16:亡国の森人族(エルフ)(1)
鉱山都市での戦いから一週間。俺は魔物討伐のために、森にいた。
メルヴィナの手配は早く、バグを倒してから二日後にはもう魔物討伐の許可が下りた。
俺は早速準備をして出発した。とはいって、討伐の旅に出た、というわけでもない。
旅に出たら、いざバグが出た時に対処できなくなる。なので、王都で転移魔法を使って、各地に飛ぶという方法を取っている。
何かあれば、すぐに連絡役の騎士団員が来てくれるはずだ。俺も余計なことを考えずに討伐に集中できる。
今日の相手はサイクロプスだ。一つ目で、人間の二倍は大きく筋力が発達している、そんな魔物である。
それが三体ほど。俺は三体を正面に見ながら、勇者の剣を構えていた。
『サイクロプス・Lv27』。相手としては弱いが、俺は手を抜くつもりはない。
この討伐任務には、レベル上げではなく、戦いのスキルを上げるという目的がある。真面目にやらなきゃあ意味がない。
勇者の体はある程度感覚で動いてくれる。とはいっても、俺は戦術など全く知らない素人だ。勘に頼るだけではそのうち、立ち行かなくなる。
サイクロプスが吠える。木々が震える。一体が、棍棒で襲い掛かってくる。
上からの攻撃を、俺は剣で受け流す。右へ体をずらしながら、受け流した棍棒が大地を叩く振動を感じる。
相手の武器が一瞬使えなくなった。それに合わせて、俺はサイクロプスの左腹に横蹴りを放つ。
サイクロプスが、すぐに視界から消えた。左の方から、肉が気を打つ音が聞こえる。
まだ倒しきってはいない。でも俺は、そのまま追撃には移らない。
先ほどのとは別に、もう一体が突っ込んできていたからだ。一体目の影に隠れるように、二体目も棍棒を振ってきた。
今度は右からのスイング。俺はそれを上に跳んでかわす。そのまま二体目の頭へと手を伸ばし、飛び越えるようにして前へと動いた。
三体目は、離れて様子を見ていた。いきなり狙われるとは思っていなかったらしく、俺が目の前に出ると、明らかに動揺していた。
頭に、剣を突き刺す。目玉を貫通して、三体目が一番最初に倒れた。
三体目の胸板に足を乗せ、蹴り飛ばす反動で、後ろへ戻る。そこには、振り返ろうとする二体目がいた。
跳躍途中、天地が逆転した状態で、二体目の首を落とす。振り返ろうとしていた巨体が、ねじれるように倒れ込む。
俺は地に足を着けると、左へ跳んだ。まだ一体目は木にぶつかった衝撃から立ち直っていない。
ふらつく巨体の胴を、横に薙ぎ払う。勇者の剣はサイクロプスの強靭な筋肉を軽々と両断した。
血しぶきを浴びないように、後ろへ跳ぶ。これで、戦闘終了だ。
血脂一滴付いていない勇者の剣を、鞘へ納めた。
戦闘時間は、一分ほど。探すのに二十分使ったのに、いざ対峙すると、一瞬だった。
俺は、持ってきた手鏡で、自分のステータスを確認した。
『アシュレイ・LV103・勇者+デバッガー』。レベルは上がっていない。それにちょっとがっかりする。
一週間で、二十匹ほど魔物を倒したのだけれど、レベルが上がる気配がない。やっぱり、そこいらの魔物じゃダメかあ。
戦い方は勇者の体があるので慣れて来たけれど、レベルアップが遠い。ものは試しと無計画に経験値を分けるんじゃなかった、とは今更である。
「ふぃー」
一呼吸で、自分の中に溜まっていた熱を吐き出した。
「終わったよー」
俺は後ろへと声を飛ばした。
木にの後ろに、兵士の皆さんが隠れているのである。討伐の手伝いじゃなくて、確認と後処理のために呼んであったのだ。
「お、お疲れ様です、勇者様!」
『キアラン・Lv19・兵士』さんと、『ウーゴ・Lv17・兵士』さんが顔を出した。どちらも若い。とはいっても、俺より年上らしいけど。
二人は、俺の手際に感心してくれたらしい。おー、とか、さすが、とか言ってくれる。
褒められて悪い気はしないけれど、俺の力は借り物。なので、多くは言わない。
「周りには他に何もいないみたいだけど、これで終わりかな?」
今の三匹以外には、気配が無い。サイクロプスがいたんだ。森の動物も逃げ出してしまったのだろう。
「はい、報告にあったのは三匹だけです!」
了解了解。今日の訓練は、これで終了だ。
兵士の二人がサイクロプスの死骸を確認しているのを見ながら、俺は自分の姿も確認する。
ローブ、鎖かたびら、共に異常なし。壊れているところもなければ、血で汚れているところもない。
今の装備は、王都で買い求めたものだ。また国王陛下が何かくれようとしていたけれど、それは丁重にお断りした。聖騎士の鎧を作る、とか言ってたからね。いやいや、そんなおおげさな。
鎧なんて、今まで着たことがない。慣れていないものを着て動ける自信もない。
なので、俺はそれほど安っぽくもなく、かといって高すぎもしないお手頃な防具を用意した。ちなみに、見立ててくれたのはリアン。
魔力付与もされているし、性能だって悪くない。俺にはこれで充分さ。相手がバグじゃなければ。
さすがにバグ相手には、もっと上等な装備を用意しないといけないだろう。そっちは、時間をかけて選ばないと。
幸か不幸か、鉱山都市の一件から、まだバグらしき怪物の報告はなかった。カミサマ曰く、バグは怪物だけじゃないらしいので油断はできないけど。
災害とか怪奇現象とか言ってたっけ。そんなバグはどうやって消したらいいんだろう。目に見える原因があるなら助かるんだが。
俺がバグについて色々考えている間に、兵士二人の作業が終わった。砦へ帰ろう。
まだ陽は高い。昼間のうちに、砦には帰れる。
森はすぐに抜けられた。
幸い、森を抜ければ街道まで邪魔になるようなものはない。近くの村の人たちが作った道もある。
俺は、ぼーっと歩いていた。道に迷わないので、考えることがない。兵士の二人は何か話していたけど、俺向けではなかったので特に耳は傾けなかった。
俺一人なら、走るんだけどな。二人を残して去るのも気が引ける。
ぼー……。
ぼー……。
ぼー……。
……おっと、向かいから馬車が来た。これは避けないと。
二人に声をかけて、端を歩く。ホロのついた馬車が、けたたましい音を立てながら横を通り過ぎていった。
ずいぶんと急いでるもんだ。村に何か用事か?
なんとなく振り向く。荷物は何かなー、なんて。ちょっとだけ興味を惹かれた。
荷物は箱だった。いや、箱? なんか、格子みたいなのついてない?
立ち止まって、遠くに行く馬車をじっと見つめる。勇者は視力もいいので、多少離れても判別できる。
箱、うん。格子、うん。中身、あら、人? あれ?
遠ざかっていく馬車を見つつ、俺はお供の二人にたずねる。
「……うちの国って、奴隷禁止だったよね?」
「は? はい、そうです。我が国は人、亜人に限らず、奴隷は認められておりません」
だよね。いや、辺境くらいになると、そこら辺守んない奴がいるんだけどそれはともかく。
なーんか、悪い奴が通ったっぽいぞ。
「ちょっと今の馬車追いかけてくる」
「はい?」
言い残すと、俺は一歩目から全力を出した。馬くらいなら追いつけるだろ。
一歩の間隔は四メートルくらい。それで一気に距離を詰める。
近づくと、箱の中身がはっきりと見えて来た。やっぱり人影だ。
おーおー、ご丁寧に首輪まで着けてら。
とんとんとん、っと馬車に追いつき、俺は荷台に乗る。
箱の中身の子供と目が合った。
まぶしいくらいの銀の長い髪、肌は小麦色よりちょっと濃いめかな。金色の瞳……、って珍しいな。
あ、それもそのはずか、森人族じゃないか、この娘。ちょっと耳がとんがってる。
着っぱなしなのか汚れてボロボロになった服、顔は疲れ切ってやつれている。
どうみても、同意の上、檻に入ってますって雰囲気じゃないな。
えーっと、森人族の言葉知らないんだけど、話は通じるかなあ。
「た、すけて」
え? 王国言葉話せるの? そりゃ話が早いや。
「捕まってるの?」
「はい……」
声を出すのも辛そうだ。
ちょっと御者さんにお話し聞かないといけないな、これは。
「ちょっと失礼」
荷台を抜けて、御者台へ。
いたのは二人。普通のおっさんと、強面のおっさん。強面の方は腰に剣と鞭を下げていた。
二人が俺の声に反応した。
「あ?」
「んあ?」
固まっている。いるはずのない人間がいりゃ、当然だろうね。
「なっ、誰だ!?」
強面の方が先に動いた。剣を抜いたので、その剣を奪ったうえで蹴り落とした。
悲鳴が一つ、道に落ちた。さて、普通のおっさんはお話できる方かな。
強面から奪った剣を向けて、
「とりあえず、馬車止めようか」
普通のおっさんが、がくがくとうなずく。手綱を引いて、急停止。
「後ろの娘、誰?」
「い、いや、それは……」
言いづらい関係なのね。
「奴隷?」
「あ、が、……あ、ああ」
「うちの国、奴隷禁止なの、知ってるでしょ?」
「……ぐっ」
渋々うなずく普通の方。
真昼間なのよくやるわ。とりあえず、おしおきだ。
軽くあごを殴りぬいて、気絶させる。それでもって、腰にぶら下げていた鍵を拝借。
俺は荷台に戻ると、檻についていた錠前を外した。かなりゴツイやつを使ってる。しかもそれが三つ。ずいぶんと厳重だな。
錠前を外して、森人族の女の子を出してやる。立ち上がるのも辛そうだった。
服が服なので、自前のローブを貸してあげる。女の子は、やはり力が残ってないのか、ぺたりと荷台に座り込んでしまった。
っと、そういやステータス見てなかったな。なになに?
『イングヒルト・Lv59・森人族の姫』
姫? 姫って、お姫様のこと? レベルも高いなあ。
俺が首を捻っていると、ふと真横から殺気が来た。その殺気は焦げるような熱を持っており、避けなかったら消し炭になっているくらいの威力があった。
「灼熱球……!」
殺気を持っているのは、さっきの森人族。お姫様。
どこにそんな元気が残っていたのか、こっちを思いっきりにらんでいた。




