ、いつしかそれは魔術と呼ばれ、神術とは別の外法として扱われるようになる。

 それに比例するように神術は権力の象徴と化し、強固な権力構造を作り出していく。


 それでもアーフェストラと名付けられた神は世界を愛していた。深い眠りにつきながらも、連綿と脈打つ人の歴史を、世界の行く末を、ただただひたすら祈りながら眠りについていた。

 

 ――だが。


 今、その眠りに深い亀裂が入る。

 大きな力を持つものの存在。それが揺るがぬはずの微睡からわずかに意識を浮上させる。


 アーフェストラと呼ばれるモノは、何万年かぶりに目覚めた自らの意識に戸惑い、しかし、直後に見た光景にただただ愕然とした。


 ――それは未来視。近い将来訪れる、破滅の未来。

 全知たるアーフェストラの視界は全知故に未来にまで及び、全知だからこそ知り得たのは悲劇的な終末。


 そして、愛した世界が破滅の一途をたどる、そのきっかけを作った男の姿。


 アーフェストラは自らの感情にさざ波が立つのを感じた。


 それは――


 そして、その未来視をきっかけに完全に覚醒したアーフェストラと呼ばれるモノは、初めてその力を自らの意志を持ちふるった。


 ――即ち、予言として。


 遍く世界の人々に。遍く世界の知性ある存在に。


 後に、「託宣の日」と呼ばれるようになる、世界に存在するありとあらゆる生命体に、アーフェストラの声が届いた日。


 ――やがて世界を滅ぼすエンブリオ。

 ――彼の者を処すべし。

 ――しからば、我、アーフェストラは遍く人類にさらなる祝福を与えん。

 ――我が寵愛を受けし子らよ、エンブリオを処すべし。

 ――彼の者、世界で唯一紅髪(あかがみ)を与え烙印とす。

 ――彼の者、いずれ世界を黄昏へと導く神敵である。

 ――紅髪のエンブリオを処すべし。

 ――処すべし。処すべし。処すべし。

 

 

 そして、この日を境に、齢10歳の少年の人生は激変することとなる。


          ☆


 怨嗟の焔が轟々と燃えている。

 狂熱が辺りを支配し、全ての人間が一心に一人の少年に殺意を向けていた。


 世界を滅びに導く大罪人。


 処刑台に設置されたギロチン。体の自由を奪われた少年の姿は、絶え間ない暴行に晒され、もはや首を落とすまでもなく時がその火を消すであろう。

 元々銀髪だったその髪は、神敵の証として燃えるような紅髪となり、しかしそれもいまは渇いた血液で錆色になっている。


 ――だが。


「許さない、絶対に許さないっ! 絶対に死んでやるものか! 女神の予言通り世界を滅ぼしてやる! 呪いだ! 僕はこの世界を呪う! この先貴様らに安穏とした日々などないと思え!」


 その少年の瞳はぎらぎらと光っていた。

 そのまなざしに映るのは、女神のお墨付き(大義名分)を得て暴力を正当化した民により、焼かれた故郷と、見せしめの様に晒された先だって私刑にされた家族。

 美しく優しかった母は死体すら慰み者にされ、二つ下の妹は激しい凌辱の果てに死んだ。

 強くたくましかった父は四肢を捥がれ、恥辱を受ける妻と娘を見せつけられ、血の涙を流しながら発狂した。

 もはや正常な思考能力は無く、ケタケタと狂ったように笑いながら処刑台の少年を見つめ、時折はっとしたような表情になり血の涙を流すも、ふたたび狂気の笑いに支配される。

 

 家族は皆、最後まで自分の味方でいてくれた。

 最後まで自分に殺意を向けようとはしなかった。


 その結果が、これだった。


 怨嗟の声を上げるエンブリオに、石と罵声が投げられる。

 アーフェストラの名のもとに正義を得た民衆の狂気は、たった一人の少年など容易く飲み込み、暴力となって振るわれる。


 それでも少年の怨嗟は止まらない。


 処刑台の前に立つ、この国の王を睨みつける。

 彼はアーフェストラに一心に祈りをささげ、自らがエンブリオを下すことを報告している。

 その周囲には、それを苦々しい表情で見ている各国の王や重鎮、神殿の神官たち。


 神敵であるエンブリオの処刑という大一番を取られた事を、忌々しく思っているのだ。


 エンブリオは絶え間なく襲う暴力に様々な部位が潰されるも、しかし確固としたその憎しみは腹の底を焼く焔となり、消えることがない。

 擦れゆく意識の中で、エンブリオはギロチンの滑る音を聞いた。

 

 残り数瞬とない命。しかし、その最後の瞬間まで世界を、人を憎み、憎悪を神術として世界に放出する。

 一人でも多く、道連れにするように。


 悪意に満ちたこの世界への、女神アーフェストラへのせめてもの抵抗だった。

 1人でも道連れにしてやるという気概。


 その瞬間――世界はまばゆい光に包まれた。


 その光が止んだとき、断頭台の露となるはずだった少年――エンブリオは忽然と姿を消していた。


 狂熱に犯された民衆の怒号が響く中、エンブリオは必死の捜索もむなしく、発見へと至らなかったのである。


 ――そして、10年の歳月が経過した。

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