21:血みどろの帰還
ブラッドデーモンの猛攻は、日の出まで続いた。
どれだけ倒したかなんて考えたくない。さすがに勇者も力を使いすぎて、立っているのがやっとだ。
「あー、疲れた」
足元はもうすごいことになっている。ブラッドデーモンたちの死骸というか血でザバザバ。倒れようものならまた血みどろになる。
「ふぅ!」
深呼吸して気合を入れなおす。
幸い、四人とも無事だ。アーサがいくらか浅い傷を貰ったくらい。後衛二人をきちんと守ってくれた。
結果論だけど、アーサに経験値を分けておいてよかった。前のレベルのままだったら、やられてただろうな。
「……下級悪魔のくせに、面倒な」
ロスヴィータが不機嫌そうにつぶやく。今は荷車の上で、大の字になって倒れていた。面倒なのは同感だ。
ただ、やっぱり気になる。砦にも森人族の国にもブラッドデーモン。犯人は一緒だよな、こりゃ。
明らかに、罠として仕掛けられていた。しかも、俺たちの動きに合わせるかのように、ぴったりと。
どうやって敵は俺たちの動きを察したんだろう? 追跡されてる感じはしなかったぞ。
ん? いや待てよ?
そういえば、イングヒルトを運んでいたヤツら、呪いで殺されたんだよな。んで、人を殺せるくらいの呪いを使えるのは、高位の魔法使いくらい。
そんなヤツなら、自分が呪いをかけた相手の状態くらい分かるんじゃないか? あの二人が死んだから、イングヒルトが助け出されたと分かったのか?
んで、森人族の国に向かう奴がいることを予見して、罠を仕掛けていたとか。なんだかそんな感じしない?
俺が今の思い付きを三人に話すと、一番魔法に詳しいロスヴィータが苦い顔をしてうなずいた。
「呪い殺せるような魔法使いなら、ありえん話ではない」
やっぱり? 俺の思い付きも馬鹿にはできないもんだ。
「さぞかし陰険なのだろうな、自分では手を下さずに我らを葬ろうとしたというところか。しかも、兵士と森人族の血を使って」
ブラッドデーモンは血を触媒として作る下級の悪魔。下級だから作るのは難しくないし、血は……、兵士と森人族を殺せばいくらでも出てくるか。
確かに陰険だ。面と向かって会ったら、俺なら間違いなく殴り飛ばす。
イングヒルトはまだ震えている。おびただしい量の血と、元同胞たちの姿を見て、すっかり怯えてしまった。
ここで優しく抱きしめてやれるならよかったんだが。また俺はドロドロだよ。
疲れてはいるけど、とっとと帰ろう。王国に報告することが山盛りだ。
「アーサ、傷の手当は?」
鎧を脱ぎ、薬を塗っているアーサに尋ねる。
「問題ありません。元より大した傷ではございませんので」
「そっか、なら、まあよかった」
アーサの綺麗な顔も、返り血で汚れている。今回の件、首謀者は百発殴っても足りないわ。
「戻ろう。やらなきゃいけないことが山積みだ」
アーサとロスヴィータの了解を得て、俺はすぐに荷車を引いた。疲れてはいるけど、少し走るくらいなら大丈夫、だと思う。
ぬかるんでいる足元に注意を払いつつ、最初はゆっくりと進む。血の海を越えてから、少しずつ速度を上げた。
気配は常に探っておく。またどこに敵が潜んでいるか分からないからな。
でも、幸運なことに、森人族の森はすんなりと抜けられた。途中、水を汲んで装備を洗う余裕もあった。
悪の魔法使いも、あれだけのブラッドデーモンを倒されるとは思わなかったか? 油断でもしているんなら、ありがたい。今のうちに、どんどん進もう。
森を抜けたて、早めに街道に合流した。アーサの記憶を頼りに、近くの砦を目指す。まあ、近くといっても、最寄りの砦は昨日の通りなので、その次に近い砦だけど。
日の出とともに移動を始めたので、昼過ぎには目標の砦に着けた。なるべく早く走ったかいがあったってもんだ。
さすがにこの砦は襲われていないよなあ……。嫌な想像をしてしまう。
門番をやっている兵士二人組に恐る恐る近づく。ステータスは……、あ、大丈夫だ、人だ。
「何者だ!」
と、聞かれるのは当然だよな。拭ったとはいえ血の匂いが取れてないし。
「ユニコーン騎士団団長、アーサ・マーキュリーだ! こちらは、勇者アシュレイ様! 砦の責任者にお会いしたい!」
「団長に、勇者?」
疑われてる疑われてる。うん、気持ちは分かる。俺、今普通の兵士の服着ているし。
「なぜ勇者が荷車を引いていたんだ……?」
それについては深く聞かないで欲しい。お願い。
少し待て、と言って兵士は砦に入っていった。残ったもう片方は、うさんくさいなこいつら、という目をしている。
「まったく、人間というのは愚図でいかん」
元・魔王、お前も今は人間だ。あと携帯食料をかじりながら言うな。
待たされている間に、俺は次に何をするべきか考える。
とりあえず国王陛下に報告だろ。んで次は、犯人探してぶっ倒す。うーん、シンプル。
犯人がどこにいるかが問題だけどな。あと、目的も分からない。どこをどうやって探したもんだろうか。
そう考えていると、確認にいった兵士が戻って来た。面会の許可が下りたようだ。
……責任者も大丈夫だよね? ああ、昨日から荒事ばっかりだから、すっかり頭が悪い方向にばかり働いている。
イングヒルトをロスヴィータに任せて、俺とアーサは責任者の部屋へ案内される。
えーっと、この中年隊長さんは……。『アルドー・Lv38・兵士』 俺の杞憂だった。ちゃんと人間だ。
「お初にお目にかかります、勇者様! 私はこの砦の管理を任されているアルドーと申します!」
力いっぱいの敬礼で迎えてもらった。
はい、どうも。あ、俺の人相書き持ってる。
「アシュレイです。こっちはユニコーン騎士団の団長、アーサ。急ぎの話があるんですが、いいですか?」
「急ぎ、ですか。はい、なんでしょうか!」
「国王陛下に伝えなきゃいけないことがありまして。とりあえず急ぎで、使いを出してもらえませんか」
「かしこまりました、どのようなお話でしょうか?」
「森人族の国が滅びました」
「はい、森人族の国が……、なんですと!?」
うん、そういう反応するよね、普通。
「そ、それは本当ですか?」
「昨日、森人族の国に直接行きました。残念だけど、間違いないです。誰がやったのかは、まだわかっていませんが。ああ、あと、隣の砦、壊滅してます。兵士が全部ブラッドデーモンにされてました」
「我が国の砦も!?」
寝耳に水だよねえ。実際、目の前にしないと信じられないよな。
「ですが、勇者様、先週我々が行った時は、砦にはなんの変化も……」
「たぶん、その後にやられたんでしょうね」
「そんな……」
愕然とする隊長さん。これ、勇者が言わなきゃ間違いなく怒られてるよなあ。馬鹿を言うな、って。
「か、かしこまりました。王都へはすぐに使いを出します。砦にも、確認のために兵を送ります……」
「一応ブラッドデーモンは全部倒しましたけど、また何があるか分かりません。用心してください」
「は、はい!」
隊長さんに指示を飛ばしてもらい、俺たちは部屋を借りて休憩となった。
俺は適当な着替えを貰った。鎧は水ですすいだけど、中がぐちゃぐちゃのまんまなんだよね。湯も貰って、体を拭く。うへ、タオルが真っ赤だ。
着替えが終わると、俺はすぐにアーサたちの部屋へと向かった。
イングヒルトのことが心配だった。元気づける……のは、難しいな。それでも、これ以上気を落とさないようにしてあげないと。
ノックをして、部屋に入る。急ぎだったので、ちょっと乱暴だったか……、
「あ、アシュレイ様!?」
ん、アーサ……、
「勇者か、何用だ」
と、ロスヴィータ……、
「あう……」
に、イングヒルトも……、裸で体を拭いていた。
「のわああああ、すまん!」
急ぎすぎてて確認してなかった! おお、ラッキー、じゃない。平常心よ戻ってこい!
反射的に、背を向けた。男ばっかりの旅に慣れてたから、こんな当たり前のことも忘れてた。
そうだよね、俺ですら気になってたもんね。女の子たちも当然、体拭きたいよね!
「何をしている、勇者。話でもあるのではないのか?」
「ああうん、そうだけどまたあとで来る」
「ん? 今すぐ話せばよかろうが」
そういうわけにはいかないだろ。お前の貧相なお子様体形はともかく、アーサの起伏に富んだ体は眼福……じゃない、目の毒だっつの!
とりあえず、いったん外に出よう!
素早く部屋から出て、扉を閉める。あー、失敗失敗。
……いやあ、アーサのは見事だったなあ、好みだなあ……。
……いかん、この緊急時にそんなことを考えているんじゃない。
部屋の外で待つ。しばらくして、アーサが真っ赤な顔を出した。
「あ、あの、アシュレイ様、どうぞ」
「う、うん」
すみませんすみません、ごめんなさい。
心の中でひたすら謝りつつ、また部屋へ。
気まずい。
ロスヴィータだけは何も気にしていないようだけど、アーサは縮こまっているし、イングヒルトはフードで顔を隠している。
「とりあえず、ごめんなさい」
「い、いえ、その、大丈夫ですから……」
「……アシュレイのバカ」
うん、どのようなお叱りでも受けます、はい。
心配になって駆け込んできたのに、なんだかそんな空気じゃなくなったなあ。どうしたもんかなあ。
「それで、アシュレイ様、どのようなお話、ですか?」
「あー、えっと、イングヒルトの様子を見に、ね」
そうそう。目的はこれですよ。
体には傷一つ付けさせなかったとはいえ、心にはかなりエグイものを見せてしまった。
「私の……?」
「……うん」
守ってあげたとは言えないよなあ、これ。
「大丈夫。アシュレイは、私を守ってくれたよ?」
そう言ってくれるのはありがたいけど、言葉をそのまま受け取ることはできない。落ち込んだ顔を見せられたままだと、なあ。
イングヒルトは、ひざを山折りにして、抱えている。言い終わると、顔を伏せて黙ってしまった。
空気が重い。部屋の中が恐ろしく静かだ。
「失礼します! 勇者様はこちらにいらっしゃいますでしょうか?」
……このタイミングで呼びかけをありがたいなんて思うのは、俺が情けない証拠だよなあ。
「いるよ」
俺は、扉を開けた。兵士が真面目な顔をして敬礼していた。
「王都より連絡がありました。至急、勇者様にお会いしたいと、国王陛下が仰っているそうです」
連絡できたか。んじゃ、すぐに支度して戻らないとな。
「アシュレイ!」
「ん?」
イングヒルトが、顔を上げていた。
「私も連れていって!」
走り寄って来て、俺に訴えてくる。
「私も人間の王に会いたい。会わないと! 私の国のことを伝えたい!」
「そりゃあいいけど、イングヒルトは……」
大丈夫、かなあ。アーサやロスヴィータにも慣れていないみたいなのに、人間の国のど真ん中に行くことになるんだぞ?
「アシュレイ、お願い、一緒なら大丈夫だから……」
金色の瞳をにじませながら、イングヒルトは言う。
一緒なら、か。そうか、一緒なら大丈夫か。
「分かった。連れていくよ。ただ、俺からは離れないようにな」
「うん」
綺麗な銀髪の頭を撫でて、俺はまた守る決意を固める。
急ごう。
俺は自分の部屋に戻り、勇者の剣を腰に下げた。っと、このままの服装で国王陛下に会うのは失礼か? でも、いちいち服を選んでいる余裕なんかないか。
三人に合流する。アーサは一度ユニコーン騎士団の屯所で身なりを整えてから行くと言っていた。あれ、やっぱり俺も気にした方がいいかな?
リアンに言えば、すぐに用意してくれそうな気はするけど……。ああ、俺はいいや。ロスヴィータ……は、どうせ来ないだろうから、アーサと一緒に行って、屯所でイングヒルトに合いそうな服を貰おう。それで充分だろ。
俺たち四人は、もう準備されていた魔法陣に飛び乗った。
イングヒルトとは、ずっと手をつないでいる。指先は冷たい。少し震えてもいる。
顔には出していないけど、やっぱり不安なんだろうな。それでも、俺と一緒なら、って言ってくれるんだ。俺もしっかりとイングヒルトを支えないと。
王都に着くと、すぐにメルヴィナが出迎えてくれた。予定通りに屯所へ行って、イングヒルトの服を調達する。
「森人族だって……」
「キレイ……」
「カワイイ……」
「着せ替えさせたい……」
そこそこ、今はそんな暇ないから。ないから! イングヒルトが怯えてるじゃないか!
団員たちの視線から逃れつつ、王城へ馬車で向かう。連絡がいってからすぐに準備してくれたようで、国王陛下に会うまではすぐだった。
「話は聞いたぞ、アシュレイ。森人族の国が滅んだというのは、本当か?」
「本当です、陛下。この目で確認しました。森人族の国は、跡形もなく消し飛ばされていました」
「そこまでか!」
やっぱり陛下は知らないよなあ。
「誰がやったのかは分かっておるのか?」
えーっと、それは、
「人間だ!」
とっとっと、イングヒルト、落ち着いてくれ。
「人間、だと? そなたは誰じゃ?」
陛下も驚いている。なので止めようとしたが、それよりも先にイングヒルトはまくしたてた。
「私は森人族の王、マテウスの娘、イングヒルトだ! 私の国は、人間によって滅ぼされた!」
辺りが騒然とする。この状況じゃ、仕方ない。
フォローフォロー。
「陛下、この子は森人族の生き残りです。この子が言うには人間の魔法使いが森人族の国を襲ったらしいのですが……、そんな予定、ありませんよね?」
「当然じゃ。なぜ人間が森人族を滅ぼす? 盟友じゃぞ」
うん、俺も知っている通りの答えだ。
「どこかに血迷いそうな領主もいませんよね?」
「うむ、森人族王国の隣には、特に信頼のできる領主を置いておる。森人族に何かあれば、すぐに連絡をするようにも伝えてあった」
すぐ、か。でも、一か月も前のことらしいんだよなあ。
「森人族の国が滅ぼされたのは、この子が言うには一か月も前の話らしいんですが……」
「なんじゃと!?」
うーん、陛下の反応から分かるのは、やっぱり王国は森人族の国を襲ってないってことだよなあ。
領主も信頼できる人を置いているのか。なら、領主が独断で手を出したってことも考えにくい。
かといって、イングヒルトは嘘を吐いている様子もない。人間に襲われたって思ってる。
話がかみ合わない。
どっちかが間違っている? もしくは、どっちも?
「すぐにパウエルの所に使いを送れ! きちんと確認させい!」
陛下が指示を飛ばす。パウエルっていうのは誰だろう。
「陛下、パウエルというのは……」
「先ほど言った、信頼できる領主じゃ。奴が何かしたとは思えん。それに、異変にも気づかぬとも考えられん」
なるほど。じゃあ、その確認を待った方が良さそうだな。
俺は、怒りで震えているイングヒルトを抱きしめた。
「とりあえず落ち着いてくれ」
「だがっ、だがっ……!」
泣くよね、そりゃ。でも今、ここではイングヒルトの発言は重すぎる。何を言おうと、王国の混乱につながってしまう。
……イングヒルトは、人間に復讐したいと言ってたっけ。でも、今はその復讐相手がぼやけてしまって、霞を相手に殴りかかっているような状態だ。感情のやり場ってやつがないだろう。
国王陛下も、こっちの様子に気が付いた。すごく、気の毒そうな顔をしている。
「アシュレイ、今はその子と共にいてやってくれんか。事が判明するまでは油断できぬ。その子は、重要な鍵を握っておるかもしれん」
「はい。そのつもりです」
言われなくても、という奴だ。こんな状態の子供、ああいや、俺よりも年上だけど、とにかく放ってはおけない。
「部屋を用意してやりたいが、その子も城では落ち着くまい。お主のところでかくまってもらえんか」
俺の家か。でも、俺の家は王都の中で、しかも生活感がありすぎる。人間不信のイングヒルトを連れていっても、落ち着けるかどうか。
んー、と悩んでいると、
「アシュレイ様、もしよろしければ、私たちの屯所にいらしてください。屯所ならば、警戒も厳重です。私も、メルヴィナもおります」
アーサが助言してくれた。
そうだな、俺の家よりはいいかもしれない。ただ、そうなると、俺も一緒に行かないといけないから……。
「ご安心ください。お部屋もすぐに用意させます。必要なものも、揃えさせますので」
今は、女性ばかりだからー。とか言ってられないよな。生活用品は、リアンに持ってきてもらおう。
「じゃあ、よろしく頼むよ、アーサ」
「はい、お任せください」
事態が把握できるまでは、お世話になるしかないな。
「陛下、私とこの子は、ユニコーン騎士団のところでしばらく世話になります。もし何かあれば……」
「承知した。使いは騎士団のところに送ろう」
陛下はうなずいて、
「すまぬ、すまぬな、盟友よ、盟友たちよ。ワシらは、お主らを助けることができなかった……」
イングヒルトと、その奥に見えるであろう森人族たちにむかって、悲しそうな目を向けていた。




