13:辛勝
来たみたいだ。俺はすぐさま部屋に戻り、装備一式を引っつかんできた。
でも、ちょっと待てよ? ユニコーン騎士団には商人ギルドからの情報を洗ってもらっていたはずだ。こんな緊急連絡が来るのは、おかしくないか?
これじゃあ、まるで、
「場所は鉱山都市。目下、迎撃中とのことです」
迎撃中ってことは、戦っているの?
「突然、坑道から湧いて来たそうです。先日、勇者様が仰ったものと姿が酷似していると」
「いや、マズいぞ、逃げてもらわないと。戦っちゃダメだって!」
「それが、鉱夫たちを逃がすためにどうしても兵による時間稼ぎが必要で……。転移魔法での緊急連絡です。こちらも転移の準備はできています」
出ない出ないと思っていたら、いきなりか!
「準備はできておる。行くぞ、勇者!」
いつの間にか、ロスヴィータも魔王時代の黒いドレスを着て準備万端だった。
急がないと。アレの相手は、俺の仕事だ。
「ご武運を」
リアンに見送られて、俺たちは王城前の砦へ向かった。
転移魔法の魔法陣は、この砦に集約されている。
魔法陣のある広間まで行くと、そこはもう既に戦場のような空気を漂わせていた。肌を針で刺されているんじゃないかってくらいにピリピリする。
「勇者様!」
アーサやメルヴィナ、ユニコーン騎士団の面々もいる。全員じゃないが、武装までしていた。
俺は、輝く魔法陣の上に立った。一歩遅れてロスヴィータも乗る。
「人間はこんな方法で移動しているのか……」
いや、今は感心している場合じゃないだろ。
魔法使いたちが詠唱をしているうちに、状況を聞く。
場所は、魔鉱石の鉱山都市。住民は大体五千人で、避難はまだまだ終わっていない。
初めて出遭った化け物に、混乱しているらしい。そりゃそうだろうな。何の前触れもなく湧いてくるんだ。戸惑って当然だよ。
兵士たちの被害までは分からないらしい。少しでも多く生き延びていて欲しいが……。
「勇者様」
「ん?」
武装したアーサが声をかけてくる。
転移魔法の詠唱は長い。聞くべきことは、今のうちに聞いておかないと。聞き忘れたので戻ります、とはいかないからな。
「勇者様が発たれたあと、私とメルヴィナも続きます」
「いや、俺とロスヴィータで充分だよ。二人は来なくても大丈夫」
「戦いには参加しません。お邪魔になりますので。ただ、敵の姿や特徴を見て、今後の参考にさせてください」
それくらいなら、まあいいか。二人は騎士だ。真正面から戦うんじゃなきゃ、死にはしないだろう。
でも、
「絶対に無茶はしないでくれよ」
「はいっ」
念押しはしておかないといけない。アーサもメルヴィナも傷つけさせるわけにはいかないからな。
「勇者様、そろそろご準備を」
魔法使いの隊長さんが、確認してくる。
大丈夫、準備はもうできてる。いつでも奴らを狩りに行ける。
そう思うと、自然と感覚が鋭くなっていった。空気の流れを感じる。みんなの呼吸音が分かる。勇者の剣は、いつでも抜ける。
魔法陣の光が強くなってきた。そろそろ転移のお時間だ。
「それじゃ」
お先に、という前に転移は始まった。
視界が真っ白になる。地に足が付かず、ふわふわと漂う感覚がある。
「お? おお?」
ロスヴィータの奴は、初めての転移に驚いていた。ちなみに、俺は一応、転移経験者。
光は、一分ほどで消える。次に目に映るのは、先ほどよりも狭い部屋。
魔法使いが何人か倒れている。おそらく、この人たちが転移魔法担当者なんだろう。
「ゆ、勇者様ですか?」
肩で息をしている兵士が、俺に問いかけてくる。
もちろんうなずいた。
「敵は?」
「鉱山から、街へ侵入されました。警備兵で迎撃しておりましたが、既にほとんどが戦闘不能です……」
嫌な思い出がよみがえる。口の中が苦くなる。
「案内せい!」
歯を食いしばっている俺の代わりに、ロスヴィータが言ってくれた。
兵士は、辛いであろう体に鞭打って、俺たちを外へと案内してくれた。
魔法陣のある砦は、鉱山都市の入り口にあった。外に出ると、住民だろう、人々がこちらに向かってくる。
遠くから、甲高い雄たけびが聞こえてくる。
間違いなくアイツらだ。
「後は任せろ」
それだけ言い残して、俺はロスヴィータを左脇に担ぐ。こいつは俺の脚に付いてこられないからな。
「おい! 少しは加減せんか!」
そんな余裕あるかよ。
人々の隙間を縫う、ではなく、一気に頭上を飛び越えて俺は急いだ。
鉱山都市は、山にへばりつくような形をしていた。三角形の街を山に張り付けたとでもいう感じか。
雄たけびは、そんな街の中央付近から聞こえて来た。坂の上にある、ちょっとした広場のあたりになる。
まだ、戦いの喧騒が聞こえる。兵士も全滅してるってわけじゃないらしい。
剣を抜いて、俺は脚に力をこめた。五十メートルはあった坂を、六歩で駆けた。
早く、敵を倒さないと。
たどり着いた広場には、予想通りにバグどもがいた。
数は四。三つは俺が街道で片付けたのと同じ形、もう一つは二メートルくらいの魚に羽を付けたような形をしていた。
『名称未設定・Lv67』が三匹と『名称未設定・Lv72』が一匹。やっぱりこの前のより強いのがいたか。
広場の隅に、ロスヴィータを置く。
「援護、頼むぞ。ただし街は壊すな」
「うぐぐ、任せておけぃ」
目を回す一歩手前みたいなロスヴィータに指示して、俺は見覚えのある三匹の方にまず向かった。
長槍を持った兵士たちより前へ出る。バグの中で一番手前にいたやつに問答無用で斬りかかった。
「お前たちは下がれ!」
兵士たちは、俺の登場に驚いている。反応が鈍い。
「とにかく逃げろ!」
長々と説明もしていられない。俺は目の前の一匹を横薙ぎで切り払おうとしたが、
「ちっ」
浅い。両断できなかった。兵士たちに声をかけたのがあだとなったか、逃げられた。
悲鳴を上げる一匹を、同じ形に二匹がフォローに入る。かぎ爪みたいな四本脚で、襲い掛かって来た。
捕まったら、一瞬でバラバラだろうな。
俺は左に跳ぶ。そのついでに、片方の脚の何本かを斬り捨ててやった。
悲鳴が二つになる。どこから声を出しているんだか知らないが、耳障りだ。
左に富んだ俺は、石畳を削りながら勢いを殺す。速度を殺せるかどうかってところで、また踏ん張って跳び出した。
目標は、一番最初に斬ったヤツ。二匹の後ろに隠されるようにいたソイツの上から、思いっきり剣を振り下ろした。
今度こそ、仕留めた。手ごたえを感じ、気配が消えるのを確認してからまた動く。
「鋭利鮮血刃!」
ロスヴィータの紅い魔法が、脚無しの方を切り裂く。俺はそれに合わせて万全な方を斬り捨てた。
どちらもが、煙のように消える。残りは、一匹。
俺は空を見上げた。空は灰色。その中を泳ぐように、魚型のヤツがいた。
こいつが『名称未設定・Lv72』。初めて見る形だ。何をしでかしてくるか……。
魚型はしばらくこっちの様子など知らないかのように泳いでいた。跳んで届かない高さではないが、下手に近づいて叩き落されるわけにもいかない。
「ロスヴィータ!」
「言われずともっ!」
俺の声に合わせて、ロスヴィータが魔法を放つ。紅い刃が、魚型に襲い掛かる。
これにあたって落ちてくれればいいんだけどな!
だが、そう上手くはいかなかった。魚型は、本当に魚みたいにするりと刃を避けた。
そればかりか、口らしき部位をロスヴィータに向けて白い光を吐きやがった。
どう見ても殺す気しかない光がロスヴィータを撃ち抜く直前、俺はなんとか、か細い体を抱きかかえることができた。
「きゃうっ!?」
制動無視のひとっ跳び。俺はロスヴィータを横から抱いたまま、何かの店の中に跳びこんでしまった。
上から商品が落ちてくる。そいつらをかき分けて、俺はすぐさま、また外に。
店の中にいたんじゃ、また狙ってくださいなんて言っているようなもんだ。
魚型は、まだ空を泳いでいた。降りてこようとはしない。たぶん、跳びあがっても逃げられるな。
引っ張り上げたロスヴィータは気絶していた。まあ、無茶な勢いで跳んで抱きしめたからな。子供の体じゃ辛いだろう。
さて、と改めて周囲を見渡す。
俺の声はちゃんと聞こえたらしい。兵士は、動ける奴に限るが、逃げていってくれたようだ。
とはいえ、武器を持っていく余裕はなかったか。槍がそこら中に落ちている。
相手が降りてこないなら、この方法しかないか。俺は落ちている槍を掴むと、魚型に向けて投げつけた。
何本か投げたが、当たらない。
あんなにスルスルと動かれちゃやりづらい。あっちも動いている間は攻撃してこないが。
にらみ合いなんてしている場合じゃないんだけどな。横たわっている兵士の中にも、生きている奴がいる。助けてやりたい。
何本か槍を拾い上げながら、相手の様子をうかがう。隙が出来たら、すぐさま投げつけてやる。
俺が攻めあぐねていると、視界の端に、何やら動くものがあった。
「ん?」
アーサとメルヴィナだった。
そういえば、付いてくる予定だったな。バグの姿を見るとかで。
味方の登場だが、申し訳ないことに、嬉しい援軍ではない。あの二人では、魚型に攻撃ができない。
そもそも、戦うなって言ってある。物陰から観察するくらいにしてもらおう。
「ぐ、むぅ……」
「起きたか?」
「む、我はどうなった? まだ生きておるのか?」
「一応な」
にらみ合っているうちに、ロスヴィータが起きてくれた。二人なら、なんとかなるか。
「えぇい、忌々しい。魚風情が、焼き払ってくれる」
「範囲魔法はやめとけよ。まだ生きてる奴がいる。巻き込むからな」
「ふん、甘いことだ。正義のためならば死ねるのではないのか、人間は?」
「そういうのは、あんまりいねぇよ」
勇者のパーティにすら、そんな酔狂な奴はいなかった。
「それで、状況は?」
「にらみ合いの最中だよ。攻撃が当たらねえ」
俺が槍を投げると、魚型はやはり避けた。
「なるほどな。このままでは無駄な時間が過ぎるだけだ。我がおとりになってやる。一気に仕留めよ」
……魔王様には似合わないセリフだな。
「どうせ、我の魔法では大したダメージにならん。まだ貴様の投げる槍の方が威力がある」
「しおらしいな」
「たわけ。我は最善の方法を考えただけだ」
こっちに文句を言うと、ロスヴィータはすぐに魔法の詠唱を始めた。これ以上は問答無用らしい。
ちょっと心苦しいが、ロスヴィータの案に乗るしかなさそうだ。
魔法の発動直前になって、俺は駆け出した。
魚型が動く、狙いはやはり、おとりの方。口から光があふれだす。
動きが止まったのを見て、俺は槍を投げた。しかし、
「!?」
魚型のヤロウ、いきなり俺の方を向きやがった。
紅い魔法が魚型に当たるが、ほとんど効かなかったのか揺るぎもしない。光が打ち出され、槍が消し飛ぶ。
「こんのっ!」
強引に体を捻る。このまま走ったところで、胸を貫かれたら終わりだ。
残りの槍を全部投るが、体勢の整わない状態からではかすりもしなかった。
ならば。
俺は勇者の剣を抜いた。足を止め、魚型をにらみつける。
腕の一本くらいなら、くれてやる。
急制動し、貫く勢いで石畳を踏む。抜いた剣を右の逆手で持って、全力で投げつけた。
直後、左半身に痛みが走った。肩に熱と衝撃を感じて吹っ飛ばされる。
吹っ飛ばされる直前、剣が魚型の頭に突き刺さるのが見えた。
俺の勝ちだ。
地面に叩きつけられる。肺から空気が絞り出される。とにかく左の肩が痛え。
「が、あっ!」
勇者の体でも、こんなに痛むのかよ。レベル99だぞ、こちとらは。
うらだかボスだか知らないが、こんな化け物を作るんじゃねえよ、カミサマ。
何とか空気を吸い込んで、俺は咳き込んだ。咳を一回するごとに、激痛が走る。
あお向けて倒れ込んで、俺は左肩の様子を見た。
見事に焦げている。真っ黒だ。しかもかなり抉れている。
だが、なんとか腕はつながっていた。ちぎられずにすんだか。
「アシュレイ!」
「アシュレイ様!」
ロスヴィータと、アーサたちが駆け寄って来た。
おーう、一応生きてるぞー。
「ちぃっ、無茶をしおって」
すぐさまロスヴィータが治癒魔法をかけてくれた。痛みが徐々に引いていく。
「治癒薬があります。お使いください!」
アーサも、肩に薬をかけてくれた。荒かった呼吸が、なんとか整うくらいには落ち着いてきた。
「メルヴィナ、先に戻って魔導治療班の準備をさせておいて!」
敬礼する暇も惜しんで、メルヴィナが走っていく。
「動くなよ。我がよいというまで動くな」
了解。どうせ、無理に動かした体はすぐには動きはしないけどな。
あんな動き、勇者の体じゃなきゃできなかった。一般人がやったら、筋肉がちぎれて骨が砕けていただろう。
「ふん、装備に救われたな。どこで手に入れたかは知らぬが、上等な魔法付与がされておる。これがなければ首まで焦げておったわ」
そうか。また勇者パーティのみんなに感謝しないとな。遊び人だった俺なんかのために、良い装備をくれるなんて。
「よし、応急処置はできた。これで腕が取れることはあるまい」
「でしたら、後は魔導治療班にお任せください。王都なら、このケガも治せます」
「では任せる。この馬鹿者を運んでおけ。我は勇者の剣を拾ってくる」
失礼します、と言って、アーサが俺の肩を支えてくれた。美人の顔が真横に並び……、残念ながら、今の俺にはそれを楽しむ余裕はない。
これから、どれだけのバグと戦うのか。そのたびに、俺は死にかけるのか。
不思議と、死への恐怖感はない。たぶん、勇者というジョブのおかげだろう。心が補強されているんだ。
ただ、俺が死ぬと、カミサマとの約束が果たされない。それだけはあってはならない。
死への恐怖より、約束への不安の方が大きいな。
これからは、もっと自分を鍛えないと。コマ遊びなんてやってる場合じゃないわ。
遠くから、生き残りだろう兵士がやってくる。担架を持っていると分かった時には、もう乗せられていた。
いかん、注意力が無くなって来た。意識が……。
ホント、こんな風になる前に、もっとスキルでも覚えなきゃ、な。




