1話 酒は呑んでも呑まれるな(危
(これは、転生した、のか?)
正面には金髪の美人さんが自分の目を覗き込みながら頭を撫でてくる。喧しい赤子の泣き声は如何やら自分が発声しているらしい。
「奥様、お嬢様の授乳のお時間です。」
声がした方を見れば使用人が立っていた。
「あら?シャルを見てると時間が進むのが早いわね〜。」
「本当に、愛らしゅうございますね。」
使用人と美人さんが溜息を吐く。
「あの人はなぜ認めて下さらなかったのでしょうか。」
「奥様、手前の娘の髪色が似ていなかったところで慌てふためき不貞を疑うような浅慮な考え、上位を敬わないような輩にはやはりその程度が限界なのでしょう。」
と、怒りに満ちた声で言った。
「貴族たる彼が、まさかあそこまで愚かで思い上がるとは思いませんでした。」
「…それは我等使える者の失態でした。不幸にも”事故”でお亡くなりになられましたが」
使用人は全く悲観することない様子でそう言った。
「あれは不幸な出来事でしたが今となっては我が家に汚点が残らなくて良かったわ。」
「男があの様に狼狽えるとは……アレが御家を継いだとなれば他家に餌を与えるようなものでした。」
「そうね。キュベット伯爵家の名に傷が付いていたらご先祖様にお顔向けできませんものね。」
「奥様、後悔はしておりませんか?」
「それは事故のことかしら?」
「はい。」
「それについては後悔なんてしていないわ。私が後悔しているのは彼の誘いに乗った私の浅はかさ、それ以外はこの娘のためですもの。後悔しようがありません。」
「そうでありましたか、不躾な事を聞いて申し訳ありませんでした。さて、シャーレお嬢様が待ちくたびれております故、行きましょう。」
「そうね。」
そうして部屋を移動した先で、自分はお乳を飲まされると眠りについてしまった。
______________________________
「シャーレお嬢様は魔法の才に豊んでいらっしゃるようで。」
それが四歳になった自分に魔法を教えるためについた教師が顔を引きつらせながら言った言葉だった。
キュベット伯爵家の、つまりは我が家の庭の自分の前には蜘蛛の巣状に罅が入り、やや沈下した地面がある。このスカした顔をした家庭教師が私の実力を見るために全力で魔法を打ち込めというので、教師の少し手前に圧縮した魔力塊を投げてやったのだ。
勿論全力ではない。何故かデウス・エクス・マキナの性能のままのこの体、フィジカルだけでも魔法の様な事ができるのに、その上、類を見ないほど、と頼んだのだからか人類を逸脱した魔力量を持った私だ。全力でやれば我が家の屋敷が吹き飛ぶ。
というか、此奴に教わる事はなにも無い。1度デウス・エクス・マキナに書き込めば忘れることはなく、既にこの世界の高等教育までならば地理歴史は完了しているし、魔法だろうと魔力の動かし方を知ってしまえば魔法教本を暗記したことにより四歳の家庭教師をやる程度の者に教わる事はないのである。
そして家庭教師は
「お嬢様も魔力の使い過ぎでお疲れでしょう」
と言うと私を使用人に預けて帰ってしまった。そして私はそれを母に言う。
「お母様、あの者が私になんて教えることは何もないっておっしゃるんです。」と。
するとすぐさま我が家の組員が街へ降りて家庭教師をひっ捕え、私の専用地下室に奴隷として運び込む。母は言うのだ。
「優しい彼は魔法の事は教えられなくても、シャルに錬金術の事を我が身を以て教えてくれるらしいわよ。」と。
組員とは伯爵家子飼いの武装集団の事だ。我が家は女系の遺伝子が強く表れるせいか、代々女系なので他家から侮られない様に兵士や騎士より見た目に凄みのある組員をボディガードにしている。ちなみに組員とは昔あった、日本でいうヤクザや欧米の正統マフィアのようなもので、後ろ暗いが芯はある。しかし彼らはあくまで表の顔。
キュベット伯爵家の裏は私でも驚くぐらいに凄かった。暗殺部隊に諜報部隊、工作部隊、闇市商売、それも「戦時中か?」と思うくらいに実力がある。まぁ私がそれらを相手取るのは余裕のよっちゃんだが、伯爵家主導でそこまでやっているのに驚いたのだ。
と、その為伯爵家直下で治めるこの街も後ろ暗いことは盛り沢山、この大陸で一番闇が深いんじゃ?と思うが、元締めの手腕が良いのか監査官を毎度欺いている。いや、失敗したら街道に晒して魔物の所為にしているのか。
そんな闇色成分たっぷりの伯爵屋敷も隠し部屋から地下室まで沢山ある。私の専用地下室もその一つだ。
そしてそこでは錬金術を学んでいる。三歳になって15日経つと、突然自分の本棚に錬金術の魔書が置かれていたのだ。たしかにその瞬間までなかったのだが、瞬きの間に置かれていた。当時は空間魔法?と頭をひねったものだ。また、魔書というのは本型の生きた魔物で大抵は最重要禁書として魔術協会が封印をしている。
そんな魔物に飼い主と認められた私は錬金術を学び、この街の法を犯したものたちが実験台になってくれているので日々着々と力をつけている。
あの魔書によると魔法適性が無いと使えない錬金術が幾つかあるのだが、マッドでハイになってしまうような実験は闇属性だったので助かっていた。
しかし、それも今日で終わる。魔法使いのモルモットが手に入った。
魔書には書いていなかったがおそらく、自分のやり方で魔法適性を抽出できる。確か、彼の魔法適性は炎だったか?
「あぁ、どうして未知というのはこうも心が躍るのだろうか?」
精神学上如何してかは知っていても、そう言わずにはいられなかった。
「愉しみだ。」
______________________________
まだこの街に来て数日、流れの冒険者兼魔術士である僕は早くも此処が嫌いになっていた。
悪党の街と裏では有名なこの街は、来てみれば綺麗に掃除され、整備された石畳の上を荷馬車が通り、市場には露店が軒を連ね、売り物もやや高いが上質、あちこちで喧嘩は見かけるがそこまで大事にはならない程度。
他の街でやらかしてしまった僕としては顔を隠すのにうってつけだと思い来たのに期待外れだった。
他の街の者は余所者に冷たいが、此処ではそんなことはない。僕は中々酷いことをやらかした、そして逃げてきた。それがこんな優しい人たちを巻き込んでしまうと思うと心が痛い。だから嫌いだ。
出て行こうと決意し、この数日世話になった酒場へと向かったのは日が暮れてからだった。
相変わらず強面の町人たちでごった返していて、酒場は今日も大盛況だった。強面の町人たちが良い人たちなのは、ミニスカートの可愛いウエイトレスに誰も手を出さないことでよく分かる。僕がナンパをしてフられたら慰めてくれたくらいだ。
カウンターへと向かい、酒場のマスターに注文を入れる。
「おやっさん、ハーブ酒を。」
今日は気取って高めのハーブ酒を頼んでみた。飲んだことはないが町人の皆もそれを頼んでいるので美味いのだろうと考えると唾液が出る。
「おう、待ってろ。」
おやっさんはそういうとカップを持って店の裏に行き、戻ってくると木のカップには琥珀色の液体がなみなみと注がれていた。
ゴクリ、と唾液を嚥下し、カップに口をつける。甘い香りがした。
ゴクッ。まず一口、と呑むと苦味の後、頭が痛くなるほどの快感。美味い。今までこんな酒は呑んだことがない。美味すぎる。
ゴクッ、ゴクッ、ゴクッ。
美味すぎて止められない、美味い、美味い。
「おやっさん、もう一杯!」
「お前、金は?」
「金ならある!これで呑めるだけ、くれ!」
おやっさんは裏に行き、戻ると今度は樽ごと持ってきた。
「こんくらいだと、あと5杯ってとこだな」
そこからはあまり覚えてない。朝起きたら宿のベッドにいた。呑んで飲んで、金のある限り呑んだらおやっさんに身の上を話したりして、何か相談したんだが、はて何だったか?そう考えているとドアが二回ノックされた。
「ん?どちらさま?」
「キュベット伯爵家からの使いの者です。魔法の家庭教師の講師を引き受けてくださった人だと聞いてお迎えに来たのですが。」
ん?ああ、よく思い出せんがおやっさんとは金策の話をしたような…だから家庭教師か。
「はーい、少々お待ちください。」
そう返事をすると散らかっていた荷物を纏め、ドアの外に立っていたこれまた強面の人についていった。
到着いたしました、と言われ屋敷の前で、先に前金を、と金を渡された後、広い庭を通って行くと白髪の幼い女の子がいた。
すると隣の強面が、
「お嬢様、講師の方が参りました。」
そう告げた。
こんな小さい子が果たして魔法を理解できるのか?と思いつつ、僕は強面を下がらせるとレッスンを開始した。
___________________________________
結果はレッスンなんて要らないほどの才女だった。故にそうそうに終わらせて、僕が教えたということにしようとした。前金だけでコレなのだから、と報酬に夢を膨らませた。
明日もなあなあで済ませて金を貰うか、そうおもえば心が躍った。酒が呑める、あの酒が。
最期にそう考えると、後頭部に強い痛みが走り、僕は意識を失った。
後半はモルモットに同情しないように追加したのですが、どうだったでしょうか?
感想、ブクマ、お願いいたします。