表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/23

喫茶店での出会い

いつも通りのパートの帰り道。

遥はボンヤリと自転車を漕いでいた。

つい先日の「事件」の事で頭はすでに飽和状態だった。


元とはいえ、夫が亡くなった事実。

突然、舞い込んだ保険金の話。

感情に蓋をし続けて来た、玲子達の存在。

そして、その2人を取り巻く現実。


遥は溜息をついた。

同時に違和感を覚えた。


いつに間にか、見慣れない通りに

自分が入り込んでしまった事に気付いたからだ。


「ん?ここどこだっけ?ヤバイ、ヤバイ……」

慌てて引き返そうとした遥の目に、レトロな外観の喫茶店が映った。

看板には『アニバーサリー』と書かれている。


何となく吸い込まれるように、遥は店の入り口に立っていた。

『ガラン ガラン……』


ドアを開けると、ドアベルの音が店内に響いた。


コーヒーの芳しい香りが鼻腔をくすぐる。


ランプの柔らかな明かりと、流れているジャズが

遥の心と体を癒してくれる空間がそこにあった。


ここで少しゆっくりしようと、カウンター越しに声をかけてみた。

「あのー、すみません。ごめんくださーい!」

返事がない。


そのまま遥はカウンター席に腰かけた。

特にメニューらしき物も置かれていない。

戸惑っていると、急激な睡魔が遥を襲った。


*****


どれくらい時が流れたのか……


遥はいい香りで目を覚ました。

目の前には、一杯のエスプレッソ……


『サービス?』

不思議に思いながら、遥はカップに口をつけた。

『素晴らしい‼︎』遥はそう思いながら目を閉じた。

濃いエスプレッソの味と香りが、遥の脳内を速やかに覚醒させる。


再び目を開けると、先程まで無人だったカウンターに

マスターらしき男性が立っていた。


ロマンスグレーの髪をピッチリと、オールバックにまとめ、

蝶ネクタイをした初老の男性が、遥に話しかけた。


『何か、お悩みですか?』

「え?」

見透かされたようで遥は驚いた。

ほぼ同時に不思議な感情が湧き上がった。

なぜかは分からないが、遥はこの人に無性に話がしたいと思ってしまった。

見ず知らずの人なのに……


遥は先日起きた出来事を残らずマスターに話した。


マスターは相槌を打ちながら、真剣に遥の話に耳を傾けてくれた。


一頻り、遥の話が終わると、


『いっそのこと、一緒に住んでしまえば?』

とマスターは言った。


『同じ人を愛した者同士、通じ合える部分もあるかもしれないでしょ?』

マスターがそう言って微笑んだ。


遥はポカーンとしていた。

『玲子さん達と、自分達家族が、一つ屋根の下で暮らす⁉︎』

そんな事考えてもみなかった。

いや、普通は考えないだろう。


『あなた、必要とされてますよ。そういえば、さっきから表で

あなたを待ってる子がいますよ』

マスターに言われて、遥は急いで表に飛び出した。


1匹の黒猫が看板の下でブルブルと体を震わせていた。

ガリガリだ。


猫好きの遥は、思わずその子を抱き上げた。

しばらく猫を撫で回し、

「寒いの?お腹空いたの?」

そう語りかけていたが、ハタと気がついた。


「ん?待ってる子って、この子の事?」

確認しようと、後ろを振り返ると、店は忽然と消えていた。

代わりにいつもの見慣れた通りが広がっていた。


猫を抱いた遥は、呆然と道に立ち尽くした。


自分は夢を見ていたのか……?

そんなはずはない。

さっきまで飲んでいたエスプレッソの香りが、まだ鼻の奥に残っている。


夢なんかじゃない!


しかし、この猫、どうしたものか……


明らかに捨て猫だろう。

この汚れ具合や、痩せ方からしてどこかの飼い猫だとは考えにくい。

くるくるとした金色の目で猫が遥をジッと見つめる。


そんな目で見ないでよ!ここに置いてなんか行けないじゃん‼︎


「困ったな〜。うち、アパートなんだよな……

猫、飼えないんだよな〜……


でもさ、これって不可抗力だよね?

だって、待ってるなんて言われたら、誰だってドア開けるでしょ?

あの場合さ。


だから、一晩だけ。

あんたを綺麗にして、お腹いっぱいにして、暖かい部屋で一晩だけ

過ごさせてあげる。


それなら大家さんにも気づかれないでしょ。

ああ……しかし困ったな〜」


遥は、猫になのか、自分になのか、もはや誰に対しての

言い訳かわからない事を、あえて口に出して言ってみた。


黒猫を自転車のカゴに入れ、上からそっとタオルを被せた。


「顔出さないでよ!」

小声で言い聞かせ、遥はペダルを漕ぎ出した。


帰り道、マスターに言われた言葉を脳内で反芻しながら、

遥はいつもよりゆっくり自転車を走らせた。





今回登場の喫茶店、過去作品の『アニバーサリー』に出てくる喫茶店をイメージして、

再登場させてみました。

よければそちらも覗いてみてください!

https://ncode.syosetu.com/n8674dp/

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ