それぞれの道
それぞれの道が決まり、歩み始めて一年程が過ぎた。
良く晴れた日……
頭上には抜けるような青い空が広がっている。
そんな休日の昼下がり。
遥はクロを抱いて、ベランダでぼんやりと外を眺めていた。
腕の中のクロに、
「もう私と暮らす家族はあんただけになっちゃったね……」
遥はそう語りかけた。
突然の玲子の出現。
元夫の死。
おかしな同居生活。
優介と玲子の結婚。
息子2人の旅立ち……
ちょっと思い出しただけでも、わずか2年程の間に盛りだくさんのイベントの数々……
「もう、あんな賑やかな日々は二度と来ないでしょうね……」
クロを撫でながら、寂しげに遥は言った。
狭く感じていた家も、今ではなんて広く感じるんだろう……
遥はしみじみそう思っていた。
感慨深げに過ごしていた遥の元に一本の電話が入った。
翔からだった。
「久しぶり!元気?」
弾んだ声で電話に出る遥。
気持ちがそのまま声に出てしまった。
『あ、母さん、本当久しぶり!』
翔の声も弾んでいた。
「何?わざわざ電話なんて。お金かかるわよ」
『うん。あのさ、どうしても直接言いたくて電話したんだ。
近いうちに日本に帰れるから、その時に会って欲しい人がいるんだ。
将来、結婚を考えてる人……』
「えーーー!!!まさか、外国の人?」
『うん。日にちが決まったらメールするよ!じゃまた』
それだけ言うと、電話はあっけなく切れた。
「……」
えっと……
青い目だったりするのかしら?
いやいや東南アジアだから、ベトナムの方とか?
日本語話せるの?
ていうか、どういう娘なのよーーーーー!!!!
子供って、本当に親が思いつきもしない事をするものよね。
遥が1人頭を抱えていると、今度は玄関のチャイムが激しく鳴った。
「もう!誰よ、今開けるから……」
ドアを開けると立っていたのは翼だった。
『ヤッホ!元気?あのさ、初ライブ決まったんだ!
小さいライブハウスだけど、とりあえずこれ、チケット。
絶対来いよ!!!じゃ!』
翼は要件だけ伝えると嵐のように去って行った。
「じゃ!って……私、ライブハウス行った事ないんだけど……
え?でもライブやるんだ!すごいじゃん。へー……」
呆気に取られつつ、事の次第を飲み込もうとしている遥の元に再び電話が……
『あ、義姉さん?俺、俺、優介!』
「はいはい分かってますよ。今度はどーしたの?」
遥がそう言うと、
『え?今度はって?俺なんか言った?』
優介は驚いた口調で聞き返した。
「いや……優介君じゃなくて……その、朝から何だかんだ
頭の中が忙しかったのよ。それで?どうしたの?」
遥の問いに
『うん。えっと、玲子が妊娠したんだ。3ヶ月に入ったところだって』
優介の声も弾んでいた。
「わぁ!おめでとう!お祝いしなきゃね。あと、仕事の方も無理させられないから、
しばらく休ませる?」
『俺もそう言ったんだけど、できる範囲でいいから手伝いたいって
聞かないんだ。義姉さんの顔見てる方が落ち着くんだってさ!』
「あははは……それは光栄ね!まあ、くれぐれも無理しないように伝えてね。
大事な身体なんだから」
遥は愛情たっぷりに言った。
突然自分の身辺がおめでたいムードに包まれ、嬉しい反面、
なんだか理由の分からない寂しさが込み上げてくるのを、遥は感じていた。
「でも……忙しくなるわね!まだまだ感傷に浸ってる場合じゃないって事か」
遥はクロに向かって声をかけた。
***
夕方……
今度は圭一から電話が入った。
『あの……実は修二からライブに来いってチケット受け取ったんですが、
わたし、ライブハウスなんて行った事がなくて……』
「あら。私もですよ」
遥が答えると、
『本当ですか?それじゃ一緒に行きませんか?』
圭一の誘いを、
「是非、是非‼︎実は私も1人じゃ心細かったんで」
遥が快く受けた。
「そういえば、藤井さん夕飯お済みですか?
私まだなんですけど、良かったらこれからウチで一緒にどうです?」
今度は遥が圭一を誘ってみた。
『え、いいんですか?じゃあお言葉に甘えて……』
時間を決めて電話を切った遥は、冷蔵庫を開け、早速夕飯の支度を始めた。
1人の夕飯が多いため、普段はランチの余り物で適当に済ませてしまうのだが、
今夜は食べてくれる人がいるんだから、張り切らなきゃ‼︎
誰かの美味しいって顔は、遥の生きる糧ですもの。
テーブルの上で夕飯がモウモウと湯気を上げる頃、
玄関のチャイムが鳴った。
『お招きありがとうございます』
持っていたワインを遥に差し出しながら、圭一が笑顔でやって来た。
「わー!こちらこそ。ワインなんて気を使わせちゃって……さあどうぞ!」
『ほーーー……』
圭一はテーブルを見て歓声とも、ため息とも取れる声を上げた。
圭一の好物の切り干し大根の煮物、鮭のムニエル、出汁巻卵に、青菜のお浸し……
「有り合わせなんで、たいしたものはないんですけど……
冷めないうちに!」
2人は向かい合わせで座って、食事を始めた。
圭一が持って来てくれたワインも少し頂くことにした。
『ああ美味しい‼︎こうやって誰かとご飯を食べるのも、誰かの作った食事を食べるのも、
本当に久しぶりで……いやあ、本当に美味しい‼︎』
圭一の美味しいという顔は、遥の心を喜ばせた。
「私も。誰かのためにご飯作って、一緒にに食べるのって、幸せですね」
『遥さんさえ良かったら、これからも時々一緒に食事しませんか?』
圭一が遥に言った。
「藤井さんこそ、私なんかでいいんですか?」
『遥さんがいいんです‼︎』
圭一は少しムキになった。
彼の顔は少し赤らんでいた。
遥はぷっと吹き出してしまった。
こうやってひとりぼっちの心と心が出会って、
暖め合いたくて、
支え合いたくて、
一緒に泣いたり笑ったりしたくて、
それぞれ いろんな訳があって、
人は家族になっていくのです。
**おしまい**
これまでで一番長い作品になりました。プロットの段階では、短編でもいいかと
思っていたのですが、書きたい描写がどんどん湧いてきてこの様な形になりました。
「楽しみにしてます」とエールを送ってくださった方、読んでくださった方、
最後までお付き合いくださって本当にありがとうございます!
心から深く感謝いたします。




