招かれざる客
よく晴れた日曜日の朝……
まだ眠りについていた天海家の玄関のチャイムを、
何者かがしつこく鳴らす。
『ピンポーン、ピンポーン……』
「誰⁉︎こんな朝っぱらから……」
この家の主、天海 遥が気だるそうに上体を起こす。
この小さなアパートの一室には、遥の他に、
長男、翔20歳と、次男、翼高校1年生が住んでいる。
当然この2人は来客など無視して爆睡進行中だ。
仕方なく玄関へ足を向ける遥。
ドアの覗き穴から、そっと外を伺ってみる。
女が1人立っている。
遥がドア越しに言った。
「セールスとかなら他を当たって!うち、お金ないから!」
決して嘘ではない。
天海家は5年前から母子家庭。生活はお世辞にも楽ではなかった。
ドアの向こうで女が言った。
『あの、セールスとかじゃないです……少しでいいんで話を聞いてもらえませんか?』
未だフリーズ中の頭を、何とか頑張って動かしてみたものの、
良い断り文句が浮かばず、遥は渋々ドアを開けた。
オドオドと女が挨拶をした。
『お、おはようございます……』
「はぁ…… えっと……」
『私、立木と言います。立木玲子です。こっちは娘のしおりです』
女の背後から5、6歳と思しき女の子が、顔を半分覗かせている。
「立木……」
遥のフリーズ中だった頭が、その名を聞いてフル回転し始めた。
この女、どこかで見たことがある……
しかも立木って……
遥が結婚していた時の苗字は『立木』。
そして元夫の財布に大事に仕舞われていた一枚のプリクラ。
笑顔の夫の横に同じく笑顔で写っていたのは、今目の前にいる女……
5年も前の記憶だし、女も多少老けてはいるが、間違いない!
「あんた、もしかして将也の?」
『はい。あの……初めまして……』
「何でよ!なんであんた、どのツラ下げてここに来たのよっ‼︎」
将也は、遥の元夫。
5年前の大晦日の夜、将也は遥かに向かってこう宣うた。
『以前から付き合ってた人がさ、妊娠したんだ。だから、俺と別れてくれ』
「はあああ??????」
『いや、だから彼女が妊娠したんだよ、俺の子をさ。だから、離婚して欲しいんだ』
「「「バッチーーーーン!!!!」」」
遥は将也の左頬を、思いっきりビンタしていた。
「冗談じゃないわ‼︎そんな事いきなり言われて、はいそうですかって離婚する
嫁がどこにいるってぇのっ⁉︎」
『しょうがないだろ?守りたいものが変わっちゃったんだから!』
そうだった。
子供みたいな人だった。
結婚して15年間、この人のわがままだけど、子供みたいに
純粋なところが憎めなくて、ここまでやってきたのだ。
「子供達に、なんて説明するの?」
『俺から何とかうまく言うよ』
この事件からわずか1週間後、将也は荷物をまとめて家を出て行った。
『お父さん、どこに行くの?』
しつこく聞く翼に、
『お仕事でね、別の所に住む事になったんだよ。
でも時々は帰って来るからね』
『うん!』
無邪気に笑う翼を後に、ドアが冷たい音を立てて閉った。
うまく言うって、そんな理由⁉︎
遥は台所で泣き崩れた。
必死に声を殺して、泣いた。
『お母さん、悲しい時は、思い切り大声出して泣いた方がいいよ』
「翔……」
『お母さんが前に教えてくれたじゃん』
子供のように泣き喚く遥の傍らで、ただ黙ってそれを見守る翔。
15年の結婚生活はこうしてピリオドを迎えた。
いい事ばかりじゃなかったが、幸せな時も もちろんあった。
決して短くはない時間……
でもそれは、あまりにも 呆気なく終わってしまった。
そして今、その元凶とも言える人物が目の前にいる。
「あんたと話す事なんか、何もないわっ‼︎とっとと帰って‼︎」
遥はドアを閉めようとした。
瞬間、女の爪先がドアの隙間に挟まった。
『待って、私にはあるんです。お怒りなのは十分分かってます。
でも少しだけ、話を聞いていただけませんか?』
「人の家庭を壊すだけの事はあるね。度胸座ってるわ……
でもさ、こっちにも都合ってもんがあるでしょ?30分。
30分後もう一度来なさいよ。もちろん出直す気があるならね」
『分かりました。きっかり30分後にお伺いします』
女がドアの隙間から足を引き抜いた。
遥は即座にドアを閉め、チェーンまで掛けた。
「何なんだ!何で私が取り乱してんだ‼︎」
大混乱の頭で、2人の息子を叩き起こす。
「30分後に来客だよ!部屋片すから手伝って‼︎」
『誰くんのーー』
面倒臭そうに翼が言う。
『朝からお客さんなんて珍しいね』
寝癖を気にしながら翔も起きて来た。
「さあ。戦争だよ‼︎」
「「え?戦争⁉︎」」母の言葉に、2人の息子は素っ頓狂な声をあげた。




