常連客
翌日の夕方……
遥が総菜屋で店じまいの支度をしていると、1人の男性客がやって来た。
最近しばしば見かける客だった。
いつもスーツ姿で、品の良い、いかにも硬い職業についていそうな男だった。
この客、来ると必ず買っていくのは、切り干し大根の煮物。
これは毎回遥が作っている物だった。
今日も切り干し大根の煮物を眺めている。
遥が笑顔で声をかけた。
「いつもありがとうございます。それ、私が作ってるんですよ」
男性客が少し驚いたような顔で答える。
『ああ。あの、ここの切り干し大根 美味しいですよね。
息子も好きでね、寄れる時は買って帰るんです』
「へえ。息子さんがいらっしゃるんですね?」
『ええ。高1の子がね……いやあ……あの年頃の子は難しい。
手を焼いてます』
「あら!高1なら、うちの次男坊と同じ年です。ちなみに
どこの学校に通ってらっしゃるんですか?」
男性客が答えると、遥が目を丸くした。
学校もクラスも同じだったからだ。
「お名前聞いてもいいですか?」
遥が言うと、
『藤井です。息子は修二で、わたしは圭一と言います』
「修二君の⁉︎あの、いつも翼がお世話になってます!」
遥がニコニコと挨拶した。
遥はこの客に、息子の名前を聞いたつもりだったが、思わず自分まで名乗った
父親が何だかおかしくて、余計にニコニコしてしまった。
『ああ、翼君の⁉︎いやあ、こりゃビックリだ世間って狭いですね?
何だか、修二がしょっ中、食事をご馳走していただいてるみたいで、
申し訳ないです』
「そんな事ないですよ。ついでなんで。我が家の食卓は
誰が座ってもいいんです。誰かの美味しいって顔は、私の生きる活力なんです!」
『すみません。奥さん!』
「あら。私、奥さんじゃありませんよ。バツイチなんで。
天海 遥と申します。改めてよろしくお願いします!」
『ああ……失礼しました。えっと、こちらこそ……
天海さん』
「遥でいいですよ!ところで、私、近いうちにここをやめる予定なんですが、
良かったらお父さんも、修二君と一緒にウチへご飯食べに来ませんか?」
『遥さん、辞めてしまうんですね……残念です。
わたしまで、お邪魔してもいいんでしょうか?』
「もちろんです!今度のお休みにでもいかがですか?」
『息子と相談してみます。今日も切り干し大根ください!
あと唐揚げも』
「毎度ありがとうございます!」
圭一は、大事そうに2人分の惣菜を抱いて帰って行った。
***
日曜日……
早速、藤井親子がやって来た。
「いらっしゃい!狭いですけどどうぞ」
遥が笑顔で出迎えた。
今夜は遥の得意な大葉の入った餃子を用意した。
ニンニクやニラの代わりに、大葉と生姜をたっぷり使った餃子は、
さっぱりしていて、幾つでも食べられると家族内で大評判のメニューだ。
あとは藤井家が気に入ってくれている、切り干し大根の煮物も作った。
「今夜は餃子祭りだよ!」
遥の声に翔、翼、修二は
「「「よっしゃーーーー!!!」」」と叫んだ。
テーブルの上にホットプレートを置き、目の前でジュージュー音を立てて焼き上げられる
餃子を、子供達がモリモリ頬張っていると、優介が
『ただ今〜』と言いつつ入ってきた。
「あなたの家、ここだっけ?」
遥が突っ込んだ。
『だって、通りかかったらいい匂いするんだもん。
素通りできるわけないじゃん』
優介は慣れた調子で箸と皿を持って食卓に着く。
『いただきまーす!』
優介に負けじとみんなもピッチをあげる。
圭一は、我が子の姿を食い入るように見ていた。
修二が大声ではしゃいでいる。
嬉しそうに食事をしている。
家ではバラバラに食事をする事が多かった。
みんなで、こんなに楽しくワイワイ賑やかな食卓、圭一自身も久しぶりだった。
『修二の奴、こんな顔で食事をするのか……
こんな幸せそうな顔で……』
修二の姿を見て、圭一も知らず知らずのうちに笑顔が溢れていた。
この笑顔のために、もう少し一緒に過ごす時間を取ろうと考えていた。
盛り上がる食卓の傍らで、クロも食事をしていた。
猫用のドライフードをカリカリと音を立てて食べながら、
時々食卓に目を向けた。
とても満足そうだ。
圭一がクロを見て驚く。
『この子、昔うちで飼ってた猫にそっくりです』
「ええ。修二君もそう言って、この子も何となくクロって呼んでます」
遥が答えた。
『へー……しかし良く似てるなあ。
ところで、遥さんはあの店お辞めになってどうするつもりですか?』
「自分でお店を始める予定なんです。良かったらそちらもご贔屓に!」
遥の言葉に、
『よ!商売上手‼︎』
翼が茶化して言った。
『お店始めるなんて、凄いじゃないですか!
もちろん、そちらにも寄らせていただきます。な、修二?』
『あ?うん……』
圭一の言葉に修二はぎこちなく返事をした。
2人の様子を見た遥は、この親子の溝が埋まる事を願わずにはいられなかった。




