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14:権限追加

「やぁ、久しぶり」


 目の前に現れたおっさんに、俺は思いっきり殴り掛かった。


「おっと、危ない危ない」


 ちっ、勇者の体でもこのカミサマには届かないのかよ。指一本で防ぎやがって。

 拳を止められた俺は、辺りを見回す。

 また、あの奇妙な世界だった。地面は真っ黒、ガラス張りの塔が乱立し、汚い空気が蔓延している。

 気分が悪くなる場所だ。場所も場所だが、目の前にいるカミサマも俺の気分を悪くさせてくれる。

 しかし、なんで俺はここにいるんだ?

 裂け目に跳びこんだ記憶はない。俺が覚えているのは、鉱山都市で四匹のバグを倒したところまで。その後、気を失ったのだろうか。

 夢にまで出てくるとは、俺はよほどこのカミサマが気に入らないらしい。いや、これは夢なのか?


「夢じゃないよ。ちょっとしたお知らせがあったから、伝えに来ただけ」


 そりゃどうも。


「君との約束、それなりに進展しているよ。世界の作り替えの準備は、三割終わったかな。そうは言っても、簡単な所を進めただけだから、まだ時間はかかるけどね」


 三割か。進んだのかどうなのか、俺じゃ判断しづらいな。


「ラザフォードたちは?」


 俺は一番気になっている所を聞く。


「キャラクターの再生はまだまだだよ。復旧を優先してはいるけど、まずは世界の方から手をつけないといけないからね。キャラクターはその後」


 キャラクターとは言ってくれる。まるで絵本か何かの登場人物扱いか。


「その表現は間違ってないね。私はまだ絵本の舞台を作り直してる状態。キャラクターの配置はまだ当分先になる。まあ、キャラクターを一から考える必要がないのは楽だけど。バックアップがあったからコピーして、手直しするだけでいいからね」


 バックアップ?


「バックアップとは、ざっくりいうと、君らがいる世界の写しだよ。今現在ではなく、過去の状態のものだけど」

「過去の? じゃあ、それをそのまま使えばいいんじゃないのか?」

「それじゃあダメだよ。バックアップには、バグもそのまま残ってる。だから、そのまま使うことはできない。私がやろうとしているのは、君がバグを消して綺麗にしてくれた世界を元にして、環境の再構築をすることなんだ」


 相変わらず何を言っているのかがさっぱり分からない。

 カミサマは自分だけが分かる単語で、つらつらと説明を重ねてくる。きっとこいつはマニアか何かだ。自分の世界観を他人に押し付けるタイプのヤツだ。

 自分が知っている単語や物は相手も知っていて当然、と思っているヤツはめんどくさい。訳の分からないことをまくしたてて、自分だけ納得するからな。

 

「なんだか失礼なことを思われている気がするなあ。こっちは君のリクエストに応えるために頑張っているというのに」

「……そりゃ悪かった」

「いいよ。私も一から説明するのが面倒だし。とりあえず、君の願い事は進展していることだけ覚えておいてくれれば」


 ただ、とカミサマが区切った。


「君がバグをなんとかしないと、元となる世界が創れない。だから、もっと頑張ってくれないと困るよ」


 痛い所を突かれた。

 俺はついさっき、そのバグに殺されかけたばかりだ。自分の力の無さを痛感している所に、グサッと刺さる。


「デバッガーの権限、足りないかな? 他者のステータスが見られれば、充分かと思っていたけど」

「ステータス、ってなんだ?」

「名前とレベルとジョブ。見えるでしょ、君?」


 もしかして、人の頭に見える名札のことか?


「ステータスが分かれば、どんな相手にも対策が立てられると思ったんだけど足りなかったかな? なら、ステータス表示以外にも、いくつか権限を足しておくよ。あまりつけすぎると管理者と区別がつかなくなるから、ほどほどに、だけどね」

「ちょっと待ってくれ。アンタはそう言って勝手に俺に色々くっつけるけど、俺にはその権限ってのが分からないんだ。分からなきゃ使いようがない」

「ああ、それもそうか。ステータスのことも分かってないみたいだし。説明するのは面倒だなあ」


 能力を付けるなら、せめて俺に何ができるのかくらい教えておいてくれ。名札のことをステータスって呼ぶのも、今知ったぞ。


「っていうか、バグがどこに出るのかを教えてくれ。それがあれば、死にかけてだって倒しにいくから」


 そう、そんな能力があれば、さっきの鉱山都市みたいなことも起きない。先回りすれば被害は最少ですむ。

 だが、カミサマはいきなり渋い顔をした。


「そんなことができるなら、私がバグを潰しているよ。どこに出るか分からないから、私は何千年も苦労しているんじゃないか」

「ってことは、自分で探す以外に方法がないってことか……?」

「そうだよ。どこに潜むか分からないバグを潰すからこそのデバッグ作業さ」


 なんだそりゃ……。


「バグだって、この前みたいに明確な化け物として出てくるばかりではないよ。例えば天災、例えば怪奇現象、現れ方は様々さ」


 ただ倒すだけでもないってのか!

 俺がショックを受けていると、カミサマは、


「うーん、君はデバッグ作業のことを甘く見過ぎているみたいだね。やっぱり無理かな? やめておく?」


 とかぬかしやがった。


「勇者のジョブはあげるから、今の世界で好きに生きたらどうだい?」


 それは……。


「最強の勇者、良いじゃないか。シナリオログを見たところ、みんな君に理解があるようだ。残りの人生、楽しむのも悪くないよ」


 そんなことは……。


「仲間のことは諦めなさい。仕方がないよ」


 そんなことが、あってはならない。

 俺は、みんなを助ける。あの四人を、なんとしても助ける。じゃなきゃ、生き残った意味も、勇者になった意味もない。

 今、俺の傍らには勇者の剣があった。それを振り回して暴れたくなる衝動を、必死にこらえる。


「……諦めない」

「ふむ?」


 にらみつけながら、言ってやる。


「俺は諦めない。諦めたりしない」

「ふぅむ」


 カミサマのヤロウが右眉を上げた。なんてわざとらしい顔だよ。驚いてますってか。

 まあいいさ。俺は諦めたりしない。諦めてたまるもんか。

 まだ、たかが一回死にかけただけだ。死んでないならどうにだってなる。

 俺の心は折れちゃいない。なら、いくらだってやってやる。

 化け物だろうが災害だろうが現象だろうが、何だって潰してやる。


「まだやる気はある、と」

「当たり前だ!」

「そうかそうか」


 カミサマは深くうなずいた。何度も、何度も。


「だから、権限とかいう奴を教えろ。俺には何ができるってんだ?」


 口から出たのは、ほとんど唸り声だった。はらわた煮えくりかえる状況で、それでも声を出すってのは難しいな。

 カミサマがいつか見せた光の板を出す。光のともった指で板をなぞる。あれが何かの儀式なんだろう。俺のステータスとかいうのをいじっているのか。


「一つ目は、君のレベル上限を引き上げる」


 レベル上限だって?

 口に出そうとしたら、頭の中で何かが響いた。この感覚は、レベルが上がった時の福音のようだ。

 しかし、いつもなら気分良く聞こえるはずの音が、妙だった。ひび割れた声とでもいうか、ざらついていて、はっきりしない。

 かろうじて、レベル、という単語と、109、という数字だけが分かった。

 不気味な音だ。思わず頭を押さえてしまった。


「なんだ、これ……」

「ああ、ごめんね。レベル100以上は想定していなかったから、福音代わりの仮音声を使ったんだ。福音は99までしか教えられないから。聞き取りづらかったろう」


 仮? 仮ってことは今のが福音代わりってことか? じゃあ、今の俺のレベルは……。


「見てごらん」


 カミサマが、どこから出したのか手鏡を手渡してきた。そこに映る自分を見て、俺は息を飲む。

 レベル109? 嘘だろ、どんな生き物でも、レベルの最高は99のはず。

 何度見ても、俺の頭の上には、109という数字がある。

 どうして、と聞く前にカミサマはまくしたてるように言う。


「二つ目は、経験値分配機能の解放。君が手に入れた経験値を、他の人に分けられる。パーティメンバー以外にもね」


 経験値はパーティと分けるのが普通だが、パーティメンバー以外にも分けられる?


「難しいことはないよ。頭の中でスイッチを入れる感じでいい。君の持っている経験値が相手に流れ込む。ただ、その分、君の持っている経験値が減るから、レベルも下がる。使い方には気を付けて」


 それで、とカミサマは続けて、


「三つ目は、他人への権限付与。これは、低ランクの権限しか付けてあげられないけど。今の君が付けられるのは、ステータス表示くらい。でも、役には立ちそうだろう?」


 ……俺が見ていた名札、ああいや、ステータスか。他の人でも、名前、レベル、職業が見えるようになる、と。


「まあ、これくらいかな。今、君に渡せるのは」

「……もっと、直接バグに対して効果のあるやつは無いのか?」

「無いよ。今の君でも、充分にチート状態だ。それに、これ以上の権限はアドミニストレータじゃなきゃ使えないさ」


 また知らない単語か。


「それじゃあ、君の補強もできたし、私は仕事に戻るよ。っと、ああそうだ」


 なんだ、まだ何かくれるのか?


「また言い忘れてた。君の仕事は、ここ一年間の間に発生したバグを消すことだ」

「ここ一年間ってのは、魔王が消えてから今日までの一年か?」

「そうそう」


 そうか。この先何十年とバグ潰しをやる必要はないのか。


「じゃあ、今はこれくらいで。また進展があったら呼ぶよ。それじゃ」


 カミサマが別れを惜しむように手を上げる。すると、俺の足元にまた裂け目が出現した。

 色々と貰ったが、感謝はしていない。あっちが便利になるように、俺をいじっただけだ。感謝する義理はないだろう?

 俺は黙って裂け目に飲まれる。

 今日までの一年に出たバグを消す。それで、本当の勇者たちが助かる。

 俺は目標だけを考えながら、目を閉じた。

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