20:森人族(エルフ)の国へ
「アシュレイ様、すみません、すみません……」
「はっはっは、馬よりも快適かもしれんなあ」
「……アシュレイ」
三者三様な反応をありがとう。
結局は俺が馬代わりになって、三人を乗せることになった。
アーサはひたすら謝り、ロスヴィータは妙に嬉しそう笑っており、イングヒルトはどう反応したらいいか分からないようで戸惑っている。あ、ちなみに、イングヒルトには俺の名前をちゃんと教えた。
悲しいかな、三人の女の子を乗せた荷車も、今の俺には軽い。ラザフォード、勇者の力をこんなことに使ってすまない……。
荷台では、ロスヴィータがイングヒルトから色々と聞き出しているようだ。
俺たちは、森人族の国に向かっている。馬が無いんじゃ、別行動がとれない。なので、俺たちは固まって動くことにした。
今は、街道から外れたところを走っている。森人族の国というのは、この先にある大きな森の中にあったそうだ。
王国と森人族の国、仲が良いとはいっても、直接道で繋いでいたわけではないらしい。森人族は道がなくても方角に迷わないらしいし……、おそらくは今回の様なことが起きぬよう用心もしていたのだろう。
「ふむ、では森人族の国に入るには、貴様が必要なのだな?」
「……そう。正確には、森人族だけが知っている魔法が必要」
「教えろ、と言っても教えぬだろうな」
「人間には紡げないから、教えても意味がない」
「なるほど、用心は怠っていなかったわけか」
ロスヴィータと会話するイングヒルトの態度は硬い。他に相手がいないとはいえ、人間とじゃ落ち着いて話なんてできないか。
「ならば、何故人間が森人族の国を襲えたのか。一番可能性が高いのは、まあ、簡単に思いつくな」
そうなの?
「森人族の中に裏切者がいたのだ」
「そんなはずはない!」
おいおい、落ち込んでいるお姫様にそんなこと言っちゃダメだろう。元・魔王は遠慮という言葉を知らないのか。……知らないだろうな。
「森人族が仲間を裏切るはずがない! 売るはずがない!」
そりゃ、イングヒルトも怒るよな。
「落ち着け、森人族の小娘。我は可能性の話をしている。それに、裏切るにしても二通りあるわ」
二通り、か。喜んで裏切るか、どうしようもなくて裏切るか、そんなところかな。
「裏切った森人族にその気が無くとも、誰かに強制されることもある。拷問でもされたかもしれんしな」
「そんなっ、ことっ」
だーかーらー、ロスヴィータ、言葉を選んでくれ。
「下らん前置きで言葉を濁すのを我は好かぬ。馬勇者、余計な口を挟むなよ」
誰が馬だ誰が。
アーサがロスヴィータを止めてくれると思ってたんだけど、反応が無いな。もしかして、同じ意見なのか?
「残念ですが、やはり森人族の誰かが手引きしなければ国には入れません。ロスヴィータさんの言うことは、完全に間違いということもないでしょう」
うーん、そうなのかなあ。でも、仮に裏切者がいるとしても、俺には腑に落ちないところがある。
そもそも、なんで森人族が襲われたんだろう? 平和になった今、森人族を襲う理由がさっぱり分からない。
イングヒルトが言うには、滅ぼすくらい強烈に、攻められたんだろ? 人間がどうして仲の良い森人族をわざわざ傷つける。国王陛下が乱心したわけでもないし、かといって、どこかの領主がやるにしてはスケールが大きいし。
森人族相手に魔法で戦うってのも無理があるよな。森人族一人に対して、魔法使いは十人近くいないと太刀打ちできないんじゃなかったっけ?
あと、そうそう、なんでイングヒルトが運ばれていたのかも気になる。奴隷禁止の王国内で、よりにもよって昼間から奴隷を運ぶなんて。しかも、お姫様を。どこにつれていくつもりだったんだろう。奴隷商人たちは呪いで殺されてしまったから、話を聞ける相手がいない。
そうだよ、奴隷商人に呪いをかけたのは誰だ? さっきの砦をブラッドデーモンでいっぱいにしたのも、同じヤツなのか?
謎が多すぎて、裏切者がいたくらいじゃ話が済まないような気がしてならない。
森人族の国に攻め込む手段として裏切者を利用したかもしれないけど、それだけじゃ、なんだかなあ。
後で落ち着いたら、みんなに話してみよう。俺一人で考えていても、答えは出そうにない。
昼を過ぎ、しばらくした頃だ。
「見えてきた……」
おっと、イングヒルトが言ってくれなかったら、森にそのまま突っ込むところだった。
ゆっくりと停止。目の前の森には、荷車が通れそうな隙間なんてない。ここで、魔法が必要になるのかな?
「少し待ってくれ」
了解。頼んだ。
イングヒルトが荷車から下りて、森へと歩く。一番手前にあった木に手を近づけると、小さな声で魔法を唱えた。
……うん、どんな魔法なのかさっぱり分からない。なんて言っているのか全く聞き取れない。音っていうのかな、人間の喉からじゃ出せそうにない音だ。
詠唱が終わると、森に変化があった。木々が左右に分かれ、道を作った。まるで意志があるかのように動いている。
森人族が森の人と呼ばれる意味がよく分かる光景だ。森は完全に森人族の味方なんだな。
「行こう、アシュレイ」
俺はうなずいて、荷車を引く。さっきよりは速度を落とす。道ができたとはいえ、木の根っこやら草やらで地面はデコボコだ。一人で走るならともかく、下手に速度を出すと、荷車がひっくり返ってしまう。
慎重に進んでいくと、やがて開けた場所が見えて来た。
国に着いたのかと思ったけれど、国というには狭すぎる。まだそれほど走っていないし。
村、かな?
「……これはずいぶんとやられたものだな」
ロスヴィータが唸るのも分かる。
ここがなんだったのか、もう完全に判別できなくなっていた。
森人族たちが襲われたのは一か月前だとイングヒルトは言っていた。でも、いま目の前に広がる光景は、ついさっき壊されたんじゃないかってくらいに酷かった。
建物なんかが全く無い。消えている。それでいて、地面が大きくめくれ上がったまま。龍族が引き裂いたんじゃないかって思うくらい深い傷跡が残されたままだ。
当然、人影もない。……ここまでやられちゃ、人が残っていられるはずもないか。
荷車から、イングヒルトの泣き声が聞こえてくる。必死に押し殺しているようだけど、耳がどうしても声を拾ってしまう。
「これを、人間が……?」
アーサの呟きも、ごもっとも。人間の魔法が、ここまで酷いことをできるだろうか。三か月経っても、痕跡が消えないなんて。
一番広い空間に出るまで、俺たちは大小合わせて七つは惨劇の場を見た。どこもかしこも、同じように滅茶苦茶にされていた。
そして、今見ているものが、一番ひどい。
念入りに、とても念入りに破壊されていた。
石造りの建物の破片が、唯一人のいた気配を感じさせる程度。木造のものは、完全に燃え尽きてしまったんだろう。なにせ、だだっ広い広場の中央にある、とんでもなくでかい大木が、真っ二つに裂けるくらいだ。
「あれは、私たちのご神木だった。森人族ですら不可侵の聖なる木、だった」
まともだったころは、立派な木だったんだろうな。葉は枯れ、見えるのは枝ばかり。根本には、やっぱり酷い爪あとが残っている。
「魔力の残滓がある。しかし、完全に死んでおるな。あの木はもう生き返らん」
ロスヴィータのお墨付きか。
イングヒルトは、完全に崩れ落ちて、泣いていた。アーサは気の毒そうに目を伏せている。
俺も、正直なところ目を背けたい。だけど、今の俺は、このありさまをしっかりと見ておかなければならない。
酷く、寒気がする。そのせいで、イングヒルトを支えてやることもできない。
こりゃ、すぐさま国王陛下に伝えないとな。森人族が滅ぶなんて、王国にとっても大打撃だ。
ただ、あいにくと、もう陽が落ちそうだった。森人族の秘密の道も、さすがに夜は走れない。
ここで一晩過ごさないと駄目か。
無事な家が一つもないので、俺たちはまだ壁があってマシ、くらいの場所に荷物を下ろした。
見張りは俺とアーサが交代で担当。ロスヴィータには期待していないし、今のイングヒルトは休ませてやった方がいい。
野宿と聞いて、元・魔王が渋ったのは言うまでもない。携帯食料にも文句を言うので、食事が終わった後、毛布でくるんで放り投げた。またカエルを潰すような音がしたが、気にしない。
会話はほとんどなし。さすがにジョークで場を和ます状況でもなかった。
うーん、そういえば、勇者パーティは男ばっかりだったし、俺は女性相手にジョークを飛ばしたことが少ないような……。本当に遊び人としてふらふら遊んでいた時くらいか?
火の番をしつつ、俺は頭を悩ませる。女性受けのするジョークとは。……まあ、現実逃避みたいな悩みだが。
毛布みのむしは放っといて、俺は寝ているイングヒルトを見た。
……涙の後がはっきりと残っている。旅の疲れ、ではなく泣きつかれて眠っているのだろう。
何とか助けてやりたいけれど、イングヒルトにとっての助けとは何だろう。前に言っていた、復讐だろうか。
だが、カミサマとの取り引きがある俺と違って、イングヒルトの復讐は何も生まない。いや、そもそも復讐は何も生んではくれないか。
正論で説き伏せるのも違うだろうな。ああ、まったく。このお調子者は、女の子一人なぐさめてやれないのか。
助けてあげたいと思うのも、俺のお節介か? 思い上がりか?
考えれば考えるほど、思考の沼地に沈んでいく。
でもまあ、そんな状態でも、嫌な気配には気が付くもんで。
「アシュレイ様」
「ああ、分かってる」
アーサは既に起きていた。ロスヴィータも、毛布から這い出してきている。
「忌々しい。我は眠りを邪魔されるのは好かぬ」
そりゃ誰だってそうだろうよ。
イングヒルトだけはまだ眠っている。できればこのまま寝かせてやりたいが、どうにもそう簡単にはいかなさそうだ。
森の中に、赤く光るものがある。ゆっくりとこっちに近づいている。
「イングヒルト、起きてくれ」
「う、うう……?」
「何か来た。っていうか、十中八九、敵だ」
「て、き……? っ!?」
これで全員。さて、どう動こう。
幸いにして、今日は月が出ている。場所も開けているので、夜とはいえ明るい方だ。
さあて、相手は……。
『ブラッドデーモン』か。レベルは28~31くらい。昼間の戦いを思い出して、気分が悪くなる。
食事中、気配はなかったんだけどな。どこから湧いたんだ?
まったく、ここを血で汚したくはないんだけどな。せめて明日、森を出るくらいまで待ってくれよ。
愚痴ってもしかたないか。俺は勇者の剣を抜いて、襲撃に備えた。
来る!
森から、影が飛びかかってきた。俺は反射的に、影を斬り捨てた。が、ちょっと待ってくれ、これ。
「森人族!?」
アーサが叫ぶ。
一瞬見えた姿、そして、これから襲い掛かってこようとする連中は、森人族の姿そのままだった。
こんな場所で、いや、こんな場所だからか? 最悪の恰好で出てきやがって。
「アーサ、ロスヴィータ。イングヒルトを頼む」
返事を待たずに、俺は飛び出す。
小さな子にトラウマ植え付ける気かよ、ったく! とっとと血だまりに変わりやがれ!
剣を叩きつけるように振るって、俺はブラッドデーモンたちを相手にする。場所が場所だ、ロスヴィータの範囲魔法にも期待しよう。
「降魔鮮血雨!」
早速ぶっ放しているか、助かるよ。
ブラッドデーモンは打たれ弱いくせに、数は多い。こちらのレベルはヤツらより上だが、物量に圧されると苦しい。
三人の体力、魔力が尽きる前に、俺がなんとか数を減らさないと。訓練だのなんだのと考えている余裕はない。
とにかく剣を振るう。斬って斬って斬りまくる。
地面が血を吸いきれなくなり、血だまりが血の池になってくる。
後ろの三人も、苦戦している。実質二人か。イングヒルトは同族の姿を見て、完全に怯えてしまった。
こっちもキツイが、守ってやらないとな、約束したし。
とことんまでやってやる。
俺は剣を構えなおして、ブラッドデーモンの群れに突っ込んだ。




