玲子、再び現る
翌日は日曜日。
『二度寝って気持ちいい!お布団大好き……』
パート先の総菜屋も定休日で、遥は布団の中でダラダラしていた。
ところが一本の電話で、遥の至福のひと時は無情にも破られ、
無理矢理 現実へと引き戻される。
「もう‼︎ 誰よ!私の小さな幸せ邪魔するのは‼︎」
遥は思いっきり不機嫌に電話に出た。
電話の相手は玲子だった。
『朝早くからすみません……』
玲子が申し訳なさそうに言った。
「ホントに。で、何の用?」
遥はぶっきらぼうに、そう言った。
『実は、ご相談したい事があって……そのぉ、詩織の事で』
「え?詩織ちゃん、どうかしたの?」
『ちょっと最近様子がおかしくて……
よかったら、お話聞いていただけませんか?
何故だか、遥さんの顔しか浮かばなくて……』
玲子の言葉に、遥はキュンとした。
間違ってもときめいたのではない。
切なくなったのだ。
大事な相談をするのに、親でも、友人でもなく、
元嫁を選ばなければいけないなんて……
「あ、うん。分かった!じゃ後で」
電話を切った後、遥は自分の布団の足元で、
丸くなっている猫に気がついた。
「そうだった。この子どうしよう……」
取り敢えず、今日は来客があって忙しいし、うん。明日考えよう!
正直なところ、一晩ですっかり情が移ってしまったのだが……
しばらくして、玲子達がやって来た。
詩織は、黒猫の存在に気付き、目を輝かせ、挨拶もなしに、
遥の家へ上り込んだ。
『こら!詩織‼︎あの、すみません』
玲子が申し訳けなさそうに言った。
「大丈夫よ。それより何があったの?」
『それが……』
玲子は、ここ最近の詩織の様子を遥に話した。
詩織が幼稚園で孤立しているらしい事。
夜中に自分の寝顔を覗き込んで、不安がっている事。
カラスを餌付けして、この子は話せるし、
自分の友達だと言い張っている事など、
心の病気にかかっているのではないか、と玲子は心配でたまらない様子だ。
母親なら心配して当然だ。
聞いた限り、明らかに情緒不安定だと遥も思った。
ふと詩織に目をやると、猫を相手に何か喋っている。
『へー。あんた喋れるの?』
詩織の言葉に
「シー!大人には内緒だよ」
猫が答える。
『何で?』
「どうせ大人には聞こえないからさ」
『ふーん。じゃあ、2人の秘密?』
詩織が嬉しそうに聞いた。
猫は金色の目をキラリと光らせた。
『ねえ、あんた何て名前?』
詩織に聞かれ、
「クロっていうんだよ」
自慢気にクロが答えた。
『この子ね、クロって言うんだよ。今 私に教えてくれたんだぁ』
詩織の言葉に、玲子と遥は顔を見合わせた。
クロは、詩織に
「おい!言ってるそばからバラしてどーするんだよ⁉︎」
と叫んだ。
詩織はペロっと舌を出して、クロに
『ゴメン』と謝った。
クロは黙って顔を洗う仕草をした。
『やっぱり、お医者さんに見せた方がいいんでしょうか?』
玲子が心配そうに言った。
「ちょっと待って。詩織ちゃん寂しいだけかもしれない。
寂しいから、色んな妄想しちゃうのかも。
あのね、これはあくまで提案なんだけどね、私達、一緒に住まない?」
『え⁉︎』
遥の言葉に、玲子はキョトンとした。
「少しでも、詩織ちゃんを見守る目が多い方が
いいんじゃないかと思うの。うちなら誰かしら
出入りがあるし、寂しくする時間が少しは減るんじゃないかと思って」
『遥さん…… でも、私は将也さんを……』
「それはそれ。今は詩織ちゃんの事を
一番に考えるべきじゃないかな?」
そう言う遥を前に、玲子は下を向いて黙ってしまった。
『まーた、俺たちに相談もなしにさあ。何?同居って?』
いつのまにか、翼が起きて来て、すぐそばで突っ立って
話を聞いていたらしく、口を挟んで来た。
『僕も初耳なんだけど……』
寝癖の頭をポリポリ掻きながら、翔も起きて来た。
「おそよう‼︎ もう昼過ぎだけど。同居、あんた達は反対なの?」
翔と翼は顔を見合わせた。
この母が一度口に出した事を、そう簡単に引っ込めるはずがない。
それに、母の『お節介焼き』は彼等が一番理解している。
母は誰かの役に立つ事でしか、自分の存在価値を見出せない人だ、という事も
2人はよく知っていた。
『どうせ、もう決めてるんでしょ?』
翔は言った。
遥は無言で頷いた。
『じゃあさ、やっぱ保険金 母さんが全部受け取れよ。
そんで、優介兄ちゃんが言ってた、店舗付き住宅買ってさ、
みんなで住めばいいんじゃね?』
翼の言葉に、玲子が声をあげた。
『それいい考えだと思います。そうすれば保険金も役に立つし……
私達も少しの間ご厄介になる型で……』
遥が割って入る。
「ちょっと待って!うん。そうか。そうすれば玲子さん達が
路頭に迷う事もないし、いいかもしれない!
ここじゃ確かに狭すぎるし……
引っ越して、店やって、みんなで暮らすの。
うん。素晴らしい!
玲子さん、あなた私の店、手伝ってくれない?」
『私にできますか?』
不安そうに言う玲子に、
「大丈夫よ!お給料は最初払えないかもしれないけど、
家賃、光熱費、食費はいらないから、代わりに労力を
提供して欲しいの。料理好きだって言ってたわよね?」
遥に言われ、まだ不安気だが、玲子は頷いた。
「翔は?何か意見ある?」
『僕は、みんながよければそれで。肝心の詩織ちゃんはどうなのかな?』
微笑みながら翔が言った。
『クロも一緒に住めるの?』
詩織が心配そうに聞いた。
「もちろん!」
遥が笑顔で答えた。
詩織はクロの方を見て、満面の笑みを浮かべた。
「よし!そうと決まれば、不動産屋に連絡だ」
遥は何だか嬉しそうに、優介に電話をした。
「あ、優介君?例の店舗付き住宅、まだある?
やっぱ買いたいんだけど……」
遥の声が、狭い部屋中に明るく転がった。




