前編
【お願い】
過度な期待をしないで下さい。
‐0周目‐
ワシ、ターボじいちゃん。
気が付いたら、ばあちゃんになっておった。
何を言っておるのかわからんとは思うが、ワシにも何が起こったのかわからんのじゃ……。
頭がどうにかなりそうじゃが、今は現状を把握するのが先じゃ。
ここは……どこじゃろう?
見たことのない場所じゃ。辺り一面に原っぱが広がっておる。遠くには山の稜線が。その裾野を始め森や幾つかの林のようなものがあるようじゃ。あれは池か、湖のようなものも見えるのう。
空には鳥らしきものが飛んでおるが、あまり見たことのない形をしておる。
――妙じゃな。
老眼じゃから遠くの方が見えるというにも程があるわい。動体視力はある方じゃが、それを差し引いても見え過ぎじゃ。コンタクトを付けとるわけないようじゃし。
眼鏡は――うん掛けておる。しかも伊達じゃ。度が入っとらん。
ワシは眼鏡のブリッジを人差し指でクイと上げると、キメ顔でこう言った。
「どうやらワシは、意識を失っている間にレーシック手術と、性転換手術をされて外国に放り出されたようじゃ!(キラーン☆)」
――無理がありすぎじゃろぉぉ!
どういうことじゃ。どうなっとるんじゃ。なんじゃこの異常事態。
ワシはこの行き場のない、やるせない気持ちを眼鏡に込めると、有りっ丈遠くへと投げた。
自分でも驚くような速さで飛んで行く眼鏡。鳥か何かに当たったようじゃ。一緒に落ちて行くのが見える。ヤワじゃなぁ、カッカカ……(笑)。
『――』
だ、誰じゃ!?
不意に声が聞こえおった。周りには――誰もおらん。
イヤじゃぞ、この状況の上にボケまで加わるなんて! イヤじゃイヤじゃあ!
アルツハイマー知らずで天寿を全うするって決めたんじゃ!
願掛けまでしたんじゃあ! “エクストリーム”お百度参りしたんじゃあ!
『――――』
ああもう、うるさい!
一体なんなんじゃ。ケンイチがどうとか……どこの何奴じゃケンイチ。
いや、違う? ケイケンチ? レベル?
どこかで聞いたような言葉じゃ。
――なん……じゃと……?
その時、ワシの歯車がガッシリとこの世界とかみ合ったのを錯覚したんじゃ。
俄には信じられん話じゃが、どうやらワシは元居た場所とは違った、別の世界に来てしまったようじゃ。
ワシの友達“まきびちゃん”から貰ったスマホに入っているPDF小説ファイルの“まとめ”というやつを見たところによると、所謂〔異世界・TS・転生・トリップ〕という、わけのわからんジャンルに当てはまっておるようじゃ。
今の姿がどうなっとるのか気になって自撮りしてみたが、性別が変わっただけで概ねワシな感じじゃった。なぜか、無駄に黒子の位置まで再現されておる。これはぐうの音もでんわい。
スマホじゃが、異世界の可能性に気付いてから、もしやと思い祈るような気持ちであれこれ試してみたら、案の定と言っていいものかわからんが、謎の空間からぬるりと出てきおった。
なかなか“メニュー”と“アイテム”の言葉が出てこなくて焦ったわい。
まったく、普段からまきびちゃんの話に付き合っとってよかったのう。
“ステータス”? 目がチカチカするから割愛じゃ!
それにしても、一人で「スマホ!」「道具!」「巾着!」「バッグ!」などと延々叫んどった姿は、とてもじゃないが知り合いには見せられんわい。
もし見られでもしたら、恥ずかしさで、それこそ天寿を全うしてしまうところじゃ。
――全うしとった!
そうじゃよな。ワシ生まれ変わったんじゃよな。
しかし、“じじい”が“ばばあ”に転生ってどういうことなんじゃ! 誰得なんじゃ!
テンプレ的にはボン・キュッ・ボンのピチピチか、せめて“のじゃロリ”とかじゃろうがぁぁ!
そもそもワシ、“女神”とか神様っぽいのに会った覚えないんじゃが。
記憶を継承しないパターンじゃろうか?
ワシ、ターボじいちゃん。気が付いたらばあちゃん。好きな相手は、――ゲフン。まきびちゃんのこともちゃんと思い出せるし、記憶は大丈夫じゃな。
特定の記憶だけスポッと抜け落ちてるんじゃろうか。
ともかくも、今は情報収集じゃ。
まきびちゃんの残してくれたファイルの中に、今の状況を何とかするための手がかりがあるかもしれんからのう。
……ワシは、腰を落ち着けられそうなところを探して走った。
途中、兎なのか亀なのかよくわからん動物が襲って来たが、“妖気”を放ってやると尻尾を巻いて――巻いて? とにかく、逃げ出しおったわい。ああ、異世界じゃのうって感じじゃった。
そうこうしておる内に、木立の脇にゆっくりできそうな木陰を見つけたのでそこに腰を下ろすことにした。
ちょうど尻に敷けそうな葉っぱもあるわい。よっこらせと。
まったく、日の光が当たるところじゃと明る過ぎて画面が見えづらくてたまらんからのう。
――こ、これは!
ワシは自分の座り方をみて愕然とした。
俗に言う女座りじゃ。せめて正座なら言い訳もつくというのに。
これ、肉体に精神が引っ張られるパターンのやつじゃ! まったく恐ろしいわい。
その内、男を好きになったりするんじゃろうかワシ。
胡座に組みなおすと、えもいわれぬ寂しさを覚えたんじゃ……。
まきびちゃんの“趣味”が入った“夥しい”量の小説を片っ端から読み流して行く。そのジャンルは多岐に渡り、その内の実に9割が“エタ”っておった。
――エタり過ぎじゃろぉぉ!
この辺り彼女の性格がよく出ておる。
嘗てまきびちゃんは言った。『私、ドラマやアニメの最終回見ないタイプなんです』そういう娘じゃった。
そんな中、ふと気になる記述を見つけた。
“TSしたら最初にやること”……じゃと……?
…………ふう。
知らなきゃよかった世界がてんこ盛りじゃった。
年老いたこの身みが恨めしいわい。なんで“ピンポイントババア”なんじゃ。エルフとかネコ耳とか、もっと他にも色々あったじゃろうに……。
若くあれるなら、もういっそ“ケモナー”属性でもいいわい。
非情な現実を直視すると、スマホの電池がなくなりそうじゃった。
普通なら充電手段がなくて、このまま“オーパーツ”と化すところじゃが、心配はいらん。
こんな事もあろうかと、まきびちゃんと連む内に、ワシは自分の妖気を電気に変える術を編み出しておったのじゃ!
スマホの充電にも使える塩梅に調節できるまでは、苦労の連続で血を吐く思いじゃった。実際に出たのは血尿じゃった。
そういえば練習中に、ヨーヨーがないのが残念だとか“キル×ネテ”は至高とか言っておった気がするのう。
うん、まきびちゃんはそういう娘じゃった。
ともかくも充電じゃ。妖気を練るためにも、まずは走らんとな。
ワシそういう怪異じゃし。
コースはどうするかの。
とりあえず、ここから森を突っ切って山に向かうとするか。その後は、水辺の方にも行ってみるかのう……。
辺りをぐるりと見回しながら予定を立てておると、視界の隅の方に“安い蕨餅”のようなものが目に入った。砂と対比が、きな粉を思わせるわい。“核”が見えるから餡入りかのう?
ふむ。これが噂に聞く“スライム”というやつじゃな。粘菌やアメーバ状のパターンじゃなくてよかったわい。
どうやらワシに悪さできるだけの力も無さそうじゃし、よく見ればぷるぷるした動きも可愛いもんじゃ。
……むしろワシの方が悪さしそうじゃわい。カッカカ(笑)。
「ちょうどいい。充電する間ヒマじゃし、しばらく年寄りの話に付き合ってもらうぞ?」
――ぷるぷる。
こうしてワシの異世界マラソン旅が始まるのじゃった!
‐1周目‐
ワシとまきびちゃんの出会いは衝撃的じゃった。
それこそ、痺れるような感覚を覚えたもんじゃ。あの時の出来事は、忘れようにも忘れられんわい。
アレは、そうじゃな……。
観光ついでにふらっと立ち寄った“都心環状線”で、粋がったカスタムのスポーツカーに乗った“アベック”共に煽りくれておった時じゃ。
何でそんなことをしたかじゃと? うん、ワシそういう“怪異”じゃし。
ちょっぴりイラっとしたんじゃ(照れ)。
――ぷるぷる。
すると後ろからとんでもない速さで、“でかい箱”が突進してきおった。
それはワンボックスカーじゃった。
運転席の男の鋭い眼差しと、その“本気の走り”に、ワシもつい火がついてしまって本気を出すことにしたんじゃ。
この勝負、簡単にけりが付くものと高をくくっておったワシが甘かった――。
妙に、身体が重いんじゃ。
あれ? これ風邪かのう?
あ、ワシ、風邪ひいたんだと思って、辛いのうー辛いのうーって。
そしたら、横見るといつの間にか併走してるんじゃよ、ワンボックスカーが。
その引き戸が、スーって静かに開いて行くんじゃ。
すると中から、アレ? 巫女さんかのう? って、見まごうばかりの衣装の女――上下とも真っ白だったんじゃけど。
それが浮かび上がるようにゾゾゾゾーッと前に出てきて、それがまた白い顔で――無表情なんじゃが。
こう言ったんじゃ。
『……ゆるさない』
ワシ、あぁぁああ! って、もう言葉にならなくてのう。
――これが“まきびちゃん”じゃな。
どうやら一帯に“結界”を張っておったらしくてのう。身体が重いのはそのせいじゃった。その後も、紙切れやらなんやら散蒔いてきおったわい。
殆ど避けてやったが、さすがに全部は無理じゃった。それらがワシの体に触れるたび、雷――は言い過ぎじゃが、まるで電気が走ったかのような感覚に襲われてのう。自慢の足もだんだんと鈍ってきおった。
バラエティ番組でたまに見る低周波治療器とかたぶんあんな感じじゃ。高速を走ってる最中じゃから転ばんようバランスをとるのに必死じゃった。
「ビリッときたぁぁ!」とかリアクションする余裕なんて、とてもじゃないがなかったわい。
それがあまりに続くんで、その内ワシもだんだんとイライラしてきおってな……。
あ、キレる高齢者とかじゃないぞ? 我慢に、我慢を重ねた結果じゃわい。
――ぷるぷる。
そもそも考えてもみい。高速で走ってる最中に、車の扉を開けるなんて非常識にも程がある! ましてや物を散蒔くなんて言語道断じゃ!
それでワシはこう言ってやったんじゃ。
「バカもん! “若い娘”が危ないじゃろうが! 事故が起きたら怪我じゃ済まんのじゃぞ! 子供が産めんようになったらどうするんじゃ! それにパトロールの人が困るじゃろうが! 今の“若いもん”は、そんな事もわからんのか!」
それを聞いて、運転席の男が苦い顔を浮かべておった。そうじゃろうそうじゃろう。心に疚しいところがあれば、ああいう顔にもなるわい。
片やまきびちゃんはというと、だらしない顔でぽかんとしておった。
そうかと思えば、急に顔を真っ赤にして喚きだしおったんじゃ。“アウトブレーク”というやつじゃな。
アレはおっかなかったぞう? 鬼のような形相じゃった。まったく、あれが“逆ギレ”というやつなんじゃろうな。
――ぷるぷる。
走りながら、ワシは話を聞いてやることにした。
ワンボックスカーの、僅か斜め後ろにぴたりと付いてのう。時折、運転席の男が小刻みに速度を変えたり、車体を寄せてきたりしてイラっともしたんじゃが……。
目の前の、真っ赤な顔で涙と鼻水を垂れ流しながら、心のうちに相当色んなものを溜め込んどったんじゃろう、まきびちゃんをほうっておくことはできなかったんじゃ。
まきびちゃんの話はこういうものじゃった。
“家の仕事”の関係で、自由な恋愛も許されんまま三十路を越えたところまで来てしまった事。
それこそ、そんじょそこらのエルフ程度なら余裕でタメを張れるワシにとっては、幼子と変わらんわい。
もともと“本家”の方に親同士で決められた許嫁がおったものの、その許嫁は何かのきっかけで若い“見習い”と恋いに落ちて、半ば駆け落ち寸前のところを本家が折れる形となって、一方的に婚約を破棄されたとの事。
『ヒロイン体質死ねよクソが』とか言っておったのう。
その上、悪いのは許嫁を引き留めておけなかったまきびちゃん方だとまで言われて半年間心を病んだ事。
まったくひどい話じゃ。薬と不摂生の名残で、顔が浮腫みがちなになったとぼやいておったわい。
自分達は“祓い屋”で、厄介な現場からの帰りに『どうせ親のカネで買った車の助手席にスイーツ乗せて喜んでるクソガキ――を、追い掛けている怪異』つまりワシを見つけた事。
ワシが居なくても、運転席の男に無理矢理煽らせそうな勢いじゃった。
首都高パトロールには事前に連絡済みな事。
超法規的措置というやつじゃろうか。気にしたら負けじゃわい。
話を聞いておる間、ワンボックスカーのミラーに映った運転席の男は終始苦い顔を浮かべておった。そうじゃろうそうじゃろう。男として不甲斐なさを感じるところがあれば、ああいう顔にもなるわい。
思い返してみると、年齢のところで一瞬“怪訝な顔”になっとったのは気のせいじゃったのかのう?
――ぷるぷる。
溜まっていたもの出しきったんじゃろう。
落ち着きを見せパンダ目になっておるまきびちゃんに、ワシはこう言ってやったんじゃ。
「お前さんは十分に魅力的じゃ。今に良い男が見つかるわい。――ワシがもう少し若ければ、金の草鞋を履いてでも探しだして、是が非でも“嫁”に迎えたいくらいじゃて」
それを聞いて、ミラー越しの運転席の男の顔が強張ったようじゃった。
言葉選びを間違ったかと不安に思って、改めてまきびちゃんの方を見やるとどうじゃ。
そこには予想外の反応があったんじゃ。
赤らめた顔を俯かせて、両の手の指を胸の前でもじもじと動かしておった。
これはアレかの? 聞くところによる祓い屋の“印”か何か結んでおるんじゃろうか。ビリっとくる紙切れ――そういえばアレ“符”だとか言っておったが、そのこともあって気が気でなかったわい。
するとどうじゃ。
小声で、『ヤダっ。顔汚い。どうしよう』などと聞こえてきおった。とんだ取り越し苦労じゃったわい。
なんじゃそんなことかと、ワシはまきびちゃんの前に手ぬぐいを差し出してやったんじゃ。
「東海道を走破した折りに、道中で買い求めたものじゃ」
意図を計り兼ねとるのか、きょとんとした顔をしておるところに、「せっかくの可愛い顔が台無しじゃぞ?」と付け加えてやると、一頻りわたわたとした後、漸く『……ありがとう』と言って受け取ってくれたわい。
まきびちゃんはちゃんとお礼を言える偉い娘じゃ。
汚しても構わんぞという前に鼻をかみおったのには、ワシも運転席の男も苦笑いを浮かべたもんじゃわい。
――ぷるぷる。
そういえば、首都高パトロールの仕事は大したもんじゃった。
もう環状線を何周もしておったはずじゃが、散らばっとった紙屑やらなんやらは、いつの間にかきれいさっぱり消えておった。一周する間に回収していたんじゃろう。素晴らしい仕事じゃ。
じゃからアレは、彼らの過失では決してないんじゃ。――そう、ワシらの自業自得だったんじゃな。
化粧が崩れて“キョンシー”のようになっとる顔を直すのに、コンパクトの鏡と必死に格闘しておったまきびちゃんは、ひとまず妥協したのじゃろう。その手を止めてワシに向き直ると、こんなことを言いだしおった。
『あの……お爺さんの、ば、番号かアドレスを。あのL○NEでも良いので、教えていただけませんか!?』
ワシは泣いた、心のうちで。
だってそうじゃろう?
身一つで怪異の走り屋なんてやってるようなじじいが、ガラケーはもちろんスマホなんぞ持っとる訳がなかろう。
求められても答えることがかなわん。
ワシはそんな自分の不甲斐なさに、居た堪れない気持ちになってしょうがなかったわい。
そんな時、まきびちゃんが“名乗り”を上げおったんじゃ。
『私、倉橋まきびと言います!』
「――ちょっ!」ここに来て、運転席の男が初めて声を上げおった。驚きを通り越して二の句が継げないようじゃったその顔は“人間”のものではなくなっておったわい。
その日、東京に春一番が吹いたそうじゃ。
ビル風に舞い上げられておったのか、それともどこかに引っかかっておったものが飛ばされたのか。符が、フロントガラスに張り付いたようじゃった。
すると一つ大きな鈍い音がしたかと思ったら、後から後から急ブレーキの甲高い音が鳴り響いて、悲鳴や怒号が飛び交う大惨事となったのじゃった。
下の道路が。
それはともかく、運転席の男――おそらく“式神”というやつか、使役された怪異なんじゃろうな。あまり話したことがないからよくわからんのじゃが。男のワンボックスカーへの愛と、本気の走りにはワシも一目置いておる。その彼奴が驚いたのも無理はないじゃろう。
なんせワシら怪異の前で名を名乗るというのは、力比べをして相手を従わせるか、自分が相手に従うことになるかの二つに一つじゃ。当然負けた方は生殺与奪の権を握られるのじゃから、言ってみれば命がけの行為なんじゃ。
まぁ、“忌み名”なら問題じゃが、ワシのルールでは決闘の申し出とか果たし状的な意味合いしか持たんのじゃが……中には勝った上で忌み名を聞き出そうという輩も居ないこともないのう。
どちらにしても望むところではないので、ワシの答えは決まっておった。
「悪いことは言わん。今のは聞かなかった事にしておくから、もっと自分の身を大切にするんじゃ」精一杯の凄みを利かせて、そう言ってやったんじゃ。
というのも生憎とワシ、縛るのも縛られるのも真っ平御免だったんじゃ。
長い人外生じゃから連れ合いが居たこともあったんじゃが、今では別々の人外生を歩――走っとるわい。
それにワシ、好きな怪異が居るんじゃ(はぁと)。
――ぷるっ。
とまぁ、そんなこと考えとったのがバカらしくなるような話なんじゃこれが。
実際、こんな感じゃった。
『えっ……あっ! そっか。――ごめんなさいっ! “普通の”お爺さんのつもりで話してました』
そう、まきびちゃんはただの天然じゃった。
さすがにもう少し、しっかりしていてもいい歳なんじゃが……。
ワシが考えていたことが漏れておったのか、不穏な気配が伝わってきおった。
目を三角にしたり、そうかと思えば先の失態に恥じ入っておったりと“ゾンビーナ”が百面相しておった。新種の怪異、その誕生の瞬間に立ち会った気分じゃったわい。
そして、ワシらの関係を決めるあの一言を口にしたんじゃ。
『あの、私のこれどうぞ! 新しく別のを持ちますので、後日連絡します! 中のカードもそのままにしておきますので、使ってもらって大丈夫です!』
……それが今充電しておるこのスマホじゃ。
最初は、とても受け取れないと突き返したんじゃが、どうしてもとしつこくてな。
しまいには『これは運命だと思うんです。これを逃したら私、何をするかわかりません』などと符を握り締めるもんじゃから、ワシももうビリビリ嫌じゃったしやむなくのう……。
だってそうじゃろう?
多少直したとはいえ、目の回り黒いんじゃもの。
その上、目が据わってるんじゃもの。とても断れる雰囲気ではなかったわい。
そもそも、ワシが話し相手を求めるならともかく、逆パターンってどんだけなんじゃ。
因みに、運転席の男は片手で頭を抱えておったわい。苦労しておったんじゃのう。
思えば、ワシがこんな事になって、まきびちゃん寂しがってないじゃろうか。落ち込んだりしてないじゃろうか。
思いを馳せると、脳裏に彼女の姿が浮かんでくるようじゃ――。
『えっ? 電話がかかってきたらですか? ――大丈夫です! 仕事の連絡は式神使いますし、私にかけてくる人居ませんから……』
ああ、まきびちゃん。
『あ、料金のことなら気にしないでください。生活には困っていませんから。マンションも一括で買っちゃいましたし。――あ、エッチなサイトだけは見ないようにお願いしますね! もし見たら私、何するかわかりませんよ!?』
おお、まきびちゃん?
『かけますから。私、かけますから。必ず電話に出てくださいね! 絶対ですよ! 出てくれないと私、泣きますよ? GPSで居場所わかりますから! 泣きながら会いに行き来ますよ!?』
うん、まきびちゃん。
――寂しすぎじゃろぉぉ!
どうなっとるんじゃ!? 心配でたまらんわい!
……なんということじゃ。
ワシは、何時の間にやらまきびちゃんに“調伏”されておったのかもしれん。
無事――とも言えんが、何とかやっておるという事だけでも、伝えられると良いんじゃが……。
おっとしんみりしてしまったのう。
まぁ、それが縁で連むようになったという訳じゃ。
――ぶるん。
それからは楽しかったのう。
毎日の電話、日に三通のメールから始まり、毎週末の行楽。修行を挟んで、時には現場に同行することもあったわい。
ワシの縁故で、腐れ縁の“ばあさん”や、友人外の“カシマさん”を紹介すると、彼女ら用にもスマホを用意したりで交友関係も広がったようじゃった。
“女子会”なんかも定期的に開いておったようじゃわい。ワシ抜きで。――べ、べつに寂しくなんてなかったんじゃからね!
それはいいとして、みんなで集まった時に、ばあさんとの昔話やカシマさんと内輪でしかわからん話で盛り上がったもんじゃが、そういう時いつもまきびちゃんだけは大人しかったのう。
ニコニコと笑顔で聞いておったから、退屈しておった訳でもなかったんじゃろう。
もう少し、話に入ってきてくれてもよかったんじゃが、遠慮しておったんじゃろうか?
ツーリングにもよく行ったのう。
運転席の――もう暫定で“式神くん”でいいわい。彼奴が“いろは坂”でドリフトを決めた時は全身鳥肌が立ったもんじゃ。
無論、ワンボックスカーでじゃ。
そんな感じで楽しい時はあっという間に過ぎていったんじゃ。
そう、あの日が来るまでは……。
いつかの都心環状線沿いで起こった事故の影響が、至る所にまで波及しておった。
ワシ怪異じゃから人間社会のことにはあまり興味がなくてのう。後からスマホで調べたところ死者は出とらんかったようじゃが、事故を起こした車に乗っておった人物が問題じゃった。
まきびちゃんの話によると、事故を起こしたのは“驫木冬樹”という二十歳そこそこの『クソガキ』で、父親が有名なスポーツチームの監督をしておったそうじゃ。同乗しておった『スイーツ』は、ギリギリ未成年の“甘飴茎子”。大物政治家の一人娘だそうじゃ。
そう、ワシが煽っておったアベックだったんじゃ……。
彼らの供述が波紋を呼んだんじゃ。
それは、「高速でバケモノに襲われた」「事故を起こしたのはそのバケモノの呪い」といったものじゃった。強ち間違ってはおらんのじゃが……、というか概ね合っておる気もするわい。
しかし、これがまた“違法薬物”の使用を疑われたもんじゃから大変じゃ。
有名人・大物政治家のスキャンダルにオカルトまで絡んだんじゃから、週刊誌やワイドショーは大喜びじゃった。
連日連夜の大騒ぎじゃ。
そんな風潮を快く思わない人間がおった。
他ならぬ当事者と、その親族じゃ。当然のことじゃろう。
国政に携わる人間ともなると、裏の世界にも通じておるのじゃろう。圧力を掛ける先もまた普通の感覚とは違っておった。
符や、首都高パトロールから辿ったか、はたまた以前から見知っておったのか。まきびちゃんの家の連なる、本家に対するそれじゃった。
まきびちゃんから、『“暫く”会えなくなるから』と連絡を貰って、“最後の”ツーリングに出かけたのは何時のことじゃったろう。
その時、まきびちゃんはどんな表情を浮かべておったんじゃったか。
悲しそうな、どこか思い詰めたような顔じゃ。
なにやら、まるで昨日のことのように思い出せるのう……。
そうアレは……。
――昨日のことじゃった!
次回、ジェットジジイと互いのプライドを賭けたバトルを予定。