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翔、海を渡る

翼を送り出してから間もなく、今度は翔が改まって話があると言い出した。


大学を卒業後、希望していた建築事務所に就職が決まり、日々忙しくしていたのだが……


『実はさ、しばらく日本を離れることになりそうなんだ』

翔の唐突な言葉に、遥は言葉を失った。


『東南アジアで大きな仕事があって、そのチームに僕も入れてもらえる事になったんだ』

翔がそう言っても、まだ遥はポカーンとしていた。


「東南アジアって、あんた日本じゃないじゃん」


『だから最初にそう言ったよね?しばらく日本を離れるって』

確かに。

翔は最初にそう言った。

でも……


「えっと……私は一度も海外に行ったことがないので、とても心配なんですけど……」

遥は、なぜか敬語で翔に言った。


『どれくらいの期間になるか、まだはっきり分からないし、

僕だって海外は初めてだから、全く不安がないかと聞かれれば嘘になるけど……

それ以上に挑戦してみたい気持ちの方が強いんだ』


これまでの翔の努力は他の誰よりも遥が理解しているつもりだ。

アルバイトをしながら必死に学校へ行き、勉強もして、

このご時世に稀に見る苦学生ぶりに、遥は尊敬の念さえ抱いていた。


ここは何が何でも笑顔で送り出してやるべきなんだろう……


『ただ、家の事はやっぱ心配でさ……

翼が家出て、僕まで居なくなっちゃったら、この家に母さん一人になっちゃうでしょ?

僕はここの長男だし、なんかあった時、すぐ近くに居られないのは不安だよ』

翔の言葉に、遥の心が一気に固まった。


「何言ってんの?人を年寄り扱いしないでよ!1人になったって全然平気よ。

店は玲子さんが手伝ってくれるし、近所に優介君もいるしね。いざとなったら

ちゃんと助けてもらうから、だから安心して行ってきなよ」

遥は笑顔で言った。


翔は目を潤ませ、何も言わず頷いた。


いつもいつもそうだった。

自分の事より、母親の事を気にかけてくれる息子だった。

離婚して泣き噦る遥を、一番近くで支えたのは翔だった。

どんな時も冷静に空気を読む子だった。


一緒にいる間はあまり気に止めなかった事が、後から後から溢れて来て、

その夜は眠れなかった。


****


翌朝。

泣き腫らし、完全に睡眠不足の状態で開店の準備をしていると、

『おはようございまーす』

と、玲子が元気にやって来た。


『あらら……遥さん、また何かあったんですか?失恋でもしたみたい』

玲子の天然発言に、


「あー……ま、ちょっと似てるかも……」

と遥が答えた。


遥は、翔が東南アジアへ行く事を玲子に話した。


『寂しくなりますね……翔君は、頼れるお兄ちゃんでしたもんね……

ウチの詩織のおかしな話にも嫌な顔しないで付き合ってくれるし、

優しい息子さんですよね。遥さん、すごいです!

自慢の息子さんを2人も、しかも女手一つで育て上げたんですもん!』


玲子の言葉に、遥の涙腺が再び崩壊した。

「もう。店開けなきゃなんないのに……

こんなグチャグチャの顔じゃあ何もできないじゃない……」


玲子ももらい泣きし始めた。

『ごめんなさい。でも、本当にそう思ったんです。

大丈夫です!彼等は立派に歩いて行けます!

遥さんの子だもん!あ、今日は、遥さんの分まで私が頑張りますから!』

ぐいっと力こぶを作って見せる玲子に


「あー、でも気持ちだけで……

玲子さん、ちょいちょい空回りするから」

遥が泣き笑いしながらそう言った。


『え、遥さんたらひどい〜』


店はどうにかオープンできた。

ただ、この日の料理はいつもより、ちょっとしょっぱい味付けだったかも……


****


1週間後……


翔は予定通り東南アジアへ旅立った。


『連絡するから!』

そう言って笑った翔は、我が子ながら頼もしく見えた。


「頑張れ翔!負けるな翔!頑張れ、頑張れ……」

小さく震える声で呟きながら、

翼の時と同様、その背中が見えなくなるまで、遥は手を振り続けた。



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