秘密の部屋
翼は、学校からの帰り道、藤井修二の家にいた。
翼もまた、先日のライブからまだ興奮冷めやらぬ1人だった。
『ベースの人が曲の途中でジャンプしてさ……
チョー格好いいんだ!
ボーカルも、イヤホンで聴くのと全然違うの!もう、心臓にさ、
ズンズン響いてくるんだぜ‼︎』
嬉しそうに大声で話す翼を、にこやかに見つめ、耳を傾けている修二……
『いいなぁ……俺もあんな風にギター弾いてみたいな……』
その言葉に修二が急に真顔になった。
「弾いてみる?」
真顔のまま修二は翼に問いかけた。
『え⁉︎あるの?ギター……』
「付いて来いよ」
驚く翼を、修二が物置きへと案内した。
修二は扉を開け、中に入ると、奥の方でしゃがみこみ、
床下収納の扉を上へ引き上げた。
中を覗き込むと、階下へ続く階段が見えた。
『何、これ?』
「俺も最近見つけたんだ。入ろう」
翼は、促されるまま、修二の後に続いた。
階段は地下室へと伸びていた。
ガランとした6畳ほどのスペースに、布をかけられた道具が隠すように置いてある。
翼がポカーンと口を開けていると、修二が、
「ほれ!」
そう言って、翼にギターを渡した。
『ええ!いいの、これ弾いても』
顔を赤らめながら、ストラップを首にかけ、ネックに左手をまわすと、
右手で弦をポロンポロンと弾いてみる。
『ああ難しい。でも、覚えたいな……
修二、これ弾けるの?』
「ま、少しだけ」
『マジ?聴きたい聴きたい‼︎』
修二は翼からギターを受け取ると、徐に弾き語りを始めた。
翼は全身に鳥肌が立った。
やや高めの、掠れた、それでいて優しく温もりのある声……
曲が終わると、修二が恥ずかしそうに、チラッと翼を見た。
『お前、すげーよ‼︎プロになれるんじゃない?
今のなんて曲?』
翼は目をキラキラさせて言った。
「一応、オリジナルなんだけど……大丈夫?」
修二は不安そうだった。
『オリジナルって、自分で作ったって事?カッコいいよ修二‼︎
ヤバイ、俺、泣きそう……』
修二は恥ずかしそうに笑顔を浮かべた。
『お前達、何してるんだ‼︎』
感動で包まれた空間に、突然の怒号が響いた。
修二の父、圭一が立っていた。
『たまに早く帰ってみたら、こんなくだらない事を……
音楽で飯なんか食えると思ってるのか?そんなものはただの幻想だ!』
修二が真っ赤な顔で圭一に向かって怒鳴り返す。
「自分だって、音楽やりたかったんじゃないのかよ‼︎
こんな地下室作ってさ!これ何だよ‼︎」
そう言いながら、部屋の隅にある道具に掛けられた布を引っ張った。
隠れていたのはドラムのセットだった。
確かに、圭一は若かりし頃、音楽で身を立てたいと思っていた時期があった。
でも、それはただの夢で、現実的ではない事を懇々と親に言われ、
今の弁護士という道を選んだのだ。
後悔はしていないつもりだった。
この仕事のおかげで、修二を不自由なく養う事ができている。
そこそこのやり甲斐も感じている。
ただ、時々無性に昔が懐かしくなって、この部屋でこっそりドラムを叩いては、
若かった頃の自分を思い出していたのだ。
怖い事なんて何もなくて、好きな音楽に没頭していた頃の自分を……
圭一はため息をついて、肩を落とした。
『とにかく、堅実な道を選んで欲しいんだ。きっと、これでよかったと思える日が来るから……
頼む、修二!父さんの言うことを聞いてくれ』
修二は相変わらず真っ赤な顔で圭一を睨みつけていた。
「そう言うと思ってた……でも、俺は俺だ。父さんじゃない!
進学して、父さんと同じ道を選んで、それで父さんは納得するのかよ?
俺はそんなの嫌だ。誰かのための人生なんて、俺はゴメンだ‼︎」
修二はそう言い放つと、地下室を飛び出した。
慌てて翼も後を追った。
残された圭一は、頭を数回掻きむしった後、ため息をついいた。
そのままドラムセットの前に座り、狂ったように叩き始めた。
一頻り叩き終えるとまたひとつため息をついた。




