2話 何故君は理解できない(憐
地下室といえば陰気で退廃した部屋を思い浮かべたものだが、此処はそんなことはない。研究者全般に言えることだが、執務室が資料で散らかっていようと実験室だけは清潔なのだ。
同じく、此処も清潔だ。当初は灰色のタイルだったが今は磨きに磨いて真っ白で、入り口にはマイ白衣(特注)を用意し埃が舞わないように配慮している。
「ゔぅ、だずげてぐれ〜」
喉が少し潰れているモルモット一号くんが檻の中から此方に手を伸ばしてきたので白衣にそれが触れそうになった。しかし、あと僅か数センチというところで触れられなかった。
「おでのゔでがぁ」
そう、腕が無くなった。ご愁傷さまです。
彼の腕の行方はというと自分の背後だ。正確に言えば私の影にバリボリと喰われている。
口があり、目があり、影は常にウニョウニョと蠢いていた。
「別に今のは対処できたのだが、まぁありがとうと言っておく。」
そう言うと残りの腕を一口で呑み込み、元の形に影は戻ると目と口も消えた。
此奴は「陰潜み」と呼ばれる錬金術の生体錬成分野の魔法生物で名前の通り影の中に普段は隠れ、主に主人のボディガードをしていることが多い。
私は魔書に書いてあった通りに創り、魔力を込めれば込めるほど強い魔法生物になると書いてあったのでフルパワーを込めてその通りにしたら中々のモノが出来た。
素早さだけならマキナ級だ。
「おでの、おでがぁ」
「もう死ぬ、か。その出血では助かるまい。ちょいと早いがアケディアに捧げてやるか?いや、こんなに頭がイカれてては魂の質とやらも下がっているんじゃ?」
「じぬぅ、だずげで。」
よし、命は尊いと騒ぐ輩がいるのだ、偶には協力してやろう。無駄にしないという方向で。
「助けて欲しいか?」
「おでがわるがっだぁ、だずげで」
「分かった。では、まず傷痕でデッカい円を描いてくれ。」
一号くんは言われるやいなや、丸を描いた。
「その中に座って。そうそう、しばらくそうしていてくれ。」
「わがっだぁ」
片膝をついて、手を組み、目を瞑って祈る。
(アケディアに捧ぐ供物、ちょいと早いがくれてやるからもらっといてくれ)
そう思いながらアケディアの顔を思い浮かべる。幸いにも滅多にいない美人だったので直ぐにイメージ出来た。
すると近くの呼吸音が消えた。目を開けば完全に横たわっていた。死んだようだ。
「食べていいぞ、ただし早くしろ。」
ガリボリバキボキ不思議と肉を食う音はせず、骨を齧る音だけが聞こえる。
最後にゲプッと何処から出したのか分からないゲップをすると陰潜みは元に戻った。
「……相変わらず分からない。解剖も出来ないし、知りたいなぁ。」
そう呟きつつ、地下室の奥へ奥へと進む。
そして廊下の突き当たりには魔術師が奴隷の首輪をつけて大の字に貼り付けられていた。
「やぁ、先生。嬉しいよ、貴方がそんなにも献身的で。」
まだお寝んねしているのか?困った人だ。
しかし今日の私は優しいからね、起こさないであげよう。
そう言いながら、闇魔法で作った、切れ味は良いが、痛みは鈍くなるというナイフで腹を開いて手を中に入れる。
ビクン、と身体は跳ねたが意識は戻らない。
次に彼の身体を循環している魔力を彼の心臓に集まるように、私の魔力で誘導する。
「ん?熱い?ぁづい!」
「あら?先生おはようございます。」
「だにをじでいどぅ!?」
「ん?何?」
「だがだ、だにを!?」
「あぁ、もっとハッキリおっしゃってくださいよ。えー、何をしているのか?と言うことで正しいならば、ズバリ、魔核を作っているのです。」
先生は血走った目で先を促してくる。
「えー、魔核というのは知っての通り魔物の心臓か脳に有ります。これは魔物の体内で蓄積された魔力が結晶化したものですが、魔核というのは魔物が死ぬと急速に劣化し、ある程度の劣化で止まるのです。それが今現在我々が魔核と呼び、魔道具に使っているものなのです。」
「だがら、どうした!?」
「で、魔物が確実に生きているうちにコレを取り出し、ある加工をすると、ゴブリンの魔核でも従来のオーガーの魔核に匹敵する程の魔力保有量を持つんですよら!そして!取り出し加工を施した魔核を同じ種族の別個体に与えると魔核は吸収されてしまうのです!」
コレは偶々分かったことなのだが、経緯としては、魔書に魔物を殺さずに魔核を取り出す方法と魔核の加工の仕方が書いてあったのでとりあえずやってみて特に使い道のなかったので保管して置いたら明らかに数が減っていたので、そこからはトライアンドエラーの精神で実験を繰り返して成果が出た。
そして加工された魔核同士は含有魔力量の多い方の魔核をベースに吸収されるらしいことが分かってから、魔物から魔核を取り出すために心臓を切開しているとき、ふと思ったのだ。
(生きている魔物の魔核を生きたまま加工して、加工済みの魔核を吸収させたらどうだろう?)
生かしたままの加工は難易度が高いし検体が耐えられなくなり数多く無駄になったが、四十二回目のゴブリン君が虫の息だが生き残った。直ぐさま近くのゴブリンの加工済み魔核を取り込ませた。
結果は大成功。息を吹き返すどころかそれまでにその魔核に吸収させていた七十二匹分の魔力をそっくりそのまま手に入れたかのように力を増大させた。まぁ当然含有魔力量は四十二回目のゴブリン君の方が少なかったので呑まれ、精神は破綻し暴れ回り、私でも屋敷を破壊せずに捕獲するのは困難な程強力になり二号くんと四号くんがミンチにされた。
それからは、魔核を取り込んだときの精神汚染具合を中心に研究し、ベースの含有魔力量の方が多い状態ならば、ベースが精神汚染される確率は極めて低いことが分かった。
今思い出しても素晴らしい発見だったと身震いし、貴方もそう思うでしょう?と目を輝かせて先生を見るが、震えているだけで反応がない。
「…それでですね、人間には当然魔核はないですよね?」
人間は魔物ではないのだから有るはずがない、此れは問いというより相手の反応を引き出すための質問だ。
しかし先生は相変わらず沈黙している。如何やら話す気は無いらしい。
「…それが如何やら、無理矢理一箇所に魔力を集めると魔核が生成されるんですよ。と言ってもある程度魔力量がないと生成する前に身体を維持できなくなって死んでしまうのですが。」
それを聞くと、先生は乾いた唇を僅かに動かした。
「ぁ…」
「あ?」
「…ゴノッ、アクマメェッッ!」
わーお、頭がクラックラする。しかし悪魔とは、全く。
「先生、今の先生のお姿の方が悪魔らしいかと自分は思うのですが?」
この部屋、手術室であるからオペのときの採光用の鏡を取り出して彼に見せてあげた。
その鏡には口と鼻、それと開いている腹から炎を吹く人間がいた。
「先生、貴方は魔核を生成したことにより半魔物と化しているのです。」
淡々と告げられた事実に彼は一瞬悲壮な顔をした後、心がポッキリ折れたのか何も反応しなくなった。
「…早く終わらせますか。」
イジメるのは相手が喜怒哀楽の何かを感じてくれて初めて快感に感じるのだから。少なくとも私はそうだ。
無駄話をせずに魔核を完成させ、錬金術で作った心臓の代替品と交換し、取り出した心臓から魔核を取り出し、闇属性の魔力で包み専用に調合した薬品の水溶液に魔力ごと入れた。
五分後、水溶液から取り出すと、表面から魔力が漏れ出し、まるで太陽のように炎が這っているかのような魔核が出来ていた。
「何とも、まぁ、綺麗なことで。」
加工するか、当初の予定通りにするか迷うところではあるものの、暫くは観賞用か、と思い机の中にしまう。
地下室の廊下をカツカツと歩き、入り口から外に出たときの、やけに眩しい太陽が印象に残っていた。
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幼子が出てきた地下室の突き当たりの部屋は、ただ肉が焦げた臭いと血の跡だけが残っていただけだった。
そして幼子の影には、何者かの腕は呑み込まれていった。それは助けを求めているようにも見えたが、数秒後には其れすらも見えなくなった。
ブクマ、ありがとうございます。