詩織の友達
薄暗くなった部屋に帰り着いた、玲子と詩織……
帰宅すると、先程までにこやかだった詩織の表情が、あからさまに沈んでいるのが分かった。
元々口数が少なかった 詩織は、父親が倒れてからというもの
ますます話さなくなり、幼稚園でも孤立していた。
真夜中に玲子が目を覚ますと、詩織が自分の寝顔をじっと覗き込んでいた事
もあった。
『ママが死んじゃったらどうしよう……』
そう思ったというのだ。
その度に『大丈夫‼︎』と抱きしめてやるのだが、詩織はポロポロと
大粒の涙を流すばかり……
完全に情緒不安定だった。
***
ある日の事……
詩織が幼稚園の園庭で、1人で遊んでいると、
1羽の大きなカラスが、詩織のすぐそばのフェンスに止まった。
よく見ると、胸に白いブーメラン模様がある。
ギョッとして固まっている詩織に、そのカラスが話しかけた。
「なんで友達と遊ばないんだ?」
『……』
詩織はますます固まった。
やっと出てきた言葉は、
『なんで、カラスなのに喋れるの?』
「さあ……気がついたら喋ってたからな」
『どうして私に話しかけたの?』
「お前が1人だったからだよ。どういうわけか、そういう子のところへ
行くことになってるみたいでね」
『じゃあ、私と友達になってくれるの?』
「もちろん!」
詩織は嬉しかった。
『名前は?なんていうの?』
「好きによんでくれ」
『んー……じゃあ……カースケは?』
「うん。いい名前だ」
カースケがぐんと胸を張る。
詩織がふふっと笑う。
やがて詩織は先生に促され、教室へ向かった。
誰にも知られないようにカースケに小さく手を振って、詩織は教室へ消えた。
この日から、カースケは詩織の住むアパートにも現れるようになった。
『カースケってさ、何が好き?』
詩織の問いに
「基本、何でも食うよ!でも、好物はアジフライかな」
『ええ!私は嫌いだけど……ママに頼んで作ってもらうね』
「子供って、どーして皆んなアジフライ嫌うのかな……
外はサックリ、中はジューシーなあの味が分からないなんて」
何だかよく分からないけど、とにかくカースケご所望のアジフライを、
ママに作ってもらわなきゃ!
こうして詩織は、自分では食べもしないアジフライを、しきりに
玲子に作るようにせがんだ。
そうでなくても、ここの所様子がおかしいのに、
苦手なおかずを敢えて作らせるなんて……
不信に思った玲子は、そっと詩織の様子を伺っていた。
すると詩織は、揚げたてのアジフライを、こっそりとつまむと
そのまま真っ直ぐベランダへ向かった。
『カースケ!カースケ!ご飯だよ‼︎』
外へ向かって小さな声で何者かを呼ぶ詩織……
すぐに大きなカラスがやって来て、ベランダの手すりに止まった。
嬉しそうに、カラスに餌を与える詩織に、玲子は驚いた。
『ちょっと!何やってんの‼︎』
玲子が大きな声で叫んだため、カースケはアジフライをくわえて
どこかへ飛んで行ってしまった。
『もーーーー!何すんの、ママ‼︎』
珍しく詩織が感情的になっている。
『何って、それはママのセリフよ!カラスに餌なんてあげちゃだめよ‼︎』
『カラスじゃないもん、カースケだもん‼︎』
詩織はムキになって叫んだ。
『カースケって名前つけてるの?あのね、詩織。
カラスはペットじゃないの。ゴミを荒らしたり、糞を落としたり、
しかもあんな大きなカラス、突つかれたらどうするの?』
『……カースケは、そんな事しないもん……
名前だって、カースケが、その名前がいいって言ったから決めたんだもん……
カースケは私のこと、突っついたりしない!
だって、友達だもん!』
玲子は深呼吸をすると、精一杯落ち着いた口調で言った。
『詩織、カラスは喋らないでしょ?自分の事カースケって呼べって?
そんなはずない。パパの事とかあったから、詩織も疲れてるのよ。
もういいから、おうちに入ってご飯にしよう』
詩織はシュンと項垂れていた。
ホントなのに。
ホントに、カースケが、そう呼んでいいって言ったのに。
カースケは特別なのに……
カースケは友達なのに……
どうしてママは信じてくれないの?
詩織は食卓についても、ポロポロと涙を流すばかりで、
食事をしようとはしなかった。
何とか詩織を寝かしつけたあと、玲子は1人悩んでいた。
どんどん自分の殻に閉じこもって、今度は妄想まで始まって、
この先母子で、しっかり生活していかなけらばならないのに、
一体どうしたらいいのだろう……?
「心療内科」
そんな文字が頭を過ぎった。
いやいや、その前に一度誰かに相談したい!
でも、一体誰に?
玲子の頭の中に、たった1人 浮かんだ人物……
それは遥だった。
どういう訳か遥の顔しか浮かばなかった。




