11:会議……会議?
「えーっと、それじゃあ、会議ってことで」
気を取り直して、俺は王国の地図を見る。
「まあ、会議って言っても、そう難しい話じゃないんだ。みんなには、主に情報収集をお願いしたくて」
「……」
「俺が探しているのは、バグっていう化け物。魔物とは違って、生物というよりも機械みたいな姿をしている」
「……」
「この前俺が出遭ったので言うと、白い羽を生やした丸くて四つ足の怪物だった。他には、くず鉄を無理やりくっつけたみたいなのとか、人形を雑に組み合わせたのとか」
「……」
やりづれー! みんな真面目に話聞いてる、静かに俺の方見てる! 真面目なのは嬉しいけど、無言のプレシャーがある!
ま、まあ、騎士団のみんなからすれば、勇者の言う指令? 命令? そんな感じのものなんだろうけど、俺、真面目な空気って苦手よ!?
でも、ここで笑いを取ろうとしても、確実にスベる。間違いなくスベる!
「えー……、問題は、こいつらがいつどこに出てくるのかが分からないところなんだ。出てくる方法は、ちょっと説明しづらいな。目の前が裂けるイメージ、って言って分かる?」
ちょっとしたどよめきが。まあ、目の前が裂けたことなんて、普通はないよね。イメージできないよね。
「勇者様、質問してもよろしいでしょうか!?」
豪傑、メルヴィナが手を上げる。
「どうぞ」
「ありがとうございます! 勇者様の仰る、裂ける、というのは転移魔法とは違うのでしょうか?」
残念ながら、違う。
転移魔法っていうのは、しっかりとした跡が残る。具体的に言うなら、魔法陣。
転移なんていうけど、そう簡単なものじゃあない。願えばあちこち飛んでいける、なんて便利さはない。
今いるところは別に、行きたいところにも魔法陣がないといけない。その二つを膨大な魔力で繋いで、やっと完成する。
しかし、そんな労力に見合わず、転移できるのは人間で言えば一人か二人。魔法を使った者は、軽く三日はぶっ倒れるだろう。
王国の重要拠点には転移魔法専用の魔法使いがいるらしい。王城にも詰めている。その仕事は主に連絡である。
俺の仲間、大賢者・ローレンスでも転移魔法は数えるくらいしか使ったことがない。いつも、使った後は酷く青い顔をして辛そうだった。
「奴らは、なんの前触れもなく現れるんだ。しかもどこにでも。ついこの前倒した奴は、王都へ続く街道に出てきた。街道が安全なのは、俺よりもみんなの方がよく知っていると思う」
どよめきが大きくなる。街道、しかも王都へ直接いけるような道は、定期的に魔物や盗賊の討伐を行っている。一般人には、スライム一匹ですら脅威になるからな。駆除は念入りにやっている。
そんな場所に、いきなり出てくるんだ。もうあれは、魔物とか化け物の範疇じゃない。災害って言った方が正しいかもしれない。
「それでもって、奴らは強い。下手をしたら、勇者でもやられる」
実際、やられた場面を思い出す。苦い、苦すぎる光景だった。
「だから、ユニコーン騎士団のみんなには情報集めにだけ、専念してもらいたい。アーサに聞いたけど、みんなはそこいらの魔物よりも強いらしいね」
ならば、王国中を駆け回っても安心だ。魔物よりも強いなら、任務の道中で苦戦することもないだろうし。
「逆に言えば、みんなでも手に負えない変なのが出てきたら、俺にすぐさま教えて欲しい。戦わずに、逃げてくれ。俺が倒さないといけない」
頼む、と頭を下げる。
「騎士に向かって戦うな、とは。なかなか酷なことを仰いますね、勇者様は」
言ったのは、メルヴィナだった。
「アタシはしがない貴族の出ですけど、この仕事には誇りを持ってます。戦えって言ってくれれば、死ぬまで戦いますよ」
「死んでほしくはないからね」
「だから、戦わずに逃げろと?」
「そうだ」
バグとの戦いは、俺の戦いだ。誰にも傷ついて欲しくない。例え、騎士のみんなにプライドを捨ててもらっても、だ。
「いいでしょう」
メルヴィナはあっさりと認めてくれた。
俺はここからプライド云々に関しての論争になるかと思ったんだが……。
ああ、いや、分かってくれたならありがたい。
「では、もう一つお伺いしたいことがあります」
ん? なんだろう。バグについてならいくらでも話すけど。
また俺のレベルとかかな。みんなの前だと誤魔化しづらい。ここまできたら、素直に99だって言うか?
でも、レベル99でーす、なんて言っても信じてもらえるかどうか。99は伝説みたいなもんだからなあ。
ともあれ、聞かれたことには、真摯に答えよう。
「ウチの団長は、どうですかね?」
どう? どうってなによ?
「結構、良い物件だと思うんですが」
良い? ああ、やっぱりレベルの話かな。
「メルヴィナ、何を言っている!」
赤い顔でアーサが怒ってる。
まあ、アーサにはもう戦うなって何度も言ってるからなあ。レベル48でも奴らの相手は無理だよ。
「難しいと思う」
うん、正直に言おう。
「んなっ!?」
って、今度はアーサの顔が青くなった。
えっ、そんなにショック受けるとこ? いやまあ、みんなの前で言うのはちょっとデリカシーなかったか。
「ごめん、アーサ」
「い、いえ、大丈夫、です……」
フォローしても、アーサの顔色は優れない。
メルヴィナも渋い顔をしている。
だけど、下手なことを言って、戦う気にでもなられたら困る。ダメなものはダメとはっきり言う必要があるんだ。
「マーキュリー家のご令嬢ですよ?」
生まれは関係ない。むしろ、良いところに生まれているんなら、なおのこと命は大切にしないと。
「弱冠十九歳でユニコーン騎士団の団長。容姿端麗、文武両道、これ以上ないってくらいの好物件なのに?」
「うん」
「団長、結構メリハリあるんですよ? ほら、体形の維持にもさりげなく気を使ってますし」
「いや、体形の問題じゃなくて」
なくて……。え?
「メルヴィナ、もう、止めろ」
「……すいませんね、団長」
えー、あー。あれー、何か致命的な勘違いしてない、俺?
縮こまっちゃったアーサに、バツが悪そうなメルヴィナ。他の隊長たちも、非難の目を俺に。
あー、うん、ごめん。俺、遊び人すら失格だわ。
レベルの話じゃないのね。そういう話だったのね。
今更なんて言ったらいいの? なんか俺、無自覚にトドメまで刺したっぽいよね? ごめんね、とか言っちゃったよね。
あっれー、もっとこういう話題には敏感だったはずなんだけどなー勇者になっちゃったせいかなーラザフォードもこういう話には鈍感だったからねー。
武闘家・チャドがいたら、間違いなく爆笑してるわ。戦士・シェリンガムがいたら、間違いなく殴られてるわ。
遊び人時代の俺がいたら、この場の空気を和ませるのにジョークを百は考えてたね。
「……やっぱり、アリって言うの、ダメ?」
「やっぱり?」
メルヴィナの視線が痛-い。
「ええっと、勘違いをしてまして。ほら、真面目な話の最中だったでしょ? だから、流れ読めてなくて」
「ほおう?」
俺の勘違いに感づいたらしいメルヴィナが、ニヤニヤと笑い出した。
ていうか、あの話の流れからして、なんでアーサのことを言うのよ。
ずるくない? さりげない話題の転換、ずるくない?
いや、そういう意味なら、アーサは充分にアリですよ。むしろ、こっちからお願いするわ。土下座して頼むわ。
「では、勇者様、どうぞご訂正を」
はい、分かりました。
「アーサは魅力的な女性だと思います」
はーい、言いましたー。だから許してくださーい。
「アシュレイ様、何を!?」
「ほほう、やはり勇者様もお目が高い」
また真っ赤になったアーサと、目を光らせるメルヴィナ。他の隊長たちも黄色い声を上げだした。
やめてーよしてー恥ずかしいー。
いや、ホント、ロスヴィータがいなくてよかった。こんな話してたら魔法が雨あられと降ってきてたに違いない。
「ちなみに、どのあたりが良いよ思われますか?」
「い、いい加減にしろメルヴィナ! 今はそんな話をしている場合ではないだろう!?」
「髪、良いよね。サラサラとしてて綺麗だし。顔は言うまでもないし」
略式正装の上からでも、メリハリのわかる体形が魅力的でもあります。
「あっはっは!」
「アシュレイ様!」
メルヴィナは俺の答えに満足したらしい。アーサは……、ゴメン、なんか、ゴメン。
「良いでしょう、いくらでも逃げますよ! こんな面白いお二人を放って死ぬわけにはいきませんからね!」
こういう納得の仕方するかなー、普通。いやまあ、これで言う通りに逃げてくれるんならいいけどね?
あー、恥ずかしい、情けない。こんな簡単なことに気づけないなんて。
元・遊び人の名が泣くわ。
とにかく、俺はゴホンと咳払い。緩んでしまった空気を引き締め直す。
アーサがどれだけ可愛いかは後で聞くとして、今は真面目な話の最中なんだから。
「話の流れはともかく、とりあえず、こんなところだ。情報を集める方法は、申し訳ないけどみんなに任せるしかない。効率的な情報収集の方法を俺は知らなくて」
ふむ、とメルヴィナが唸る。
「懸賞金でも出しますか?」
「いや、それだと余計に被害が出そうだ。ほら、欲に駆られた冒険者が無理しそう」
「ですが、どこに出るかも分からない化け物となると、探す方法が無いですよ。王国中の兵士を動員しても、手が足りません」
んー、そうだよねえ。
あのカミサマってのが言うには、バグ潰しに何千年とかかっているらしい。あとちょっととか言ってもいたけど、それでもどれだけ残っているのやら。
受け身になるのはどうしようもないけど、なるべく被害の少ない方向でいきたい。
そういえば、国王陛下はギルドにも伝えてくれるって言ってたっけ。
ギルドっていっても、この国にはいくつか種類がある。
一般的なのは、商人たちが情報交換や資金繰り、保険とかいう仕組みを作っている商人ギルド。
魔法使いたちが技術交換や徒弟制度のために作った魔導ギルド。
そして、冒険者がクエストという依頼を受けるために作った、冒険者ギルド。
裏の世界の話をすれば、盗賊とか、暗殺者とか色々あるらしけど、そっちはさすがに話が通らないだろう。
この中で一番頼りになりそうなのは、商人ギルドかな。商人は仕事柄あちこち行くし、危険には敏感だ。
魔導ギルドは自分たちの力を磨くことしか考えていないし、冒険者も利益優先だから期待できない。冒険者の方は、さっきメルヴィナが言った懸賞金でいくらでも動きそうではあるけれど。
「なあ、アーサ。ギルドから上がってくる情報をまとめるとか、できるかな? とりあえず考えているのは商人ギルドなんだけど」
「可能だと思います」
おう、打てば響くような返事がきた。
「商人ギルドからは、たびたび魔物や盗賊の討伐依頼が来ます。バグというものが危険なモノならば、必ず話題になるはずです。それらまとめ、精査すれば手掛かりにはなるかと」
「人手、足りそう?」
「お任せください。我々は剣を握るだけが仕事ではありませんので。まあ、メルヴィナには無理でしょうが」
「あっはっは、確かにアタシは事務仕事は苦手だなあ」
笑い飛ばすあたり、メルヴィナの方が一枚上手だな。
アーサは不満そう。意趣返しのつもりだったんだろうな。
仲がいいなあ、この二人。さすが、団長と副団長だ。
「じゃあ、お願いするよ」
王国中を駆け回ってもらうよりは、まだ現実的な方法だよな。悠長ではあるけれど。
どこにバグが出るかが分かれば、すぐに行くんだけどなあ。カミサマの言ってた、デバッガー、とかいうのは名札以外に特別な能力を持たないんだろうか。
今のままじゃ、俺はただ強いだけ。敵がいなけりゃ、勇者の力も使いようがない。腰に差した勇者の剣が泣くね。
俺の心には焦りがある。すぐに敵を倒して、みんなを助けたいって思いがある。
でも、これから先の話は長そうだ。一年、二年程度じゃ終わらないかもな。それでも俺は、止める気はないけど。
忘れずに心に刻んである、仲間たちとの思い出は。これをまた取り戻すために、俺は色んなものと戦わなきゃいけないんだ。
「あまりはっきりとしない会議でゴメンね。今日は、これくらいしか議題が無いや。以後、解散ってことで」
俺が話を終えると、隊長たちは敬礼して会議室から出ていった。
メルヴィナはアーサに何か耳打ちして……。あ。アーサが怒ってる。たぶんろくなことじゃなかったんだな。
さて、と。俺はどうしようかな。情報集めっていっても、一日二日じゃ集まらないだろうし、しばらくは自宅待機だろうか。
家にいるとロスヴィータがうるさそうだ。あいつも早く魔王に戻りたいだろうし、とっととバグ退治を終わらせたいだろうし。
帰り際、冒険者ギルドにでも寄ってみようか。手掛かりとはいかなくても、世界情勢くらいは分かるかもしれない。
魔王が倒されてから、もう一年経っているらしいし、世界は今どうなっているのだろう。
俺たちが魔王討伐の旅をしていた時は、魔物狩りのクエストなんかが盛んだった。だから、冒険者といえば荒事専門、という印象が定着していた。
今なら、もうちょっと気楽なクエストがあるのかな? それの確認も含めて、行ってみよう。
「あの、アシュレイ様」
ん? 部屋を出ようとしたら、アーサに呼び止められた。
「これから、どちらに向かわれる予定でしょうか?」
アーサの顔は、まだ赤い。まだ、俺の発言が効いているみたいだ。
あの場で言うようなことじゃなかったことは分かってるけどね。でも、場を和ますためにはね。仕方なかったよね?
実際、アーサのことは嫌いではないし、美人だとも思っているし。嘘は言ってない。場合が場合なら、ちょっと食事に誘うくらいはしたい。
「冒険者ギルドでものぞいてみるよ」
冷やかす程度にしかならないとは分かっているけど。
行き先を告げると、アーサの顔が曇った。
「冒険者ギルドはお止めになった方がいいかと思います」
「あれ。何か問題ある?」
「はい。アシュレイ様のお顔は、広く知れ渡っています。特に冒険者たちには」
なんでだろう?
「一年前、魔王が倒されたという知らせがもたらされ時、お戻りにならないアシュレイ様を探すため、各地の冒険者ギルドに勇者捜索のクエストが出されました。それで……」
「有名人になったわけね」
「はい」
そうだった。この世界では、俺が魔王を倒したことになっている。王都に入るときだって、人相書きで確認されたじゃないか。
まだ、勇者だという自覚が足りないな。屯所に来るまではアーサと一緒だったから気づかれなかったんだろうけど、俺は救国の英雄なんだった。
しかし、そうなると俺は下手に出歩けないのか。この前買い物に出た時は、特に何もなかったから、気にしていなかった。
意識したら、動きづらくなったな。
「王都の民にも、遠からぬうちにアシュレイ様のことは知れ渡るものかと。勇者帰還の報は、既に出されておりますので」
これからは、市場に行くのも苦労するのか。果物屋のおばちゃんとか、立ち話して結構仲良くなったのにな。
と、なると、これからの生活はどうしようか。いくら勇者でも、飲まず食わずじゃ生きてはいけないぞ。
「ですので、アシュレイ様。騎士団の者をお使いください」
「ユニコーン騎士団の人を?」
「そうです。この騎士団は、もうアシュレイ様のものです。いかようにでも、お使いいただけます」
いや、さすがにそれはやりすぎではなかろうか。ちょっと食材買いに行くのに、騎士団の人を使っちゃダメでしょ。おつりはお小遣いにでもするのか。
「でなければ、その、こちらに移り住まれるのもよろしい、かと」
こちら? って、ここに?
いやいやいや、それはもっとマズイでしょ。騎士団の屯所とはいえ、ここ、女性しかいないじゃないの。
それに、あれだ。
「あー、仲間が問題じゃないかな? ほら、ロスヴィータ、色々うるさいし」
「でしたら、お仲間は今のお住まいに残してしまわれればよいのでは?」
「あれを、一人で?」
「はい。いかがでしょう?」
あいつを一人でかー。間違いなく厄介ごと起こすねー。
そもそもあいつ、自活できないもの。買い物には行かないし、洗濯の仕方も知らないし、食事も作ろうとしないし、今日だって皿すら洗おうとしないからな。
魔王の時の価値観抜けてないんだよな。だから、あいつを一人にしたら、餓死されそうだ。
一応、ロスヴィータは俺の唯一のパーティメンバーだ。恨み言を言われるのには慣れたけど、餓死までされたら寝覚めが悪い。
アーサとしては、たぶん、俺に移って来て欲しいんだろうなあ。でも、ロスヴィータは放っておけないし、ああかといって、俺は買い物にも行けなくなるし。
これも勇者の責任ってやつなんだろうか。有名税とでも言えばいいのか。
どこかで妥協点を見つけないと、アーサも引き下がりそうにないな。本人は隠そうとしてるつもりかもしれないけど、説得には熱が入っている。
そうなると、だ。
「……それなら、使用人を雇おうか」
「えっ?」
ふところは痛むが、それしかない気がする。国王陛下から貰った軍資金には余裕があるし、一人くらいなら雇えるかもしれない。
「で、ですが、アシュレイ様、誰とも分からぬ者を雇い入れるのは危険ですっ」
「じゃあ、陛下にお願いして誰か紹介してもらおう」
「陛下にですかっ?」
それなら、信用できる人を紹介してもらえるし。……アーサとしては、引き下がるしかないだろうし。
向けられた好意を受け流すようなことはしたくないけれど、ここはごめんなさいするしかない。
「……分かりました。陛下への進言は私からしておきます」
「ゴメンね」
「いえ、アシュレイ様が仰るなら、構いません」
なんとも心苦しい。遊び人時代には感じたことのない葛藤だ。遊び人だったら、すぐに屯所暮らしを始めたんだろうなあ。
まあ、遊び人だったら誘われるどころか、アーサに会うこともできなかったけどね。
こう言うと罰が当たるだろうけど、勇者って不便だな。ラザフォード、お前のこと本当に尊敬するよ。




