お引越し
数ヶ月後……
いよいよ今日は、購入した店舗付き住宅への引っ越しの日。
遥は朝から大忙しだ。
建坪約20坪、小さな2階建の中古物件だが、
みんなの夢の詰まったお城を手に入れた。
1階の前方が店舗、その奥と2階が居住スペースになっている。
お店のデザインは、翔が大方担当した。
建築家志望の彼は、アルバイトで学費を稼ぎつつ、
設計やデザインについて大学で学んでいる。
オープンキッチンに面して、カウンターを設置し、
4人掛けのテーブル席を3つ用意した。
カウンター席とテーブル席を合わせて、
15人くらいは、お客さんが座れるようになっている。
シンプルだが、温もりのある可愛らしい店内に仕上がった。
引っ越しの手伝いに、優介と、藤井親子も駆けつけてくれた。
何かと力仕事の多い作業で大助かりだ。
いつもはギクシャクしている藤井親子が、
今日は息ピッタリで作業している。
遥も他のみんなも、せっせと体を動かしていた。
トラックからダンボールを運び出していた遥は、ふと視線を感じ、
そちらへ目をやった。
視線の先では、大きなカラスがジッと様子を伺っていた。
「わっ‼︎デッカいカラス!」
遥が大声をあげると、詩織が反応してこちらを見た。
『どこ?』
「ほら、そこのフェンスの上!」
『あっ!カースケ‼︎』
詩織は嬉しそうに声をあげた。
「カースケ?詩織ちゃん、あのカラス知ってるの?」
『うん。私の友達なんだよ!』
「へー……」
玲子から聞いていた『喋るカラス』はこいつの事か……
遥はそう思って、しみじみカラスを見つめた。
胸に白いブーメラン型の模様があり、他のカラスより一回り大きいカラス。
詩織に『友達』と紹介されたせいか、不思議と嫌な感じはしなかった。
詩織がカラスに近づいて何か話し始めた。
『私、今日からここに住むんだよ』
「知ってるよ」
カースケが答えた。
『カースケは何でも知ってるね』
「家族が増えたんだなぁ。賑やかになって良かったじゃん」
『うん。でもカースケも時々遊びに来てね。アジフライあげるから』
「気が向いたらな」
そう言うとカースケはどこかへ飛んで行ってしまった。
ほんの数分のやりとりだっただろう。
遥はその様子を見守っていた。
自分達には見せたことのないような笑顔で、カラスに接している
詩織は、本当に友達と話しているように見えた。
****
日が暮れる頃、概ね片付いたところで、近所の蕎麦屋から出前を取ろうという事になった。
『待ってました!俺、大盛りね。天ぷらも付けて!』
いつも腹ペコの優介が大声で言った。
『せっかく動いて消費した分、また食うのかよ?』
翼が突っ込みを入れる。
『俺が痩せたらキャラ変わっちゃうだろ?
癒し系ポッチャリ男子』
そう言いながら優介がお腹をさすって見せた。
みんな大笑いした。
届いた蕎麦をみんなで食べていると、詩織がモジモジして、
しきりに玲子に何か言っている。
「詩織ちゃん、どうしたの?」
気にして遥が声をかけると、
玲子が答えた。
『この子ったら、さっきから、今日はアジフライはないのかって
しつこくて……』
「あら、詩織ちゃんはアジフライが好きなの?なかなか渋いね」
遥が言うと、
『違うんです。カラスにあげるつもりなんですよ。
すみません。気にしないでください』
玲子が申し訳なさそうに言った。
「そうか!昼間来てた友達のね?カースケだっけ?あの子は
アジフライが好きなのね」
詩織は遥の方を見て嬉しそうに頷いた。
『え?あのカラス、ここに来てたんですか?』
玲子が明らかに嫌そうな顔をした。
『私に会いに来てくれたんだもん』
詩織が言うと、玲子がため息をついた。
「よし!明日作ってあげるよ。だから今日は我慢してもらって」
遥が言うと、安心したように詩織が頷いた。
そう!全部明日からスタートだ!
付い先日まで、ただのパートのおばちゃんだった遥。
玲子達が現れた事によって、ここ1ヶ月程の予定が目まぐるしく変わった。
何はともあれ、お店のオープンに向けて行動を開始させねば!
****
翌日、遥と玲子はそれぞれの部屋で荷ほどきをした。
1階の奥のスペースを玲子達が、2階を遥達が使う事になった。
夕飯は約束していたアジフライを遥が用意した。
幼稚園から帰った詩織は大喜びだった。
翔はバイトで遅くなると連絡があったため、翼の帰宅を待って
夕飯になった。
詩織は遥の目を見ながら『これあげてもいい?』と聞いた。
遥が頷くと、詩織はアジフライを1匹持ってベランダへダッシュした。
なぜかクロも付いて行った。
相変わらず心配そうな玲子に、
「少し好きにさせてみましょう」
と遥が提案した。
遥は、本当にカースケがベランダへやって来るのか、見たい気もしていた。
数分後、クロが空を見上げて『ウーー……』
と唸るのとほぼ同時に、カースケが現れた。
カースケはベランダに止まると、クロに話しかけた。
「俺も黒いけど、お前も黒いなぁ」
『似てるのは色だけじゃないでしょ?』
クロがカースケに向かって言った。
『そうか!2人とも人間の言葉を喋れるもんね!』
詩織が言うと、
クロが「シー!」とたしなめた。
詩織が笑った。
カースケにアジフライを差し出すと、
『いつも悪いな』と言いつつ、嘴で受け取った。
「いいなあ。たまには揚げ物もたべたいな。カリカリご飯ばっか、
ちょっと飽きるよね」
クロがそう言うと、
『お前、贅沢だなー。俺に比べたらいいご身分じゃないか』
何だかよく意味は分からないが、
『そうだ!いいごみぶんだ!』
と、詩織もカースケに賛同した。
異様に盛り上がっているベランダの様子を耳にしながら、
食卓の遥、玲子、翼は互いの顔を見て微笑んだ。
3人?いや、1人と1匹と1羽が、ちゃんと会話しているように聞こえたから……
『なんか面白いね。動画撮ってネットにあげちゃおうかな』
翼が言うと、
「やめなさい‼︎」
『やめて!』
2人の母が同時に翼を叱りつけた。




