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料理の超人

作者: ササラ

 とあるスタジオ。観客席に向かって司会者は手を広げ、

「さあ始まりました、火花散るクッキングバトル、料理の超人のお時間です! チャンピオンは現在、百戦連続防衛成功という驚異の記録を更新し続けているわけですが、チャンピオンを倒すことのできる挑戦者は現れるのでしょうか!」

 いつものように前口上を叫ぶ司会者だったが、しかしその曇りのない通った声とは裏腹に、心は暗く沈んでいた。彼の彼女が先日死んだ――いや、何者かによって殺されたのだ。殺害現場に残されていたのは、謎の銃。警察の見立てでは、その銃が犯行に使われた凶器だとされており、そしてそれが犯人に繋がる唯一の証拠であったのだが、どうやらこの銃は現在の科学で解き明かされていない未知の物質によって製造されており、捜査は難航、ほとんど手づまりの状態だった。

 しかし、今は番組の最中。たとえ彼女が殺害されたとしても仕事に私情を挟むことは許されなかった。再び、自分の中のテンションを無理やり上げ

「さあ、まずは百戦錬磨の最強のチャンピオン、(はやし)健一(けんいち)の登場です!」

 と、何とか番組の進行を続けた。

 仰々しいBGMが流れ、スモークと共に舞台裏から登場する林。キッと眉を寄せ、口を結んだ厳しい顔つきをしているが

(私を倒せるものなどいるまい)

 と、心の中は余裕でいっぱいだった。

「えー現在、百連勝という前代未聞の戦績の林シェフですが、今回のクッキングバトルに対しての意気込みをどうぞ」

「そうですね……料理人の名に恥じない料理をする、それだけです」

 自分に対する「昔気質の粗朴な職人」というイメージを壊さないよう、林は求められたコメントに対しては、できるだけ感情を表さず短く返そうと気を付けていた。実際の林の性格は、高慢で、すべての人間を見下していたので、言葉数を少なくするというのは、自分の本性が露見するのを防ぐ意図もあった。

「では、そんなチャンピオンに対する挑戦者は……今までの料理の常識を覆す、数々の創作料理を発明。彼はただの狂人か、それとも革命家か! 料理界のスーパー異端児、(なべ)(つつみ)乱切(らんぎり)―!」

 林と同様にスモークの演出で登場する鍋包。しかし鍋包は、彼の研ぎ澄まされた嗅覚によって、スモークに漂うザラメの甘みを瞬時に嗅ぎ分け、スモークがドライアイスではなく綿あめが使われていることに一瞬で気づいた。

(さすが料理の烈人、いきなり料理人の嗅覚を試してくるとは……)

 鍋包は、この思いがけない仕掛けに対して、この番組のレベルの高さを感じ武者震いをした。

「鍋包シェフは、この料理の烈人には初めての出演ということですが、実際に出てみてどうですか?」

 司会者は鍋包にマイクを向けた。鍋包はこの何とも漠然とした質問の真意をとっさに汲み取った。

「ええ、なかなか刺激的な登場の演出で、少し驚かされました」

 スタジオ内の空気が一瞬ピリッとした。鍋包は、司会者の目の色が変わるのを見逃さなかった。

「登場……スモークのことですかね。確かに初めてだと少しビックリしますよね……」

 司会者はスモークが綿あめであることついて誤魔化したが、内心では動揺を隠せなかった。

(この林健一ですら今だに気づかないスモークの秘密に一発で気づくなんて……鍋包乱切、もしかすると奇跡を……)

 いつの間にか司会者の頭の中は、鍋包がどんな料理を作るかという期待でいっぱいになっており、彼女の死は頭の片隅に追いやられていた。

「さあそれでは、チャンピオン、挑戦者の両者が出そろった所で、この二人の料理をジャッジする審査員――『美食三人衆』の紹介をさせていただきます」

 スタジオのセット内の右側に設けられた審査員席には、白髪が少し混ざったオールバックの老年の男と、艶やかな長い黒髪と着物姿という、昔の日本貴族をどことなく彷彿させる様な出で立ちをした少女、そして、スキンヘッドでメガネの奥から覗く鋭い眼光が印象的な男の三人が座っていた。

「まずは、歯に衣着せぬ辛口コメントで人気の料理界の重鎮、山原(やまはら)(ゆう)(すけ)先生です!」

 老年のオールバックの男――山原雄介は顔に重鎮たる余裕を浮かべ

「私の舌を満足させてくれるような料理をお願いしますよ。はっはっは」

 と通った声で、大粒の唾を飛ばし笑った。

「では続きまして、和食の名門柿本家の次期当主であり、十歳にして日本料理コンテストで優勝を果たした驚異の腕前を持つ、天才少女料理人。柿本(かきもと)美味(びみ)麻呂(まろ)先生!」

 「お二人には日本の風流、そして伝統を忘れないで料理をして欲しいぞよ。およよよよよよ……」

 と、口元を着物の袖で隠し、珍妙な声を上げて笑った。

 自分をどういったキャラクター性で売っていこうか少女ながらにいろいろと模索中である柿本だが、それとは反対に、料理に対するポリシーは確固たるものを持っていた。それは「料理とは伝統と歴史」というもの。歴史ある柿本家に生まれたこともあるが、先人たちが後世に残してきた伝統ある調理法、人々に長い間食されてきた歴史的な積み重ねのある食材、こういった王道を外さない料理の美味しさというのを、食べることによって、または自分の手でそういった料理を作ることによって知ったという、経験則から導かれた考え方でもあった。

 この審査員の中でも最も料理に対して保守的な考え方を持っている柿本に対して、今までにない革新さが売りである鍋包は、どの様なアプローチで彼女を攻略するかが重要なことの一つであった。

「そして最後は、スキンヘッドの切れ者フードライター、ピーラー山本!」

 ピーラー山本は、一点をキッと見つめ瞬き一つすることなく

「…………ノーフードノーライフ、以上」

 とだけ低い声で呟くように言った。

 鷹のように鋭い目と綺麗に剃り上げられた頭。見るものに対して威圧を感じさせるようなその見た目に対し、内心は繊細で傷つきやすかった。緊張するとストレスがお腹に来て下痢になる過敏性腸症候群に悩んでおり、この番組に出演する前は必ず楽屋で整腸剤を飲んでいた。さっきも司会者に、自分の紹介の際スキンヘッドを弄られ、お腹がキュルキュルと鳴った。ピーラー山本にとっては、番組収録中便意に耐えられなくなり、番組を中断させてトイレに駆け込むという恥ずかしい思いをしないよう、腹痛に打ち勝つというのが重要なことの一つであった。

「では、審査員の方々のご紹介も終わりましたので、クッキングバトルの説明をさせていただきます。ルールは、指定された食材を使用した料理をこのスタジオで作ってもらい、それを『美食三人衆』の皆様にはジャッジしていただき、よりおいしかったと思う方の札を上げてもらいます。そして、札の多かった料理人が勝利、つまりチャンピオンという極めてシンプルなものです。それでは早速、料理の運命を左右する、今回の食材の発表をさせていただきます。今回の食材はこちらです――」

 司会者が言うと、スタジオ内に女性アシスタントによって、赤い布が掛けられた台が運ばれた。その上には、蓋の開いている炊飯器が置かれていた。釜の中には一見何の変哲もない白ご飯が入っていた。

「今回の食材は、二日間釜の中に放置されていた白ご飯です!」


***


 「二日間釜の中に放置された白米」というのは、硬い食感と古かびの様な独特な風味から、非常に調理の難しい食材であった。しかし林と鍋包、共にその様な癖の強い食材に対しての扱い方をとても熟知しており、両者調理時間五分以内、という驚異的なスピードで料理を作り上げた。

「挑戦者、チャンピオン共に番組史上前代未聞の速さで料理を完成させましたが、果たしてこれが吉と出るか凶と出るか――それでは『美食三人衆』による運命の実食です。それではまず、チャンピオンの料理から――」

 司会者が合図を出すと、審査員三人に、白米がよそってあるお茶碗が配られた。ご飯の上には卵が一つ乗っかっていた。

「林シェフ、今回の料理の説明を……」

 マイクを向けられると林は、

「今回は、食材が白米ということで卵かけご飯を作らせていただきました。二日間放置されたことによる白米のかび臭い風味などを考えて、卵は味の濃いテバ県産の黄金鶏のものを使わせていただきました」

 と表情一つ変えずに言った。それは勝利の確信によって動揺が全くないことを表していた。

「えー、それでは今度は審査員の方々に料理の感想を伺いたいと思います。山原先生どうでしょうか」

「黄金鶏の卵という非常に味のインパクトの強いものをあえて使うことによって、白米の臭みを覆い隠し、見事に中和させている。シンプルながらとてもバランスのとれた精密な料理ですな」

 そして山原は、自分の顎を撫でると

「美味!」

 と大きく口を開けて叫んだ。その時、口から何粒かの卵の黄身と混ざって黄色くなったご飯粒が、放物線を描いて飛んで行った。山原の隣の席に座る柿本は、そのことに気づき少し不快な気分になったが、ご飯粒が飛んだことを指摘すると、逆上され怒られる気がし黙ることにした。

「では、次は柿本先生お願いします」

「……あ、はい、じゃなくてぞえ。えーそうじゃの……ではこの料理で一句――

  このお味 控えめに言って いとおかし」

 観客席からは「おー」と感嘆の声が上がった。しかし、これは観客が柿本の川柳に対して本当に感動した訳ではなく、番組を盛り上げるための、とっさのスタッフの指示による演出上のリアクションだった。そのことを知らない柿本は、自分の川柳に対して思いのほか、客席の反応がよかったのが嬉しく、笑みがこぼれそうになったが、素直な感情の吐露というのは、何故だか子供じみて自分のキャラクターを壊してしまうように思えたので、表情が崩れないように冷静を努めた。

「さすが柿本先生、料理だけではなく川柳の才能まであるとは。それでは最後、ピーラー山本感想を」

 ピーラー山本は、最近番組のスタッフだけでなく司会者も自分に対してため口で話すようになってきたのが、心の中では気になっていたものの、それを注意するほどの勇気が彼には無かったので、ひそやかに眉を寄せ反感の意を示した。しかし相手は気づかないのか、その静かな反抗が功を奏すことはなかった。

「…………く、クール」

 たった数文字の単語を言うだけなのに、緊張から吃ってしまいその不甲斐ない自分の恥ずかしさから、ピーラー山本の腹はキュルキュルと音を立てた。腹部で締め付けられるような痛みを感じたが、あくまでこれは今食べた卵かけご飯を消化したためによる一過性のものだと思うことにした。明らかにこの腹痛は、コメントの失敗が起因したストレスによる過敏性腸症候群の発症であったが、その病気を意識すると余計に腹痛が悪化するのを経験で知っていたので、原因を違うことに求めるようにしたのだった。

「さて、さすがチャンピオンという所でしょうか。審査員三人から高評価を得ました。では、次はそれに挑む挑戦者、鍋包シェフの料理です!」

 司会者が片手を広げ叫ぶと、例のごとく茶碗に盛られたご飯が審査員それぞれに配膳された。しかし、そこには卵ではなく、白米をすべて塗りつぶす程の、大量のソースが掛けられていた。

「では鍋包シェフ、今回の料理の説明をお願いします」

「ええ。二日間米の独特な臭みや苦みをどのように処理するかが私にとっての課題でした。そのため、あえて通常の料理では考えられない程の大量のソースを使うことで、そういった苦みなどをソースの味でコーティングしました。この料理を食べた方は、圧倒的なソースの力強さ、躍動感を楽しめると思います」

 林は、鍋包の料理説明を聞いて顔をしかめた。彼はソースが嫌いだった。黒茶のどろどろした液体が、堕落した生活を送る人間の血液と、その人間の悪意を綯い交ぜした、「醜さ」の結晶のように見えた。

「なるほど、料理界の異端児の本領発揮か、前代未聞の鍋包シェフの料理ですが、さて審査員の評価はどうなのでしょうか。山原先生感想をお願いします」

「ふむ。シェフの説明にもあった通り、口に入れた瞬間に、口腔をダイナミックに駆け抜けるソースの力強い風味には、私は驚きを禁じ得なかった。このような料理は今まで食べたことがなかった」

 そして山原は、「ソース!」と突然叫んだ。その瞬間、山原の口から、ソースが混ざって薄茶色になった唾液がぶあっと飛び散った。柿本は、横目で唾液が飛ぶのを見て、単純に汚いなと思ったが黙っていた。

「では、お次は柿本先生お願いします」

「あ、はい。……じゃない、のじゃ……じゃなくて、ぞえ。ええっと……ではこの料理で一句――ソースソス ソースソスソス ソスソース」

 柿本自身は、大量のソースを巧く表現し自信のあった一句だったが、何故かスタジオには微妙な空気が流れ、司会者は

「いや、柿本先生はユーモアのセンスもお持ちなようで……ハハハハ」

 と苦笑いを浮かべた。柿本は、自分の川柳がどうやら「スベッた」らしいと気づき途端に恥ずかしくなった。自分の頬が紅潮していくのを感じ、咄嗟に顔を下に向けた。

「では最後にピーラー山本、感想を」

 山本は、このようなソース料理は今まで食べたことがなく、未知の味に対してコメントに窮していたが

「…………クール」

 と、さっきと同じ感想でお茶を濁そうとした。しかし司会者は

「あれ、さっきと同じことを言っているけど、もしかして何も考えていなかった?」

 と、にやにやしながら彼をからかった。スタッフがくすくすと声を押し殺して笑っているのが見えた。山本は、自分が例えば宇宙人になどになり超人的な力を得て、この司会者や番組のスタッフを蹂躙し、次々に殺戮する想像をした。山本は、腹の痛みが少し緩和していくのを感じた。

 そんな山本の危険な妄想のことは露知らず、司会者は台本通り番組を進行した。

「それでは、審査員の皆様には両者の料理を食べていただいた所で、どちらの料理が優れているかジャッジをしてもらいたいと思います――」


***


 審査員の判定結果は、まさかの全員一致で鍋包の勝利だった。ソースをたくさん掛けるという型破りな、しかしシンプルな調理方法で素材の味を極限まで引き立てることに成功し、料理の新しい可能性を示してくれたとし、審査員三人共から絶賛の嵐だった。

 一方、この結果に対してチャンピオンであった林には、悔しさとそして屈辱、さらに自分の料理を選ばなかった審査員に対しての怒りといった負の感情が渦巻いた。そして何よりも、自分が鍋包乱切という「人間風情」に負けたという事実が、林のプライドをひどく傷つけた。

「貴様らには――」林は天に向かって叫んだ。

「所詮貴様ら人間には、私の様なより高次な存在の創り出す、創造物の価値など理解できるはずがなかったのだ。やはりこの様な低俗で下等な種族など救う価値もない、滅ぼしてしまえばいい――」

 林の身体はどんどん緑色に染まり、指先も細長くなり、その姿はもはや人間ではなくなっていた。

 観客席、スタッフからもこの予期せぬ出来事に悲鳴が上がった。林はポケットから隠し持っていた銃を取り出した。その銃はへんてこな形をしており、一見すると玩具に見えた。

 スタジオ内が混乱に陥り、司会者も同じく状況を全く把握できていなかったが、林の持つ

銃を見たとき、すべてを悟った。その銃は、彼女の死体のそばに置かれていた彼女を殺した凶器であり、そして唯一の犯人の残した証拠であった。

(そうか、こいつが彼女を……)

 今まで忘れていた、犯人への怒りが彼の心の中で激しく燃えた。司会者は無意識のうちに林のもとへ走っていった。

「笹子―!」

 司会者は愛していた人の名前を叫んだ。それは今から「復讐」をしようとする己への鼓舞のためかもしれなかった。

 林はまるで当たり前のように銃を司会者に向け、その引き金を引いた。しかし、銃口から放たれたのは、弾丸ではなく黄色く光った光線だった。避ける間もなく、光線は司会者に直撃した。まばゆく光るやいなや、司会者は真っ黒の焼死体となり、その場に倒れた。

 スタジオ内の悲鳴はよりいっそう大きくなった。柿本は、驚きと恐怖のあまり失神し、山原は極度の錯乱状態に陥り、白目を剥きながらサンバを踊り出した。ただ、山本だけはこの混乱を幸いとし、音のなる腹を抑えながら急いでトイレへ向かった。

 逃げ惑う観客、スタッフ、それを無慈悲にそして無差別に自分の怒りに任せて殺していく、緑の怪物と化した林。もはやスタジオは、阿鼻叫喚の地獄絵図だった。しかし、そんな状況の中鍋包は冷静であった。彼は、自分のソース料理が出たときに、林が顔を歪ませたのを見逃していなかった。あの時は、ただ林がソースを嫌悪しているだけなのだと思ったが、もしかするとこれは、自分の弱点に対しての本能的な恐怖から来た反応なのではないかと考えた。

 これはただの推測でしかなく、賭けでもあった。しかし、この惨状を打破するには鍋包にはこの方法しか考えつかなかった。彼は自分の勘とひらめきを信じた。キッチン台の裏に隠れていた鍋包は、台の上に置いてあるソースを素早く取り、それを林に向けて投げつけた。気づかれればすべてが終わりだったが、林は怒りで我を忘れ、後ろから飛んでくるソースを認知することなく、それは林の後頭部に見事命中した。シューと後頭部から煙が立ち、林の頭は木っ端微塵に爆発四散した。頭をなくした林の身体は、力を失ったように崩れ落ち、二度と動くことはなかった。辺りにはソースの香りが漂っていた。




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