後編
【お願い】
過度な期待はしないで下さい。
クスりとでもしていただければ幸いです。
‐中継点‐
急遽解放された謁見の間で、次々と上げられてくる報告を、“ヘイボーン”王は泰然として玉座に座ったままただ静かに聞いていた。
それに対して宰相の“ユウノーナ”が、想定される事態への下準備としての指示を出して行く。
近年では希にみる名君として諸外国に知られているヘイボーン王だが、その人間性では実に凡庸であり、物事に対する思考・発想力は一般人のそれと何ら変わるところはない。
少し頭を働かせれば誰でも思いつくであろう政策を、さも大発見であるかのように、教師であり親友でもある宰相のユウノーナに持ち込んでは、あれが駄目これが足りないと添削されていた。そして、王の意を汲んだユウノーナは、それに磨きをかけて実現可能な形で実施することで、この国は民と距離の近い政治を行う事が出来ていた。
ヘイボーン王は、報告を聞く内に頭を抱えたい気持ちで一杯になっていった。
今は無用な混乱を避けるべきだとして、ユウノーナに余計な発言を禁じられ威厳を示すことのみを求められていた。
始まりは、“トーリス・ガリ”という商人が、“モ・ヨリ市”の傭兵ギルドに持ち込んだ目撃情報であった。当初は眉唾な話だとして、ギルド側は調査依頼として受け付けるという対応をとったそうである。
しかし、トーリスが帰った後、時を置かずして何組もの商人や傭兵が魔物の大群を目撃したという。俄然真実みを帯びてきた話に、ギルド側は大慌てで都市庁舎に連絡を入れるべく、ギルド長自らが走ったそうである。
第一報が王都に伝えられた段階では、まだ気持ちに余裕があり、この時のギルド長の剣幕に機知を利かせた笑い話が添えられていたが、次々と上げられてくる報告の常軌を逸した内容に、笑っている場合ではないという空気に変わっていった。
ユウノーナは迷っていた。
本来ならば今すぐにでも騎士団を再編成して、討伐なり都市の防備に着かせるなりの措置が必要なのだが時期が悪かった。折しも魔獣の討伐遠征が終えて解散した直後であった。各地から召集していた地方騎士達はその帰路の途中にあったのだ。伝令を走らせてはいるが往復の距離と疲労に重なる疲労を考えれば、戦力としてはその大半が浮いた状態となっていた。
ならば城の騎士団を総動員すべきかというと、懸念がある。
ヘイボーンの弟である“アングー”である。
彼は、常日頃から兄のヘイボーンを引き摺り下ろそうと画策している節があった。この未曾有の危機に簒奪など企てないか。それほどまでにユウノーナの目にアングーは愚かに映っていた。
とはいえ逡巡しては居られない。アングーの横やりを交わしつつ国民を護る。それには、王自ら出陣して頂くしかあるまい。王が立てば士気も上がるだろう。たとえ戦力が十全とは言えなくとも、増援を待つまでの士気は保てるはずだ。そう考えた。
アングー対策には、“ヒゲキーノ”将軍を残して置けば良いだろう。彼は前王から仕える忠臣で、ヘイボーンとの関係も良好だ。彼はすでに老齢であり先の遠征にも参加していた。老いてなお盛んと言っても今回は自重して貰わねばならない。察しの良い彼のことだ。アングーの歯止め役として活躍してくれることだろう。
ユウノーナは、方針を固めた旨をヘイボーンへと耳打ちするとその裁可を待った。
ヘイボーンは、頭を抱えたい気持ちで一杯だった。
‐3周目‐
ワシは、充電のために走っておった。
誤解のないよう言っておくが、自家発電であって自家発電ではない。
何を言っておるのかわからんとは思うが、まぁ、そういうことじゃ。
昨晩はスマ子に随分と負担を掛けてしまったからのう……。
スマ子が、異世界暮らしでの最高の相棒になると踏んでおったのじゃが考えが甘かった。
ネットが繋がらなかったんじゃ。期待が大きかっただけに、胸も心も萎む一方じゃわい。
受信するものと言えば、式神くんが能力を使って編み出した特技“ひとりDJ”という毒電波くらいのものじゃった。
しかも、その放送はデータの上だけで流れるもので、端で見てても何一つ面白くないものじゃった。
スマ子の話によれば、やろうと思えばスピーカーから出力することも可能なのだそうじゃが、著作権やプライバシーを著しく侵害しそうな内容が多く含まれるため、怖くて出力出来ないそうじゃ。
聴いてみたい気もするが、好奇心は猫をも殺すと言わんばかりじゃ。まったくとんだ罠じゃわい。
潤いを求めるワシは、ならばと内蔵されておるファイルを洗っていったが、さすがに“BL”では駄目じゃった。
ワシの感性はまだ大丈夫らしいということは確認できたんじゃが、スマ子が駄目じゃった。確認作業の終盤ともなると、『ネテ×キル、コソ、至高。』などと言い出す始末じゃった。育て方を間違えた気がしてならんわい。
初期化とかできんもんかのう……?
ワシも、失意のどん底にあった直後は、人外生を初期化できんものかと偶然近くを走っておったワンボックスカーに轢かれてみたもんじゃが、てんで駄目じゃった。
そんな程度では怪我すらしないほど頑丈な身体になっておった。所々萎びておるが、体はピンピンしておった。中のバカップルは、色んなところがビンビンしておるんじゃろう。
その後、なぜかエアロパーツが傷ついたとかで式神くんから大変お叱りを受けたんじゃが、ワシにはなんのことじゃか皆目検討もつかんわい。
ああ、駄目じゃ。こうなるともうワシを癒してくれる存在はスラの字以外に考えられんわい。
あの素晴らしい時間をもう一度。スラの字復活のため、水場へ移動するとしようかのう。
……はっ、そうじゃ!
ワシ電気生み出せるんじゃし、マッサージ器とか作れんもんかのう。
あーワシ、肩凝ったのー。すごい肩凝った気がするわい。
なんかこう、ブルンブルン震える感じのマッサージ器が欲しいのー。
んっほぉぉとか言ってみたいわい。んっほぉぉとか。
「んっほぉぉ!」
「カ、カシマさん!?」
突如としてワンボックスカーの中から上がる悲鳴(?)。
式神くんが、ヘッドライトをピカピカさせておる。
スマ子が解読してくれるようじゃ。『エス、イー……。』やかましいわ!
そのまま、『オーイエ、カミン。』と訳して行くスマ子。
うん。わかったから。もう止すんじゃ。――――スマ子っ!
ちょっと式神くん!? うちのスマ子に変なこと教えんでくれ!
――自分で言ってて、すごいブーメランじゃった!
なんということじゃ。自己嫌悪の程が筆舌に尽くし難いわい。
とにかく、うちのスマ子をこれ以上汚さんでくれ……。
「なにをやっとるんじゃお主」
ワシが非情な現実に打ちひしがれておると、ジェイジー(笑)が窓から顔を出しおった。心なしか艶々しておる。ワシ、カサカサしておる。
ん? ジェイジーが手になにか持っておる。
なん……じゃと……?
それは、ワシが今求めて止まない肩こりの解消に最適なマッサージ器じゃった。
「お前さん、それ……どうしたんじゃ?」
「おおこれか? レイちゃんがあっちから持ってきたんじゃ」
そう言ってスイッチを入れると振動音を鳴らすジェイジー(憎)。
「うらやま――持ってきたってどういう事じゃ!?」
「あら言ってなかった? 私、元の世界と行き来できるのよ」
「カ、カシマさん!?」
なんということじゃ。カシマさんは女神との交渉の末もぎ取った能力で、自分一人限定で世界を行き来できるそうじゃ。これはもうカシマ様とお呼びすべきかもしれんわい。
是非ともワシにも一振り頂戴したく候らえば世界渡りの秘技を教授頂きたく候。
「質量保存の法則って知ってる?」
「さっぱりじゃ」
「例えば、水が氷になっても気体になっても全体の質量は変わらないっていう話なんだけど、少し違う話なんだけど――」
なんでも元居た世界――あちらの物をこちらに持ってくると、あちらに不足分が生じるそうじゃ。それを補うための修正力が働いて、こちらの物があちらに飛ばされるんだそうじゃ。カシマさん自身は能力によって、どちらの世界にも存在しながら存在していないというよくわからない状態になっているそうじゃ。
世界の間にカシマさんというパイプがあって物質をトレードするようなものなんじゃろうか? カシマさんが女神から聞いたという話によると等価交換ではないんだそうじゃ。
「山がね、消えたのよ」
「は?」
「マッサージ器と引き替えに、こっちの山が消えたの」
――レート高過ぎじゃろぉぉ!
この世界どれだけインフレ起こしておるんじゃ。薄々感じておったが、女神信用落としすぎじゃろう……。
じゃが、さすがにこちらの山を引き替えにしてまでマッサージ器を手に入れるような暴挙にはでられんわい。
……それなら、カシマさんの使用済みのソレでもいいんじゃないかのう? それはそれでアリな気がしてきたわい。むしろウェルカムじゃ! 「わたしが嫌よ。」とカシマさん。考えが漏れておった。
せっかく掴んだチャンスじゃ。ここで引き下がってなるものか。
「スマ子、スマ子はどうじゃ!? アイテム扱いじゃし、こちらから持ち込む分には影響はあるまい。あちらでステキなファイルをDLすれば……」
「どの口が言うの……。移動は私一人だから、魂が宿ってると無理よ」
――グレー過ぎじゃろぉぉ!
「そもそも元の契約がそのまま使えるかわからないし、その子たぶん規格外よ」
「必死じゃな、お主」
『OUT(カシマさん訳)』
『BL、ナラ、DL、シタイ』
ぐうの音もでんわい。
もうワシ、この世界で寺でも作って出家するわい。卒塔婆を友として一人生きて行くんじゃ。
ばばあと卒塔婆で、ばばあがトゥー。って、やかましいわい!
ワシらは水辺まで来ていた。スライムの核を水に浸すと、スラの字の復活を待っていたのじゃった。
核の周りがゆっくりと粘性をおびてきおった。すると突然、身体に電撃が走った。
「んっほぉぉ!」
それはスラの字の放ったものじゃった。「お爺さんの妖気にあてられて進化したのね。」と、カシマさんが冷静に分析しておった。色んな事に精通しておるのう。
スラの字は、体の中心にある核からパリパリと放電し続けておった。
のっけから敵愾心が剥き出しじゃわい。
「な、なぜじゃスラの字……。移動の間、ワシの萎びた谷間に挟んでおったのが気にいらんかったのか!?」
言い終わる前からスラの字の電撃が迸る。
「いったい何をしたの?」
「ワシはただ、その辺におったスラの字を“捕まえて”、話し相手になって貰おうと“連れ回して”、不注意から“カピカピにした”だけじゃわい。ほんの、ほんのそれだけなんじゃ!」
「あなたそれ、拉致・誘拐・過失致死未遂じゃない」
「今までのやりとりからすれば、お主にナニをされるか不安でたまらんのじゃろ」
『イエス、スライム、ノー、イシュカン』
ぐうの音もでんわい。
いや、違うんじゃ。ワシは純粋に……。
これも身から出た錆じゃろうか。
その時、式神くんがクラクションを鳴らした。それをカシマさんが訳す。
「――来る」
‐スタート地点‐
倉橋まきびという女を一言で表すと、『不可解』である。
まきびは、両親の元一人娘として大事に育てられていた。
幼い頃から優秀な彼女であったが、両親の前で見せる快活な少女の顔とは裏腹に、他人の前に出ると緊張からか途端に人が変わったように大人しくなってしまう嫌いがあった。それも追々慣れて行けばいい。両親はそう思っていた。
退魔・調伏の素質が見い出されたのは、この頃であった。
まきびは、突然両親の元から引き離され、見も知らぬ他人――親族達に囲まれて暮らすようになった。両親の不在。見慣れない人々との生活と、何のためかわからない修行の数々。同年代の子供からのやっかみなどが重なり、すぐに彼女のストレスはピークへと達し、限界を迎えた。
幼い少女であれば、泣き叫ぶのが常であると誰もが考える。しかし、彼女の導き出した解決法は大人達の理解を超えたものであった。
まきびは、共に暮らす親族達との心の距離を自ら縮めていったのだ。まるで親兄弟に接するように。親族達はその変化を、高い順応性によるものだと判断して歓迎をした。
それからのまきびは、学業と修行の両面で生来の優秀さを遺憾なく発揮した。
大人も舌を巻くほどの符術の使い手へと成長すると、物怖じしなくなった性格は、人によっては傲岸無礼だとも取れるほど堂々としたものになっていた。
普段の彼女は品行方正を地で行く完璧さを見せていた。親族達はそれを孤高さの表れだとして、他人に対する態度への言及を避け、黙認することにした。
それが不幸の始まりでもあった。凛として相手に緊張を強いる雰囲気は人を遠ざけ、許嫁とされていた少年もまきびに対して抱く劣等感もあって苦手意識を強めていったのだった。
まきびは、親族や関係者の前では非の打ち所のない姿を見せていた。しかし、それらは全て“表向き”の話でしかなかったのだ。
彼女はもともと内弁慶な気質の持ち主であった。
両親から引き離され、限界を迎えた頃の彼女はこう思った。「家族に対しては自分をさらけ出すことができる。それなら、みんなを家族と思い込もう。」それが、彼女の出した答えだった。
無茶な話である。当然のこととして、内弁慶を拗らせたしわ寄せはまきびの内面へと来ていたが、それでも彼女は自分を騙し続けた。
積極的に人と関わって行く姿勢は、大人の歓心を買うこととなり、同年代の反感を買うことにもなった。まきびは相手によってそれぞれ接し方を変え、生じる課題と折り合いをつけて行くことで、自分の至らないところを補っていった。彼女に対する評価が一定ではないのもこのためだ。
その結果として、親族達にとって誰もが一目置く完璧という幻想が作り上げられていったのだった。
その裏で、まきびの心が変調をきたしていたことは、親族達の与り知るところではなかった。
表向きの人格が作り上げられていく過程で、内面との乖離が進んでいった。二重人格にこそならなかったが、その二面性は顕著なものとなっていた。
彼女は、部屋の片隅に完全防音出来る一角を作ると、人が来たことを知らせる結界を張った。そこで、式神相手に話しかけることが日課となっていた。
主な話題は、愚痴や弱音といったおよそ表のまきびからは考えられないものであった。加えて、許嫁とその兄や、親族の男達が組んず解れつ戯れる妄想などもあった。日を追う毎に後者の比率が増していったのは想像に難くない。
そんな時に、給仕が呼びに来たり来客があったりすると、生来の優秀さを遺憾なく発揮して、今の今まで本を読んでいた風を装った。ご丁寧に今し方読んでいた良いところの解説まで付ける徹底ぶりである。実際に既読の本でもあった。
防音や結界に関して触れられると、読書の時間を邪魔されたくないという理由がまた彼女を深窓の令嬢然とさせて、近寄りがたくさせる一因ともなっていた。
まきびが自分で責任を負える年齢となり保護を外れると、彼女を妨げるものは何もなく、“腐”の進行が止まるところを知らなかった。
そういった経緯もあり、素のまきびを知らない親族達は、仕事の面では彼女に絶対的な信頼を置いていた。
それが今に至って、蓋を開けてみれば、祓うべき怪異と行動を共にし遊び呆けていたともなれば、本家の顔に泥を塗り付けるが如き失態であった。我が身を顧みない親族達は、まきびにとって厳しい沙汰を申しつけたのだった。
まきびは、嘗て慣れ親しんだ廊下を一人歩いていた。すると前方に見知った顔が見えた。
「清次さん……」――まきびの元許嫁である。
「君には、本当にすまないと思っているんだ。こんな事になるまで追いつめていただなんて……」
清次は、自分が婚約を解消したことが、回り回って彼女を“奇行”に走らせることになったと考えているようだった。
「今更なんだって言うんですか? どうしようもないことを今更謝られたところで、困るだけです」
「――しかし」
「お優しいですね。でも、貴男はご自身が背負った責任や罪悪感に対して、許しが欲しいだけ。楽になりたいだけです。私、そんなお人好しじゃないです。少しでも私のことを考える気があるのなら、これ以上困らせないでください」
清次は、何も言えなくなってしまった。『違うんだ。』その言葉を飲み込んで。
清次は妻と話すうちに、自身と妻との間でまきびに対する印象がまるで違うことに驚いた。はじめは天然な妻なことだから色眼鏡で見ていたのだろう思っていた。しかし、話を聞く内に妻の話す姿こそが本当の彼女だったとしたら、と思うようになった。彼女を孤独にしていたのは自分達ではないのかと。
清次はまきびの背中を見送った。そして、伝えられなかった胸中を妻へと託すことしか出来ない自分の不甲斐なさに、歯がみしたのだった。
旧姓、早乙女糸は倉橋まきびのことを、常々こう思っていた「なんだかカワイイ人だな。」と。
糸は、まきびにとって赤の他人とはいえ祓い屋の仕事に携わる関係者であった。当然の事としてまきびの内弁慶エフェクトは糸に対しても発揮されるはずであった。
しかし、類い希なヒロイン体質を持つ糸の前では、いかなまきびと言えどもガラスの仮面をかぶり続けること能わず。その本性を無様にも晒してしまっていたのだった。
糸は、普段から完璧さを見せる“あの”まきびが、自分の前だけでは、一人の人間として振る舞ってくれていることに感動を覚えていた。自身に向けられていた悪し様な評価などどこ吹く風であった。
鈍感系ここに極まれりといった彼女の性格は、強力な陽の気質だとして、本家側が清次の嫁として迎えるに踏み切る要因でもあった。
実に恐ろしきはヒロイン体質である。
「い、糸さん……!」
「まきびさま。元気をお出しになって下さい」
「あ、あなたに慰められたくなんかないわ! むしろ惨めになるだけじゃない! だいたい――」
糸は聞いた。まきびの取り留めのない無駄に長い話を。
「……そう。まきびさまは、恋をなさっているのですね」
「ななななな何をいってるのかしら!?」
「こんなこと言えた義理じゃないのはわかっていますが……」
糸はまきびの手を両手で握り締めて、顔を近付けるとそのキラキラとした瞳でまきびの顔を覗き込んだ。何事にも体当たりな彼女の、他人に向ける最大級の親愛の表現である。「ちかいちかい。」というまきびの悲鳴にも似た文句を物ともせずに糸は言った。
「私、まきびさまのこと応援してます!」
まきびは、「そ、そう。」と答えるのが精一杯であった。
またこの女のペースに巻き込まれている。まきびは内心で辟易していた。嘗ては糸のペースに巻き込まれる度に忸怩たる思いを抱えていたものだが、それが今は苦痛ではなかった。思い人外が居るからだろうか。まきびは、ふっと肩から力が抜ける気がした。
何時からか、遠くで見守っている清次もなま暖かい目で見守っていた。
まきびは考える。怪異と共に歩める道を。すると生来の優秀さを発揮して、幾つかの可能性とある一つの道筋を組み立てていた。「私たちに協力できることがあったら言って下さい。」という糸の言葉をすぐさま否定する。
「貴女達に迷惑は掛けられないわ」
まきびの思いついたものは、“邪法・外法”と呼ばれる類のものだった。目の前の夫妻が今更どうなろうと知ったことではないが、飛ぶ鳥跡を濁さずの精神、表のまきびの矜持が、彼女達の協力を拒んだのだった。
「おかあさーん」
子供が走ってきたかと思えば、糸に抱きついた。どうやら、糸と清次の子供らしい。
「お、お子さん?」まきびは内心で血を吐く思いだった。
「はい。夏樹といいます」
夏樹と呼ばれた少年は糸の足にしがみつくと半身を覗かせてまきびを見上げていた。まきびは、子供が嫌いだった。それは過去のある事件によるところが大きい。だが、糸と清次の面影をみせる少年を見やるに「ショタも悪くない。」そう思うのだった。
「ほら。前に3人でサッカー選手の不倫が絡んだ依頼があったじゃないですか」
夏樹を退かそうと、近くまで寄って来ていた清次の顔が強張った。
その昔、まきびが清次と決定的に破局し、糸と清次がくっつく切っ掛けとなった事件である。
依頼主であるサッカー選手が、袖にした愛人の恨みを買い、愛人の放った呪詛が依頼主の子供に“障”りをなしていた。それを、母親にばれないように祓うというのが依頼の内容であった。
本来であれば3人も出張る必要のないものであったが、秘密裏に事を終えようとした依頼者が雇っていた前任者の取った処置が不味かった。もぐりの祓い屋が生兵法で行った呪詛返しの結果、それを返された愛人が死亡。――不審死だったが警察には病死とされた。死んで怨念を膨れ上がらせた愛人が悪霊となり意趣返しに来たことで前任者が逃げ出し、急遽3人が召集されたという経緯があった。
護衛の対象は、当時5歳前後の少年だった。彼は、年齢の割りにませた性格をしており、3人の関係を散々引っかき回したあげく、父親と愛人の関係を母親に暴露するという暴挙に出たのだった。それが彼の正義感からくる行いだったのかは、まきび達には知る由もなかった。
悪霊退治こそ滞りになく終わったものの、激昂した母親が包丁を持ち出し、危うく刃傷沙汰になるところであった。いや、事件にこそなっていないが、傷害は起きていた。
まきびが万が一に備えて静観していると、思いがけず糸が止めに入って傷を負ったのを、清次が庇って看病した。それぞれに誤解やすれ違いが生じ、それが今に至るというのが彼らの顛末である。
依頼者家族とは、陰の気に中てられてたものとして、依頼料を“増額”することで和解した。下手な怪異よりも人間の方が余程怖いと総括された一件であった。
「ひどい事件でしたけど、あの時の男の子がキューピッドでもあったので、一文字貰ったんです」
「そうか、あの時のガキが……そうか……」
まきびは、思いも掛けないところで繋がった感覚に、思わず笑みを浮かべていた。
糸から半身だけ覗かせていた夏樹は、その顔を見て全身を隠したのだった。
‐4周目‐
符が、降ってきおった。
スラの字の近くに落ちると、元の世界では見たこともない現象を引き起こして弾け飛んだ。
「スラの字ぃぃー!」
「調伏は、最初が肝心です!」
まきびちゃんじゃった。
まきびちゃんが、スラの字を吹き飛ばしてしまった。
「スラの字ぃぃー!」
「遅くなりました! って、お爺さん?」
「まきびちゃん。なぜじゃ、なぜスラの字を……」
「え、だってモンスターですよね? 手加減してますから、殺してませんし」
「そういうことじゃないんじゃ!」
「じゃあ、どういうことなんですか!」
「いきなり出てきたまきびちゃんには、スラの字に対するワシの気持ちはわからんのじゃ」
「なっ……なんだっていうんですか。私だって今まで遊んでた訳じゃないんです! お爺さんだって、私の気持ちわかってくれないじゃないですか! 今まで私がどんな気持ちで――」
「『もういい!』」
その時、大きな声――思念が辺りに響き渡った。
それは式神くんじゃった。スマ子も『二人トモ、喧嘩、ヤメテ』と画面に表示しながら、まきびちゃんをブースターにして、式神くんの声をスピーカから出力しておった。「『もういい』」を連呼しておる。
「『いつからだ、言ってみろ! 昔のお前はそんなじゃなかった。昔のお前はもっと素直な子だったはずだ。いつからお前はそんなに分からず屋になってしまったんだ!――お前もだじじい。もうすれ違いは沢山だ。』」
「何を――」
「『まきび。人間には誤解が生じやすい。だからこそ、言葉を尽くしたり、行動で示す。しかし、行き過ぎても足りなさ過ぎても駄目なんだ。まずは相手に伝わる最小単位――それを話し合える場を作ることから始めるんだ。順を追って話せ。いいな、まきび……』」
なんだか式神くんが格好良いわい。
カシマさんが肩を竦めながら「先に言われてしまったわね。」と首を振っておおった。それ絶対、思ってなかったじゃろう。ジェイジー(空気)おったのか。
ワシもすっかり毒気を抜かれてしまったわい。
まきびちゃんも心なしか申し訳なさそうにしておる。ここは、ワシから謝るべきじゃろう。
「――あの」ワシとまきびちゃんの声が重なった。
ワシは、まきびちゃんの話を聞いていた。
傍らには、スラの字がおる。
まきびちゃんの指示に従って、調伏――この世界じゃと“テイム”したという形になるのじゃろう。ワシの能力として追加されておった。
思えば簡単なことじゃった。最初に会った頃のスラの字は、ワシに害を与えるほどの力がなかっただけの野生のスライムじゃった。それが進化して、抵抗してきた。ただそれだけのことじゃった。
すべてワシの独り相撲だったのじゃろう。釈然としない部分もあるが、それも思い過ごしというやつじゃ。
「まきびちゃんは、こっちに来るまでの間どうしてたんじゃ? 女神の設定とか」
「それを話す前に、まず皆さんに謝らなければいけません」
そう言ってまきびちゃんは、“あの日”起こった事のあらまし話し始めた。
まきびちゃんは、本家からワシらを祓うよう指示されたそうじゃ。それに従う気のなかったまきびちゃんは、本家に封印されていた呪物を引っぱり出して、まきびちゃん自らが怪異へと生まれ変わる手はずを整えていたそうじゃった。
それを実行に移す段になって、ワシらをツーリングに誘った事。目的地に着く前に、――おそらく、本家からの横やりがはいったこと。それがあの無人のタンクローリーだったのじゃろう。雰囲気から察するに、タンクの中身は対怪異の呪物と爆発物で一杯だったそうじゃ。まきびちゃんごと巻き添えにする気だったように思えたが、それは言わずもがななことじゃろう。まきびちゃんも敢えて触れようとはせんかった。
そして、まったく意図せずこの世界への扉が開いたというじゃった。
「本当に、ごめんなさい」
「……なに、ワシは気にしておらんよ」
「そうね。わたしは帰れるし」
「貴重な経験も出来たしのう?」
「ば、ばばぁぁ!」
そうやって、ワシらの間での蟠りは解消したのじゃった。
「それでですね!」まきびちゃんが妙に元気な声で仕切り直した。
「う、うむ」
「お爺さんがどういう状態になってるのかわからなかったから、何とか女神から聞き出せないかと粘ってたんですが、なかなか口が堅くって……一度、無理矢理転生させられそうになったので抵抗したりしてて、気が付いたら時間が立ってました」
「相変わらずじゃのう……」
「で、でも! 基本設定は教えて貰ったので、譲歩案として“年齢操作”と“肉体変化”を付けて頂きました! 年齢操作は他人にも使えます。肉体変化は、なんと私の体の一部を変化させることが出来るのです!」
「素晴らしいわ。まきびさん!」バカップルの食い付きがすごい。
「またえらく限定的な能力なんじゃのう」
「本当は、“性別変化”にしたかったんですが、“初期潜在値”っていうのと引き替えに能力を付けるらしくて、年齢操作を付けた後では足りなかったんです……」
初期潜在値を使い切ったまきびちゃんとカシマさん違い、ワシや容姿に使っただけのジェイジー(笑)は、新しい能力を覚えやすいそうじゃ。
潜在値は、レベルが上がれば増えて行き、能力を覚えた分だけ消費されるんだそうじゃ。ワシにテイムが追加されたのもこういうことなのじゃろう。
式神くんとスマ子はよくわからんが、色々やっておったから趣味に使い切ったんじゃろう。
――そしてワシは、幼女になった。
「やったー! “のじゃロリ”じゃ、のじゃロリじゃ。念願の、のじゃロリじ――なのじゃー!」
あれ? 念願じゃったっけ……?
ま、まぁ、ばばあがエタらなくてよかったわい!
右手にスマホ。左手にスライムを持った走るロリババアなんて、俄然人気キャラ街道を爆走できそうじゃわい。
でも、なんで子供の姿なんじゃろ。ナイスバディでもいい気がするんじゃが。
「あの、まきびちゃん? できたら、もう少しナイスバデー(発音)なお年頃の方がいいんじゃが……」
「え? なんでそんな“いけ好かない”容姿にしなきゃならないんですか。いくらお爺さんの頼みでも聞けませんよ。だいたい――」
あ、これ駄目なやつじゃ。
「じゃあ、この姿は?」
「趣味です!」
ああ、まきびちゃん。
肉体を一部変化って、どこをどう変化させるつもりなんじゃ?
まったくもって恐ろしいわい。ワシどうなってしまうんじゃろう……。
「それにしても、お爺さんとお婆さんが逆だとわかりづらいですね」
「ジェイジーじゃ」
「じゃあそれで」ジェイジー(泣)。
「お爺さんにも名前付けましょうか。ターボじいちゃんさんだったんだから、ターボ、ターブ……ジノちゃん」
「どうしてそうなったの」カシマさんがつっこんだ。
まきびちゃんがワシのことを「ジノちゃん。」と呼んだ。
何度も何度も呼んだ。まったく、気恥ずかしさが鰻登りじゃわい。
まぁ、悪くもあるまい。長い人外生じゃ。幼女になることもあるじゃろう。「『ねーよ』」とスマ子から式神くん。ちょっと怖いわい。
「……そういえば、勇者システムがあるらしいんですが」
まきびちゃんが遠くを見ながら語りだした。
「勇者ってアレかのう。よくあるアレかのう?」ワシも同じ方向を見やる。
「そのアレです」
「そんなこと言ってたわね」
「女神曰く、もうすぐ魔王が復活するそうです。私たちはどちらでもないそうなので、この世界を面白くしてくれって言われました」
ん? 前後の文脈が微妙におかしい気がするわい。
「いわゆるお助けキャラのポジションですね!」
「なるほど」
「女神が勇者候補を選考していたので、いつかのクソガキにもし何かあったら、優先的にこっちに寄越すよう頼んでおきました。転生なり召還されたら、いびり倒してやりましょう!」
「なんでそんなに嫌いなんじゃ……」
事故を起こした子か。ワシ、イラっとこそしたけど、そんな目の敵にする程でもないんじゃがのう。むしろ、少し可哀相な気さえするんじゃが。
まきびちゃんは、理屈じゃないと言いたげな顔で、「因果関係があるようでないことも、間々あることですよ」と笑った。
「ところでアレはどうするの?」
カシマさんが示す方向では、夥しい数の、人間の軍隊と魔物が群が戦闘を繰り広げていた。
「女神にも言われましたし、人間側を助けましょう! 恩でも売れれば、この国の中枢に入り込むチャンスです! 体制側を味方につけられれば、後々役に立つでしょう!」
「それはいいんじゃが、ワシらあの中に入っても平気かのう?」
「この世界基準だと、私達チートらしいので大丈夫です!」
そういえば、物質のレートが世界関係を物語っておる気がするわい。
式神くんが魔物の直中へと突っ込むと、“サブロクターン”を決めおった。鳥肌もんじゃわい。




