15:力の使い方
目を開けると、ロスヴィータが俺の顔を覗き込んでいた。
表情に、小さな影がある。いつもの偉そうな態度が、ちょっと引っ込んでいた。
「む、起きたか」
俺の目を見ると、つまらなさそうに顔をそむけた。なんだよ、起きたらまずかったのか。
俺は、寝かされているらしい。視線を戻すと、石造りの天井が見える。
確認のために、左肩を見た。服ははがされ、むき出しになっている。痛みはない。焦げた傷跡どころか、毛ほどの傷も見当たらなかった。
「貴様の怪我は完治している。人間の魔法使いが何十人と集まっておったわ」
そんなに大げさだったのか。
体を起こしてから、自分がベッドに寝かされていたのだと気が付いた。
病院、か? 周りにはいくつものベッドがある。だが、俺とロスヴィータ以外には誰もいなかった。
「どこだ、ここ?」
「砦だ。貴様は、王都に戻ってからすぐこの部屋に運び込まれた。迷惑なことに、我もな」
砦だってんなら、他にも人がいそうなもんだけど。
ああ、でも気配があるな。部屋の外に二人。少し遠くに、他にもいくつか。
左腕は問題なく動く。俺は体を伸ばすと、ベッドの縁に腰かける。
結構無理をしたつもりだったけど、体中、どこにも異常がない。魔導治療班のおかげか。疲れすら感じない。
ただ、カミサマと話した時のいら立ちは抜けていなかった。まだジリジリと胸が熱い。
そうだ、カミサマだ。
「ロスヴィータ、俺はどれくらい寝てた?」
前にカミサマの世界にいた時、こっちじゃ一年過ぎていた。まさか、また何年も経っているんじゃないだろうな。
「一時間ほどだ」
一時間? 一時間か。よかった、今回は体感時間とほぼ変わらなかったのか。
「ふん、体が無事だと安心したか」
「ああ、いや、そうじゃなくて……」
カミサマ世界との時間のずれは、俺しか知らない。ロスヴィータには、説明しても分かってくれないだろう。
深く息を吐く。今になって、生きて帰れた実感が湧いた。
二回目でこのザマか。そりゃ、カミサマも不安になって呼び出すよな。俺が死んだら、デバッガーとかいうのがいなくなるんだから。
ノックが聞こえた。安心したばっかりだったから、返事から気が抜けてしまった。ロスヴィータににらまれた。
「失礼します!」
入ってきたのは、外にいた二つの気配。騎士甲冑で身を固めたアーサとメルヴィナだ。
二人共、表情が硬かった。
「勇者様、怪我はどうですかい?」
メルヴィナが聞いてきたので、俺は左腕を上げて見せる。それで、二人の表情が少し緩んだ。
「悪い、最初っから失敗したわ」
もっと単純に倒せると思っていたんだが。初めて見たバグには、対処しきれなかった。これはジョブ云々の話じゃなくて、俺が戦いなれていないからだろう。
遊び人だからな、元は。実際に戦ったことはほとんどない。経験ってものが無いから、上手いこと立ち回れなかった。
「いえ、お体が治って何よりでした」
ずいぶんと心配かけたみたいだ。アーサの顔色が悪い。
「バグというのは、勇者様が仰るように手ごわいのですね。見ただけで寒気がしました」
「身の毛がよだつってんですかね。奇妙な形をしていたし、確かに魔物とは違う雰囲気でしたよ」
アーサ、メルヴィナが言う。二人はバグとレベル差があるから、なおさら不気味に映ったんだな。
しかも、レベル99の俺がひん死になるし。……二人には、俺のレベルを伝えてはいないけど。
なんにせよ勇者が苦戦した相手だ。俺の格好悪さも相まって、二人に嫌な印象を植え付けただろうな。
ああ、ホント情けねえ。勇者ってジョブが泣くわ。俺が倒す、なんて息巻いていながら、ズタボロにされるなんてよ。そりゃカミサマも見かねるわ。
「勇者様、お召し物をお持ちしました。こちらをお使いください」
「ありがとう、アーサ」
そういや、カミサマは俺に権限とかいうのをよこしたな。
レベル上限の解放と、経験値の分配? 後は俺以外にも権限を付けられるとかどうとか。
俺には理解しきれない話だったけど、新しい力の追加ってことでいいんだろうか。
レベル上限については鏡を見たから確認できたけど、残り二つはどうしたら使えるんだ?
そう、経験値とか渡せるんだろうか。例えば、アーサに。
頭の中で念じればいいみたいなこと言ってたけど。
試しに、俺は念じてみる。アーサに経験値、アーサに経験値……。
「勇者様、どうかなされましたか?」
服を受け取らず、アーサの顔をじっと見つめる。
「あの、えっと……」
特に、アーサに変化はない。失敗したか?
「ああ、ごめん、ちょっと考えごとを」
なんだよカミサマ、期待外れじゃないか。とりあえず、服着るか。
ガッカリしながら、服を手渡される。
そんな時だった。急にアーサが崩れ落ちたのは。
「団長!?」
「どうした、アーサ!?」
メルヴィナと一緒に思わず声を上げてしまった。
服が零れ落ち、アーサは両腕を抱きながら、震え出した。なんだ、何かあったのか?
「あ、れ? え?」
戸惑うように、アーサが呟く。
「ふく、いん? なんで急に?」
「福音? 団長、レベルが上がったんですかい? え、でも、今は魔物を倒したってわけでもないし……」
そうだ。稽古もしてないし、魔法を使ったわけでもない。アーサは俺に服を渡しただけだぞ。
「レベル、72? なんで……?」
「72ぃ!?」
おいおい、アーサのレベルは48だっただろ。なんでいきなりそんなに上がるんだ!
72って、俺がいた勇者パーティ並みじゃないか。そりゃメルヴィナも悲鳴みたいな声だすわ。
あ、でも、確かにアーサのレベルが上がっている。名札、じゃなかった、ステータスには『アーサ・Lv72・騎士』と書かれている。
もしかして、さっき念じたのが伝わったのか?
えーっと、それじゃあ『メルヴィナ・Lv37・騎士』に経験値経験値……。
……あれ、変化がない。相手によっては、上手く伝わらないのか?
「す、すみません、アシュレイ、様。私、急に、どうして……?」
とりあえず、落ち着かせないと。
「メルヴィナ、俺のことはいいから、アーサを」
「は、はいっ」
アーサがメルヴィナに連れられて行く。真っ青な顔をしている。何の前触れもなく、いきなりレベルが大量に上がったんだ。戸惑うどころじゃないだろう。
「なんだ、小娘。レベル72だと?」
ロスヴィータはあからさまに疑っていた。まあ、普通はそうだろう。
「おい、貴様が何かしたのか? でなければ、あの小娘の妄言か?」
「あ、ああ一応やったというか、なんというか」
「はっきりと申せ!」
俺も少し混乱している。説明するのが難しい。
えっと、俺はまたカミサマにあって、世界を直している話を聞いて、権限を三つ貰って……。
「権限?」
「ああ、カミサマが言ってた」
「レベル上限に、経験値を分ける、それに下位権限を与えるだと? なんのことだ?」
ロスヴィータにも分からないか。ああ、いや、俺はレベル上限についてだけは確認してあるんだけど。
経験値についても、アーサに渡せたのか? じゃあ、権限とかいうのはどうだろう。
俺はロスヴィータを近くで見つめる。権限、権限を与える……。
「……何を見ている?」
「お前に権限をやれるかなー、って試してる」
「神の話か?」
「どうだ、俺のステータス、見えないか?」
「貴様の間抜け面しか見えんわ」
うおっ、突き飛ばすなよ。ベッドの上じゃなかったら、頭を打ってたぞ!
「神とやらの存在も、疑わしくなってきたな。やはり、貴様の話は嘘で……」
……なんだ、俺の顔を見て、今度はロスヴィータが固まりやがった。
「見える、見えるぞ! ふ、ふははははっ!」
そして、急に笑い出した。微笑むっていうよりも、元・魔王らしい豪快な笑い方だ。
「何が見えるんだ?」
「貴様のレベルとジョブだ! ふははっ、我の瞳が戻った!」
瞳が戻ったってのは、魔王だった頃のか? ってことは、ロスヴィータはステータスが見られるようになったのか。
「これは、我の力が戻ってきているということか! 神め、なかなかやるではないか!」
いや、お前、その神に人間にさせられたんだけど。
でも、権限を与えるってのも上手くいったみたいだな。これが魔王の瞳なのかはともかくとして。
「ふん、忌々しい。貴様、本当に勇者ではないか。しかもレベルは……、レベル、は」
ああ、驚いてる驚いてる。俺のレベル、100超えてるもんな。
「レベル103だと!? ふざけるな、なんの間違いだ!」
「あれ、109じゃなくて?」
「109!? 馬鹿を言うな! そんなレベルがあるものか!」
レベルが下がってるのか、俺。さっきアーサに経験値を渡したってことになっているのか。
「ぐっ、何度見ても103……。先ほど貴様が言った、上限の解放という奴か……」
アーサが72になった代わりに、俺のレベルが6下がった。確かに使うのが難しいな。誰彼に経験値を渡してたら、俺自身が戦えなくなる。
レベルも三桁まで上がるようになったんだ。分け過ぎたら上限が上がった意味が無くなるな。
「貴様、どうやって我に力を与えた。さきほどの小娘にも」
「……分かんねえ。分ける、とか与える、とか念じはしたけど」
「念じるだけか?」
「いや、メルヴィナにも経験値を渡そうとしたけど、彼女には通じなかった」
「ふむ……。相手を選ぶのか? もしくは何かしらの手順が必要なのか……」
ロスヴィータの奴、適応力が高いな。すぐに納得してやがる。
手順って言われても、俺は念じただけで、他には何もしていない。
「まあいい。おい、貴様」
「なんだよ?」
「経験値と権限については、もう力を使うな」
「え?」
「どちらも分け与えるな。我と、あとせいぜいで小娘くらいにしておけ。いたずらにやれば、貴様は破滅するぞ」
それは確かに。さっき、俺もそう考えた。
「バグと戦う力を失えば、本末転倒となる。貴様は素直に自分のレベル上げに励め。魔王の瞳も、ただの人間には毒だ。与えぬ方が良い」
「便利なのにか?」
「貴様の狂ったレベルがバレると騒ぎになる。事情を知る者以外には、決して与えるな」
「……分かった」
ロスヴィータが言うことにも一理ある。せっかく貰った権限、能力だが、なるべく使わないようにする。
となると、実質役に立つのはレベル上限解放だけか。三つの内一つだけだなんて。
でも、カミサマは今の俺はチートとか言ってたな。おそらく何かの異常みたいな意味だと思うけど。
とりあえずは、レベルがもっと上がるなら、これだけでも活用しないと。
「なあ」
「なんだ?」
「俺のレベルがもっと上がるってことは、普通の魔物とかも倒した方がいいのかな。さっきはレベル99でも苦戦したし、レベル上げをするってのは、これから重要になってくると思うんだが」
「ふむ、確かにな。目的のために力を求めるのは、道理だ」
ロスヴィータも同意してくれた。よし、これからは魔物の討伐隊に参加させてもらおう。
「ただし、生半可な覚悟で戦いに臨むのではないぞ? 先ほどの貴様は見ていて哀れになるほど、立ち回りが酷かった。レベルだけではなく、戦いのスキルも上げてこい」
「お、おう」
上げてこい、ってことは、俺一人で行けってことね。
まあ、いいか。ロスヴィータはもうレベル99だから上がらないし。一人だけの方が、経験値も多く入るし。
善は急げだ。ユニコーン騎士団のみんなに相談してみよう。
俺は服を着て、立ち上がる。アーサ、もう落ち着いているといいけど。
「我は家に戻る。手筈は自分で整えよ」
「分かってるよ」
俺はロスヴィータと別れて、アーサたちを探しに出た。
あの様子だと、すぐ屯所に向かうってことはないだろうし。まだ砦の中にいるはず。
適当な人を見つけて、二人がどこに行ったか聞こう。っと、丁度良く兵士が来た。
アーサは、俺がいたところとは別の医務室に行ったらしい。場所を聞いて、俺は速足で向かった。
ほどなくして、医務室は見つかった。一応ノックしてから、部屋に入る。
こっちは結構人がいた。ベッドで寝ているのは、魔法使いがほとんど。もしかして、俺の傷を治してくれた人たちだろうか。魔力を使い切ってばててしまったんだな。
ありがたいのと申し訳ないのとで頭が下がる。時間があれば、一人一人お礼を言いたいところだ。
アーサはすぐに見つかった。メルヴィナと一緒だから、かなり目立つ。
「アーサ、調子はどう?」
「あ、アシュレイ様……」
いつもなら、他に人がいる時は、勇者様、って呼ぶんだけどな。やっぱりまだ落ち着いてないのか。
「ご心配をおかけしてすみません。ただ、先ほどの福音が、まだ信じられなくて……」
そうだよなあ。何もしていないのに、レベルがガツンと上がったんだ。
でも、アーサのレベルアップは嘘じゃない。ステータス表示を何度確認しても、レベルは上がっている。
「体には異常ありません。むしろ、力があふれてくるようです」
後は気分の問題か。
アーサにもカミサマの話をした方がいいんだろうか。事情を話せば、気が楽にならないかな。
……信じてもらえないか。遊び人が勇者になって、魔王が人間になるなんて、どう考えたってありえないもんな。
相談は、また今度にしよう。
「アーサはもう少し休んでいるといい。また別の日に、話をさせてもらうよ」
「話、ですか? いえ、今お聞きします。私は大丈夫です」
「いんや、勇者様の言う通りですよ。団長はまだここで休んでてください。話なら、アタシが聞いておきますんで」
「だが、メルヴィナ……」
「後でちゃんと伝えますから」
ドンと胸を張るメルヴィナ。そうだな、彼女に相談するのもいいだろう。
「じゃあ、メルヴィナ、ちょっと外に。アーサ、お大事にね」
「は、はい……」
俺とメルヴィナは廊下に出た。聞かれて困る話でもないし、場所はここでいいだろう。
「それで、話ってなんですか、勇者様」
「ああ、ちょっと頼みというか、これからについて相談したいことがあって」
「いいですよ、何でも言ってください」
「実は、これから俺も魔物の討伐に行きたいと思って」
「魔物の?」
メルヴィナが首を傾げる。
「今は魔物もかなり減りました。王国の兵士で充分に処理できます。勇者様がわざわざ行くほどじゃないですよ?」
「うん、それは知ってる。でも、レベル上げがしたいんだ」
「勇者様がレベル上げ、ですかい?」
「そう。さっきの情けない戦い見ただろう? 今の俺じゃ、レベルもスキルも足りない。訓練も兼ねて、魔物を倒しに行きたいんだ」
「別に情けないとは思いませんでしたが……。こう言っちゃあなんですけど、勇者様ほどの方がレベル上げるには、そこいらの魔物じゃ足りませんよ。それこそ、魔王とか、その配下の上級魔族とかじゃないと」
確かにね。レベルが上がれば上がるほど、次のレベルまでの道のりは遠くなる。今のレベルは103、次までどれくらいかかるのやら。
バグくらいの強敵なら経験値が多そうだけど、そのバグを倒すためにレベルを上げたいんだしなあ。ちょっとしたジレンマだ。
でも、魔物相手でもスキルは上げられるはず。今の俺は、勇者パーティだったみんなの動きを真似しているだけ。これではスキルとは呼べない。
だから、経験を積みたい。
「まあ、勇者様が言うなら、別に断る理由もないと思いますけど……。団長に確認してみます」
かなり悩んだようだったが、メルヴィナはうなずいてくれた。
よかった。
「ありがとう」
「いえ、お礼を言われることじゃないですよ。勇者様が魔物を倒してくれるっていうなら、兵士たちも他の仕事ができますからね。むしろ、こっちがお礼を言わないと」
ニカッと笑ってくれるのがありがたい。
「ただ、今日みたいな緊急事態があるかもしれませんから、予定はきっちりと立てないといけませんね」
あ、そうか。考えなしに、あっちこっち行ったりはできないか。
「許可をとって予定を立てて。ま、ここら辺はアタシたちがやりますよ。決まり次第、勇者様にご連絡します」
「うん、ありがとう」
「よしてくださいよ。何度もお礼を言われると、むずがゆくなっちまいます」
頼むと、メルヴィナは敬礼して医務室に戻っていった。
俺は……、今は、家に帰るくらいしかできないか。
通りかかった兵士に、家に帰ることを伝える。アーサたちにも連絡するよう頼んで、俺は砦を出た。
外は、もうすっかり夜になっていた。急いで帰ろう。
お願いすれば馬車くらい出してもらえたかもしれないが、俺は走ることにした。普通の人間では遠い距離も、勇者の脚ならすぐだ。
人気の少なくなった道を駆ける。時折屋根を借りて近道。軽業師のような芸当も、今なら簡単だった。
とはいえ、こんなことが何かの練習になるわけでもない。家の前で脚を止め、息切れ一つ無く扉を開けた。
「おかえりなさいませ、勇者様」
「……ただいま、リアン」
扉を開けたら、真正面にリアンがいた。
「ずっと待っててくれたのか?」
「一分ほどです。そろそろお帰りになる頃合いかと存じまして」
なんで一分先の未来が見えているんだろう。相変わらず隙が無い。
「湯を沸かしてございます。食事よりも先にお体を拭かれるかと」
うん、まあね。でも、だからなんでそれが分かるの。
「僭越ながら、お手伝いいたします。お部屋でお待ちください」
「ああ、いや、それはいい。自分でやるから」
「ですが……」
「すぐに済ませるから、リアンは食事の用意をお願い」
「……かしこまりました」
ちょっと不満そうだったけど、勘弁してもらいたい。リアンに頼んだら、体中隅々まで拭かれそうだ。それはさすがに恥ずかしい。
俺は、湯の入った桶とタオルを持って、階段を上がる。自室に入って、ため息を吐きながら服を脱いだ。
タオルを湯に浸して、体を拭く。傷一つ見当たらない、自分の細い体を。
これからは、もっと今の力に慣れていかなくては。それに応えるように、体も鍛えないと。
「……ふぅ」
差し当たっては、魔物との戦いによるスキル向上だ。レベルが上がりづらくとも、経験は積める。それは決して無駄にはならない。
体を拭き終えて服を着直すと、ノックが聞こえた。リアンかな。
「今行くよ」
「かしこまりました」
気配が遠ざかるのを感じつつ、湯桶とタオルを掴む。
部屋を出ると、良い匂いがした。今日の夕食も、美味しそうだな。
これからは、忙しくなる。リアンの食事を食べる回数も減るだろう。
俺はなんとなくそれを寂しいと感じながら、階段を降りた。




