イースターエッグに狂気を込めて
美術館の一般展示ホールを貸しきったそこは、正しく世界の坩堝と化していた。
天国と地獄を二分する位置に血染めの天使が佇む巨大な絵画。
最新の機器を多数駆使した、バーチャルリアリティー式の猫カフェ。
効果的な照明とBGMを利用した、美しく見事なビオトープ。
モチーフは分からないが、不思議な癒しを放つ、不細工で可愛らしい変な生き物の彫刻。
内臓を引きずり出された、手足のない女型を象った、鉄線と電飾の組細工。
その他、個性を溢れんばかりに主張する傑作が並べられた空間は、参加した芸術家達の魂が詰まっていると言っても過言ではなかった。
歓喜と羞恥。憤怒や偏執。悲哀に苦悩。そして、快感。あるいは狂気。
自分の作品や芸術に対する筆舌に尽くしがたい感情がそこには確かに渦巻いていて。その重厚かつ胸を突くような迫力に、私は呼吸するのすら忘れ、暫し魅入ってしまう。
「週末に美術展示を見に行くんだけど、良かったら君もどう?」
そう恋人からお誘いがあったのは、水曜日の夜。彼の家にお泊まりに行った時だった。
えらく唐突かつ脈絡もない言葉に、私は少しだけ戸惑ったのを覚えている。急にどうしたの? と、殆ど無心で質問をすれば、彼曰く、同じ大学で美術を専修している友人が、学年展示を実施する。だから是非見に来て欲しい。と言われたのだとか。
丁度次の週末は予定がなく、なかなかない機会なので行ってみようか。そんな軽い気持ちでOKした彼は、そのまませっかくなので私にも声をかけたのだという。
「映画館、水族館、温泉に神社巡り……他にも色々行ったけど、美術館はなかったと思ってさ」
どうだろう? そう言って、僅かながら緊張を滲ませる彼。
大学に進学してから出逢ったこの人に、私が猛アタックすることほぼ二年。ようやく恋人となった彼は、私をデートに誘う時、未だにそんな気配を垣間見せる。
先約や、よっぽどの事がない限り私が貴方の誘いを断るなんてあり得ないのに。と思いながら、私は彼の手を取って……。今に至る。
美術館巡りだけだと絶対に時間も余るし、その後の食事とエスコートも然り気無くお願いして。楽しみにしてるわ。と、囁いて軽いキスを交わし。そのままベッドの中でイチャイチャしていたら、いつの間にか熱帯夜に突入したりもしたけれど、それはまた別の話。
初めての美術館デート。二人だけで静かな一時と作品の感想を共有出来るのは、思いの外に有意義だった。
そう。例えば彼を呼び出した友人さんが実は女の子だったという事実が判明したり。その女の子が私を見た時に何とも言えない反応を見せた。といったハプニングに見舞われたりしても、私はすこぶる上機嫌だったのである。
友達の女の子をよくチョロいと言って可愛がるけど、かくいう私も「僕の恋人の……」と、紹介されただけで舞い上がる辺り、彼女を笑えないかもしれない。
「……あら?」
そんな事を呑気に考えていた時だ。私はふと、展示スペースの一角に目を留めた。
真っ白なデザインテーブル。そこにしかれたお洒落なランチョンマットには鳥の巣を思わせる作りの編み籠が置かれていて。その中に……。
「……卵?」
と見られるものが乗せてあった。
本物だろうか? 浮かんだ疑問はそこだった。
まず大きさ。
置かれていた卵は、テレビで見た事がある、ダチョウの卵と同じくらいか。いや、もっと大きいかもしれない。
次に色。
それは何らかの宗教的な意味を持つのだろうか。赤を基調とした鮮やかな彩飾が施されていて、私は何となく実家にあったマトリョーシカを連想した。
ここに置かれているという事は作品だろうか。と思い、キャプションボードを覗きこむ。そこには、『どうぞご自由にお触りください』という手書きコメントと一緒に、タイトルが乗せられていた。
『港無き、主の舟』
そう記されていた。
洒落ていると称賛すべきか。凝りすぎて明後日の方へ向かっていると評するか。私の中では微妙だった。
ただ、季節外れではあるけれど多分これは『イースターエッグ』だという事だけは納得した。
復活祭。
日本ではあまり馴染みがないが、キリスト教的にはとても重要な意味を持つ祝祭は、春分の日を経た最初の満月……。の次に来る日曜日という、どうしてそんなに複雑にしちゃったのかわからない時期に執り行われるお祭りである。
名前の通り、その日はイエス・キリストの復活を祝い、国や地域により様々な形で催し物が行われるのだが、その上でよくやり玉に上げられるのが、彩飾を施されたゆで玉子、あるいは卵形のお菓子である『イースターエッグ』だ。
卵は生命を生み出す反面、卵そのものは命を持たないことから死と復活のシンボルになっている……だとか。
赤く染められる事が多く、それはキリストの血を表しており、血は生命の象徴なのでその色の卵は復活の喜びを意味する。
と、何故卵が主役になるのかは諸説が沢山あるのだが、私もそこまで詳しい訳ではない。
取り敢えず命の誕生だとか復活を意味していれば何でもいいんじゃないだろうか。
あと多産であり、豊穣の喜びの化身として、イースターエッグを運ぶとされるウサギ――、イースターバニーなんてものもいるが、これは地域によっていたりいなかったりするらしい。
これを踏まえてこの巨大イースターエッグを見ると、製作者の意図も透けて見える。
卵を船に喩えて。生まれてくる居場所を港としたのだろう。主と付けたのは、申し訳程度のイースター要素か、中にいる生命を示した。多分こんなところだろう。
茹で卵にされている以上、そこから生命は絶対に生まれない。だから〝港無き〟……なかなかにブラックな要素を孕んでいるなぁと感じた。
「K、Y……。イニシャルかしらね」
気になって製作者の欄にも目を向けてみるが、そこにはそれくらいしか書かれていなかった。男性か女性かも不明。
ただ、ご自由にお触り下さいの、丸くて可愛い文字から見て、多分女性かも。と、あたりをつけた。
「ねぇ、……っと、そうだった」
隣に目を向けて、触ってみましょうと言いかけて、私は少しだけ気が抜けてしまう。彼はついさっき、お手洗いに行ったのだった。
やだ恥ずかしいと思いつつ、そこからは何の気なしに行動した。他の作品と違い、手を触れてとあるので、これにも何らかの隠し要素があるのだろう。その程度の感情だった。
指先から、掌へ。ヒヤリとしていて、手触りは少しザラザラしている。そして……。
『――――タスケテ』
微かな声が、私の耳に爪を立てるように聞こえてきた。
え? と、思ったその瞬間、私は猛烈な頭痛に襲われる。
スプーンで脳味噌を掻き回されているかのような、吐き気を催す感覚。私はふらつきながら、イースターエッグから手を離して――。
※
信じがたい事に、カーテンで完全に締め切られた部屋の天井付近を、私は浮遊していた。
私から見て左右の壁には様々なタッチで描かれた油絵が飾られている。
正面には大きめの机があり、その上には画材などが並べられていた。目につくかぎり、多種多様の絵筆がペン立てのようなケースに入れられ、絵の具らしきものと、赤黒い液体が入ったビーカーが数個。こうして見る限りは、絵描きさんのアトリエのように見える。
ミキサーや冷蔵庫など、あまり用途が想像しがたい妙なものもチラホラ見えたけど、そんなものは些細な一要素。……今は、それを気にする余裕がなかった。すぐ真下に、異様な光景が広がっていたからだ。
「――っ! ――ぅ!」
くぐもったうめき声が、アトリエの中に響く。
私と同い年位の女性が、どういう訳かバニーガールの格好で手足を拘束され、猿轡を噛まされたまま、仰向けに寝かされている。必死に逃げようとしているのだろう。鎖をガチャガチャと軋ませながら、身を捩っていた。
その前には、顔は見えないが全裸の青年……だろうか。後ろ手に手錠を掛けられたまま、膝をついている。
そして……。
「芸術的なイースターエッグを作ってみよう! 最初はね。血に染まった子宮だけで、充分に役割は果たしてると思ったの。けどほら。それだけじゃ味気無いじゃない?」
全裸の青年のすぐ後ろに、誰かが立っていた。例によって今私が浮かんでいる場所からでは、その姿は見えないが、高い可愛らしげなソプラノの声からして、恐らくは女性だろうか。
「だから、摘出した子宮に色塗ったり、ビーズをつけてみようとしたんだけどぉ。ナマモノだから難しいの。仮に塗れてもちっとも綺麗じゃないし。だ・か・ら……閃いたの! そうだわ。卵なんだから、殻を被せなきゃダメじゃない! ってね」
いぇーい。という明るい声と一緒に、カラカラと何かが転がされるような音がする。女性と青年を見下ろしていた私の視界に、鶏卵サイズの丸いものが、いくつもアトリエの床を転がっているのが見えた。
赤、青、黄色。様々な色彩が加えられたそれは……遠目からでは普通のイースターエッグにしか見えなかった。
「でも、樹脂粘土じゃあ、リアルとは程遠い。というわけで、登場するのが……こちらの石粉粘土ちゃん! いやぁ、初めて使ったけど、楽しかったなぁ。知ってる? これ、フィギアとかにも使われるんですって! これで優しく包み込んで固めれば……完成よ! 子宮を使った、イースターエッグ。フフ……何も知らない人がこれでエッグハントをやってるとこを想像しただけで、あたし……、あたしぃ……!」
キャッキャと騒ぎながら、女は楽しげに嗤う。青年は俯いたままで無言。縛られた女性は、目に涙を浮かべたまま、イヤ。イヤと、首を横に振っていた。
一方私は無造作に打ち捨てられたいくつものイースターエッグ擬きを見せつけられ、吐き気を堪えるのに必死だった。
この女の言うことが正しいならば、あの中身は……。
「でもさ。これでもまだ、あたし的には物足りないの」
悪魔的発想に私が戦慄している傍で、女は……。殺人鬼は更にとんでもない事を口にした。転がる犠牲の象徴は、一つや二つではない。それなのに……足りない?
「ほら、ただ女一人殺して出来る卵だなんて、悲劇としては三流だと思わない? 私は芸術家だから……最高なバッドエンドを作りたいの! ねぇねぇ――くぅん。どんな事を考え付いたと思う?」
青年の名前だろうか? とびっきり甘い、恋人にでも囁きかけるようなその声は、エコーがかかっていてよく聞こえない。
青年が震えながら首を横に振れば、女は息遣いを荒くしながら「ウサギさん」と、呟いた。
「イースターバニー。知ってるでしょ? イースターエッグを運んで来るの。せっかく卵を作るんだから……バニーさんも用意しなきゃダメだよねぇ……!」
血処か、全身の体液が凍りつくような声が、おぞましい計画の全貌を明らかにする。
気がつけば、青年の頭に、女は楽しげにウサギの耳を模したカチューシャを取り付けていた。視界の端に、さっきからキラキラしたものが目に入る。あれはナイフ……だろうか?
「あたしが望むこと。わかるよねぇ? さ、素敵なイースターエッグを作りましょう? 今からなら、多分来年の夏くらいには……フフ……ウフフフフ……!」
「――っ! ――ぁ! ――ぉ!」
青年が頭のてっぺんから爪先まで震える前で。女性は絶望で顔を真っ青にしながら、もがき続ける。やがて、青年はノロノロと、後ろに突きつけられた刃物から逃げるように、憐れなウサギに近づいて……。
※
「おーい、大丈夫ですかぁ?」
霞み、チカチカする視界の端で、誰かの声がする。
まだ頭痛に苛まれる私が、胡乱な目をそちらに向けると、そこには中学生位にも見える、黒いワンピースに身を包んだ茶髪の女が立っていた。
「えっ、と……」
「どうかしたの? 顔色……悪いですよ?」
愛らしく首を傾げる女性。そこで私は、何が起きたのかを思い出した。イースターエッグに触って、そして……。
弾かれたように、さっきまで触れていたものを見る。真っ赤な巨大卵は、今もそこにあった。
「…………っ」
今視えたのは? あの中身は? そんな考えが先行し、私は全身から血の気が引くのを感じていた。そこにあるものが恐ろしくて堪らなくて……。故に。さっき声をかけてくれた女性が、すぐそばにまで近づいているのに気付かなかった。
「ねぇ、お姉さん」
高く可愛らしい、ソプラノの声。どこかで聞いたような……という考えが脳裏をよぎった時、私は彼女に手首を捕まれていた。
「……え?」
「白い肌に、不思議な髪……外国の人? お人形さんみたいに、とっても綺麗なのね」
囁くような優しい声。だが、何故だろうか。私はその時、喉笛にナイフを突きつけられているような錯覚に陥っていた。
「ねぇ、どうだった? 感想を聞かせて?」
「感、想?」
「触ってみたんでしょう? 〝あたしの作品に〟」
そのカミングアウトは、あまりにも強烈過ぎた。
背中を冷や汗が伝う。逃げろ。逃げろと、私の勘が叫んでいる。目の前の女は、それほどまでに得体の知れない空気と……微かな。生臭い血の匂いがした。
「ここが開いてから。触る人をずーっと見ていたの。みんな首を傾げて。何だこれ? って顔をするばかり。ウフフ……なーんにも知らないでね」
恐怖で足が動かない。私が視たものがバレてる? じゃあやはりさっき視たのは……。
「お姉さん、時間ある?」
「……ないわ。デート中なの」
「あら、彼氏持ち? あたしもいるのー。ねぇ、ならダブルデートとか……どう? あたしの作品、他にも見せてあげるよ?」
「ごめんなさい。彼と二人きりがいいから、お断りよ」
声が震えぬよう、気丈に言い返す。手首を掴む力が、だんだん強くなっていく。女はまるで獲物に飛び掛かる直前の猫みたいに目を細めて……。直後、不意に後ろから誰かに腕を掴まれて、ビクリと身体を跳ね上げた。
「失礼。僕の連れに、何か御用ですか?」
その声を聞いた瞬間、私は全身から力が抜けていくのを感じていた。女の後ろには、私の恋人が、無表情のまま佇んでいる。その片手は、私を掴んでいない方――。ポケットに突っ込まれた、女のもう片方の腕を押さえつけていた。
「……騎士様かしら?」
「そうなるかは、貴女次第だ」
鋭く低い声。明確な怒りを含んだ声を出す彼と女の睨み合いは、女が私の手をそっと離すことで終わりを告げた。
彼はそれを見届けると、些か乱暴に女を私から遠ざけると、すぐに私の手を掴み、庇うようにしながら足早に歩き出した。
「離れるよ」
「え、あ……うん」
「で、ごめん。伝えることだけ伝えて、ここから出よう。突き出そうかとも思ったけど……暴れられるのが怖かったから」
「暴れ……突き出す?」
よく分からない事を言う彼は、厳しい顔つきのまま、時折後方を確認しながら、私を引っ張っていく。やがて、角を曲がり一つの作品の前に辿り着いた。綺麗なビオトープの前に、さっぱりとした編み込みショートヘアの女性が立っている。彼をここに招待した人だった。
「あ、滝沢君。どうだい? うちのクオリティーも捨てたもんじゃ……」
「ああ、素晴らしかったよ。けど、一個だけ。芸術家だから、個性的な人が多いのは理解してるよ。でも……刃物をちらつかせるのは頂けない。学友なら、その辺しっかり言い聞かせておいて欲しいな」
「…………え?」
その言葉に、友人さんと私は同時に目を丸くした。
刃物? ちらつかせていた?
…………まさか。
「ね、ねぇ。もしかして……」
「君の方からは見えなかっただろうね。さっきの女性……ポケットからナイフを取り出していたんだ。僕が抑えた時には、また隠しちゃったけど」
つい先程の場面を思い浮かべる。そういえば彼は何故か私を掴んでいる腕とは、逆の方を捕まえていた。その手はどこにあったか。女は確か……。
「――っ」
恐怖が再燃する。もし、彼が少しでも来るのが遅かったら? 女は隠していた刃で、一体何をするつもりだったのだろうか。
「ちょ、ちょっと待って! 待ってよ!」
私が寒気を覚えていると、すぐ横で慌てたように友人さんが声を張り上げる。硬直から解かれた友人は、あり得ないという表情で首を横に振った。
「た、確かに美術専修は変態・変人の巣窟だ。常識外れな奇行種がいるのも認めよう。けど……! 刃物をちらつかせるような、倫理から外れた奴はいない!」
「でも、はっきり自分の作品って言ってるが聞こえたよ?」
「……あの。感想も、求められました」
「――っ、バカな。私達は、作品に誇りを持っている。そんな自ら貶めるような真似……」
ワナワナと身体を震わせながら、友人さんは唇を噛み締める。が、数秒後には切り替えるように小さく頷いて、「名前は? あるいは、そいつの特徴……いや、感想求めたなら、作品を言って貰った方が早いか」と、問いかけてきた。
私はそれに対してゆっくりと、作品の特徴を話していく。流石に子宮が云々は話せなかったけど、ともかく全てを説明する。
すると、友人さんは最初に眉を潜め。次にポカンと口を開けてしまった。
「イースターエッグ、だって? いや、待ってくれ。そんな作品を展示した人……うちにはいないよ?」
「…………え?」
今度は、私達が口を開ける番だった。
いない? じゃあ、私達が見たあれは? 触ったものは……。
その時だ。静寂に満ちていた美術館に、まるで水を入れたバケツをひっくり返したような怪音が鳴り響いた。
一瞬の間が空く。だが、すぐに友人さんは「失礼!」と言い残し、風のように走りさっていく。向かったのは……。私達が、逃げてきた曲がり角だった。
「何だ何だ?」
「……ひっ!」
「おい、誰だ? こんな意味わからんもの置いた奴!」
「ひでぇ、ペンキまみれじゃないか」
「ペンキ……か? 何か臭いぞ?」
そんな騒ぎが向こうから聞こえてくる。私は少しだけふらつく足を何とか踏ん張って……。気がつけば、彼に後ろから抱き締められていた。
「大丈夫」
小さく耳元で、彼が言う。暖かい腕が、私の不安や恐怖を覆い隠していく。
「大丈夫だから」
泣きそうになる温もりに包まれたまま、私は目を閉じる。
タスケテ……! という悲鳴は、未だに耳にこびりついていた。
※
何もかもが謎に包まれていた。
監視カメラには女の姿は影も形もなく。卵だけ、美術館が開いたと同時に突然映像の中に現れたらしい。
現場にぶちまけられた生臭い赤黒いペンキも、卵を中心に突然広がったという、怪奇現象っぷり。
変ないたずらでは? という形で話は纏まり、あの卵は、一応証拠品として警察に押収された。
謎といえば、もう一つ。あの女性は何だったのだろうか。幽霊か、幻か、それとも他の何かか。それはもう、誰にも分からない。
以来私は、彼女の影も形も見ることはなかったのだから。
ただ、確かな事が一つだけ。
あの日私がイースターエッグに触れた時に視たものは、間違いなく死者の告発だったのだ。
後日、押収された卵から異臭が漏れ始め、〝中身〟を確認したというニュースが流れた時、私はそう確信した。
孵る筈のないイースターエッグからは、腐敗した子宮と未成熟な胎児が出てきたという。
港無き船の主は、己を害した者への恨み節と、身の毛もよだつような恐怖を……産声としてお茶の間に届けたのだ。