22:結末
彼は、ローブをはぎ取られて、真っ先に顔を隠した。
人間の男の方が、彼を見て驚いている。屈辱感が、心を侵す。
彼は、どこにでもいそうな小鬼族だった。さらに言えば、小鬼族の中でも体格が貧相な方だった。
人間から、同族からもさげすまれ、群れにもいられなくなったはぐれ者。それが彼だ。
いつか人間に、同族にも復讐したかった。だが、力の無い彼には、復讐など妄想の中でしかできなかった。
そんな彼に天からの祝福が与えられたのは、一か月前。無限の力を持つ水晶片を手に入れた時だ。
力を得た彼は、まず同胞を皆殺しにした。最後まで命乞いをしていた族長の首を取った時、彼は魔法という知識を得た。
道行く人間を襲っては知恵を得て、情報を手に入れた。
小鬼族たち魔族が力を失ったのは、魔王がいなくなったからだと知った。知った彼は、無限の力を使って魔王になろうと決めた。
そのためには、魔王を倒したという勇者が邪魔だった。
ただ、彼は勇者がどんな者だったかを知らなかった。そのため、勇者ではなく、勇者が使ったという武器を狙った。
勇者の剣が森人族と鉱人族の作ったものだと調べた彼は、まず森人族を襲った。
あらかじめ洗脳しておいた人間たちを先兵として使い、思うがままに暴力を振るった。
気持ち良かった。惨めだった自分が、他人から好きなだけ奪えるというのは快感だった。
他人の悲しみが苦しみが、彼の心を満たした。嬉しくて涙が流れそうになった。
このまま、自分は順調に魔王になれる。そう思った。思っていたのに、
「おいおい……」
人間の驚く声、そして、
「小鬼族だと?」
この一言が、彼の心に刺さった。
興味本位で覚えた人間の言葉が、彼をまた苛む。
相手を知って落胆したかのように、人間は攻撃を止めた。もはや相手にならないと言われたようで、屈辱だった。
倒れたまま、顔を隠したまま動けない。力があっても、彼は自分の劣等感を完全には拭い去れていなかった。
苦し紛れに魔法を放つ。しかし、ろくに狙いもつけられていないものは当たらない。
運良く人間の方に向かった魔法も、剣であっさりと切り払われた。
一気に形勢が逆転する。
彼は、水晶片を割れんばかりに握りしめた。力が欲しいと願う。もっともっと力が欲しいと。
自分の劣等感を吹き飛ばすほどの力が欲しいと、水晶片に祈った。
すると、力が彼に流れ込んできた。
胸が、腹が、腕が、脚が力を受け入れた。
全身が熱を帯びる。力を欲する以外、何も考えられなくなる。
力を受け入れ、受け止め、やがて全能感が彼の頭を支配した時、
「ピギッ!」
彼の体は力に耐えきれず、破裂した。
◆◇◆
俺は、小鬼族の滅茶苦茶な魔法を斬り捨てていた。
ローブをはぎ取った途端動かなくなった小鬼族は、次第に魔法すら使わなくなった。
どこからどう見ても、相手はただの小鬼族だ。まだ強烈な気配を持っているとはいえ、俺には見慣れたものだ。
小鬼族が森人族の国を滅ぼしたって? 冗談だろ?
小鬼族は典型的な魔族の一種。兵士どころか、ちょっと鍛えた人間なら、たやすく追い払える程度の小物だ。
それが、たった一匹で? 国を滅ぼし、ブラッドデーモンを大量に作り、こんなところで待っていたって?
冗談だろ? どうやったら、そんなことができるんだ?
「何を呆けているか、おろか者! 早くとどめを刺せ!」
ロスヴィータに怒られるまで、俺は呆然としていた。
そうだ、今はこんなことを考えている場合じゃない。
動かなくなったなら、今のうちに仕留める。でないと、今度はなにをしてくるか分からない。
俺は剣を構えなおし、斬りかかろうとして……、小鬼族の断末魔を聞いた。
何が起きたのか、小鬼族はいきなり破裂した。肉片が飛び散り、大地に血の染みを作った。
それで、終わりだった。剣を一寸も刺すことなく、小鬼族の気配が消えた。
何が起きたってんだ?
まだ驚きが抜けきっていない頭のまま、俺は小鬼族の死骸に近づく。
原型をとどめていない。中身もぐちゃぐちゃ。ただ、そこに、ぞくりとする物が残っていた。
水晶か何かの欠片だろうか。小鬼族の持ち物だろうが……。
手に取ろうとして、俺は気づいた。その水晶片の上に、ステータスが出ていることに。
『名称未設定・Lv69』
……もしかして、これ、バグか?
たった一匹の小鬼族に力を与えてイングヒルトを苦しませたのは、この安物の水晶のせいか?
確かに、まだ寒気が残っている。俺は思い切ってその水晶を剣で砕いた。
頭に、雑音まじりの声が聞こえた。レベルアップの音だ。
手鏡で、自分のステータスを確認する。レベル105。
寒気が消えた。まさか、これで終わり、なのか?
「ふん、最後の最後で戸惑いおって。何をしていた、馬鹿者め」
「いや、それが……」
俺は小鬼族が破裂したことと、水晶のことを話した。するとロスヴィータも顔をしかめた。
「小鬼族だと? 馬鹿を言うな。あんな下級魔族に何ができる。それに水晶だと? 魔石でもない物、アミュレットにもならんわ」
「でもよ、どう見てもこいつは小鬼族だったし、水晶にはステータスがあった。壊したらレベルも上がったし……」
「ステータス? ……ではなにか? その水晶がバグで、小鬼族に力を与えていたとでも?」
そう、なるんじゃないだろうか。
「信じられんな。バグは化け物ではないのか?」
そういえば、あのカミサマは言ってたな。バグは化け物だけじゃなくて、天災とか現象とかにもなるって……。
「なんだと……? では、我らは化け物退治をしていればいいのではないのか!?」
「今回のがバグになるってんなら、たぶん……」
「えぇい、なぜそれを早く言わなかった! では、この世界で起きること全てが怪しいではないか!」
「俺にもよくわかってなかったんだ……。すまん」
「謝ってもすまぬわ! 忌々しい神め、我らをとことん利用する気か……」
こんな形のバグがあるなんて、想像もできなかった。
確かにロスヴィータの言う通り、この世界で起きることの全部をバグかと疑わなきゃいけないみたいだ。
「くっ、魔王に戻るためとはいえ、これからずっと気を張らねばならぬのは難しいぞ……」
俺もだ。みんなのためだってのは分かっているけど、規模が世界全体に及ぶんじゃ、どこまで何ができるのか分からない。
一応、今年一年という期限はあるが……。
「……ちっ、呆けている場合ではないな。今後、起きる異変は全て片付けねばならん。逆に言えば、異変らしきものが今後起きなければいいだけだ」
「大雑把だな……」
「そう考えでもせんと、気が狂うわ!」
魔王様でもそう思うか。
「とにかく、今後について、改めて考え直す必要がある。とっとと戻って、情報を集め直す。いいな!?」
「……ああ」
ロスヴィータの言う通りだ。今は無理にでも前を向かないと。
森人族の国については、とりあえずこれで元凶はいなくなったことになる。後は、王国に任せて大丈夫だろう。
イングヒルトの、人間に対する考え方も、変わってくれると願いたい。犯人の話をしても、あの子の故郷が戻ってくるわけではないけれど……。
事件についても、バグについても、やらなきゃならないことはまだまだ残っている。
特にバグについてはロスヴィータに相談しなくてはならない。俺がカミサマから聞いたこと、それについての俺の意見、ロスヴィータの意見、何もかもじっくりと話し合わなくては。
どうにもすっきりしない。一件落着とはいかないな、これは。
気が滅入ることもあるけれど、俺たちはまだまだこれからやっていかなきゃならない。
それに、幸か不幸か、俺は一人じゃない。隣で唸っている元・魔王という仲間がいる。
世界を直した後はどうなるか分からないが、今は力を合わせてやっていこう。
とりあえず、王都へ戻り、イングヒルトと国王陛下に報告をしたら、またバグ探しだ。
些細なことでも見逃さず行こう。
俺は仲間たちを取り戻すために。
ロスヴィータは魔王に戻るために。
デコボコな二人組だけど、なんとかしよう。
こういう時こそ、遊び人らしい楽観的な考えが大切だ。
忘れかけてしまうけど、俺はただの遊び人だったんだ。それが仲間のため、そして自分のためにも重要なんだ。
「……ふん、気に食わん顔をしている」
「ん? 俺か?」
「貴様以外におらん。ふ抜けた顔をしおって」
「いや、今はふ抜けているわけじゃないんだけど……」
くじけてはいられない。俺の心は折れてはいないのだから。




