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ロスト・アナムネーシス【打切】  作者: 八雲 辰毘古
第2部 愚者は識り、賢者は忘れる
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 賢者など恐るるにたらぬ。

 だが愚者には気をつけよ。

 愚者こそが最も恐ろしいものだからだ。

 またか、と〈調整官〉は言った。

 心底あきれた調子だった。

 〈調整官〉はデスクのまえに計画書を放り出し、そのうえにペンを投げる。(ペーパー)は、まだ事務仕事において重要だった。


「機甲戦闘艦〈ファランクス〉の新造について……とは、まったく、〈星府〉の連中はどれだけの軍備を増せば気がすむんだ」

「と、言われましても……」

「自分は上からの命令でやりました、とでも言うつもりかな」

「いえ、そのようなつもりは」

「ならきみは責任を取れるか」


 息を呑む音。沈黙。

 〈調整官〉は眉をひそめる。


「つまらないやつだな」

「は、はあ」

「もういい、ゆけ。是非は返送する」

「了解しました。失礼します」


 敬礼して立ち去る。

 秘書の李燕(リー・エン)が入れ替わりで入った。


「また使い走りで遊んでたのね」

「人聞きの悪いことを言うな。俺は覚悟を問うただけだ」

「そんなふざけたことを言っているから、こんな辺境で仕事するハメになってるんですよ。わかってるんですか、アーヴィング」

「まあ、間違っちゃないな」


 〈調整官〉自身は、悪びれない。

 今度は李燕が呆れた。


「〈円卓議会〉から厄介払いされて、いったい何年が経ったとお思いですか。〈調整官〉が火星の軌道上で常駐しているだなんて、それこそ非常識だわ」

「だが〈調整官〉が議会に常駐していなきゃいけない法はない。ラグはあるがメッセージを送ればいいのさ。そもそも《機関(オルガノン)》は〈星府〉を監視するのが本来の任務なんだし、問題はないだろう」

「いいえ、あります。わたしは家族と一緒に過ごしたいの。……どうしてあなたみたいなヒトの秘書になったのかしら。栄転だと喜んだあの時の喜びを返してほしいわ」

「おいおい、私情を挟まないでくれ」

「挟まずにいられますか!」


 思い余ってデスクに叩きつけられたのは、新しい書類だった。勢いよく載せられたために妙なシワがついているが、〈調整官〉はしぶしぶそれを読んだ。

 それで? と問う。


「『穂村七瀬』に関する報告書です。もともとあなたは、彼女を逃した前任者に代わって火星に来たんでしょう?」

「んー、まあそうなんだが。探す、つったって、宇宙は広いぞ。火星ひとつ取ったところで、そこの地下組織ですら把握しきれてないんだ。ましてや個人の行方がどうなったかなんて」

「そう言ってもう三年が経ってます。あれからいい加減進展があってもいいじゃないですか」

「そんなこと言われてもなあ」


 見つからないものは、見つからないのだ。

 そもそも命じられた任務は、〈星府〉の監視役として派遣されたということにすぎない。穂村七瀬の捜索および身柄の保護に関しては、直接言及されていないのだ。前任者の職務を引き継ぐという意味で、その任務がないわけではないのだが、正式な打診はない。

 だからする必要がないだろう。そう言ってやった。

 すると李燕は言う。


「あなたには昇進意欲がないんですか!」

「あいにくなことに、ない」

「はぁぁああ」


 崩れ落ちるように、顔に手を当てて俯く。

 手のひらのなかで、こんな上司のせいでわたしの人生安泰コースが台無しに……とつぶやく声が聞こえるが、まあ気にしないことにした。

 この女、有能なのはまちがいないし、黙ってれば美人なのだが、いかんせん口数が多すぎる。〈調整官〉は微苦笑した。俺とは真逆のタイプだ。たぶん、それこそ俺とは真逆の理由でこんな辺境に追いやられたにちがいない。不憫なことだ。


「まあ、何かあればそのうちなんかあるさ。俺がやらなくても、〈星府〉が全力を挙げて捜索してる。その仕事っぷりを、俺らは視てればいいだけさ」

「……もう知りません。好きにしてください」

「よし言質は取ったからな」


 早速だがついてこい、と〈調整官〉は立ち上がった。部屋を出る。

 驚く間もなく、李燕は従った。

 彼らが出たのは火星軌道上コロニー、セクターⅥ官庁エリアの一画だった。殺風景なビルディングをエレベータで降下し、地下駐車場に駐めていた電動ヴィークルに向かう。しかし運転席に乗ろうとする〈調整官〉を制して、李燕は尋ねる。


「どこへ行くんですか。わたしが運転します」

「そうか。じゃあ宇宙港まで頼むよ。火星〈星府〉の軍営のやつだ」

「え、はあ?」

「好きにしろと言ったよね?」

「……ええ、まあ」

「ちょいと見過ごせない事態なんでね、事情は追って話すよ。ひょっとすると〈円卓議会〉に招集を掛けられるぐらいの大事になりそうだし。まあとりあえず宇宙港へお願い」

「……了解しました」


 なんだか仲間はずれにされた心地で気にくわないのと、煽てられた気がして、神妙な顔になる。だがとりあえず、李燕は車を出した。

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